59話 決意
龍蔵の屋敷を出るときには、すっかりと陽が落ちていた。
例の窓のない自動操縦車は玄関前に待っていて、そのまま玲子は真夫とともに車に乗り込んだ。
龍蔵と別れてから、真夫は一言も口をきかなかった。
なにか考え事をしている雰囲気であり、玲子は声をかけそびれていた。
玲子たちふたりが乗り込むと、車が滑るように進み始める。
少し進んだところで、真夫が不意に顔をあげた。
「あれっ? もしかして、遠回りをしてますか?」
玲子は真夫の勘の良さに、ちょっと驚いた。
龍蔵の屋敷を往復する自動操縦車は、訪問者に屋敷の場所をわかりにくくするように、経路がランダムに変更するようになっているはずだと説明した。真夫がそういうことですかと頷く。
そして、再び真夫は黙りこくった。
沈黙が破られたのは、しばらくしてからだ。
「龍蔵さんは……父は……、俺が後継者を拒否したのを気に入らなかったようですね……」
そして、大きく溜息をついた。
玲子は真夫に視線を向けた。
「で、でも、真夫様の選択は当然だと思います。突然に大財閥の総帥の後継者になれと言われても、受け入れられないのは当たり前です」
玲子自身は真夫が後継者を拒否したことは残念に考えている。
それは、総帥の座が秀也よりも真夫の方が相応しいと思っているだけではなく、玲子自身のこともある。
龍蔵は、玲子については、後継者となる側の「女」にすることを仄めかした。つまりは、真夫が後継者とならなかった場合は、玲子は真夫のもとから去らなければならないということだろう。
この場合、玲子の意思など関係ない。
玲子は自分が龍蔵、つまりは、豊藤グループに逆らえるとは思っていない。もちろん、それは望むことではないが、玲子が龍蔵に逆らうということは、真夫が龍蔵に逆らうということにもなり、そんなことをさせるわけにはいかないのだ。
真夫が怪訝そうな表情で、玲子の顔にじっと視線を向けてきた。
玲子は続けて口を開く。
「総帥の立場は苛酷です。龍蔵様は有り余る財を自由に動かすこともでき、世界経済を牛耳るほどの人物ですが、ある意味、屋敷に閉じ込められた囚人です。暗殺や誘拐の危険は常にあり、屋敷からほとんど出ることはありません。真夫様も恵さんも、もっと自由で気楽な生き方ができると思います。真夫様の言われる通り、後継者とならなくても、龍蔵様が真夫様を見捨てることはありませんから」
玲子は言った。
そして、内心の寂しさを隠すように、無理矢理に口元に笑みを浮かべた。
頭の中では、龍蔵が最後に口にした何気無い言葉が繰り返している。
真夫から龍蔵を取りあげるという言葉だ。
龍蔵が命令した真夫への条件は、十人の女子生徒を奴婢にしろということだったが、真夫がそれに従うのかどうかは知らない。
しかし、従わないのではないか……。
そう思っている。
真夫は恵のことをとても大切にしているし、玲子のことも、かおりのことも大切に想ってくれているようだ。
それは接していて、ものすごくわかる。嬉しく思う。
それだけに、無秩序に女を増やすということを真夫はしたがらないような気がする。
真夫は、真夫は自分を慕う女性を特別視するところがあり、それについては、女を道具のように考える龍蔵や秀也とは違う。
ただ、龍蔵の意図は明白だ。
龍蔵は、帝王学を身につけさせるのに特殊なやり方をする。
たくさんの女を支配させて、ハレムを作らせるのだ。
大勢の女を支配し、仲違いしないように制御して、ひとつのまとまりとして保持させるという行為を通じて、大勢の人間を支配するノウハウを身につけさせるらしい。
龍蔵が真夫にそれを強要しているということは、龍蔵は真夫を後継者にすることを諦めていないと思う。
いずれにしても、玲子は真夫の意思を尊重するつもりだ。
もしも、真夫が……そんなことは考えていないと思うが……玲子のことを気にして迷っているのだとすれば、真夫の選択にそんなことを考慮して欲しくない。
「……ただ、もしも……もしもの場合ですけど……龍蔵様がわたしを真夫様から引き離すということがあれば、そのときはわたしの記憶をすべて抹消していただけませんか……。真夫様のことを記憶したまま、ほかの方に仕えることは、もはやできそうにありませんから……」
