20話 愛人頭と少年
「話がある。ちょっと来いよ。そこの部屋だ」
秀也が言った。
有無を言わせぬ口調だった。
秀也が示したのは、真夫たちがまだ寝ている部屋に隣接するスイートルームだ。
真夫たちがいるのは、龍蔵が趣味で作った特別室であり、客に泊まらせる部屋ではない。秀也が示した部屋こそ、このホテルで最上級の部屋になる。
「その前にお話があります」
玲子は言った。
真夫のものになったことをはっきりと通告する必要があると思った。
それは、玲子にとってのけじめのようなものだ。
いずれにしても、玲子の心が真夫に落ちてしまったことを秀也に隠し通すことはできないだろうし、下手に小細工をしても、秀也の怒りが真夫や恵に向く可能性もある。
それだけは、阻止する必要がある。
もしも、秀也が感情的になったら、その矛先は玲子に限定させなければならない。
「話は、部屋でもできるだろう」
秀也は背もたれていた壁から身体を離すと、ジャケットの内ポケットからなにかを取り出した。
はっとした。
紛れもなく、それは玲子の股間にクリリングを操作する発信機だ。
とっさにスカートの上から両手で股間を抑えた。
だが、なにも起きない。
そして、秀也が笑いだした。
玲子は呆気にとられた。
「知らなかったのかい? 龍蔵の伯父貴があんたのクリリングを操作するコードを変更しちまったのさ。伯父貴自身の操作具も解除しちまったから、いま、その股間の玩具を動かせる操作具は、真夫に渡したものだけさ。やってくれやがったな、玲子……。というよりは、やったのは、あの真夫か」
秀也は笑い続けた。
とっさには、なんのことかわからなかったが、そういえば、玲子を操るクリリングの操作具を真夫に渡したとき、真夫が不自然に怒ったような大声を発したことがあった。
そして、その直後に、なにかに満足したように微笑んだのを思い出した。
多分、あのときに、龍蔵によるなにかの操作と真夫への伝言が行われたのだろう。
玲子は、いまさらながらそれに気がついた。
真夫が自分のために……。
玲子はちょっと嬉しくなった。
「へっ、色呆けのような顔をしやがって……。お前の面白いところは、いつまで責めても、本当には落ちないことだったんだけどな。たった一回寝ただけで、あんな男にころりと惚れてしまうのかよ。興醒めだな。まあ、いいや。とにかく、こっちに来い」
秀也は歩き始めた。
玲子はそれに従いながら、怪訝に思った。
秀也はまるで、玲子が真夫たちと過ごした光景を見ていたような口ぶりだ。
龍蔵が玲子たちの痴態を隠しカメラで見物することは予想していたが、秀也までもそれを眺めていたとは予想もしなかった。
それにしても、意外なのは、秀也が上機嫌であることだ。
いつもなら、玲子が秀也に逆らうような態度をとれば、冷酷な表情で玲子が苦しみのたうつまで「罰」を与えるはずだ。
だが、いまは秀也は、むしろ喜んでいるように思える。
秀也がカードキーを使って、目的の部屋を開いた。
玲子は大人しく入っていった。
「連れてきたぜ」
秀也が部屋の中に声をかけた。
玲子は視線を向けた。
「あっ、時子さん」
玲子は声をあげた。
入口に正面を向けているソファーに腰かけているのは、龍蔵の「愛人頭」の時子だった。もう八十を越える老婆であり、龍蔵の女では、もっとも古い女だ。
おそらく、もう龍蔵の性の相手はできないと思うが、龍蔵が十五歳で豊藤財閥を継ぐことになったときに、最初に愛人にしたのが、この時子なのだ。
もともとは、龍蔵の父親の妾のひとりだったらしいが、龍蔵の父が凶弾に倒れて死んだとき、龍蔵は、ほかの妾は金を与えて追い払ったが、この時子だけは手放さずに、自分の愛人にしたのだそうだ。
そのとき、時子も十五歳だったらしい。
以来、龍蔵は数多くの女を愛人にしては、飽きれば金を与えて追い払うということを繰り返していたが、この時子のみは、一環として自分のそばに置き続けた。
いわば、時子は、一度も正式の結婚をしたことのない龍蔵の「正妻」のような立場であり、同時に玲子のような龍蔵の愛人の「しつけ係」でもある。
玲子は秀也同様に、この時子に、「しつけ」として厳しく調教を受けた。
とにかく、気難しいという印象のある龍蔵に、もっとも影響力を持っているのが、この時子であることは間違いない。
だが、なぜ、ここに……?
