「ま、真夫ちゃん……。手を……手を繋いで……」
恵は耐えられなくなって、階段の途中で立ち止まって小さく呟いた。
駅の改札口は、線路を跨ぐ二階にあり、ホームに降りるためには、階段を下りていく必要がある。
だが、いよいよローターに塗られた掻痒剤が本領を発揮して、桁違いの熱さと痒みが襲い掛かって来たのだ。
とてもじゃないが、足がふらついてしまい、階段をまともに歩けそうにない。
だが、はっとした。
たったいままで、真横を歩いていたと思っていた真夫がいない。
ふと見ると、すでにホームにいて、階段を下りる多くの乗客の向こうにいる。
いつの間にか遅れてしまったと思って、恵は慌てて脚を進めた。
しかし、追いつくのは簡単ではない。
なにしろ、恵を追い詰めているのは、怪しげなクリームによる痒みだけではないのだ。膣に挿入されているローターとクリトリスに貼り付けられているローターは、恵が身体を動かすたびに、これでもかという疼きを恵に伝えてくる。
とにかく、転ばないようにとだけ思って、手すりを掴みながら、なんとかホームまで降りた。
だが、やっとのこと到着したホームで、真夫の姿を見つけられなかった。
ホームはそれほど客が多いわけじゃないが、それでも三、四十人はいる。
恵は、階段の陰にでもいるのかと思って、そっちに移動しようとした。
そのとき、突然にヴァギナに押し込まれているローターが強い振動を始めた。
「うっ」
恵は、立ち竦んでがくりと膝を曲げた。
このホームのどこかにいる真夫が、リモコンローターのスイッチを入れたに違いない。
周りにいたほかの乗客たちが、怪訝な表情で恵に視線を向けようとしているのがわかった。
慌てて、表情を整えて、真っ直ぐに姿勢を保つ。
とにかく、急いでその場を離れた。
幸いにも、ローターの振動は一瞬で終わっている。
逃げるように移動して、階段の裏側に来た。
こっちには、ほとんど人がいない。
だが、そこで、またもやローターが微弱な振動を開始した。
今度は肉芽に密着しているローターも同時にだ。
「うぐっ、ぐうっ」
恵は懸命に歯を食い縛った。
さすがに今度は、平静を装うことはできなかった。
耳たぶまで真っ赤になるのを感じながら、恵はスカートの上から下腹部を押さえてしまった。
それほどまでに、痒みに襲われている股間に駆け巡る振動の刺激は鋭く、甘美な悦びに満ちている。
恵はなおも振動に襲われながらも、必死に真夫を探した。
いた……。
降りて来た側とは反対の階段の向こうに立って微笑みながらこっちを見ている。
なんだか、愉しそうに手招きしている。
恵はかっと熱くなるものを感じながらも、震える脚を真夫に向かって、前に進めた。
しかし、どうしてもへっぴり腰になっていまう。
とにかく、真夫のところに……。
たった二十メートルほど……。
だが、いまの恵には、遥かな遠くにも感じる。
頬が上気する……。
汗が全身から滲み出す……。
恥ずかしい……。
死ぬほど恥ずかしい……。
しかし、真夫の視線を感じると、この恥ずかしさが震えるような恍惚感に変化するのが不思議だ。
多くの見知らぬ他人がいる場所で、こんな風に真夫に辱められる……。
それは、恵が想像の中で思い浮かべ、自慰のネタにしたシチュエーションだ。
実のところ、恵は何度も何度も、同じように責められていることを想像の中で繰り返し、封を切らないローターを股間に当てて、幾度となく指で達した。
それと、全く同じことを「本物」の真夫にされて、責められている……。
これは、本当のことなのだろうか。
いまでも、信じられない……。
もしかして、真夫は恵の頭にあった願望を盗み見て、それでこんなことをしてくれているのではないか……。
そんな風にさえ思える。
それとも、これは真夫にそうされたいという恵の願望が産み出した妄想なのだろうか?