玲子は言った。
操心術を遣えば、それができることはわかっている。
もしかしたら、無理な記憶抹消は、玲子の頭脳になにかしらの影響を及ぼすのかもしれない。
ただ、それでもいい。
玲子はもはや、真夫なしの人生など考えられない。どうなってもいいのだ。
そう言った。
すると、真夫は明らかにむっとした表情になった。
あまり怒らない真夫だけに、玲子はちょっと動顛した。
「あがああっ」
その途端だった。
突如として股間に激痛が走った。
クリリングの電撃だ。
玲子は座席を飛び跳ねるようなかたちで身体を崩し、股間を両手で掴んだ。
ふと見ると、真夫がクリリングの操作具をぽんと投げていた。さっき龍蔵が「玲子のクリリングを操作する最後の器具」だと称して真夫に渡したものだ。
それを真夫が操作したのだ。
真夫が玲子の身体をすごい力で抱き締めた。
手を払いのけられて、スカートの中に手を入れられる。
そのあいだも、電撃は流れ続けていた。
玲子は全身から脂汗が噴き出すのを感じながらも、必死で悲鳴を押し殺した。
「なんで──。なんで、そんなことを言うんです、玲子さん──。俺は誰も手放すつもりなんかありません。玲子さんがどう思っているか知りませんけど、もう玲子さんは家族のようなものだと思っています。あんなに、仲良く、そして、なにもかもさらけ出して付き合ったのに、どうして俺から離れるというようなことを言うんですか──。玲子さん、なんでですか──?」
怒鳴りあげられた。
そして、電撃の流れる股間を荒々しく愛撫される。
このところ、真夫の命令で革の貞操帯を身につけることが多かったが、さすがに今日は普通の下着だ。
ストッキングもない。
真夫の指が下着の中に入り込み、クリトリスをまさぐって来る。
たちまちに快感に襲われる。
電撃の激痛と真夫の愛撫の気持ちよさ……。
これがない交ぜになって、玲子は頭がおかしくなりそうだった。
玲子は電撃の苦しさと愛撫の激しさに身体をがくがくと震わせて、すがるように真夫の背中を両手で掴んだ。
「俺は誰も渡したくない──。俺の大切な人とは別れたくない。や、やっと、やっと手に入れたのに……。な、なんで、なんでですか──。玲子さんは俺と別れて平気なんですか──? なんでですか──」
真夫が耳元で怒鳴った。
玲子は電撃の苦しさに意識さえ失いそうになりながらも、懸命に謝罪の言葉を口にした。
真夫が激怒していることはわかった。
それは、玲子が真夫との別れを仄めかしたからだろう。
だが、それは玲子にはどうしようもないことであり、龍蔵は真夫が後継者にならなければ、玲子を取りあげる。それに逆らえるとも思わない。
しかし、嬉しくもあった。
玲子と離れることに、これほど真夫が拒絶を表してくれるとは思わなかったし、玲子に執着してくれていることは心の底からありがたかった。
「ま、真夫様、申しわけ……申しわけ……」
玲子は必死で繰り返した。
あまりもの長い時間の電撃で、玲子の舌はもう麻痺してしまっている。
真夫がはっとしたように、リモコンに手を伸ばして電撃を止めた。
玲子は真夫に抱きついたまま、がっくりと脱力した。
「す、すみません……。これだけは使うつもりはなかったんです……。玲子さんがこれに精神的にも苦しめられたのは知っていますから……。申しわけありません……」
真夫がうな垂れたように言った。
龍蔵が、真夫に玲子の股間に埋まっているクリリングを操作する器具やスマホソフトを渡しているのは知っていたが、真夫がそれを操作しようとしないことにはもちろん玲子は気がついていた。
確かに、これを股間に埋め込まれて脅迫されることにより、龍蔵や秀也の言いなりになるしかなかった記憶は、玲子にとって嫌悪と屈辱そのものだ。
しかし、玲子は真夫に抱きついたまま首を横に振った。
「あ、謝らなくていいです……。わ、わたしは真夫様の奴婢です……。そ、それに、ま、真夫様がわたしを離さないと言って嬉しかったです……」
玲子は懸命に息を整えながら言った。そして、「うっ」と声をあげる。電撃はなくなったが、真夫の愛撫はまだ続いているのだ。