そのとき、時子の正面のテーブルにある小さなモニターに気がついた。
そして、悟った。
あれは、この部屋とは隣室になる真夫たちがいる部屋にある隠しカメラの映像を映しているのだ。
どうやら、時子は、この部屋でモニターを使って、秀也とともに隣室の様子を見物していたようだ。
驚いたが、それ以上に「なぜ?」という疑問が玲子の頭を支配する。
秀也が時子の右隣のソファーに座った。
玲子はふたりの前までやって来て、そのまま立つ態勢になる。
そっと、玲子はモニターを覗いた。
やっぱり……。
そこにはプレイルームの寝台に横たわる真夫と恵の映像が映っていた。いまはふたりとも眠っているので声は聞こえないが、どうやら、音声もここに流れていた気配だ。
あれを見ていた……?
隠しカメラがあることは覚悟もしていたし、いまらさどうでもいいが、龍蔵だけではなく、時子や秀也にまで、ここで三人の痴態を眺められていたかと思うと、ちょっと腹がたった。
それに、あれは玲子にとっては、もっと特別で神聖なもののように思っている。こんなところで、見世物のようにされるべきものじゃないのだ。
時子がモニターの画面を消して、玲子に視線を向けた。
「龍蔵の指示で、秀也と一緒にあなたを試験していたのよ。もちろん、龍蔵も同じように屋敷でこれを見ているわ。あなたが秀也の脅迫に屈せずに、龍蔵の指示に従って、真夫君に忠誠を誓ったことについて、龍蔵は非常に満足しているわ。あたしたちの意見も同じ。合格よ、玲子」
時子が言った。
試験……?
合格……?
なんのことかわからず、玲子は唖然とするしかない。
「あ、あの……」
玲子は口を開きかけた。
だが、時子が横に置いていた指し棒を手に取り、びしりとテーブルを叩いた。
玲子はびくりと身体を緊張させた。
「それよりも、玲子──。あんた、愛人頭に対する挨拶はどうしたんだい。しばらく、しつけをしてないから、行儀作法も忘れたのかい。愛人頭に会ったら、それ以外の愛人はどうするんだい? あたしが作った特別ルールがあったろう」
時子がもう一度テーブルを差し棒で強く叩きながら怒鳴った。
玲子は慌てて両手でスカートの裾の前を握った。
時子は、自分以外の龍蔵の愛人に、自分に会ったらスカートをまくって下着を露出するように厳命をしていた。
自分以外の愛人に、そんな屈辱的な恰好を毎回させることで、時子とほかの愛人との立場の違いを理解させるためらしい。
龍蔵もそれを許していて、玲子はこの老婆には逆らえないということを身体で覚えさせられた。
急いでスカートをめくろうとする。
ほとんど条件反射のようなものだ。
だが、はっとした。
いま、スカートの中は……。
「早く、おし」
時子が苛立った口調で怒鳴った。
彼女に対する恐怖は、玲子にとっては、龍蔵や秀也を上回るものだ。
玲子は、スカートをたくしあげて、股間を露出した。
「ご、ご挨拶……も、申しあげます……。れ、玲子でございます……」
スカートをめくったまま玲子は言った。
それが躾けられた、愛人頭に対する挨拶なのだ。
そのとき、秀也がぷっと噴いた。
「おい、下着はどうしたんだい、玲子? はき忘れたのか? 革の調教下着は外してやったが、別に普通の下着をはくことは禁止していなかっただろう」
秀也が大笑いしながら言った。
そうなのだ……。
玲子は真夫のところから出てくるときに、下着もストッキングも身につけないまま出てきた。
別に禁止されてたわけでもない。
ただ、最初に会ったときに、このホテルの一階の喫茶店で真夫に脱ぐように命じられて取りあげられた。
あれはまだ真夫の荷の中にある。
勝手に持って来るつもりにはなれなかった。
真夫に取りあげられたのだから、真夫が返すまで……というよりは、真夫が玲子に下着を身に着けてよいと許可するまで、はいてはならない……。
そんな気がしたのだ。
そして、玲子はそうしたかった。
「スカートをおろして、手の甲をお出し」
時子が静かに言った。
玲子は言われたとおりにした。
その玲子の手の甲に、びしりと指し棒の打擲が襲う。
「ひっ」
玲子は悲鳴をあげた。
しかし、手を引っ込めるのは許されない。
許可なく、それをすれば、もっと激しい懲罰があるのだ。
「なんで、スカートをめくったんだい、この淫乱女」
時子がもう一度指し棒で玲子の手を叩いた。
「ぐうっ」
今度は手の骨が折れたかと思うくらいに痛かった。
時子は棒を引きあげて、指で手を戻していいと合図した。
玲子は手を戻して、痛みの走る部分を手で覆う。
まだ、痺れたように痛む。
「訊ねたことに答えるんだよ、玲子。わたしは、なんでスカートをめくったのかと訊ねたんだよ」
時子が不機嫌そうに言った。どうやら、急に腹をたてたようだ。
だが、玲子は、その理由がわからない。
「……そ、それは、時子さんがそうせよと……」
とりあえず言った。
いつものしつけに従い、スカートをまくって挨拶をした。
それでなんで叱られたのか……?
