秀也は少しも機嫌がいいようには見えなかったが、実際にはかなりの上機嫌であることが時子にはわかった。
これまでの事態の推移をすごく面白がっている──。
そんな感じだ。
実際のところ、まだ真夫を自分の手のひらに載せている……。
そう思っているのだろう。
だが、真夫はそんな簡単な少年ではない。
ああ見えても真夫は、人を惹き付ける不思議な雰囲気を持っている。
それは、秀也にもない真夫の不可思議な魅力だと思う。
真夫は、操心術と異なる力で、人を支配するのではないだろうか……。
あの玲子が、真夫に一瞬にして一目惚れしてしまったのが、その証拠だ。
秀也とは異なり、実際に真夫に接している時子にはそれがわかる。
「時子、今日は俺の一物を舐めてくれ」
時子の新しい住まいとなった特別寮の管理人室にやって来た秀也は、すぐに時子に口で奉仕をするように命じた。
時子は驚いた。
もう、この数年、そんなことは一度もなかったからだ。
そもそも、秀也の一物は勃起をすることができない。
それは、相手が時子だからというわけでなく、どんな若い美女であろうと、秀也の股間は役には立たないのだ。
だから、最近の秀也は操心術による疑似セックスを専らにしている。
操心術で、女には性交の記憶と実感をさせておき、現実には秀也はなにもしないのだ。
秀也と関係したと思っている女たちも、実際には暗示の中で秀也の相手をしただけであり、挿入されたとしても、ディルドやバイブのことだ。
しかし、それは、時子だけが知っている絶対の秘密だ。
秀也は、自分が「男」としての機能を失っていることを誰にも知られないようにしているのだ。
「いいのですか……? 龍蔵様から禁止をされているのでは?」
時子は首を傾げた。
秀也の女遊びは激しい。
だが、秀也の身体に、従来にはなかった健康上の異常を見出すようになってから、龍蔵は秀也に女遊びを慎むように命じていた。
気の強い女を調教して屈服させるのが好きな秀也の性癖だったが、女を調教するのはいくらやってもいいが、実際の性行為はなるべく避けるようにと、龍蔵は厳命したのだ。
それ以降、秀也は、そのとおり、操心術で女を想像で犯すことはあっても、女を本当に犯すということはやらなくなったが、それは龍蔵の命令に従ったのではなく、その機能を失っていたからというわけだ。
そのことは、秀也は時子にしか言わず、龍蔵にも教えていないはずだ。
「いいから、萎えている俺の一物をしゃぶってくれ。勃起しなくても、俺は快感を覚えられる」
秀也はモニターに面して椅子に座り、大きく股を拡げた。
時子は、その秀也の足のあいだに跪き、ズボンから性器を出すと、口の中に含む。
唾液を利用して、舌だけでなく口全体で包み込むようにして奉仕を開始した。
すると、すぐに秀也は、気持ちよさそうな小さな呻き声を出した。
「やっぱり、お前の舌遣いは絶品だな。いろいろな女にやらせたが、どんな女でもお前の舌にはかなわない。勃起しない体質になってよかったのは、お前の舌を長く味わえることだな。さもないと、あっという間に精を出しそうだぜ」
秀也が自嘲気味に笑った。
口ではそう言うが、この秀也も男としての機能を失ったというのは寂しいはずだ。
時子には、その寂しさがわかるだけに、それを少しでも紛らわしてあげようと、一心不乱に口で奉仕し続けた。
ここは特別寮の管理人室でも、そこから隠し経路を使って降りた地下室である。
また、目の前のモニターは、学園内の理事長室の横や、学園敷地外の「豊藤龍蔵」の屋敷に存在するものと同じであり、学園内にある数千の隠しカメラの映像と音声を確認できるものだ。
中央の大きなモニターを囲むように、左右に八個のモニターに同時に映像を映すことができるとともに、手元の音声マイクで制御して、自由に映像と音声を切り替えられるようになっていた。
そして、地下は五人分の特別生徒の地下ルームに隠し通路で繋がっているだけでなく、学園内を縦横に走っている地下経路にも通じている。
だから、地上に出ることなく、カートで龍蔵のいる屋敷にも移動ができるし、学園内の各棟にも行ける。
ただ、学園内の地下経路の存在は、維持管理をする特別作業員を除けば、ほとんど知らせてはいない。
いま、中央モニターに映っているのは、教室にいる真夫の様子だ。
さっきまで、時子もそれを眺めていたが、学園初日は特に問題ないようだ。
