※この作品はR-18です。

淫魔王のいる学園【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 57話 ふたりの後継者

「んんっ、んんんっ」

 

 かおりは歯を食い縛ったまま、身体をぶるぶると震わせた。

 すばやく、スカートから手を抜く。

 下着の中がまるでおしっこを漏らしたようになっているのがわかった。

 とにかく、誰にもばれなかった。

 周りの席には、多くの生徒がいるが、おしゃべりに夢中でかおりたちに視線を向ける者などなかった。

 

「いっちゃった?」

 

 隣に座っている恵が含み笑いをしながら俯いているかおりの顔を覗き込んだ。

 

「ご、ごめんなさい、お、怒っていると思うけど……。わ、わたし、どうして、あんなことをしたのか、本当にわからなくて……」

 

 かおりは言った。

 レイプしようとしている男たちをけしかけるなど、人として許されないことをしたという思いはある。同じことをされれば、かおりは絶対に相手を許さないだろう。

 しかし、恵とは、真夫という「ご主人様」を通じて、心を通わせつつあったと思っている。

 それにもかかわらず、なぜ、恵を罠にかけることに協力してしまったのか、いまだにわからないのだ。

 

「何度も謝らないで。もう怒ってないと言っているじゃない。それよりも、二枚目を引いて……。それと、これは怒っているから仕返しをしているわけじゃないわ。真夫ちゃんがかおりを調教したいと言っているから、それに協力しているだけ。あなたも逆のことを言われたら、容赦なくあたしを苛めていいのよ。あんたが真夫ちゃんのことを想ってくれている限り、あたしはあなたを見放さないわ」

 

 恵がさっきの札入れを差し出した。

 調教メニューが書いているカードが入っている札入れだ。

 それにしても、なぜ恵はこんなにも機嫌がよさそうなのだろう。

 つい数時間前に、あんな目にあったわりには、完全に心を切り替えている気配だ。

 とにかく、かおりはカードを引いた。

 

 “浣腸”──。

 

 カードにはそう書いてあった。

 かおりは顔が青ざめるのがわかった。

 

「立って」

 

 真夫が短く言った。

 かおりはテーブルに両手をつくようにして、ちょっと前屈みの体勢でその場に立つ。

 こちら側の後ろは壁なので、背後から見られる心配はないものの、真夫は無造作にスカートに手を入れて、下着を外した。

 恵もかおりも、普通の下着ではなく腰の横で紐で結ぶ下着をしている。

 いつでも真夫が脱がせやすいようにだ。

 恵に言われて、そうしたのだが、別段の不満はない。

 そもそも、許可を受けて売店で購入できたのは、そういうエッチな下着だけだったのだ。恵は大会社の社長令嬢で小遣いにも不自由はしていないのだが、奴婢生徒のあいだは仕送りもおろせないので、生活用品は真夫に買ってもらうしかない。当然、下着も服も、真夫や恵が許可をしたものしか手に入れられない。

 

「ううっ……」

 

 思わず声を出した。

 ちゅるっというかすかな音とともに、浣腸剤がお尻の中に注入されたのだ。

 イチジク浣腸のようだ。

 

 二個……。

 三個……。

 

 容赦なく次々に注がれる浣腸液……。

 五個分を注入されたところで、やっと座ってもいいという許可が出た。

 ただし、下着は返してもらえなかった。

 座ったときには、すでに下腹部が苦しくなっていた。

 強い便意も襲い掛かる。

 

「そうだ。忘れていた。今日からこれをしてもらう。俺の恋人になったという証のものさ。もちろん、調教具だけどね」

 

 真夫が小さな声で説明しながら、荷から三個の金属の輪っかを出した。

 

 調教具……?