「馬鹿垂れが──。それは、お前が龍蔵の愛人だったときのルールだろう、玲子。お前はずっと試されているんだよ。あの真夫君は、もしかしたら、龍蔵の後継者になるかもしれない少年なんだ。龍蔵はそれを期待もしている。なんで、お前が龍蔵から離れて、真夫君に仕えるように命じられたのかわかんないのかい──」
「えっ?」
「龍蔵は、お前が真夫を支える女になってくれることを期待しているんだよ。だから、試されたんだ……。お前が本当に真夫君に忠誠を誓って仕えてくれるのか……。裏切ることはないか……。お前に真夫君のことを任せるのが相応しいのか……。そういうことをずっと試されてるんだ──。それにもかかわらず、あたしのような女に厳しく言われたくらいで、秀也の前で股ぐらを晒すとは何事だい──」
「試し?」
玲子は唖然とした。
「そもそも、あたしにスカートをめくって挨拶をするのは、龍蔵の愛人のルールだ。お前は、ついさっき、あの真夫君と過ごして、生涯の忠誠を誓う気になったんじゃなかったのかい──。あたしにはそう見えたけどね……。だったら、なんで、“もう、わたしは真夫君の愛人だから、お前には従う必要はない”と言い返さないんだい。お前は、真夫君の愛人だろう。しっかりおし、玲子」
時子が厳しくまくしたてた。
玲子ははっとした。
「も、申しわけありません……」
玲子は自分の非を悟った。
時子が怒っている理由もやっと理解できた。
つまりは、時子は、真夫の愛人になった以上、もう、龍蔵にも、秀也にも、時子にも従うなと主張しているのだ。
それが時子にとっての「正しい愛人としての行為」であり、それにもかかわらず、玲子が時子の命令に従ってしまったことに怒ったのだ。
すると、険しかった時子の表情がすっと和らいだ。
「誰に謝っているんだい……? 謝るのは、お前のご主人様だろう? 次に会ったときには、真夫君には、もっと詳しく龍蔵やあたしたちのことを説明するんだろう? そのとき、罰を受けるべきことをしたと言って、処罰してもらいなさい……。そして、これで、あたしからのお前へのしつけは終わりだ」
さっきと一転して優しい口調だ。
玲子は当惑した。
「……いずれにしても、龍蔵には、玲子はちゃんと真夫のものになったと報告しておくよ。試験には合格したとね……」
時子が続けた。
「あ、あのさっきから、試験とか……。合格とか……。なんのことでしょう……? 説明していただけませんか?」
玲子は言った。
すると、秀也が口を開いた。その顔にはずっと笑みが浮かんでいる。
玲子はこれほどまでに上機嫌の秀也をいままで見たことがない。
それが却って、玲子を不安に誘う。
「……それよりも、お前、よくも俺に逆らえたな。真夫に生出しされやがったら、俺がお前を破滅させると教えただろう。約束通りに、ネットにばらまいてやったからな。下品なマスコミに追いかけまわされる生活を送るといいぜ」
秀也がせせら笑った。
だが、玲子はそれに冷笑で返した。
「……どういたしまして……。わたしを見くびらないでくださいね。秀也様……いえ、秀也さんは、わたしに操心術をかけたままにしましたね。確かに、わたしは公園で、あの三人組に犯された幻を見させられ、そのあと、彼らの股間を口にしている写真であなたに脅迫されました……。でも、わたしは、その後、念のために、あの三人組を調べました。半日ありましたからね。それですぐに突き留めました。彼らは、昨夜のうちに半身不随にされて入院していましたよ。秀也さん、わたしを騙しましたね」
玲子は言った。
