※この作品はR-18です。

淫魔王のいる学園【完結】   作:ドン・ドナシアン

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196話 父を継ぐ者

「真夫おおおお──っ」

 

 秀也の絶叫が、室内に響き渡った。

 喉が裂けるかと思うほどの慟哭──。

 あの瞬間、叫ぶという行為以外に残されていたものはなかった。

 

 目の前のモニターに、真夫のうつ伏せの死骸が映っている。

 動かない。

 頭と胸。

 二箇所に穿たれた弾痕。

 周囲には紅い海のように血が広がっていた。

 

 秀也は震える手で、机の端を叩いた。

 

「医師だ──」

 

 考えるより先に、言葉が飛び出していた。

 ……助けなければならない。

 いや、助ける。

 

 どんな手を使ってでも──覚醒してみせる。

 まだ間に合うはずだ。

 そのまま、秀也は震える手で受話器に伸ばした。

 

 ──だが。

 

 違和感があった。

 横にいる時子が、まったく動じていなかった。

 いや、それどころか、どこか静かに、秀也の動きを見守っているような気配。

 

「……秀也さん、無駄ですよ」

 

 その声には、狼狽も涙もなかった。

 

「なに──?」

 

「死んでいますから」

 

 淡々と、切り捨てるように。

 

「……そんなはずがねえ……。……ふざけるな……っ」

 

 秀也は怒鳴り返した。

 

「でも、現実ですよ」

 

「たとえ死んでたって、生き返らせる──。それぐらいのこと、俺にはできる……」

 

 時子は、ただ首を竦めた。

 その反応が、さらに怒りを呼ぶ──はずだった。

 だが、違和感は拭えなかった。

 いや、やっぱり、おかしい。

 

 映像の中だ──。

 真夫の身体の周囲には、奴婢の少女たちがいたはずだ。

 なのに、誰ひとり駆け寄っていない。

 抱きしめることも、叫ぶこともない。

 ……なぜだ? あの女たちなら、黙って見ているなど、あり得ない。

 

 秀也はモニターを凝視した。

 真夫の下に広がった血──その広がりが、突如として。

 

 縮んだ──?

 

 まるで逆再生されたかのように、一瞬で面積が小さくなり──その直後、また同じ軌道を描いて拡がっていく。

 しかも、それはまったく同じ形、同じ速度だった。

 

 次の瞬間──また、縮んだ。

 そして、また広がっていく。

 

「……なんだ、あれ。映像が……ループしてるのか……?」

 

 秀也の口から、乾いた声が漏れた。

 そこに映されているのは、いまではない。

 偽りの死──。

 

「本当に、肝が冷えましたね。わたしも一瞬、騙されました。さすが、あなたの子ね。やることが、結構、えげつないかも。でも、感想はいかがですか、秀也さん」

 

 すると、時子が試すような口調で、秀也に言った。

 秀也は唖然とした。

 

 


 

 

「コード=ゼロ」

 

 突然に現れた得体の知れない女がそう言ったとき、真夫の意識がその女に囚われた。

 言葉の意味もわからないが、いやな予感がした。

 

 その直後──

 女たちのあいだから、一斉に悲鳴が走った。

 

 振り返る。

 

 渚だった。

 しまった──。

 

 思い出す。

 昨夜、梓が相談に来ていた。

 普段は冷静な梓が、どこか怯えた顔で、声を震わせて言ったのだ。

 

『おかしいの。……渚のこと、なんだか変なの』

 

 そのとき、真夫は半信半疑だった。

 だが、梓の話は明確だった。

 こっそりと勉強合宿している学園施設内に会いにいったとき、夜間にひとりで外出していたこと。

 さらに、戻ってきたとき、靴の裏には泥がつき、肌にはわずかに乾いた血のような汚れが残っていた。

 それだけでなく、花火の後のような匂いも身体からすることが最近多いと……。

 ほかにも──話しかけたときに一瞬だけ返事をしなかったこと。

 普段、他人に見せることのないような、どこか冷えた笑みを浮かべていたこと。

 言葉遣いが、ごく一瞬、梓らしからぬ妙な言い回しだったこと。

 

 真夫は、慎重に渚を操心術で探った。

 表層の意識には、なにも異常はなかった。

 

 だが──

 ほんのわずかに、異質な“気配”があった。

 触れたことのない、まるで、別の……もの……。

 表には出てきていない──?

