165話 三日目の開始──打算の愛
「先生──」
声をかけられて、与えられた寝台の上でうずくまるようにして眠っていた京子は、はっとして目を覚ました。
鉄格子の壁の向こうには、制服姿の白岡かおりが立っていた。
SS研の地下層の檻のひとつである。
夕べは、京子はここで休むことを許されたのだ。
檻とはいっても、ひとり用の寝台はあり、奥の壁に面した小さなテーブル台もあり、さらに洗面台もシャワー室まで完備されていて、小さなビジネスホテルの一室という感じだ。テーブルには最低限の化粧具などもある。
二日目の夜に真夫に犯されて、失神するように眠ったのがこの部屋だ。
床には柔らかい絨毯も敷き詰められていて、通路側の壁の全部が鉄格子になっているということ以外は、清潔で快適な部屋といえる。
全裸である京子だったが、室温の調整されていて、快適な環境といえた。
とても、女を監禁するための「檻」とは思えない。
一応は、食事も水分も準備してあったのだが、京子はそれにほとんど手をつけることなく眠ってしまった。
それほどに疲労困憊だったのだ。
だが、十分に眠ることもできずに、夜中に何度も淫らな夢を見ては目を覚まし、また疲れて
それは、京子の股に施された仕掛けのせいだ。
真夫は、この部屋に京子を監禁する前に、「股縄」と称して、小さな銀色の金属の輪っかに、細い三本の鎖がついているものを取り出し、その銀色の輪を京子のクリトリスの根元に嵌めてしまったのである。
急所をぐっと絞られる辛さと恥ずかしさで、下腹部から波のように疼きが拡がりだし、京子はたまらずに、どうか外して欲しいと真夫に哀願した。
だが、真夫はそれを許さず、輪から伸びている三本の鎖で腰にしっかりと固定して、輪が外れないようにしてしまったのである。
これにより、満足に眠れないまま朝になったということだ。
身動きしただけで股間を苛む淫具を装着されては、深く眠ることもできなかったが、無理矢理に外そうとすれば、強い電流が流れるようになっていると脅されては、京子もこれを受け入れるしかなかった。
朝だというのに、すでに疲労困憊の気分だ。
京子は、鉄格子の向こうのかおりを認めて、身体にかけていた毛布から身を起こす。
「ああ、白岡さん……。あっ、ひんっ」
しかし、身体を起こしたことで、股間を鋭い刺激が加わり、京子はがくんと身体を弾ませてしまった。
身体を動かせば腰に締めつけている鎖が動いて、鎖が繋がっている輪も動くのである。しかも、どうやら、輪の内側には小さな突起がついているようであり、それが余計にクリトリスを刺激するのだ。
股間からぬるりとした感触があったので、毛布を外した自分の股間を見る。
全身が汗びっしょりであるだけでなく、黒々とした陰毛は京子の股間から垂れ流れ続けた愛液でべっとりと濡れ、股間周辺はまるで尿でも漏らしたかのような散々な状態になっていた。
情けなさに、泣きそうな気持ちになる。
京子は寝台からおりることをやめ、ベッドの上で身体を小さくした。
「あらあら、随分な感じね……。ところで、真夫からの伝言よ。調教は一時間後だそうよ。それまでに、食事をして身支度を終わらせろということよ。もっとも、支度といっても服もないし、洗面とシャワーを済ませて、トイレにいっておくくらいかしら。一時間後に迎えが来るわ」
かおりが鉄格子にある扉に手を触れ、電子キーを解除させた。
部屋の中に入ってきそうだったので、京子は慌てて一度めくった毛布で下半身を隠す。
彼女は車輪付きのトレイを伴なっていたが、それを中に運び入れてくる。
そのトレイの上には、手で食べれるサンドイッチと果物、さらに、ポットに入った飲み物と紙コップが載せてあった。
かおりは、それを小テーブルに並べていき、代わりに、昨夜から置いてあったほとんど手を付けられていない食事の皿などをさげていく。
「さ、坂本君は?」
京子は、すぐに部屋を出ていこうとしたかおりに声を掛けた。
すると、かおりは車輪付きのトレイを通路に出してから、自分は部屋の残って、鉄格子の前で振り返る。
鉄格子の扉は半分開いたままだ。
「用事で寮に戻ってますよ。でも、逃げようとしても無駄ですからね。どうせ、この部屋も玲子がしっかりと監視しているに決まってます。わたしを人質にしたところで、この地下から上にあがることもできませんよ」
「そんなことはしないわ……」
京子は嘆息した。
もはや、逃亡しようという気力は萎えきった。