これには、秀也も驚いたようだった。
目を丸くしている。
しかし、玲子には秀也が突然に、龍蔵を裏切るようなことを口にしたのが、ちょっと不自然に感じたのだ。
玲子のことはともかく、龍蔵が処分を指示した三人組を匿うなど、龍蔵に対する挑戦も同じだ。
秀也はもっと用意周到で頭のいい少年だ。
その秀也が、龍蔵に逆らうという危険を冒してまで、あの三人組を守るとはどうしても信じられなかった。
そうすると、案の定、その三人組は、昨夜のうちに暴漢に襲われて大けがをしていたことがわかった。
手口も玲子が手配させた内容に合致する。
それで、玲子には秀也が、玲子を騙したということに気がついたのだ。
「こりゃあ、参ったな。操心術をかけてやったのに、それを見破りやがったのかい。まあ、悪く思うな。これも伯父貴の指示だ。あんたが俺の脅迫に屈せずに、真夫とかいう男に生出しさせるか、伯父貴が知りたがったんだ」
「龍蔵様のご指示?」
それにしても、さっきからそう言っているのは、本当のことか?
つまりは、秀也の脅迫は全部、芝居……?
龍蔵の指示で玲子を追い込んだ?
「そんな顔をするなよ。俺はあの真夫という小僧を嫌いじゃないぜ。なかなかの女扱いだしな。今度、ちゃんと紹介してくれ。学園では、俺のSS研にも入ってもらいてえな……」
「SS研」というのは、秀也が学園にひそかに作ったサークル活動であり、「ソフトSM研究会」の略なのだそうだ。
そこで秀也は、学園のアイドル的な女をこっそりと集めて、破廉恥な行為を続けている。
つまりは、秀也の愛人クラブのようなものだ。
そこに真夫を……?
「それに、伯父貴には、あんたの代わりに、新しい玩具をもらった。俺には他人に心を奪われた女には興味はねえ。それほど、女には不自由していないぜ」
新しい玩具?
玲子は首を傾げた。
すると、時子が口を挟んだ。
「……それよりも、玲子。龍蔵からの指示を伝えるわ。あなたがいままでやっていた龍蔵の秘書としての任を解くそうよ……。あなたは、龍蔵ではなく、真夫君の女になったのだから、その真夫君の女を自分の手元に置くべきではないと龍蔵は思ったのよ。龍蔵があなたの能力を見限ったとは思わないようにね。むしろ、あなたのこれまでの仕事には、感謝しているそうよ」
「えっ?」
これには驚いた。
龍蔵の秘書の地位を解任されるとは考えていなかったのだ。
しかし、言われてみれば、そうだろう。
龍蔵は、玲子から見ても病的なくらいに、他人に接するのを恐れている。
玲子が龍蔵に接することができたのは、玲子が龍蔵の女であり、逆らうことができないのを知っていたからだ。
だが、玲子は、血の繋がった子供とはいえ、龍蔵のコントロールの外に出た。
だったら、あの龍蔵が玲子を手放すのは当然だ。
龍蔵とは、そういう男だ。
「……あなたには、学園の理事長代理の職を準備したそうよ。これからは、真夫君の近くに仕え、理事長代理として真夫を守りなさい。無論、真夫君の専属弁護士兼秘書を兼務よ。彼に全身全霊で仕えなさい」
時子が続けた。
「えっ? は、はい」
驚いたが不服はない。
急いで返事をした。
真夫に会う前には、さまざまな打算から、龍蔵の近くに侍り続けることを望んでいたが、いまは真夫の近くで仕事ができることに悦びしか感じない。
だが、ひとつ疑念がある。
「……で、でも、わたしの後任の秘書は誰になるんですか……?」
あの病的なくらいに、他人が近づくのを嫌う龍蔵だ。
その龍蔵が、玲子に変わって、身辺に置くことを許した者は誰だろう?
