聖マグダレナ学園は全寮制の高等学校であり、駅や都市高速の乗り入れ口がある麓の都市部から車で二十分ほどの距離がある。
この日は学園の文化祭にあたる「文化部発表会」の最終日となる二日目ということであり、土曜日の今日は、学園外からも来客を受け入れることになっていて、最寄駅からのシャトルバスも運行しているようだった。
発表会の見学だけでなく、希望者には学園内のツアーも準備しているらしく、かなりの人手が学園外からやってくるようだ。裕福な家庭でしか入学は困難と言われている納付金が高額の学校だが、設備の充実度では全国的にも有名であり、見学だけでもしたいという者も多いようだ。
あゆみは、シャトルバスで人混みに紛れながら学園を訪問するばど考えられず、小萩に私有車による乗り入れの許可をとってもらった
それで、いま黒塗りのセダンのクラウンで学園に向かって進んでいるところである。
運転をするのは小萩である。
学園への道はすべて、学園の私道であるらしいが、街灯も路面も整備されたきれいな道だった。
だが、今日は開放されているが厳重そうなゲートがあり、そのゲートに沿って、侵入防止のような高いフェンスが山の中に張り巡らされている。
それが数箇所あり、いま最後のゲートである門を通過したところだ。
ここから先が、学園の設備がある学園地区ということになる。
「大した厳重さね。まるで要塞だわ。ここって、高校でしょう?」
後部座席に座っているあゆみは、呆れて言った。
「見えるだけのものだけではありません。噂によれば、ありとあらゆる防犯設備が整備されているらしいですわ、お嬢様。念のために申しておりますけど、ここから誰かをさらって、外に連れ出すなんて不可能ですからね。多分、そこらの刑務所よりも脱走は難しいと思いますわ」
「要塞ではなく、刑務所ということね。さしずめ、生徒は囚人かしら」
あゆみは声をあげて笑った。
来賓用の車の駐車場は、あちこちに準備されているようだが、あゆみたちのためには、主会場である文化部棟とそれに隣接する第二アリーナとやらに最も近い一角に準備されていた。
もっとも、あゆみは来賓としてではなく、今日は一般客としてやってきている。
駐車場に直接に乗り入れて、車を停める。
すると、外から扉が静かに開かれた。
工藤玲子だ。
すぐそばに、四人乗りのコンパクトカーが準備されている。
特に知らせたわけではないが、なんらかの確認手段があるのだろう。
「あら、理事長代理様の直々のお出迎えとは恐れ入りますわ」
あゆみは今日はあえて、和装でやってきていた。
車からおり立ったあゆみは、玲子に向かって静かに頭をさげる。
「理事長代理としてではなく、真夫様の奴婢としてお迎えに来ております。真夫様のお客様ですから」
玲子がにっこりと微笑んだ。
「相変わらず、忠誠心の高いこと」
あゆみはくすりと笑った。
スーツ姿の小萩もおりてくる。
すると、玲子は小萩に一枚のカードを手渡した。
「小萩さん、この自動運転車のカードキーになります……。扉の前側に差し込み口があるので差し込んでください。また、全部のシートにナビがありますので、行先を口頭で言ってくれれば、あとは自動運転で目的地まで移動できます。学園の敷地は広いですので、ほかの会場に行くときなど、お好きなようにお使いください」
玲子がカードを小萩に渡した後で、あゆみと小萩に伝えてきた。
「手回しのいいことだな。だが、別にこの車で勝手に動かせてもらってよかったのだが?」
あゆみは言った。
「勝手に移動することは許可しておりません。立入禁止地区には、指示をしても、自動運転車は向かわないようになってます」
「ほう、行ってはならんところがあるのか。それは是非行ってみたいな。わたしは、昔から好奇心だけは強くてな」
「警備員がおりますので無理ですね。侵入防止のトラップもありますので、近寄らない方が無難かと」
玲子が無表情で応じる。
あゆみは肩を竦めた。
「わかった、わかった。勝手はせん。もともと、真夫殿と光太郎殿にご挨拶だけするつもりで、長居をするつもりはない。ただ、真夫殿にお願いがあってな。そのときには、玲子も同席してもらえるか?」
「真夫様に? なんですか?」
玲子が怪訝な顔になる。
「取り決め書のことだ。まあ移動しながら話そうか。とりあえず、真夫殿と光太郎殿のいるところに……。ええっと、SS研だったかな。そこに頼む」
「……わかりました。歩いてもいい距離ですが、やはりこれで行きましょう」
玲子が準備されているコンパクトカーの扉に手をかざす。