ただ、真夫がここに来ないことが気になっただけだ。
そもそも、京子にこんな淫靡な悪戯をして、寝室に放り込んで放置したのは真夫なのだ。それにもかかわらず、朝になって、顔も見せずに伝言だけを渡すだけとは、ちょっと失礼な気がした。
むっとしてしまったのだ。
「ふふふ、先生、いつの間にか女の顔になりましたね。あいつに絆されました? 色魔で嗜虐好きですけど、セックスは上手ですものね。あいつ、初体験は小学生のときみたいですよ。これまでに抱いたことがある女は、両手両足じゃ足りなさそうです。先生があっという間にあいつに絆されたのは仕方がないですって」
かおりが白い歯を見せた。
京子はかっと顔が赤くなるのを感じた。
「な、なにを言っているのよ。ほ、絆されるって……」
「いいから、いいから、先生……。それに、なんだか、急に色っぽくなったみたいですよ。そろそろ、真夫のことが気に入りました? 恵さんとかに言わせれば、あいつは女たらしみたいですから……。先生も、なんだかんだで、あいつを憎みきれないですよね。それが絆されたということです」
かおりがくすくすと笑った。
「ば、馬鹿なことを言わないで──」
かおりの物言いに動揺している自分を感じた。
そもそも、真夫のことが気になるということなどない。
いや、気にならないというわけではないが、それは真夫が京子を監禁している存在であり、生殺与奪を握られている相手だからだ。
絆されているなどということは、まったくあり得ない。
あり得ないはずだ……。
「ねえ、先生、わたしの言葉を覚えてます?」
すると、かおりがすっと顔の笑みを消して、真面目な顔になる。
「あなたの言葉?」
「わたしたちが勝ち組だということですよ。あいつに選ばれたということは、あたしたちが勝ち組になったということです。なにしろ、豊藤の後継者ですよ。次期総帥。それの愛人だなんて、最高じゃないですか。よかったですよね」
「よかったって……」
あの坂本真夫が、豊藤財閥の次期総帥ということは、俄かに信じられることではないが、おそらく事実なのだろう。
これだけの学園設備を好きなように扱っているということもそうだし、玲子のような優秀な人材が唯々諾々と彼に従うのも、真夫がそういう存在であるからだと思う。
目の前のかおりから、真夫の正体を最初に教えられたときにも思ったが、そもそも、真夫には一介の生徒とは思えない不思議なカリスマ性がある。
絆されている……。
かおりの言葉を心から否定できない京子の気持ちがあることが、それを物語っている。
だが、そうだといって、教師である自分が生徒である彼の奴婢になるなど……。
「先生、運命を受け入れましょうよ」
すると、かおりが言った。
「運命?」
「先生……。先生はこの二日間、あの真夫にあんなことをされて、どうでした? もちろん、苦しかったし、辛かったと思いますが、反面、心の底から充実した時間を味わったんじゃないですか? わたしもそうでしたし……」
「じゅ、充実って……。まさか、あたしがそれを愉しんだとでも?」
さすがに京子はかっとなった。
「さあ、どうなんですか? いまもそうやって、股間に淫具を装着されて、身体を苛まれ続けている。どうしようもないですよね。自由を奪われて、好き勝手に扱われ、無理矢理に快楽を刻み込まれた気分はどうでした? 本当に嫌な気持ちだけでしたか? わたしは夜は学園の外の語学スクールに行ってますけど、そのあいだ、先生はあいつと抱き合って、とんでもなく乱れたと聞きましたよ」
「なっ──」
さすがに絶句した。
だが、ゆうべの京子が真夫の前に、最後にはよがり狂い、心からの悦びとともに絶頂して果てたのは事実だ。
あのときだけのこととはいえ、征服され 支配される悦びを心から感じたのは間違いない。否定はしたいが、自分に嘘をついても仕方がない。
でも、あれは卑怯な媚薬を使われたせいで……。
「ふふふ、わたしに言い訳のようなことを口にしなくてもいいですよ……。とにかく、わたしが言いたいのは、先生はあいつへの隷属を承諾すべきだということです。素直にならずに、否定を続ければ、損をするのは先生です……。先生は考えるべきです。否定を続ければ、それを失って、後悔するのは先生ですから」
「わ、わたしが彼の奴婢にならなかったら、後悔するとでも言うの?」
京子はかおりを睨んだ。
「間違いなく」
かおりはきっぱりと断言した。
そして、急に再び相好を崩した。
