公開展示とやらの後ろの衝立の中に入って、あゆみは唖然とした。
そこには、長机がふたつくっついていて、その周りに折りたたみのパイプ椅子があって、座って休めるようになっているのだが、そこに四人の女生徒が疲労困憊の様子で机に突っ伏していたのである。
「こら、あんたら、しゃんとしなさいよ……」
真夫とあゆみが衝立の内側に入ったところで、顔だけ覗かせた白岡かおりが呆れたように言った。
一方で、四人の女生徒たちは、机に上半身を倒したままなので、真夫やあゆみの存在には気がついてないと思う。
「だ、だったら、あんたも、利尿剤を飲んでから、そこの公開展示に二時間放置されてみなさいよ……」
「そうね……。かおりさんだけ会場整理役で、あれをやらなくていいなんて、ずるいわね……」
四人のうちのふたりが身体を倒したまま、恨めしそうに言った。
だが、利尿剤──?
やっぱり、外にいるふたりの様子は、なにか変だと思ったが、まさか、利尿剤を飲ませて、尿意を我慢させる意地悪をしているとは……。
あゆみは、呆れてしまい、顔を振り返らせて真夫を見る。
真夫は、隠す気はないのだろう。
笑みを浮かべたまま、あゆみに微笑みを向け続ける。
「そういうことです。是非、あゆみさんも体験してください。磔台に立つ前に、あれを一本飲むのが決まりですけどね」
そして、真夫が奥の棚を指さした。
そこには、大きなペットボトルが五本ほど置いてある。中身は少し濁った透明色で、見た目はスポーツドリンクかなにかのようだが、あれが利尿剤入りの水分なのだろう。
「えっ?」
「あゆみさんって?」
「なに?」
やっとあゆみという部外者の存在に気がついたのだろう。
机に突っ伏していた女生徒たちが一斉に顔をあげる。
そこにいたうちのひとりの顔はすぐにわかった。
西園寺家のひとり娘で、この学園の生徒会長をしている西園寺絹香だ。
それと、可愛らしい同じ顔をした双子の少女──。絹香の侍女が双子の少女なのは有名なので、絹香の侍女に間違いないだろう。
さっきかおりに向かって、恨み言を喋ったのは、双子のひとりと絹香だ。
もうひとりは知らない顔だ。
特徴的な顔をした美しい少女である。
いずれにしても、全員がこの真夫の奴婢たちなのだろう。それにしても、利尿剤を飲ませて、見学の生徒たちの前で立ちん坊をさせるとは、本当に真夫という少年は、いい趣味をしているようだ。
「うわっ」
「ひゃっ」
絹香と双子たちが当惑した顔になっている。
また、あゆみに続いて、さらに玲子と小萩、その後ろから光太郎まで衝立の内側にやってきた。
狭いので、それだけ入ればかなり窮屈な感じだ。
「あっ、立ちます……。どうぞ」
「こちらもどうぞ……」
四人のうちの双子が慌てて立ちあがる。
だが、真夫が手でそれを制する。
「いや、
真夫がさらに奥にあゆみたちを導く。
先こにあるのは、ただの本棚だが、奥とはどういことだろう?
それはともかく、光太郎のことを“ひかりちゃん”と呼んだ?
しかし、すぐに合点がいく。
ああ、男性名は“光太郎”だが、女性としての呼び方が“ひかり”か……。真夫は、光太郎を女性として扱っているのか……。
あゆみも納得した。
「ところで、いい機会なので、先に紹介しておきます。ここにいる絹香、梓、渚、
真夫が紹介した。
あゆみは軽く頭だけさげた。
そして、真夫を振り返る。
「……ところで、そんなことを堂々と喋っていいのかしら。衝立があるとはいえ、すぐそばに見学者がいっぱいいるみたいだけど……。まあ、あの様子なら、衝立のこっち側に聞き耳している者もいないかもしれないけど」
「ああ、その衝立は、あれでも高性能の防音材になっているそうだよ。この下の床の絨毯もね。それに、あゆみさんの言ったとおり、みんな京子先生と柚子……、特に、学園の四菩薩のひとりの京子先生が、SS研の実演展示に協力していることに驚いて、それどころじゃないんだよ。心配しなくてもいいよ」
「まあ、それならよいのですが……」
あゆみは肩を竦めた。
四菩薩というのが何のことなのか知らないが、とりあえず、気にしないことにする。
そして、真夫が本棚の前に立つ。
しかし、その真夫は本棚に触れようとして、思い出したように振り返って、さっき七生と呼んだ女生徒に視線を向けた。
「そういえば、七生ちゃんも、本格的なSS研の洗礼は初めてかな。実演展示はどうだった?」
真夫が七生に微笑みかける。
「うん……。この九条家の令嬢とやらは、もう仲間ということで、なにを喋ってもいいのかな? だが、初めての洗礼というのは正しいのだろうか。あの掻痒剤を塗ったバイブを挿入したまま授業に出たのは洗礼には含まないのか……。まあ、それはともかく、利尿剤を飲んでの実演展示は苦しかった。だが、ぞくぞくとしたかもしれない。総じて、まだまだマゾのエロスというのは奥深いと思った。君はいつも、わたしをぞくぞくさせてくれるよ」
七生という少女が破顔した。
どきりとするほど、可愛いと思ってしまった。
「それはよかった。じゃあ、また趣向を凝らしたことを考えておくよ」
「うん、愉しみにしている。また、わたしにマゾのエロスを教えてくれ」
七生が応じる。
マゾのエロス──?