その証拠に、これは、なにからなにまで、恵が描いた自慰のネタそのままだ。
この痒みの苦しさ……。
周りに人がいるのに、こっそりとローターで辱しめられる恥ずかしさ……。
声を耐えるのも難しいような容赦のない快感……。
そして、それを少しもやめてもらいたくないという興奮と恍惚……。
妄想でもいい……。
真夫といられるなら……。
「ああっ」
また、声が出た。
距離は半分だが、そこでさらに肉芽の振動が強くなったのだ。
歩けない……。
つっとかなりの量の熱い蜜がノーパンの股間から内腿を伝って脚先方向に垂れる……。
慌てて、脚を閉じてそれを隠す。
恵は首を横に振った。
お願い……。
駄目……。
恵はこっちを離れて見ている真夫に、そう伝えたつもりだ。
すると、真夫の顔から笑みが消え、がっかりしたような表情になった。
愕然とした。
あの顔を真夫にされるなんて……。
慌てて、首を横に振ったことに対して、また首を振り脚を前に出す。
真夫がにっこりと笑った。
真夫が悦んでいる……。
なら、恵も嬉しい……。
進まなきゃ……。
這ってでも……。
でも、これは……。
「うっ」
また、声が出て、膝ががくりと落ちた。
さらに、振動が強くなった……。
ちょうど、周りに人がいない場所なので、真夫も容赦なく、恵を責める気なのだと思う。
なんとか、腰を落としたまま進む。
やっと、真夫のところに着いた。
恵は安堵の息を吐いた。
「よくやったね、あさひ姉ちゃん」
真夫がふらつく恵の腕を掴んでくれる。
そして、頭を撫でた。
駄目……。
これは病みつきになる……。
頭を撫でられながら思った。
狡い……。
真夫は狡い……。
真夫に責められて、その後にこんな風に優しく頭を撫でられたら、嬉しくて恵はどうしようもなくなるじゃないか。
本当に狡い……。
振動がとまった……。
ほっとしたのは一瞬だ。
リモコンローターが振動をやめると、すぐに恐ろしいほどの痒みが再び襲いかかってきたのだ。
「あっ、ああ、真夫ちゃん……」
恵は太股を擦り合わせて、苦痛を訴えようとした。
だが、階段を下りてきた乗客が数名そばにやって来た。
恵は口を閉ざすしかなかった。
真夫も、恵から腕を離して少し距離を開ける。
恵と真夫のあいだに、数名の男性が立つかたちになる。
歯を喰い縛って、身体を伸ばした……。
痒い……。
熱い……。
そして、怖い……。
とまっていると、どんどんと痒みが強くなる。
だが、まさか、こんなところではしたなく脚を擦り合わせるわけにはいかない……。
どうしたら……。
頭が朦朧とする。
「んっ……」
そのとき、かすかだが振動が……。
恵は強烈な快感を覚えながら、痒みが少しだけ癒される幸福感に我を忘れそうになった。
しかし、振動は一瞬だ。
再びふたつのローターは静止する。
途端に、また痒みが……。
だが、耐えられそうになくなると、また一瞬の振動……。
そして、淫具がとまって痒みが襲い、忘れた頃にまた責めてもらえる。
それを繰り返された。
もう恵は、なにがどうなっているのかもわからなくなってきた。
掻痒感の苦しみとそれが癒される快感……。
恵は、電車がやって来るまでのあいだ、ひたすらに股間の振動のオンとオフの洗礼を浴び続けた。
やがて、電車がやってきた。
乗客が動き始める。
「絶対に、自分の手で触っちゃだめだよ、あさひ姉ちゃん……」
電車に押し込まれながら、真夫が恵の耳元でささやいた。
真夫の悪戯は、電車に乗るとぴたりとなくなった。
恵は、真夫に押されるようにホームに入って来た電車に乗せられ、車両の隅の連結部に近い部分に押し込まれるように立たされた。
座席はいっぱいであり、恵のすぐ前にも座っている客がいる。
真夫は、わざとのように少し離れて吊り革に捕まって立っている。
じっと耐えたのはほんの少しだ。
扉が閉じて、電車が動き出す頃には、恵は身体を連結部に完全向けて前側を隠し、脚を擦り合わせては、小さな足踏みを繰り替えしていた。
我慢するのは不可能だった。
じっとしていようと思っても、股間の痒みが刺すように全身に拡がる。
それが恵を追い詰める。
ほんのちょっと……。
少しでいいから、ローターを……。
恵はすがるような思いで真夫に視線を送る。
だが、真夫はこっちを見てはいるが、まだ苦しみ方が不足だとでもいうように、小さく首を振った。