龍蔵の隠し子であるということは表沙汰にはせずに、孤児院出身の少年ということで編入させたことで、いじめのようなことを時子は心配していたが、学園の生徒会長である西園寺絹香が親しそうに接しているということもあり、少なくとも同じ教室の生徒たちは、あっという間に真夫を受け入れた感じだ。
真夫の従者生徒となり、その真夫がたった二日で落としてしまった白岡かおりについても、特にトラブルのようなものはなく、クラスメイトは自然に接している。
時子はほっとしていた。
「……ゆっくりでいいぜ。話しながらやってくれ。その代わり、しばらく続けてくれねえか……。本当に気持ちいいんだ」
秀也は言った。
「遠慮なさるとは、秀也さんらしくありませんよ……。こんな老婆でよければ、半日でも、一日でも奉仕しますよ」
時子は口を離して言った。
そして、すぐに奉仕に戻る。
「……俺にとっては、お前は老婆じゃねえよ。俺には、若くて美しかったお前の姿が心の中で見えるんだ。どんなに女に狂っても、それは玩具としての愉しみにすぎないが、お前は別だ。だから、俺はお前を奪ったのさ」
「嬉しいことを……」
時子は口に包む場所を幹から睾丸に移しながら言った。
勃起はしないが、秀也がちゃんと快感を受けていることは、しっかりと時子には伝わっている。
「……それにしても、真夫には驚いたな。あの白岡家の娘のことは予想外だ。随分と面白そうな女狐のようだったから、屈服にはてこずるかと思ったが、二日で完落ちさせるとはな……。しかも、真夫は操心術を遣ったようだ。驚いた成長だ」
秀也は言った。
真夫がかおりを調教する様子は、時子とともに、秀也はこの部屋でずっと観察をしていた。
いまや、秀也の興味は、真夫に集中しているといっていい。
直接は真夫の前には姿を現さないものの、かなりの時間を隠しカメラで真夫を観察することに費やしている。
一族の後継者になるかもしれない真夫という少年のことを……。
「操心術でなくても、かおりという少女は真夫に落ちたでしょうね。真夫は女を手懐ける術を本能としてわかっている気がしますよ……。飴と鞭……。どこまでも優しく、そして、どこまでも厳しく……。そして、女としての快楽の与え方……。あなたを越える女たらしになることは確かでしょうね」
時子は股間に奉仕をしながら言った。
「俺を越えるか……。まあ、いずれは操心術でも越えられるかもしれねえな。あいつは、あっという間に、俺が絹香にかけた操心術の暗示を解いてしまったからな……。おかげで、かけ直すのに苦労した。今度は、なかなか解かれないように、注意深く刻んだ。だが、真夫なら気がつくかもしれねえ。まあ、そのときは、そのときだ」
秀也の言葉に、時子はびっくりしてしまった。
思わず、口を秀也から離した。
「また、絹香嬢に暗示をかけ直したんですか? なぜです?」
「絹香だけじゃねえ。白岡家の娘にもかけ直した。あいつらは、真夫に対する“試し”の道具だ。絹香には、真夫をSS研に誘うように命じている。そこで、女をあてがって、操心術を磨いてもらう。女遊びが真夫の操心術を鍛えるのに最適だというのは、今回のことだけで明白だ……。それよりも、やめるなよ。話はしていいが、奉仕はやめるな」
時子は慌てて、口に秀也の一物を咥え直した。
相変わらずの勃起しない性器だったが、時子は時子で、この秀也に対する奉仕に心からの悦びを感じている。
そもそも、時子はもう八十三だ。
こんな老婆をひとりの女として扱ってくれる男など、この秀也を除いて皆無だろう。
十五のときに、秀也の父に強姦されて妾にされたときには、晩年にこんな人生が待っているとは思わなかった。
いずれにしても、真夫について秀也がなにを考えているか、真実はよくわからない。他人の心を操るくせに、人一倍自分の心を読まれるのを嫌う男だからだ。
真夫のことも、時子の前では、もう後継者として認めるような発言をしているものの、実際にはまだなにかを企んでいる気配さえある。
「……だが、ひとつ気にいらねえ……。真夫……、あいつは女に甘い。ひとりの女に縛られねえというのは、一族の後継者として合格だ。だが、女は道具だ。道具のひとつひとつに心を移す必要はねえ。そういう意味で、あの孤児の娘はちょうどいい。俺は、あの女を使って、真夫のことをもっと試したい」
「女を道具だと言い切るなんて……。あたしも女ですよ。婆あですけど……」
時子は秀也のものを舐めながら笑った。
「……今度、自分のことを婆あと言ったら、折檻するぞ。調教し直してやる。俺がそう言っても、お前は言うな」
「まあ、久しぶりすぎて、ぞくぞくしますね。この歳で、あなたのような若い男に調教をしてもらえるなんて」