喋っていることの半分も意味不明だ。
一方で、真夫は本棚の本の何冊かを出したり入れ直したりした。
すると、ゆっくりと本棚がふたつに分かれて開き、奥に向かう空間が出現する。
「ほう、隠し部屋なのですね」
あゆみは感嘆した。
そんな仕掛けもあるとは……。
「エレベータがあります。地下に行きましょう。そこがいいでしょう。込み入った会話も問題ありません……。じゃあ、玲子さんもお願いします……。あゆみさんの随行の方も」
真夫が促す。
すると、光太郎が本棚方向に寄ってくる。
「ぼくはいいのかな? よければ、同行しようか」
光太郎だ。
だが、これから話すことを光太郎に聞かせるのは、まだ躊躇うものがある。
一緒にこの真夫の奴婢になるのだから、遠慮もなにもできなくなるのかもしれないが、正直にいえば、まだそのときではないという気分だ。
「いえ、とりあえず、真夫様だけがよろしいでしょう。必要があれば、わたしからお話することにします」
玲子が口を挟む。
真夫が頷く。
「うん、じゃあ、そういうことで……。ところで、次の実演展示の担任は、ひかりちゃんに頼むね。いいよね」
真夫が光太郎に笑いかけた。
光太郎は目をまん丸に見開く。
「ぼ、ぼくもやるのかい──?」
「当然でしょう。SS研だし……。それに、京子先生に続いて、学園の二大巨頭のひとりのひかりちゃんも実演展示をするとなれば、SS研の展示に大きな箔がつくよ」
「わ、わかったけど……。ぼくは、あの水はいいよね? できれば遠慮したいんだけど……」
「んな、わけないでしょう──。二本は飲んでもらうわよ──。絶対よ」
声をあげたのは、双子のひとりだ。
なんで、あんなに偉そうなのだろう?
だが、光太郎はそれを拒絶することも、怒ることもなく、ただ困惑した感じになった。
もしかして、さっきのあれを光太郎がやってくれるの?
それは絶対に目に焼き付けようとあゆみは心に決めた。
*
「精液検査──?」
真夫が驚いたような声をあげた。
案内をされてやってきた地下である。
SS研と呼ばれる部室の下に、こんな隠れ処的な場所があるのは驚いたが、中は随分と広い。
エレベーターでおりた先にあったのは、大きな部屋だったが、ほかにもたくさんの部屋がある気配だ。
そして、あゆみたちは、その大部屋を横切るかたちで、隣接する一室にやって来た。
ごく普通の応接室であり、部屋の奥には小さなキッチンも連接されているどこにでもあるような部屋だ。
一方で、あゆみは、さっきの大部屋を横切ったとき、天井に鎖や縄掛けをするような滑車が金具がたくさんあることに気がついた。
また、ひとつの壁一面には棚があり、さまざまなSM器具が並べられていた。
つまりは、「調教室」というところか。
正式にこの真夫の奴婢になった暁には、あゆみもああやった場所で洗礼とやらを受けることになるのだろうか。
まあ、なるのだろう。
それはそれで、覚悟はしてる。
それはともかく、話し合いについてだ。
あゆみ、小萩、真夫、玲子の四人で向かい合うソファに腰掛け、テーブルを挟んで座っている。
お茶出しについては、あゆみが断った。
さっそく、「契約」に関する話となり、最初に玲子が真夫に、九条家、金城家、そして、豊藤のあいだで結ばれた「約束事」について説明をしていた。
本当に、この真夫は詳細なことについては報されてなかった感じである。
その後、こちら側──実際に説明をしたのは小萩であるが、それで口にしたのが、この真夫に精液検査を受けてもらいたいという要求だ。
すでに玲子の前で自分を出したので、深窓の令嬢の素振りはしなくてもいいかと思ったが、さすがに、あゆみの直接の口から、「精液検査」の言葉を出すのは自重した。
真夫だけでなく、玲子も面食らった顔になる。
「ま、真夫様に精液検査ですって──?」
玲子はちょっとむっとしている感じだ。
だが、こういうときには、小萩のいつもの鉄仮面が役に立つ。
小萩はまったく動じた気配もださずに、淡々と説明を続ける。