恵は項垂れて、熱い息を吐いた。
だが、あまりの痒さで無意識のうちに、手が下腹部に向かいそうになる。
それとも、電車の連結部の角のところに、股間を思い切り擦りつけられたら……。
しかし、自分で触ってはならない……。
真夫にそう「命令」されたのだ。
だから、触ってはならない。
恵の「ご主人様」の命令だ──。
ご主人様……。
そういえば、恵が真夫のことを「ご主人様」だと夢想をし始めたのは、いつの頃からだっただろうか……。
真夫は恵の心の中で、いつも恵に恥ずかしいことを強要する鬼畜の「ご主人様」だった。
女が縛られたり、恥ずかしい仕打ちを受けているSM写真集の男側に真夫の写真を貼って、恵が真夫にそうされているのだと思い浮かべて、どれだけ股間を濡らしたかわからない……。
そのたびに、自分のあまりのいやらしさに嫌悪感を覚えた。
だが、一方で、もしかしたら、あの「真夫ちゃん」なら、恵と同じようにいやらしくて、そして、変態で、恵がやって欲しいこんな「プレイ」を一緒になって愉しむのではないかと思った。
いや、願った……。
真夫と会わなかった五年……。
おそらく恵は、真夫のことを考えない日は、ただの一日もなかったかもしれない。
施設のときの子供時代の真夫との秘密の行為……。
あれは、いま思っても、恵の宝物だ……。
恵が中学校のとき、まだ小学校だった真夫は、とってもエッチで、そして、SMが大好きな男の子だった。
最初のきっかけは、施設で流行っていた警察ごっこだったが、そのとき、人質役だった恵の股間を犯人役だった真夫が、突然にぎゅっと押したのだ。
まだ、ふたりとも小学生であり、真夫など小学校の低学年だったと思う。
びっくりした。
なにが起きたのかもわからなかった。
一瞬にして、電気が走ったように全身が痺れて、あまりの気持ちよさに目の前が真っ白くなった。
一秒……?
二秒……?
おそらく、それはほんのちょっとの時間だったはずだ。
しかし、あのときの恵は、まるで長い時間、ずっと気持ちのいいことをしてもらっていたかのような大きな充実感を覚えた。
なによりも、あの真夫の指の気持ちよさ……。
父親に犯されたという経験から、男との交わりは吐気を及ぼすような嫌悪でしかなかった恵に襲った突然の青天の霹靂だった。
そして、恵は真夫に夢中になった。
人目を忍んでは、真夫に同じことを頼み、そのたびに、あのときと同じように、恵は真夫に縛られているのだと想像して、悦に耽った。
いまの恵の性癖は、そのときの施設における真夫との秘密の遊びが形成したものだ。
だが、寮のある高校に入ることになり、施設を出ることになった。
これを機にこんなことはやめよう……。
恵は決心した。
自分の欲情した身体を癒すために、「真夫ちゃん」を使うなんて……。
そして、最後にセックスをしてもらい、恵は真夫と別れた。
真夫には別の女の子まで準備して、完全に関係を絶った。
忘れようと思った……。
しかし、忘れられなかった。
自分が信じられないくらいに淫乱な女だと気がついたのは、施設を出てすぐだった。
悶々とした身体の火照りを抑えられない。
あの真夫との秘密の行為が欲しくてたまらない。
恵はそんな淫乱な女なのだ。
それを思い知った。
セックスを求めて、身体を癒してくれる男の子を見つけるということもできなかった。
恵に告白をしてくれる男の子も少なくはなかったが、そもそも、恵は男の子が怖いのだ。
ふたりっきりで身体が恐怖で震えない男性は、唯一、真夫だけだ。
真夫に会いたい……。
会いたい……。
だが、身体の疼きがとまらないから会いに行くなど、あまりに真夫に失礼だ。
恵は躊躇した。
真夫がどこでどうしているかは、ずっと恵は追っていた。
どこの高校に通い始めたのかということも知っていた。
しかし、会いにはいかなかった。
もう真夫は恵のことなど、遠い思い出のように忘れているはずだ。
そのために、新しい女の子まで準備して、真夫を申し送ったのだから……。
それに、その当時の自分のやったことは、あまりにも破廉恥すぎた。
それが恵に真夫に会いに行くことを拒ませ続けた。
恵の醜くて、汚くて、いやらしい欲望に真夫を巻き込んではならない。
そう思った。
だが、想像はした。