 だが、確実に、なにかがそこにいた。

 

 そして、今朝のニュースであった学園のある山の麓の駅前で発生した若者三人の銃による殺人事件──。素行の悪い連中だったらしかったが、犯人は見つかってない……。

 その時間のあいだ渚が学園内にいたかどうかを、学園の設備で柚子に調べてもらった。

 渚が学園内にいなかったという証拠は出てこなかった。しかし、いたという証拠も出てこない。

 さらに調べたら、この数日で同じような夜中の銃撃殺人事件がほかに二件発生していた。

 やはり、その時間の前後、渚の居場所が学園の記録から消滅していた。

 

 もしも、なにかがあるなら、銃──。

 

 まさかとは思う。

 

 ──でも、用心しよう。

 

 そう、心に決めていたはずだったのに──。

 

 その渚が、拳銃を構えていた。

 瞳は虚ろ。だが、その手は微塵も震えていない。

 

 一瞬にして、操心術で彼女を捉える。

 

 異質だ。

 やはり、あのときに感じたなにか。

 もしかして、別人格?

 ひとつの身体に別々の人格……。そういうものが、存在するとは耳にしたことはあった。

 だが、操心術で触れないもの……。

 もしも、渚に感じた違和感の正体がそれなら、その別人格が現れたときにしか、操心術で捕まえられない……。

 逆に言えば、操心術で支配するためには、別人格が出るのを待つしかない。

 だから、眼を離さないように気をつけていたのに……。

 

 真夫は、全神経を集中させ、意識の深層に触れた。

 

 捉えた。

 瞬時に、意識を刈り取る。意識を刈り取った瞬間、渚の身体は膝から崩れ落ちた。

 

 だが、すでに引き金は──。

 動いていた。

 

 銃声が、空気を裂く。

 

 だが、その直前に、意識を切断したことで、渚の身体が崩れるように倒れていっている。

 引き金が引かれたときには、すでに身体が倒れていて、撃たれた弾は天井に向けて数発、空しく跳弾しただけに終わった。

 銃口は宙を向いていて、炸裂した弾は天井に弾けて消えた──。

 驚愕の余韻が、肺の奥にまで残っていた。

 あとほんの一秒、判断が遅れていたら──すべてが終わっていた。

 用心していたのに、危機一髪……。

 

「真夫ちゃん──っ」

 

 あさひ姉ちゃんが、真夫の前に飛び込む。

 そのまま、倒れ込んできた渚の身体の影から、真夫にしがみつくように抱きついた。

 

「うわああああ」

 

 かおりちゃんもまた、怯えたように叫びながら真夫を庇い、その背後から強く抱き締めてきた。

 ものすごい力で、真夫をあさひ姉ちゃんごとひっくり返して、真夫の身体を自分の下にする。

 真夫は、あさひ姉ちゃんとかおりちゃんに抱きしめられながら、深く息を吐いた。

 

 終わったわけではない。

 だが、ひとつの危機は越えた気はした。

 

 静寂が、裂かれた。

 渚の銃声が天井に跳弾した直後──真夫は、すぐさま、もうひとつの気配を捉えて終わっていた。

 「コード=ゼロ」と突然に叫んだ女──。その意識の影が、空気の裏をすり抜けるように、女の中から姿を消そうとしていた。

 

 渚と同じ──。

 多分、別人格──。

 あの女に隠れていた、もうひとつの“存在”──。

 

 絡繰りはわかった。

 操心術に囚われぬにように隠しておいて近づき、こうやって隠れていた人格が操心術の支配下にない存在として、表に出て暗殺を企てたのだ。

 すでに、真夫は意識の輪郭にある“裂け目”に指先を差し入れるように力を注ぎ込んでいた。

 あさひ姉ちゃんとかおりちゃんに、うつ伏せの身体にしがみつけられながら、首を動かして女を見る。

 その場に倒れていた。すでに意識がないのは確認している。

 

 そして、周囲の空気に、ようやく遅れて動きが戻り始めていた。

 