「ご理解いただきたいのです。すぐというわけではありませんが、このあゆみ様はいずれは、九条家の跡を継ぐ子孫を産んでもらわないとなりません。九条家は千年以上続く、歴史ある公家です。血を絶やすことはい絶対に許されないのです。真夫様に生殖能力があるということを保証して欲しいのです。そのための精液検査です」
「しかし、今更ではないですか。すでに三家の合意事項であるのに……」
「合意事項であるのは、あゆみ様と真夫様の子を、九条家の跡継ぎとして送るという条文です。でも、当然ながら万が一、真夫様に生殖能力がないということになれば、その前提が崩れます。もしも、生殖能力がないとなっても、それで三家の合意事項を解消するということではありませんが、子種はどうしても必要なのです。その場合は、別の方法を考えなければなりません」
「別の方法とは?」
真夫が口を挟んだ。
彼自身は、玲子のように当惑している様子も、困っている感じもない。上で自分の恋人たちに意地の悪いことを強要していたときと同様に、ちょっと面白がっている様子だ。
あゆみは口を開いた。
「真夫様は豊藤家の唯一の男ではないですよね。もうひとり、秀也という少年もいたはずですわ」
秀也というもうひとりの豊藤家候補の少年のことを知ったのは、最近のことだ。しかも偶然だ。
九条家の情報能力を駆使しても、豊藤家の内々のことは、なかなか探ることは難しかった。そもそも、豊藤家が現在でも国際的な絶対の財閥となり得るのは、その家の当主に伝わる代々の特殊能力のためである。
だからこそ、敵対勢力からは、常に生命を狙われる立場にあるのが、豊藤の当主だ。
従って、豊藤家は滅多なことでは、家族のことを公にせず、絶対の秘密とする。
あゆみが、ある筋から豊藤家のもうひとりの後継者候補がいることを知ったのは偶々のことでしかない。
まあ、富こそないが、歴史だけはある九条家ならではの情報収集能力によるところはあるとは思う。
もっとも、目の前の真夫とは違い、その秀也というのは現在の豊藤の総裁の龍蔵の血は引いておらず、龍蔵の甥だという。
ただ、そもそも、龍蔵に弟がいることも、どこにも出ていない事実ではあったのだが……。
「しゅ、秀也様から子種を──? まさか、本気ではないですよね。あなたは、真夫様の奴婢になることを受けたのでしょう──?」
玲子が真っ赤な顔で声を荒げる。
あゆみは小さく肩を竦めた。
「それほどに、九条家の血を繋げるというのは重大事ということですわ。そもそも、真夫様にちゃんと子種があれば、問題などありません。わたしも貞操は守ります」
「ならば、もしかしたら、真夫様以外の男と……秀也様と情を結ぶことがあり得ると──?」
玲子が激昂した感じで怒鳴った。
すると、突然に真夫が笑いだした。
「まあまあ、玲子さん、そんなに怒らなくていいですよ。よく考えれば、俺もちゃんとした精液検査なんて受けたことはないし、一度受けておくのもいいでしょう。納得しました。了解です、あゆみさん」
そして、真夫が言った。
「ありがとうございます。では、早速ですが、明日の日曜日にいかがでしょう。九条家の主治医のひとりがこっちにおります。その病院でお願いします。絶対の秘密が守られる場所です」
あゆみは言った。
「いえ、ちょっと待ってください。それは豊藤側の病院で……」
玲子が口を挟もうとした。
しかし、真夫がそれを制する。
「待ってください。わかりました。準備してあるなら、その病院で受けましょう。でも、ただひとつだけ条件がありますよ。それに応じるならです」
「条件……ですか?」
真夫が意味ありげにあゆみを見てきたので、あゆみは小首を傾げながら応じる。
「精液検査ということであれば、精液を容器に出すのでしょうね。それはあゆみさんにやってもらいます。それが条件です。それならば、精液検査に応じましょう」
真夫が挑戦的な表情を向けてくる。
もしかして、そんなことであゆみがたじろぐと思っているのだろうか?
「問題ありませんわ。なら、明日お願いします。真夫様の精液は、わたしが責任をもって、絞ってさしあげます
あゆみはにっこりと微笑んだ。