 さっきから気がついていたが、恵も首に同じものをしている。

 首と両手首だ。

 

 一見すると装飾具なので、気にはならなかった。

 真夫はかおりに手首を差し出させて、一個一個装着していく。

 金属の輪が閉じるとき、小さな電子音がした。

 真夫以外には外すことができないと説明をされる。

 最後に、首にも嵌められる。

 やはり、きゅんという小さな電子音が鳴る。

 

「手を背中でくっつけてごらん、かおりちゃん」

 

 言われたとおりにした。

 すると、金属がぶつかる音とともに、接触した部分が外れなくなった。

 かおりは驚いた。

 

「電子磁石だよ。特殊な信号を送ることで、人の力では離れないほどの強力な力で密着する。外すときにも、俺の持っている解除信号がないと外れない」

 

 真夫が荷からちらっとスマホを見せる。

 だが、それはすぐにしまわれた。

 どうやら外す気はないようだ。

 

「あ、あのう……。ま、真夫君……。お腹が……」

 

 ぐるぐるとお腹が鳴る。

 込みあがる便意の苦しみに、かおりは脂汗が出てくるのがわかった。

 

「札入れの中に、トイレというカードを足したよ。それを引くまで、排便はなしだ。ここでみんなの前で垂れ流すのなら、それはいいけどね。そのときでも、俺たちはかおりちゃんを見捨てはしないから安心して」

 

「でも、真夫ちゃんの奴婢生徒が“うんち女”というあだ名がついたら嫌かな。だから、なるべく我慢してよ、かおり」

 

 恵がにこにこしながら言った。

 そして、カードを引けと促して、カードの入った札入れをかおりの手のある背中側に回した。

 

「ああ……」

 

 かおりは手探りでなんとか一枚のカードを引く。

 

「あれ、今度はこれだね」

 

 “掻痒剤”──。

 

 今度はそう書いてあった。

 排便を許可するカードじゃなかった。

 恵がチューブから出したクリームをかおりのクリトリスとヴァギナにたっぷりと塗りつけてきた。

 

 それからは、便意に加えて、痒みとも戦うことになった。

 

 泣き出したいほどの苦痛だったが、これも「お仕置き」なのだと納得させた。

 もっと酷いことをされたとしても、なんの文句も言えないのだ。

 そう考えると、こんなことで許されるのは生ぬるい気がした。

 

 次のカードは“ローター”とあった。

 真夫が言及していた“トイレ”のカードは、またもや出てこない。

 

 真夫がかおりのスカートの中に手を入れて、前側の穴に大きめのローターを押し込んだ。

 かおりは、それによって自分の股間が信じられないくらいに、濡れているのがわかった。

 ふと見ると、スカートの股間部分が丸く染みができている。

 厚地のスカートに染みができるだけの愛液が出ているのは、最初のオナニーだけじゃないだろう。

 

 他人の眼のある場所で辱められて興奮しているのだ……。

 かおりはそれがわかった。

 

「お待ちどうさまです」

 

 やがて、目の前にハンバーガーと飲み物が運ばれてきた。

 運んで来たのは、学園で雇われている女店員だ。

 テーブルで頼んだ覚えはないので、真夫たちがテーブルにやって来る前に、事前に注文したのかもしれない。

  

「あっ」

 

 女店員が食べ物をテーブルに並べているときに、突然に股間の淫具が振動を始めたのだ。

 猛烈な痒みが振動で消えていく甘美感は、まさに天に飛翔するような快感だったが、あやうく大声をあげることだった。

 声を我慢できたのも、肛門の力を緩めなくてすんだのも奇跡のようなものだ。

 横を見ると、真夫がにやにやしながら、荷に手を入れていた。

 真夫がリモコンでローターを操作したのは間違いない。

 振動がぴたりと止まる。

 すぐさま、痒みが襲いかかる。

 

「ひ、ひどいわよ」

 

 かっとなり、思わずきっと睨んだ。

 すると、真夫がにっこりと笑った。

 

「そうでなくっちゃ」

 

 真夫が“トイレ”と書いているカードを荷から出して、かおりの前に置く。

 なにが“そうこなくっちゃ”なのか知らないが、とても嬉しそうに微笑んでいる。

 そして、やっと理解した。

 札入れの中には、“トイレ”と書いているカードは入っていなかったのだ。

 だから、荷から出てきたということだ。

 