たったいままでの荒々しい愛撫から、いつもの溶けるような優しい手管に変化している。すでにびっしょりと玲子の股間は濡れている。
「……で、でも、よければ……よければですが……クリリングは……つ、使ってください……。あ、ああ……。わ、わたしを……し、支配して……。な、なにもかも……ああっ」
「いいんですか? これは嫌な思い出でしょう?」
真夫が言った。
「そ、そうです──。で、でも……ま、真夫様がしてくれれば……す、素敵な……思い出に……上書き……さ、されますから……」
クリリングは玲子にとって、脅迫の屈辱の記憶でもあるが、支配の象徴でもある。玲子は真夫にこそ、このクリリングで冷酷に支配されたい気がする。
「上書き? 面白いことを言いますね、玲子さん」
真夫が笑ったような声を出した。
そして、指をすっと秘裂の中に挿し込んできた。
いわゆるGスポットをぐいぐいと刺激される。ほかの指でクリトリスを弄りながらだ。
玲子は背中を仰け反らせてがくがくと痙攣をしてしまった。
「これだけは言っておきます、玲子さん。俺は誰も手放しません。あさひ姉ちゃんも、玲子さんも、そして、かおりちゃんも……。別れたくなんです……。身勝手かもしれないけど、俺はみんなと家族になりたい。いえ、家族にします。玲子さんのことも手放しません。玲子さんの意思など無関係に、俺は玲子さんを一生、そばに置きます」
真夫が断言した。
そして、スーツのスカートからすっと下着が抜かれた。玲子は普通に下着を身につけるときには、真夫が脱がせやすいように腰の横で紐で結ぶタイプのショーツを身につけるようにしていた。恵と話し合った結果だ。
真夫は玲子から脱がせた下着を座席の下に放り投げた。
「あ、ありがとうございます……。か、家族などと……。あ、ありがとう……。あ、ああっ、そ、そこは、あああっ」
玲子は快感に身をよじらせた。
真夫が玲子のことを家族だと言ってくれたことで、快感は通常の二倍も三倍にもなっている気がする。
玲子は真夫の背中を掴む手に力を入れた。
そのとき、すっと車が停車した。
特別寮の前に到着したのだろう。
がちゃりとドアの鍵が解除される音がした。
しかし、真夫は玲子を離さない。
「秀也に後継者を譲ると言ったのは、そっちの方がみんなを守れるために最適と思ったからです。でも、そうでないなら、後継者にもなります。俺は正直に言えば、後継者なんかどうでもいい。だけど、それが俺が大切な人を守るための手段なら……、玲子さんを俺のところに置いておくのに必要であれば、後継者にもなってみせます」
真夫は言った。
玲子は真夫の愛の告白ともいうべき言葉を聞きながら愛撫を受け、そのまま絶頂に昇りつめようとしていた。
同時に、真夫の「家族」に対する執着がわかって、はっとした。
孤児院育ちの真夫は、生まれてから家族といえるようなものには無縁に育った。だから、「家族」とは真夫にとって、渇きで水を欲するような心の求めであり、本当に手に入れたかったものに違いない。
憧れであり、拘りなのだろう。
それにしても、真夫が玲子たちのことを「家族」とみなしていたことにはちょっとびっくりした。
「俺は家族のことしかないんです。さっきも言いましたが、俺は身勝手な人間です。玲子さんの意思に関わりなく、俺は玲子さんを家族にします。」
「……りゅ、龍蔵様は……?」
だが、家族といえば、血の繋がった龍蔵だろう。
しかし、真夫は龍蔵のことを「家族」のひとりとして一言も口にしない。
真夫は首を横に振った。
「……玲子さん、俺の操心術は感情を読めるんです。人の心の動きがわかるんですよ。知っていましたか?」
真夫がささやいた。
知らなかった。
龍蔵と秀也は記憶を操作したり、まるで催眠術のように他人の心を操るが、感情を読めるとは耳にしたことがない。
あるいは隠しているだけかもしれないが、少なくともあのふたりは、他人の感情を気にするタイプでもなさそうだ。
玲子はとりあえず、知らないと応じた。
一方で真夫の愛撫は続く。
玲子は意識をまともに保つのが大変だった。
「父の……龍蔵さんの感情には、俺に対する愛情のような心はありませんでした」
一瞬だけ玲子の股間でまさぐる指を止めてぽつりと真夫が言った。
そして、すぐに愛撫が再開される。