「俺だ」
秀也が満足そうな表情で言った。
「しゅ、秀也さんが?」
「まあ、そういうことだ。伯父貴は、俺に伯父貴のそばで本格的に仕事を学べと言ってくれたんだ。真夫には悪いが、伯父貴は別に俺のことを見放してもいねえらしいな。そういうわけだから、これからは、そんなに学園にも顔を出せないかもしれないが、時々は顔を出すぜ。さっきのSS研には、男がいねえと始まらない。それを真夫に継がせたいのは本気だぜ」
秀也は、本当に機嫌がいい。
だが、やっと玲子は、秀也がその理由がわかった。
龍蔵の秘書役というのは、表には出ない龍蔵に代わって、外に対する命令を伝えたり、逆に各所からの龍蔵への報告を届ける重要な任務をする。
自然と、それはひとつの大きな権力になる。
それを任せられることになったのだ。
野心家の秀也としては、嬉しいに違いない。
それにしても、解せないのは、龍蔵の愛人頭の時子と秀也がやたらに親しそうなことだ。
これまで、こんなにこのふたりが仲良くしているのに接したことはない。
それで、ちょっと思いついたことがあった。
もしかしたら、秀也は自分に都合のいい人事をさせるために、龍蔵の愛人頭の時子に近づいた?
まさかとは思うが、秀也ならやりそうな気がした。
まあいい……。
いまは真夫だ。
玲子の役割は、あの真夫という少年に仕え、彼の身辺を守ることだ。
それだけでいい……。
「そういえば、秀也さんの新しい玩具ってなんですか?」
玲子は、思い出して、なんとなく言った。
「ああ、紹介するぜ……。おい、ナスターシャ、入って来い」
秀也が怒鳴るとともに、テーブルにあったボタンを押した。
すると、隣室が開いて、ひとりの金髪の若い美女が入って来た。
見事な金髪をしたスラリとした均整のとれた体形だ。
二十代後半というところだろうか。
だが、高慢さが顔に出ている。
玲子を上から下まで眺めまわしてから、おもむろに口を開いた。
フランス語だ……。
ただの挨拶だが、やはり、フランス語の口調に玲子だけじゃなく、時子や秀也に対して、どことなく蔑視するような響きがある。
そんな風に思えた。
玲子もフランス語で返す。
ナスターシャは、ちょっとだけ驚いた顔になった。
「へえ、命令されてスカートをまくるような娼婦のくせに流暢なフランス語喋るじゃないの。もしかして、ヨーロッパ育ち?」
今度は日本語だ。
日本語の発音も完璧であり、白人の美女の口から、違和感のない日本語が発せられるのは、逆におかしな感じだ。
それにしても、さっきの恥態を覗かれていた?
玲子は、恥ずかしさでかっと身体が燃えるのがわかった。
とにかく、このナスターシャが軽蔑の眼差しを向けている理由も知った。
「いいえ、日本以外に住んだことはありません」
玲子は、動揺を悟られないようにして、日本語で応じる。
「ふうん……」
ナスターシャは見下すような視線で玲子を見た。
「……まあいいわ。それよりも、秀也、いつになったら、龍蔵様に会わせてくれるのよ。わたしは、まだ来日以来、一度も龍蔵様に面会していないわ。秘書として仕えるんだから、早く会いたいわね」
ナスターシャが秀也に視線を向けた。
「出しゃばるなよ、ナスターシャ。お前の仕事は俺の仕事を支えることだ。龍蔵の伯父貴には俺が会うから、お前が会う必要はねえよ。そう言ったはずだぞ」
秀也が言った。
「ふん、まあ、どうだかね……。子供に務まるとも思えないけど、まあ、好きにしなさい。その代わり、大きな失敗する前にわたしに言うのよ。その年齢なら、失敗してものを覚える年頃だけど、あんまり大きなミスは、フォローするのも大変だからね」
玲子はびっくりした。
なんという無礼な態度をとるのだろうと思った。
だが、秀也は怒るでもなく、にやにやしている。
いや、あれはなにかを企む顔だ……。
そう思った。
「このナスターシャを雇ったのですか?」
玲子は思わず言った。
「ああ、フランスにある豊藤ファミリーの企業にいた優秀な女性のようだぜ。伯父貴が呼び寄せたらしい。まあ、俺の部下だ」
「来日して、いきなり子供のお守りをさせられるとは思わなかったけどね。まあ給料はいいし、言われたことはするわ」
ナスターシャはわざとらしく首を竦めた。
「とにかく、あんたが本格的に仕事をするのは、うちの健康診断が終わってからだ。明日、指定した病院に行ってくれ。俺も立ち会うからよ。もう、今日は戻っていいぜ」
「はいはい……。じゃあ、また明日、ボス」
ナスターシャは手を振って、部屋を出ていった。
玲子ははっとした。
雇われた直後の健康診断といえば、玲子はそのときに、股間にクリリングを手術で埋め込まれてしまい、龍蔵や秀也に逆らうことのできない身体にされた。
もしかして、あのナスターシャにも……?