「そもそも、あいつ、信じられないくらいに金を持ってますよ。わたしも、あいつの奴婢になったことで、一千万円の支度金を貰ってます。いくらでも使っていい一千万で、減ればすぐに補填される仕組みになってるんです。そのお金で、最近は外の語学スクールに通ってるんです」
「語学スクール?」
この学園は全寮制なので、基本的には学園の外に出るのは許可制だ。平日外出はほとんど許可されることはないが、知らなかったが、このかおりは特別な許可を受けているのだろう。
まあ、理事長代理の玲子がいるのだが、なんでも可能か……。
「ええ、もともと英会話はできたんですけど、フランス語とスペイン語を勉強してます。わたしって、語学の才能も少しはあったみたいで、まだ始めたばかりですけど、かなりの手ごたえも感じてます。そうやって、自分の力を拡げられたもの、あいつから与えられるお金があるからです。ついでも、エステにも行ってますけどね。最高級クラスのです。あれって、最高ですね」
かおりが満面の笑みを浮かべた。
「エステも? ちょっと待ちなさい。語学スクールはともかく、エステに通うための平日外出だなんて……」
「硬いこと言わないでくださいよ、先生……。そもそも、もっと軽く考えたらいいじゃないですか。支度金に一千万どころか、一億とでも頼んだらどうですか? 多分、くれると思いますよ。先生の人生を彼に預けることに、それじゃあ、不足なんですか? 随分と先生の値段は高いんですね」
かおりが揶揄うような物言いをした。
「まさか、白岡さんはお金をもらったから、彼の人生を渡すのだと……? 打算で愛を売るの」
「打算のなにがいけないんですか? もちろん、それも動機のひとつですよ。もっとも、そもそも、逆らいようもなかったですしね。考えてみれば、わたしのしたことって、豊藤グループに殺されても仕方がなかったことでしょうし」
「殺される?」
物騒な言葉だ。
真夫と彼女のあいだに、どんな因縁があったのかわからないが……。
「ねえ、先生の実家って、財産家? そうでもないですよね。そんな感じじゃないですし、一般家庭ですよね?」
唐突にかおりが言った。
ちょっと面食らったが、確かに、京子の実家はただの会社員であり、この学園に集まっているような金満家とは全く違う平凡な家庭である。
だから、そうだと応じた。
「だったら、なにが不満なんですか? 先生のこれからの人生で、あいつ以上に先生に貢いでくれる相手が現れるとでも? あいつを子供だと思わない方がいいですよ。いいですか、先生──。あいつは、豊藤の次期後継者です。社長令嬢のわたしが、喜んで奴婢になることを納得するくらいの存在なんです。その真夫に望まれたんだから、これ以上の幸運なんて、ないんですから」
かおりはきっぱりと言った。
そして、手をひらひらとさせながら、今度こそ、鉄格子の向こう側に行き、そのまま立ち去っていく。
出入口にロックがかかり、京子は再びひとり残された。
「……打算の愛か……」
京子はぽつりと呟いた。
別に他に好きな相手がいるわけでもない。
そもそも、学生時代から言い寄られることは多かったが、誰か特定の男性と恋愛をしたいと思ったことなどなかった。
自分は恋愛には向かず、もしかしたら、一生、結婚などしないかもしれないと思っていたくらいだ。
それでもいいと考えていた……。
確かに、真夫がそれだけの存在などだとすれば、京子がそれを忌避する理由はないのかもしれないが……。
そもそも、なんだかんだで、真夫はずっと紳士的だった気もするし……。
京子は、とりあえず、準備のために寝台から降りようとして、両脚を床におろした。
「ひんっ」
その瞬間、クリトリスに嵌められている金属環が大きく揺れて、股間から衝撃が走り、脳天を貫いていった。
「くあっ」
京子はそのまま膝を崩して、寝台からお尻を落として床にしゃがみ込んでしまった。
「あんっ、いやっ」
そして、床に尻もちをついた衝撃で、またクリトリスに嵌っている環が大きく動いて、ずんと疼きが迸る。
あまりも深い身体のその疼きに、京子はしばらく両手で胸を抱くようにして、身体を震わせてしまう。
前言撤回だ──。
あの真夫に紳士的な部分などない。
意地の悪いエロガキに違いない──。
京子は、局部のおぞましい淫具に言いようのない屈辱感を覚えながらも、じわじわと甘い被虐の快感が込みあがるのを意識しないわけにはいかなかった。