「トイレに行っていいよ、かおりちゃん。ただし、目の前のものを全部食べ終わってからね」

 

 背中から金属音がして、手が外れた。

 しかし、それだけだ。

 すぐに、ローターの振動が再開された。

 このまま食べろということなのだろう……。

 

 なんという意地悪……。

 

「ううっ」

 

 かおりは、目の前のハンバーガーに挑みかかった。

 ものすごい勢いで口に押し込み、無理矢理に飲み物で喉に押し込む。

 すでに便意は限界だし、掻痒剤を塗られた股間が灼けるようだし、ローターは容赦なくかおりの神経をすり減らすような快感を引き起こす。

 

 そして、周囲に他人がいる場所で辱められるという屈辱……。

 

 すべてを吹き飛ばすように、ハンバーガーを口に押し込む。

 少しの間、呆気にとられたようだった真夫だったが、すぐに笑い出した。

 なにがおかしのか、かおりを見て笑い続けている。

 

「それでこそ、かおりちゃんだ。あさひ姉ちゃん、一緒に連れていってあげて」

 

 強引にハンバーガー全部を口に入れると、真夫がかおりと恵に声をかけた。

 ローターの振動は止まらない。

 真夫はこのままさせるつもりらしい。

 

「ふふふ、意地悪な真夫ちゃんね……。さあ、おいで、かおり。歩けなければ、肩に捕まってもいいわよ。目立つけど」

 

 恵が手を取ってかおりを立ちあがらせた。

 大丈夫だと手を振りほどこうとしたが、ローターの振動で腰に力が入らなくて、手を伸ばして恵にしがみついてしまう。

 かおりは、恵に支えられるようにして、店のトレイに向かって歩いた。

 

 


 

 

「よう」

 

 部屋に入ると、端正な顔をした男子生徒が真夫に視線を向けた。

 最初に感じたのは、圧倒的な存在感だ。

 強い気のようなものに襲い掛かられた心地がした。

 自分と同じ年齢の男子生徒に、圧倒されるということに違和感があったが、実際にそうなのだ。

 

 木下秀也だ。

 ここで会うことになっており、約束の時間と場所にやって来たところだ。

 秀也に対しては、ずっと思うところもあったが、真夫は自分が豊藤の血を引いていることがわかった時点で、すぐに話し合う必要があると思っていた。

 

 そして、部屋の中にはもうひとり男がいた。

 女みたいに綺麗な顔立ちの男であり、部屋の隅にで壁にもたれるように、真夫を睨んでいる。

 こっちは、正人(まさと)だ。

 正人が秀也の従者のような立場の男だというのは、玲子さんから教えられて知っている。

 やってきたのは、『SS研』という名の部室だった。

 

「正人、行っていい」

 

 真夫が入ってくると、すぐに秀也が言った。

 正人が不満そうな表情になった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、秀也さん。秀也さんとこいつをふたりきりにするわけには……」

 

 正人が慌てた口調で言った。

 

「聞こえなかったのか」

 

 秀也が正人を一瞥した。

 すると、急に正人の顔が無表情になり、無言で部屋を出ていった。

 操心術だ……。

 真夫は思った。

 

「役には立つが面倒な男だ。お前には、もう手を出すなと釘を刺しているが、もしかすると、ちょっかいを出すかもしれん。そのときは、操心術でもかけてやれ」

 

 秀也が冗談めかしく言った。

 すでに、真夫が操心術を覚醒したことは知っているようだ。

 玲子さん以外に、真夫の操心術のことを口にしてはいないのだが、玲子さんが時子婆ちゃんにでも喋ったのだろうか。

 まあ、秘密にしろとは玲子さんにも言わなかったから、玲子さんが真夫の操心術の能力を口外したことで、別に裏切りというわけでもないが……。

 