手のひらが認証になっているのか、コンパクトカーの扉が横開きに開く。
普通の車とは異なっていて、運転手席があるべき場所にはなにもなく、前側には助手席のみあり、それが横向きになっている。
後ろ側は、最後部のシートが二人掛けで、真ん中は扉の反対側にひとり掛けの椅子があるという構造だ。
あゆみは最後部のシートに腰掛け、真ん中に玲子、前列の助手席に小萩が座った。
玲子が「文化部棟の正面入り口」とナビに告げると、扉が閉まり、ほとんど無音で滑るように進みだす。
「静かだな。電気自動車か?」
「はい……。ところで、取り決め書のことで真夫様にご希望することとは? 真夫様は、今回の契約のことについて、ほとんどご承知ありませんが?」
玲子が眉をひそめて、あゆみに振り返る。
あゆみは肩を竦めた。
取り決め書というのは、今回、九条家のあゆみが、真夫という豊藤の少年の愛人になることにあたり、関係三家が交わした約束ごとを記した書面のことである。
表に出せるようなものではないが、契約書のかたちをとっている。
九条家側は、京都にいる九条家当主、すなわち、あゆみの父の署名があり、豊藤側は“増応院”の署名で「魔王」こと、豊藤龍蔵、さらに、金城家当主の光太郎の祖父の署名だ。
もっとも、この三者が一同に会したことはなく、書類が移動し、それぞれ署名するということで結ばれたものだ。
父の話によれば、豊藤家の当主の豊藤龍蔵が署名とはいえ、表に出ることは滅多にあることではなく、三家の合意書に龍蔵の名が使われたことに驚いていた感じだった。
“増応院”というのは、豊藤龍蔵が出家して得た戒名ということだが、本当に出家しているのかどうかはわからない。まあ、彼は謎の男なのだ。
それはともかく、取り決め書のことである。
内容としては、今回のことで豊藤家から一定額の金品が定期的に九条家に支払われるということ──。
かたちの上であゆみが嫁入りをして婚姻関係となる金城家から、九条家に対して結納金名目で大金が支払われること──などだ。
九条家としては、これ以上、望むべくもないくらいに、あゆみが高く売れて、満足する結果だ。
さらに、坂本真夫──書面には“豊藤真夫”を記載されていたが──、最低十年のあいだ、彼とあゆみが愛人関係になることなどが記載されている。
ほかにも、幾らか三家の合意事項が記載されているが、あゆみは「十一項目目」と言及した。
「……お子様に関することですね」
玲子が言った。
あゆみは頷く。
玲子は書類の内容を全てそらんじているようだが、十一項目目は、愛人関係となるあゆみと真夫とのあいだに、子ができた場合は第一子を九条家に迎えるという項目だ。
あゆみは九条家の嫡女である。
親類はいくらでもいるが、主家の当主の父の子はあゆみのみである。
従って、あゆみには、男でも女でもいいが、次期当主となる子を作ることが求められていた。
そういう意味では、今回のことで、実際上のあゆみの相手が光太郎から真夫という少年に変わったのは都合がよかった。
金城家の光太郎とは、子をなすことが不可能ということはわかっていたし、そのときには、分家の男から子種をあゆみがもらうという取り決めになっていたのだ。
あゆみとしては、それが豊藤家の次期後継者に変わったということで、九条家の喜びは実はひとしおなものだった。
玲子は、その項目についてあゆみが触れたことで、不信そうな表情になっている。
「すでに、三家の合意を成された書面に、どうこう言うつもりはない。ただ、保障が欲しくてな」
あゆみは言った。
「保障ですか?」
「確実にわたしを妊娠させてくれるという保障が欲しい。それがなければ、いかに三家の合意事項といえども、その前提が崩れることになる」
あゆみの言葉に、玲子がさらに眉をひそめた。
*
「無礼講という感じで愉しそうだ」
玲子の案内で、あゆみは小萩を伴なって、文化部棟を歩いている。
建物に入る外の部分にも、露店や展示物、生徒による演芸のようなものがあり、あゆみが通りがかったときには、男女ふたりによるパントマイムをやっていた。
会場は幾つもあるが、文化部の集まるこの文化部棟と近くにあるアリーナが主会場であるらしく、周囲一帯は随分と賑わっている。
だが、一階から二階にあがって、少し進むと、異様なほどの賑わいを見せている場所があった。
展示物は室内のようなのだが、廊下にも見学者があふれている。廊下に展示画のようなものもあるが、ほとんどは室内に注目している気配である。
集まっているのは生徒だけでなく、部外者も多い。まあ、なんとなくだか、特に男が多い気もする……。