 まず──。

 あさひ姉ちゃんが、自分の胸元で身じろぎをした。

 その腕にはまだ力が残っていて、真夫にしがみついたまま、小さく嗚咽を漏らしている。

 

「……怖かった……。ほんとに……怖かったよ、真夫ちゃん……」

 

 抱きしめ返す指は、確かに震えていた。

 だが、守ろうとする想いのほうが強かった。

 

「ふざけないでよ、こんなの聞いてないよ、あんた──っ」

 

 そして、かおりちゃん。

 真夫をあさひ姉ちゃんごと守るように、真夫の上に覆いかぶさるようにしたまま、なおも睨みつけてくる。

 けれどその目には、涙の膜が張られていた。

 かおりちゃんは、身体を真夫に重ねたまま、震えが止まってない。いまだに興奮したように金切り声で叫んだ。

 息が乱れている。けれど、必死に真夫たちの上に乗って抱きついたまま、動こうとはしない。

 

 明日香ちゃんと絹香は、二人で寄り添うようにして壁際にしゃがみ込んでいた。

 震えてはいたが、どちらも泣いていなかった。

 

「なに、なに? なにがあったの?」

 

 絹香が、膝に顔を伏せたまま呟いた。

 

「……いまの、なに? なに?」

 

 明日香ちゃんも、絹香に抱きついたまま、やっと我に返ったようにきょろきょろしている。

 一方で、七生は、相変わらず無表情のまま、じっと渚を見つめている。

 けれど──その目には、わずかな震えがあった。

 感情は動いていないように見える。

 けれど、その内側で、確かになにかを刻み込んでいる。

 

 梓は、崩れた渚の身体に縋りついていた。

 腕のなかで揺さぶるようにして、耳元でなにかを呼びかけている。

 

「お願い……戻って……渚……もう大丈夫だから……」

 

 涙に濡れた頬が、渚の首筋に触れていた。

 その声の震えが、真夫の胸にまで届いていた。

 

 九条あゆみは、もう銃を回収していた。

 細身の指で慎重に拳銃を渚の手からとりあげ、弾倉を抜いていた。

 その動きは、とてつもなく、冷静だ。

 そして、梓に視線を向ける。

 

「……他に、なにかを持ってないか確認して」

 

 冷ややかな声だった。

 

「あっ、はい」

 

 梓がはっとしたように、渚の身体を探り出す。

 

「大丈夫だ。敵意はもうない。この場所は制圧しているよ」

 

 真夫は全員に安心させるように声をかけた。

 そして、思い出して部屋の声を拾っている天井のスピーカーに声をかける。

 

「柚子、どうなった? まさか、本当に撃たれているとは思わなかったな」

 

『ご指示のとおりにしてます。いま、外にはダミーの映像が外に流れてます。自然なかたちで、一部が漏洩するようにしてますね』

 

「そうか、よかった。万が一と思って作ったのが、役にたったな……。でも、映像──よく間に合ったな」

 

『まさか、本当に撃たれるとは……。でも、予備で作っておいて正解でしたね』

 

「最初は“保険”のつもりだった。まさか現実になるとは思わなかった」

 

『あたしもです。けど、銃声が聞こえた瞬間、切り替えました。外には“暴漢に撃たれた”って感じで流してます』

 

「渚の顔は?」

 

『映ってません。あえて角度ずらしてます。あと、ご主人様の顔も映ってません。うつ伏せになってます』

 

「よかった。……ありがとな」

 

『そっちが無事だったからですよ』

 

「えっ、ちょっと待って。……いまの会話、なに?」

 

 かおりちゃんが、真夫の肩を掴んだ。

 顔を近づけ、怒ったように、けれど不安げに睨みつけている。

 

「なにって……?」

 

「いま、柚子と──まるで撃たれるのがわかってたみたいなこと言ったじゃないのよ」

 

 唇が震えていた。

 叫びたい気持ちを必死で抑えながら、問いかけてくる感じだ。

 

「いや、可能性のひとつとして……」

 

「えっ、どういうこと、真夫ちゃん。真夫ちゃんは知っていたの──?」

 

 あさひ姉ちゃんも詰め寄ってくる。

 