 正人がいなくなると、部屋の中は秀也と真夫だけになった。

 ほかには誰もいない。

 SS研の部室らしいが、ここに用事があるのではなく、秀也と話したいと頼んだところ、向こうから指定されたのが、ここだったのだ。

 この数日、うるさいくらいに生徒会長の西園寺さんから、SS研への入部を勧められていた。

 そのくせ、なんのクラブなのかまったく説明しない。

 困惑していたのだが、入ってみて、存在していたのは、数個の机と椅子だけだ。

 貼り紙のようなものもなければ、書類のひとつもない。がらんとした部屋だ。

 結局、なんのクラブなんだろう。

 真夫は首を傾げた。

 

 秀也と会う機会を作ってくれと願いしたのは玲子さんにだ。

 玲子さんは、時子婆ちゃんにそれを伝え、時子婆ちゃんも尽力して、今日の対面を段取りしてくれたのだ。

 ただ、頼んだのは、あさひ姉ちゃんが竜崎たちに襲われる事件があった直後なので、それから一週間が過ぎている。

 玲子さんと時子婆ちゃんによれば、秀也は随分と真夫と面談をすることを渋っていたらしい。

 その理由はわからない。 

 

「初めましてだね。なんと呼べばいいのかな? 木下君? 木下さん? それとも、下の名前で呼んでもいいのかなあ。玲子さんは、秀也さんと呼ぶしね。秀也さん? 秀也様?」

 

 真夫は意識してお道化た。

 秀也が面食らった表情になった。

 

「秀也と呼んでもらおうか。苗字で呼ばれると、誰のことかわからねえしな。木下は本当の名じゃねえ。知っているらしいから言うが、本名は豊藤秀也だ。この学園の理事長であり、豊藤グループの総帥の豊藤龍蔵こと、増応院(ぞうおういん)の甥になる」

 

 だが、秀也はすぐに落ち着きを取り戻したようになり、にやりと笑う。

 そして、真夫に正面の椅子を示した。

 ふたつのテーブルが向かい合わせになっていて、椅子が正対をしている。そのひとつに秀也が座っている。

 真夫は大人しく椅子に腰かけた。

 

「どうやら、喧嘩をしに来たという感じじゃねえな」

 

 秀也は言った。

 

「なにか、喧嘩を仕掛けられる覚えでも?」

 

 真夫はじっと秀也を睨む。

 なにを考えているかよくわからないが、敵意のようなものは感じない。

 すると、なにかが頭に割り込んでくるような不快な感覚が襲いかかってきた。秀也の操心術だと思った。真夫は簡単にそれを遮断した。

 秀也が驚いたような表情になる。

 

「やっぱり、豊藤の血か……」

 

 秀也がぼそりと呟いた。

 

「面倒な話は好きじゃない。玲子さんにも言われたし、時子婆ちゃんにも事実だと言われたんだけど、俺が豊藤龍蔵という人の息子というのは事実なの?」

 

 真夫は言った。

 すると、秀也は首を竦めるような仕草をした。

 

「なんで、俺に訊ねる。知らねえな。時子の婆あが言ったなら、本当なんじゃねえか。あいつは、半世紀以上も龍蔵に連れ添っている愛人だ。伯父貴の女遊びのことも全部知っているだろうさ」

 

「時子婆ちゃんは、間違いないと言っていた。月子という女の人だと言っていたね。OLだったけど、龍蔵という人に無理矢理に手込めにされて、愛人にされたんだそうだよ。だけど、妊娠したときに逃亡して、それっきりだったらしい。孤児院で育った俺が発見されたのは偶然だって。見つけたのは、玲子さんで、偶々、月子さんという女の人の存在を知っていた玲子さんが、俺を産んだ人が月子という人じゃないかと思って、血液鑑定をしてみたんだそうだ」

 

 この一週間で玲子さんと時子婆ちゃんのそれぞれに教えられたことだ。

 このふたりは、いままで、なぜ真夫がこの学園に連れて来られたのかということを隠していたが、真夫が操心術を覚醒させ、玲子さんが喋ったことを機会に、すべてを教えてくれた。