時子は秀也の軽口を、それ以上の軽口で返した。
秀也は苦虫を潰したような表情になった。
「……俺を若い男と言うなよ……」
やがて、秀也は言った。
「じゃあ、折檻してくれますか?」
時子は誘うように応じる。
秀也がぷっと噴き出した。
「お前にはかなわねえな。いいだろう。そこで待っていろ」
秀也が立ちあがってモニター室を出ていく。
戻ったときには、箱に入れた調教具を持って来ていた。
「両手を出せ、時子」
秀也は椅子に座り直して、さっきの姿勢のまま床に跪いている時子に向かって、両手首に嵌める革枷を差し出した。
手には、革枷のほかに一本の乗馬鞭も持っている。
時子が両手を出すと、その手首に革枷が嵌められる。
「手錠をされたら、すぐに首の後ろに両手を持っていけ──。そんなことも言われないとわからねえのか」
乗馬鞭が横腹にびしりと食い込む。
「うっ」
そんなに強い力ではなかったが、鞭で打たれた衝撃に、時子の股間には、忘れていた熱さがかっと込みあがった。
時子は急いで両手を首の後ろに置く。
その首に、真っ赤な首輪が付けられ、首輪の後ろ側の金具に手枷の鎖が繋げられた。
「勃たなくても、こういう便利なものはあるぜ」
秀也がズボンと下着を脱いで、萎えている一物に革のベニスサックを被せる。
男性器の覆いを付けた秀也の股間には、確かに勃起したペニスが生えたかたちになった。
「……で、でも、龍蔵様に禁止されているのでは……」
時子は遠慮深く言った。
性交ではないといっても、ペニスサックを使って犯すのであれば、性交と同じではないか?
「俺を龍蔵と、どっちを優先するんだ?」
秀也が試すように言った。
「場合によりますね」
時子は応じた。
秀也が満苦笑する。
「そこは、嘘でも俺だと断言すべきだろう」
「秀也さんには、まだ長生きして欲しいんです」
「そりゃあ……悪かったな……」
秀也が意味ありげに微笑む。
「……いくぞ……。心を楽にしろ。俺を受け入れるんだ」
そして、その秀也が時子の頭にそっと手を当てた。
すぐに、操心術が時子に流れ込んできた。
時子の身体は、まるで二十代のときのようにかっと燃えあがり、そして、八十三歳の老婆の股間にあふれるような蜜がにじみ出てきたのがわかった。
「これで、お前の身体は一時的だが、淫靡に火照り切った若い雌だ。全身に媚薬を浴びせられたようになったはずだ。これで満足か、時子」
秀也が乗馬鞭を時子の肩に振り下ろす。
「あ、ああっ」
痛みよりも、強い性欲の疼きを覚えてしまい、時子は思わず甘い声をあげた。
秀也が時子の長いスカートの下から手を伸ばし、鋏を使って下着を剥ぎ取る。
その下着を点検するように、秀也が見た。
そして、にやりと微笑む。
「十分に濡れているな。だったら、すぐに股げ。できるはずだ。ぐずぐずするな」
秀也がまたもやびしりとスカートの上から、時子の尻を鞭を打った。
時子は声をあげて、腰を悶えさせた。
「……結局、よくわからないなあ……。SS研って、なんなの?」
真夫は肩を竦めた。
四時限目の授業が終わり、昼食時間を兼ねた昼休みになった。
すると、すぐに絹香が寄ってきて、朝のバスで真夫に喋った内容と同じことを話し始めた。
絹香がずっと言っているのは、絹香が部長代理をしている「SS研」という部外活動に真夫も参加して欲しいということだ。
それはいいのだが、それがなんの活動であるのか、さっぱりと要領を得ない。
結局のところ、わかったのは、SS研は、生徒会室に近い一室を活動場所としていることと、部員は絹香のほかに、絹香の従者生徒の双子と、絹香の親友の前田明日香という女生徒のみということだ。
“SS”というのがなんの略であるかということさえ、言葉を濁してはぐらかす。
繰り返すのは、一度、部室に遊びに来て欲しいということと、気に入れば部長になって欲しいということだけだ。
そのほかのことは、いくら質問しても、部室に来てくれれば説明するの一点張りだ。
これには真夫も困ってしまった。
「だったら、いまでもいいわ。昼休みに部室を見学するということでどう? 後悔はさせないから……。とにかく、ここでは詳しく話せないのよ」
絹香が妖しく微笑んだ。
真夫は訝しんだ。
絹香の話の内容に対してではない。
昨日、いきなりこの絹香に口づけをされたときに絹香の心に感じた「黒い影」のようなものをいまも感じた気がしたのだ。
だが、昨夜とは異なり、非常に注意深く様々な感情の壁の後ろに隠されている。