突然に真夫と出逢い、それで、実は真夫も恵と同じようにエッチで変態なのだ。そして、女の子を苛めたり、辱めるのが大好きで、恵がそれを強要されるのだ……。
だったら、どんなにいいだろう……。
そんな想像を繰り返した。
そして、自慰をした。
おこがましいかもしれないが、もしかして、真夫はまだ、恵を好きだと思ってくれていて……。
あの施設での「秘密の遊び」が、子供時代の興味本位の悪戯のようなものではなく、本物の愛情に根付いたもので……。
真夫もまた、恵のことが忘れられなくて……。
そう夢想した。
そんなはずはないとわかっている。
でも、もしも、そうだったら……。
ずっと、思っていた……。
恵は本気だった。
生涯にひとりだけ……。
真夫だけ……。
真夫にとっては、恵は一緒の施設にいた淫乱で変態な変わり者の少女にすぎなかったかもしれないが、恵はおそらく、大人になっても、真夫以外の男性をこれ程までに好きになるわけがないという確信はあった。
そう思って、恵はひとりで悶々とし続けた。
だが、本当に真夫のところに会いに行く勇気はなかった。
さらに、その夢想さえも、諦めなければならない事が起きた。
恵の父のことだ……。
突然にやって来た借金取り……。
見せられた恵の名がある連帯保証人の書類……。
再会した哀れな父親の姿……。
娘に媚びる父の声……。
その父を死ねと怒鳴り続けるやくざたち……。
恵はすべてを諦めた。
夢は夢……。
しかも、自分には夢を心に浮かべることも許されないないのだと思った。
だが、思いがけない真夫との再会……。
真夫が恵のことを忘れておらず、同じように施設のときのことを特別に思っていてくれたという告白……。
しかも、恵のことを好きだと言ってくれた……。
自分でも嫌になるような恵の内心の淫らな変態的な欲望に対し、自分も同じ変態だと笑ってくれた真夫……。
そして、真夫は鬼畜で……。
淫らで……。
変態で……。
セックス……。
もう、それで十分だった。
一生分の幸せをもらったと思った。
これで悔いなく死ねる。
娼婦になるまでの残りの十日間を生涯忘れらない思い出にしよう……。
それだけでよかったのだ。
だが、あっという間の事態の変転……。
突然の救いの手……。
真夫の奴婢になるのだという思いがけない話……。
いまでも信じられない。
しかも、玲子さんという「仲間」までできて……。
それにしても……。
痒い……。
痒い。
痒い。
痒い。
痒いのだ……。
もう、なにも考えられない……。
そのとき、電車の速度が落ち始めた。
恵は朦朧さの中で行っていた思念から醒めて、現実に戻った。
電車がターミナルステーションに近づいたようだ。
ほとんどの乗降客が、扉に移動していく。
恵と真夫が降りる駅は、さらに二つ先なのでここでは降りない。
そのときだった……。
股間の二つのローターが激しく振動を開始した。
「んふううっ」
さすがに声が出たが、それは電車のブレーキの軋む音でかき消された。
全身を硬直させながら、恵は両膝を折って、下腹部を両手で抑えていた。
しかし、出口に向かう乗客とは反対側にいるので、恵の姿はほとんど人目に引くことはなかったようだ。
「あさひ姉ちゃん、座ろう……」
そのとき、いつの間にか、真夫が隣にいて、降りるために席を立った空席に恵を導く。
真夫もその隣に腰かけた。
「ん、んん、んん……」
恵は、座席に腰かけたまま、歯を食い縛って身体を震わせ続けた。
電車が停まった。
扉が開いて、目の前からも人がいなくなる。
そのあいだも、股間の振動は続いている。
しかも、さらに強くなる。
ふと見ると、真夫の左手は上着のポケットに入ったままだ。
いく……。
このまま……。
恵はエクスタシーの衝撃を感じて、ぐっと身体を硬直させた。
だが、まさに絶頂をしようとした瞬間に、ローターがぴたりと静止した。
愕然として横を見たが、真夫はにやにやと笑っていた。
「……続きは、俺たちが降りた駅のトイレでね……」
真夫が耳元でささやく。
「ああ、真夫ちゃんの意地悪……」
恵は身体を悶えさせて泣き声をあげた。
「そうだよ。意地悪で、鬼畜で、あさひ姉ちゃんを苛めるのが大好きな変態の真夫だよ」
真夫が笑った。
ホームから入って来た乗客が恵と真夫の前にもやってきた。
恵は両腿をぴったりと合わせて、上気した顔を隠すために顔を俯かせた。