 正直、まだぴんと来ない。

 母親の名が月子だということはわかったがそれだけだ。

 どこにでもいる市井の女性だということ以外のことはなにもわからなかった。

 自分の親がどんな人だったのろうかと悩んだこともあったが、判明してみれば、そうかと思っただけだ。

 

 父親についても同じだ。

 特別な感慨はない。

 突然、豊藤グループという巨大財閥の総帥が自分の父親だと教えられても、特にありがたいと思う気持ちはなかった。

 ただ、だったら、あさひ姉ちゃんのことを守ることができるかもしれないと思った。

 玲子さんのことだって、このまま真夫のものにすることも不可能じゃないだろう。

 しかし、それ以上の野心はない。

 この秀也と争って、龍蔵の後継者になるつもりはない。

 真夫は、それを秀也に伝えるのがこの面会の目的のひとつだ。

 

「玲子は優秀だからな。お前が考えている以上に優秀だ。そして、時子はああ見えても、怖ろしい女だぞ。豊藤の総帥は直接に人に指図しない。表にも出ない。必ず、余人をあいだに立てて、必要な指示を伝えるんだ。それが伯父貴のやり方だ。それをずっとやって来たのが時子だ。豊藤のすべてを知っていると言っていい」

 

 驚いたが、どうやら一年間、玲子さんがやっていた役割をしていたのが、時子婆ちゃんだったのだろう。

 真夫には優しい面しか見せないが、玲子さんも怖い人だと言っていて、いつも、時子婆ちゃんにはびくびくしていた。

 

「だけど、いま、その役割をしているのは君なんだろう、秀也?」

 

 真夫は言った。

 玲子さんの仕事を引き継いだのも秀也だと知っている。

 玲子さんが言ったことであり、そのため、秀也は学園に籍を置きながら、事実上の休学措置になっているらしい。

 

「だから、なんだ?」

 

 秀也の苛立ったような声が返って来る。

 

「腹を割って話したいと思ってね」

 

 真夫の言葉に、秀也がちょっとだけ眉をひそめた。

 しかし、すぐに口元に笑みがこぼれた。

 

「もしかして、腹を割って話すというのが、俺に会いたがった目的か?」

 

「まあね。だけど、一週間かかった。そんなに怖がらなくていいのに」

 

 真夫は微笑み返した。

 秀也の身体から緊張が消えるのがわかった。

 

「……思ったよりも、面白みのあるやつだな、お前。俺に文句があるんじゃないのか」

 

「さっきから変なことばかり言うね。俺を怒らせるようなことをした心当たりがあるの?」

 

 真夫はわざと言った。

 一週間前の事件のことが、おそらく秀也の仕業だということは予想がついている。だが、いま、それをとやかく言うつもりはない。

 もちろん、あさひ姉ちゃんを危険な目に合わせ、もしかしたら、心にトラウマになるかもしれなかった仕打ちをされたことについては、まだ腹が煮えかえっている。

 しかし、それをここで問い詰めても始まらない。

 真夫は、秀也と喧嘩をしに来たわけじゃない。

 話し合いをしたいのだ。

 

「お前の女についてのことは悪かった。正直にいえば、竜崎があそこまでするとは思わなかった。すまん──」

 

 すると、秀也がその場で頭をさげた。

 秀也の人となりについては、玲子さんからも教えられていたから、素直に頭をさげられたのは意外だった。

 そして、なにかを取り出した。

 小さな黒い箱だ。

 秀也は、それを机に置いて横のスイッチのようなものを入れる。

 

「これで、しばらくのあいだ、あらゆる監視は遮断される。伯父貴は屋敷から一歩も出ないが、それでいて、すべてを見張っている。監視カメラや盗聴器を使ってな。この学園だけじゃなく、必要であれば、関連企業や施設、公共場所に設置されている盗撮装置を使って周囲を見張っている。腹を割った話は、伯父貴に見張られたままではできん」

 

 秀也が言った。

 驚いたが、あの小箱の機械は、監視カメラの映像データがどこかに発信されるのを妨害する装置のようだ。

 