「あそこがSS研の展示会場ですね」
「へえ、大変な賑わいだ……。それでなにを展示をしていのでしょうか?」
SS研に到着したということで、あゆみは口調を改めた。
光太郎や真夫がいるというのはわかってるので、余所行きの言葉使いをしようと思ったのだ。
やろうと思えば、お嬢様言葉などいくらでも使える。
背後からついてくる小萩が、なにが面白かったのか、ぷっと噴き出した。
蹴りつけてやろうかと思ったが、着物姿でもあることだし、さすがに自重する。
「拷問と刑罰の歴史展示です……。ちょっと、お待ちください……」
集まっている人混みの後ろに着いたとこで、玲子がスマホを出して操作する。
すぐに室内側から人が割れて、男子制服姿の金城光太郎が現れた。
相変わらず人気者らしく、彼が姿を見せたことで、周囲の女生徒たちから黄色い歓声のようなものが飛ぶ。
あゆみは頬を綻ばせた。
「あ、あゆみさん、ようこそ……。その……久しぶりで……」
いつもそうだが、光太郎はあゆみと会うと、いつも気後れしたような不安気な表情になる。
多分、彼や金城家が隠していた光太郎の身体の秘密に理由があるのだろうが、そんなことは気にしなくていいのにと思う。
まあ、これまでは知らないことになっていたので、あゆみからそう言うわけにはいかなかったが……。
「お久しぶりでございます。お会いできて、嬉しゅうございますわ、光太郎様」
あゆみはにっこりと微笑んで光太郎の左手の肘にそっと手を伸ばす。
エスコートの体勢だ。
「どうぞ……」
光太郎があゆみを導く。
人が左右に割れたままであり、中に入る。
それなりに広く、通常の教室と同じくらいの広さはあるだろう。そこに、多分レプリカだと思うが、拷問具の展示や説明画、展示説明のパネルのようなものが並んでいる。
興味深いと感じたが、とにかく人が多くて、よく見えない。
やがて、さらに人だかりの多い一角に着き、光太郎が声を掛けてくれて、集まりの前に進むことができた。
「えっ?」
そして、思わず、小さな声をあげてしまう。
人だかりの中心にあったものに驚いたのだ。
低いポールと鎖で囲みを作った中心に、ふたりの人間がいて、ひとりは磔板に首と両手首を挟まれて中腰で立たされており、もうひとりは天井から吊るした鳥かごのようなもので首から上を完全に覆われて立っているのだ。
磔板の方は、もしかしたら女教師だろうか?
スーツ姿の若い女性だ。
ただ、スカートは結構短く、板が低いのでどうしても腰を屈めた感じになり、後ろから下着が見えるのではないかと思うほどだ。
もうひとりの鳥かごのような金属枠に顔を包まれているのは、背が低く、制服らしき服装なので間違いなく女生徒だろう。そして、よく見えば金属の顔の枠の前部分の外側から金属のへらのようなものが突き出ていて、それが口の中に入っている。さらに両手は背中で金属の枷の手錠を嵌められているようだ。
だから、口が閉じられなくて、かなりの涎が口から顎に垂れ、さらに制服の上衣を濡らしている。
磔板の女性もかなりの美女だが、顔を金属枠で覆われている女生徒も、よく見れば可愛い顔立ちをしている。
いずれにしても、拘束されている二人の姿は、かなりエロチックだ。
だから、こんなに人だかりになっているのだと悟った。
「写真はだめよ。見学だけだからね。そして、あと一分で次のグループと交代するからね」
柵の内側にいるひとりの女性が見物人たちに声をかけた。
鳥かごの少女と同じ灰色の制服を身に着けている女生徒であり、あゆみは彼女を知っていた。
白岡家の令嬢の白岡かおりだ。
そういえば、真夫の奴婢のメンバーの中に彼女の名があったのを思い出した。
「やあ、ようこそ、九条あゆみさんですね。はじめまして。あなたの婚約者の光太郎君とは、大変仲良くさせてもらってます。SS研の部長の坂本真夫といいます」
囲みの中にいたのは、磔台の女生徒と、顔のかごの女生徒、白岡かおりのほかに男子生徒がひとりいたが、彼が柔和な笑みを向けてきた。
彼が坂本真夫か……。
思ったよりも、普通だなと感じた。
一見した感じの印象は、どこにでもいる普通の少年というところだ。
しかし、笑みはいいなとも思った。
なんとなく、人を惹きつけるような印象深さがある。
一方で、その真夫があゆみのことを光太郎の婚約者と口にしたことで、そこにいた生徒たちが少し騒然となった。
表向きの関係をあえて、周りに口にしたのだと思う。
婚約者か……。
あゆみは苦笑してしまいそうになった。
それはともかく、見世物のようになっているふたりは、なんなのだろう?