余程に注意深く観察しないと、それがあることさえわからなかったかもしれない。
しかし、今日は、昨日のように真夫が意識を集中しても、消えていかない。
いや、消えたように思っても、しばらくすると、存在をまた見つけてしまうのだ。
それをずっと繰り返している。
とにかく、今日の半日、絹香は授業と授業の中休みのあいだ、べっとりと真夫に付きまとい、SS研に来てくれと口説きまくった。
おかげで真夫は、ほかのクラスメートと満足に会話をすることができなかった。
この学園の生徒の格付けというのは非常に厳しいものであるらしく、S級生徒である絹香と同じS級生徒の真夫との会話に、勝手に口を挟んではいけないという掟のようなものがあるらしい。
真夫は、新しくやってきた新入生の真夫に興味を抱きながらも、話しかける機会がなくて、遠巻きに見守っているほかのクラスメイトたちの存在に気がついていた。
どっちにしても、真夫が除け者にされるのではないかという玲子の心配はいまのところない。
まだ初日だが、この新しい学園は真夫にとって、居心地の悪いものでもない感じだ。
「真夫君、食事はどうする? 食堂棟に案内するわ」
そのとき、後ろからかおりが声をかけてきた。
ふと見ると、かなりの同室の生徒がすでにいなくなっている。
みんな食事に向かったのだろう。
「……いいわよ。わたしが案内するから……。ねえ、真夫、昼休みくらい、このかおりを解放してあげなさいよ。S級生徒が食事のできる場所は、ほかの生徒とは隔離されたところにあるのよ。かおりを連れていっても、かおりはそこでは食事はできないのよ。可哀想よ。わたしの従者の双子も、授業のあいだは解放しているわ」
絹香が口を挟んだ。
もっとも、絹香の侍女生徒をしている双子は、まだ一年生らしい。
それで、真夫のように、同じクラスにはなれないという事情もあるようだが……。
「一緒に食事ができないって、そうなの?」
とにかく、真夫はちょっと驚いた。
かおりは肩を竦めた。
「従者が主人と一緒に食事をするわけないじゃない。わたしは、あなたの給仕をするわ」
「給仕は従者生徒がいなければ、食堂専任の給仕がつくわ。わたしはそうしているもの」
絹香が横から言った。
真夫は、たかが昼飯に、給仕がつくということの方にちょっとびっくりした。
そのとき、不意に携帯電話が鳴った。
玲子さんから連絡用に与えられているスマートフォンだ。
しかし、電話はすぐに切れてしまった。
それを覗くと、ワン切りの相手は玲子さんだ。
すぐに、メールが来た。
内容は、よければ、理事長室にこっそりと来て欲しいということだ。
メールの文面にも、玲子さんの遠慮深い感情が見え隠れしている。
真夫は顔をあげた。
「悪いけど、用事ができちゃった、絹香。悪いけど、さっきのはパスね……。それと、かおりちゃん、じゃあ、自由にしていいよ。食事は自由にとって……。売店でもどこでも、買い物ができるようにすぐに処置してもらうから」
これから行くのは玲子さんのところだ。
玲子さんに言えば、すぐにかおりの認証システムを売店やレストランで自由に使えるように、操作してくれるはずだ。
理事長室はこの棟内にあるが、食堂や売店のある棟は、シャトルバスで移動するくらいの距離はある。
そこにかおりが着く頃には、処置できると思った。
かおりはちょっと考えた感じになり、だったらS級寮に戻ると真夫に告げた。
そこで食材の余りがあるから、食べるというのだ。
真夫は、自由にしていいと、繰り返した。
しかし、真夫はふと思い出した。
そういえば、あさひ姉ちゃんは、午前中で戻るはずだ。
あさひ姉ちゃんのことだから、無駄遣いはせずに昼食は自炊で取ろうとすると思う。
かおりは、あさひ姉ちゃんと一緒に食事をしようと思っているかもしれない。
「自由にするわ。ご心配なく、真夫君。じゃあ、五時限目の前に戻るから」
かおりが教室を出ていこうとする。
「待って。途中まで一緒に行こう」
残念そうにしている絹香を置いて、真夫もかおりと一緒に教室を出る。
そのとき、かおりの心にも、絹香と同じような黒い影が垣間見えた気がした。
ただ、それはあまりにも微かで束の間だったので、もしかしたら勘違いだったのかもしれないが……。
とりあえず、真夫はかおりと別れるまでに、かおりの心の影を消すように思考した。
黒い影は、すぐにわからなくなる。
「じゃあ、真夫君」
だが、廊下で離れるときにも、かおりの外観の様子に、なにかの変化は観察できなかった。