「俺たちの会話が監視を?」

 

「当り前だろう。伯父貴は、今日ここで俺とお前が会うことを知っている。どんな話をするのか興味があるさ。玲子に教えてもらっていると思うが、学園内にはあらゆる場所に隠しカメラと盗聴器がある。お前は、豊藤龍蔵の血を引いているんだから、伯父貴はどんな人間なのか知りたいはずだ。自分の一挙手一投足は監視されていると思ってろ」

 

 それではっとした。

 だから、秀也は真夫が操心術を覚醒したことを知っていたのだ。

 部屋の中で、玲子さんと真夫が語った内容も聞かれていたのだろう。

 

「どんな人物なのか知りたければ、会えばいいじゃないか」

 

 真夫は言った。

 豊藤龍蔵が父親だと教えられてから、真夫は、まずは秀也に会いたいと頼んだが、もちろん、龍蔵にも会いたいと、時子婆ちゃんに頼んだ。

 だが、時子婆ちゃんは首を横に振った。

 その時が来るまで、無理だという。

 理由を訊ねても、教えてもらえなかった。

 玲子さんにお願いしても、反応は同じだった。

 その代わり、会いうことになったのが秀也だ。

 

「伯父貴は簡単には人には会わん」

 

「なんで?」

 

「命を狙われている。わかるだろう? 豊藤の秘密は家長の持っている操心術だ。それで世界の財閥家を操っている。人ひとりの能力に支えられている巨大財閥だ。つまりは、操心術を持っている家長が死ねば、グループは瓦解する。暗殺の危険は常にある。実際に殺し屋を日本に送られたという情報もある」

 

 秀也はなんでもないことのように言った。

 真夫は目を丸くしてしまった。

 

「すでに釘を差されているだろうが、豊藤の名はまだ語るな。豊藤の後継者が世に出れば、もちろん、そいつも暗殺のターゲットだ。しばらくは、孤児の坂本真夫でいるんだな。どうせ、親子の対面なんかしても無駄だ。そんな人間的な感情を持っている男じゃねえよ、魔王は」

 

 魔王とは、増応院という戒名を持っている龍蔵のことだと、玲子さんに教えられている。畏怖の呼称でありながら、同時に揶揄する呼びかけだとも言っていた。

 

「……あれは伯父貴の指示でやった……」

 

 秀也がぽつりと言った。

 真夫は驚いた。

 あれとは、襲撃事件のことだろう。

 

「えっ? なんで?」

 

「帝王学だ」

 

「帝王学?」

 

「女に心を許しているお前を、心もとなく思ったんだろうな。女は支配しろ。だが、信用するな。それが伯父貴の信条だしな」

 

 秀也は言った。

 

「つまり、あれは、俺を試すためか、あるいは、鍛えるためにやったということ?」

 

 おかしな話だが、合点がいくこともある。

 最初は、俺という新たな後継者が出てきたことに対する秀也の嫌がらせだと考えた。あわよくば、俺を学園から追い出そうとしていたのだろうと……。

 しかし、それにしては回りくどいし、徹底を欠いている感じもした。玲子さんに聞いたことによれば、竜崎たちがあさひ姉ちゃんを監禁してすぐに、秀也からそれを知らせる電話があったらしい。

 つまりは、あさひ姉ちゃんそのものに危害を加えるのは目的ではなかったのかもしれない。

 屈服したかおりが真夫を裏切ることをするということを示すのが、目的だったとすれば、納得のいくところもある。

 

「まあ、それが伯父貴のやり方だ。ありとあらゆることで試されるし、鍛えられる。豊藤の総帥の後継者になるんだ。それくらいの試練は当然だろうさ」

 

 秀也の口元には笑みが浮かんだままだったが、真夫を小馬鹿にする態度はない。

 真夫に対して、真摯に話をしているというのは、なんとなく感じる。

 それにしても、秀也のことは、もっと嫌な男かと思っていた。

 しかし、こうやって語り合っていても、真夫は秀也に不快感はない。

 それよりも、真夫に対する優しさのようなものまで感じる。

 