あゆみは、改めて二人に視線を向けた。
よく見れば、ふたりとも、少し息が荒くかなりの汗をかいている気配である。確かに、おかしな拘束具は嵌められているが、基本的には立っているだけなのだが、かなり苦しそうな様子だ。
そして、ふと二人の足元を見ると、ふたりともせわしなく小さな足踏みのようなものをしている。
どうしたのだろう?
ただの勘で、まさかとは思うが、もしかして尿意──?
そんな感じなのだ。
「彼女たちは、実演展示を手伝ってくれているんです。中世の刑罰には、こういった晒し刑というのがありました。法というよりは秩序を犯した者に対して、見せしめとして町の中に晒すんです。これは羞恥刑というのもありますが、実情はもっと冷酷です。こういった晒し刑を受けた者は、多くの場合、市民としての枠から外れ、法秩序の範囲外という立ち場に置かれてしまうんです。そうなってしまえば、彼らはもう法の庇護は受けられません。殺されても、奪われても、犯されても、助ける者はありません。もっとも、羞恥刑の全部がそうやって人権の剥奪を伴なうというわけでもないのですけどね」
真夫が説明をする。
あゆみは、ちょっと躊躇ったが、真夫にすっと顔を寄せて耳元に口を近づける。
「……ところで、ふたりともちょっと辛そうに見えるんですが……」
尿意を我慢しているのではないかとまでは口にしなかった。
しかし、そんな風に思ってしまったら、どうしてもそう見えるのである。
「どうでしょうか? 一応、二時間交替で実演展示に協力にしてもらっているんですけどね。もしかして、始まる前に水でも飲み過ぎたんでしょうか」
真夫が笑って、ふたりに視線を向ける。
「京子先生も、柚子も、あと十五分で交代だ。それまで頑張ってな」
柔和な微笑みのまま真夫が言った。
えっ──。放置?
しかも、さっきの物言いでは、まさか、ふたりが尿意を我慢していることを知っている?
あゆみは怪訝に思った。
「ところで、真夫様、ちょっとお話が……。九条様とともに、よろしければ奥に……」
あゆみたちとともについてきた玲子が声を掛ける。
一緒に小萩もいる。
「話? ああ、わかりました。じゃあ、九条さんはどうぞ奥に……」
真夫が促す。
この実演展示とやらの一角の後ろは衝立で囲んでいて、外から見えないようになっていた。
その衝立に隙間をつくり、あゆみたちに入るように示す。
「じゃあ、いいね。ふたりとも。残り十五分だよ……」
一方で、真夫がふたりに小さく声を掛けた。
京子先生と呼ばれたミニスカートのスーツの女性と、制服姿の廸子という女生徒がかすかに首を縦に振る。
それ以上は顔の拘束のために動かせないのだろう。
ところが、次の瞬間だった。
真夫がふたりをちょっと見ていたと思ったら、ふたりが同時にびくんと身体を動かした。
「ひっ」
「んあっ」
同時に呻き声のような声を出す。
それだけでなく、小さく足踏みをしていた脚が内股に動き、ふたりもと太腿を小刻みに動かしだした。
まさか──。
この真夫という少年が柔和な外見に似合わず、大勢の女を奴婢として集め、さらに嗜虐癖の傾向があるのは知っていた。
それを承知で愛人契約に応じたのだが、まさかこの人だかりの中で──?
あゆみは実は耳がいい。
だから、周りの者は聞き取れない音を感じていた。
さっき、ふたりがびくんと動いたとき、ふたりの股間あたりから、小さなモーター音が聞こえた気がした。
それは今でも聞こえている。
尿意を我慢しているふたりに、さらに淫具のいやがらせを──?
もしかして、そんなことをしている?
SМ……。
羞恥責め──。
リモコンローター──。
そんな単語が次々に頭を席捲する。
うわっ──。
本物──?
本当に?
あゆみは、それに気がついて、顔が真っ赤に染まるのを感じるとともに、改めて決意を新たにした。
なるほど──。
やっぱり、そんな少年なんだ──。
だったら、まったく遠慮はいらないことだろう。
せいぜい、可愛がってやろうかしら──。
ちょっと、愉しみかもしれない。
ふふふ……。