とにかく、玲子はそれで少しわかった。
真夫は家族ともいえる存在に会いに行った。
だが、持っている能力で、真夫は血の繋がる父親が自分に家族愛を抱いていないことを悟ってしまった。
だからこそ、真夫は玲子や恵たちに対する「家族」としての執着が突然に強くなったのだろう。
「玲子さんたちは俺のものです。誰にも……どこにもやりません……」
真夫の指の刺激がまたもや熱のこもったものになる。
そして、本格的な指による律動が始まる。
ただの指だが、真夫の指だ。
「あ、あああっ、真夫様、あああっ」
玲子は必死に声をこらえて激しく身体を悶えさせた。
快感が込みあがってくる。
玲子は真夫を抱く手に力を入れた。
「んふうううっ」
ついに絶頂した。
激しく震えながら、玲子は燃え尽きたように真夫にがっくりと身体を預けた。
だが、はっとした。
じょろじょろと股間からゆばりが迸っている。
あまりもの快感で失禁してしまったようだ。
「あ、ああっ、ご、ごめんなさい。ど、どうしよう──。ああ、真夫様、どうしたらいいですか?」
玲子は狼狽えて言った。
一度緩んでしまった股間はもう玲子にもどうしようもない。
玲子の尿は玲子のスカートと車の座席を濡らして、周囲を汚していく。
真夫は笑ってスマホをとった。
そして、メールをどこかに打ってから玲子に笑いかけた。
「時子婆ちゃんに、連絡しておきました。あとでからかわれるかもしれないけど、なんとかしてくれますよ」
真夫が言った。
「からかわれるどころか……。叱られます。ううっ」
玲子は意気消沈した。
真夫が慰めるように口づけをしてきた。
玲子はしばらくのあいだ、真夫の舌に舌を絡める気持ちよさにうっとりとした。
すると、口を離してから、なにを思ったのか、真夫が玲子のスカートに手を伸ばして腰のホックを外してきた。
なにをされているのかの自覚もなく、腰を浮かせて真夫が玲子からスカートを脱がせるのに任せる。
玲子の下半身はなにも身につけない状態になった。
「玲子さん、これからなにかありますか? 急ぎの仕事とか」
不意に真夫が言った。
玲子は今日はなにもないと告げた。
龍蔵と真夫との面談があったのだ。なにがあるかわからないのに、その後に仕事など入れるわけがない。
「……だったら、デートしましょう。学園の生徒は平日外出は禁止ですけど、理事長代理の許可があればOKですよね」
真夫は微笑んだ。
そして、玲子の返事を待たずに、スマホで今日は帰らないし、夕食もいらないと電話をした。電話の相手は恵のようだ。
「これでいいです。じゃあ、玲子さんの車に乗り換えましょうか」
真夫は車の扉を開いた。
「ま、待ってください。こ、このままですか?」
玲子は驚いた。
びしょびしょになった座席はともかく、玲子の下着とスカートは座席の上と下に放り投げられたままだ。
いま玲子は上はスーツだが、下はなにも身につけていない状態だ。
「このままですよ。大丈夫です。いまは誰もいないようです。手を繋いであげますから」
玲子は無理矢理に車の外に連れ出されてしまった。
外は完全な夜だったが、ひんやりとした外気がなにも身につけていない股間を襲う。
龍蔵の屋敷に向かうために、乗り換えた玲子の私有車はそこにある。
玲子は慌ててそっちに向かおうとするが、手を握る真夫にそれを阻まれた。
「慌てないでください。せめておしっこを拭きましょうよ」
真夫が笑いながら言い、玲子の片手を握ったまま、反対の手でハンカチを出して玲子の股間と内腿を拭き始める。
「あっ、そ、そんなこと……。よ、汚れます。じ、自分でします」
玲子は言ったが、真夫に手を振り払われ、しかも、手で隠すなと命じられてしまった。
「おかしいなあ……。拭いても拭いても、どんどんと股間が濡れてきますよ。どうしたんですか?」
執拗に股間を刺激するようにハンカチを動かしながら、真夫が意地悪く言った。
しかし、特別寮の前とはいえ、学園内だ。しかも、寮の前は街灯で明るい。
玲子はいつ誰かにこの光景を覗かれるのではないかと気が気ではない。
緊張で心臓が爆破しそうだ。
「さあ、行きましょう」
やっと真夫が言って、玲子の手を離した。
玲子は自分の車まで全速力で走った。