「豊藤の血を引いていると認められて、後継者になるのは、試練を受けるのが必要?」

 

「あの伯父貴はそう思っている」

 

「あんたも試された?」

 

 真夫は言った。

 秀也が真夫の質問に面食らった表情になった。

 だが、すぐになにかを思い出すような顔になる。

 そして、しばらくしてから口を開いた。

 

「……そうだな。女は支配しても、心を許すな。女も部下も“物”だ。それを徹底的に受けつけられた。それが豊藤を継ぐ試練であり、心得えだと言ってな。俺があいつに殺意を抱いたのは、あれがきっかけだったよ」

 

 殺意……?

 真夫はその過激な言葉にびっくりしてしまった。

 

「なにがあったのさ?」

 

 訊ねてみた。

 すると、秀也がにやりと笑った。

 

「……惚れた女がいた。心の底から愛しいと思った女だ。相思相愛になり、結婚も誓った。だが、あいつは、それを知って、手を回して自分の妾にした。そして、俺の目の前で俺が惚れた女を犯した。俺に『女など、ただの物だと覚えろ』と言いながらな」

 

 秀也が静かに言った。

 真夫は驚愕した。

 本当の話なのだろうか。

 しかし、秀也には、こんなことで嘘をつく理由もないと思う。

 その顔には、はっきりとした怒りがあった。

 思い出したことで、ふつふつと隠していたものが浮かびあがったという感じだ。

 真夫の表情に、秀也がはっとした顔になる。

 そして、再び、人を食ったような笑みが戻る。

 

「そ、その女の人は?」

 

 そうであれば、まだ龍蔵のところに、秀也が好きだったという女がいることになる。

 玲子さんのことだろうか?

 秀也は玲子さんのことを一年間も調教をしていたはずだが……。

 しかし……。

 

「死んだよ」

 

 秀也はそれだけを言った。

 真夫は「嫌なことを聞いてゴメン」と言ったが、秀也は首を横に振った。

 

「あいつの言うとおりだったけどな。女など、ただの物だ。部下もな。豊藤の総帥ともなれば、そういう心にならないとな」

 

 秀也は作ったような笑みを浮かべたまま言った。

 

「そのことだけどね……」

 

 真夫は言った。

 秀也が真夫に視線を向ける。

 

「……俺は豊藤の総帥になんかになるつもりはない。それが言いたかったんだ。総帥にはあんたがなればいい。なんの興味もないんだ。あさひ姉ちゃんと、玲子さん、そして、かおりちゃんがいればいい」

 

「総帥の地位がいらないのか?」

 

「わかっているでしょう。その器じゃないよ」

 

 秀也は少しだけきょとんとしていたが、やがて大笑いした。

 なにがそんなにおかしいのかわからないが、秀也はしばらくのあいだ笑い続けた。

 

「まあいい。近いうちに、伯父貴と会う機会を作ってやる。同じことを伯父貴の前で言え。玲子も連れてくるといい。いずれにしても、腹を割った話はそろそろ終わりだ。正人が戻ってくるはずだ。監視装置の妨害器を使っているからな」

 

 秀也が笑いをやめて真顔で言った。

 

「なぜ、正人さんが? あんたの従者じゃないの?」

 

「そうだが、龍蔵の息もかかっている。普段は俺に忠誠を誓っているが、腹の底では、実は伯父貴の部下だ。知っているが、俺は知らないふりをしているだけさ」

 

 どこまでが本当で、どこまでが嘘かわからない。

 恋人を龍蔵に奪われたという話も、もしかしたらでまかせかもしれない。

 そのとき、扉が開いて正人が戻ってきた。

 

「秀也さん、これを預かってもよろしいですか? 俺のところに直接に命令が来たんですよ。部屋に変な機械があるはずだから、取りあげろって」

 

 正人が申し訳なさそうに言った。

 秀也が笑いながら、例の小箱を正人に押しやった。

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