玲子は秀也を見た。
すると、秀也が意味ありげに微笑んで、片目をつぶった。
玲子が戻ると、時子が口を開いた。
「あんなんでよかったのですか、秀也さん?」
「上出来だ。まあ、玲子を失ったのは多少残念な気もするが、新しい玩具も仕入れたし、しばらくは退屈もしのげるだろうさ。あの玲子は、一年かけても、ついには、本当に落ちることはなかったが、今度のフランス女はどうかな……。あのナスターシャも、多少は愉しませてくれるといいんだけどな」
秀也は笑った。
「ナスターシャは、すぐに落ちますよ。ぽっきりとね。まあ、気は強いようだけど、もって一箇月というところじゃないですかねえ。玲子とは違いますね。そのあとは、あなたの忠実な性奴隷になります」
時子が媚びを売るように笑った。
「だが、驚いたのは真夫だな。まさか、あの玲子をあっという間に、しかも、あそこまで従わせてしまうとはなあ……。これも豊藤の嫡子の血というものなのか……」
「それもあるんでしょうが、女扱いのうまさは天性のものなんでしょう。あの子は優しいわ。あなたみたいな強引なやり方とは違ってね……。女はあんな風に責められると、参ってしまうのよ」
「俺よりも、あいつの方が女扱いがうまいというのか──?」
むっとして言った。
しかし、時子はけらけらと笑った。
「嫉妬するんじゃないわよ、秀也さん。あの子とあなたとでは立場が違うでしょう」
時子がなだめるように言った。
秀也は柄にもなく一瞬、感情的になったことを恥じて苦笑した。
「……そういえば、あなたって、玲子に、真夫の精を受ければ、あなたの操心術は通じなくなるって言ったんだって? それは本当? 操心術にはそんな秘密もあるの?」
時子は訊ねた。
秀也は笑った。
「そんなことは出鱈目だ。玲子の脅迫の材料のひとつだ。他人に操られることなど、人一倍嫌う玲子だからな。初めて会った男の奴隷にされると言われれば、嫌がると思ったんだ。あんなに、あっさりと真夫を受けれるとは思わなかった……。それに、操心術にそんな効果があるなら、俺はあんたを操れなかった。そうだろう?」
「……だと思ったわ」
時子は首を竦めた。
「それにしても、面白いことになったな……。いずれにしても、真夫は、豊藤龍蔵の後継者となり得るかな? まあ、龍蔵の血を引くことは確かなんだろうが、それだけで後継者としての資質ありとは見なされんだろうからな」
「だったら、そのときには、誰が後継者になるの?」
時子が意味あり気に言った。
「……もちろん、能力のある相応しい者が豊藤龍蔵の跡を継ぐ──。当たり前のことさ」
秀也もにやりと笑った。
「それで、あたしはどうしたらいい?」
すると、時子が真顔になった。
「これからも、龍蔵の愛人頭として振るまってくれ。これまで通り、この秀也とは一線を画してな。そして、真夫を見張れ。俺もそれほどは学園にはいられなくなったからな。刻一、真夫のことを教えてくれ」
「わかったわ」
時子がねだるように小さく口を開いた。
秀也は、この老いた女に、操心術を使って、女としての快感を送り込みながら、その唇に口を重ねた。