「いや、わかるものか。ただ、もしかしたらと思っただけで……」

 

「真夫ちゃん、ちゃんと説明して──」

 

 あさひ姉ちゃんが怒鳴った。

 だが──そのときだった。

 秀也が映っていたモニターの向こうから、鋭い銃声──。

 

「えっ?」

 

 乾いた破裂音が部屋を揺らした。

 しかし、その映像が、一瞬、砂嵐に染まり──そのまま切れた。

 

「柚子、なにがあった──」

 

 真夫は叫んだ。

 

『……一時的に、モニターが切断されました。いま、復旧します──』

 

 柚子の声がかすかに震えていた。

 しばらくの沈黙──。

 やがて、画面が揺れて戻る。

 

 映っていたのは──時子婆ちゃんだった。

 静かに前に出てきて、真夫に向かって頷いた。

 

「時子婆ちゃん、いまの銃声はなに──。なにかあったの──?」

 

 真夫はモニターに向かって叫んだ。

 

『落ち着きなさい。なにもないわ、無事よ。ところで、真夫坊はどうなの……? フェイク映像が流れる前に、銃声が聞こえたけど。あれも……フェイク?』

 

「いや。本物……。でも、大丈夫。こちらは全員、生きてるよ」

 

 そのとき、映像の脇から──秀也さんが現れた。

 息を切らせ、青ざめた顔で、こちらに身を乗り出てしている。

 

『真夫……。……大丈夫か……。大丈夫なんだな──?』

 

 声が掠れていた。

 その言葉には、いままでのような余裕や皮肉はなかった。

 本気で心配する顔だった。

 真夫は、その顔をじっと見つめた。

 そして、言った。

 

「秀也さん──。それとも、お父さんと呼ぶべきですか」

 

 部屋の空気が凍りついた。

 

「……なにそれ……?」

 

 かおりちゃんが、掠れた声で呟いた。

 

「はあっ」

 

「ええっ?」

 

 絹香、明日香ちゃんなど、秀也のことを知っている者が驚く声をあげる。

 他の者は、わけがわからないという感じだ。

 ただ、見た目は真夫と変わらない十代後半の青年の姿の秀也を、真夫が「お父さん」と呼んだ理由がわからないみたいだ。

 

『はあ、無事ならいい……。だが、本当に大丈夫か? ああ、それと、お父さんとは呼ぶな。俺には、そんな資格はねえよ』

 

「わかりましたよ、お父さん」

 

 真夫はわざと茶化した。

 すると、モニターの向こうの秀也さんの顔が真っ赤になった。

 意外な反応で、真夫もちょっと驚いた。

 

『……まあいい。とにかく、継承の儀だ……。集めた元老たちに、奴婢を抱かせるのは、もういい。だが、これから説明する手順で、操心術でこいつらの深層意識に暗示を刻んでもらう。お前が支配するんだ。これからは、お前が豊藤の当主だ』

 

「わかりました。なんでも説明してください」

 

 真夫は言った。

 すると、モニターの秀也さんが大きく嘆息する。

 

『……はあ……。それにしても、その前に聞いておきてえ……。さっきの映像はなんだ? あれは、わざと流したのか? もしかして、なにか勘づいていたのか──?』

 

「俺が死んだ映像のこと?」

 

『そうだ』

 

 真夫は怒っているようだ。

 明らかに、むすっとしている。

 あの映像は、柚子に指示して、この継承の儀がどういう結果に終わろうと、流すつもりでいたものだ。

 なにかが起きる予感はあった。

 だから、豊藤の後継者については、死んだという偽情報を流すつもりだった。そのために準備させたものだ。銃弾で撃たれる映像にしたのは、渚かもしれない存在による銃撃事件が続いていたから。

 しかし、それをもって、なにかを予期していたのかと言われても困る。

 ただ、予期していたことを匂わせていたのは、柚子だけだったのは確かだが。

 しかし、もちろん、細かい説明はしない。

 そして、ちょっとだけ意地悪を言いたくなった。

 

「もちろん、決まっているじゃないですか」

 

『ああ?』

 

「底意地の悪い父親への嫌がらせですよ」

 

 真夫は、平然と言った。

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