「“赤ずきんは白い谷の上で狼とコニャックを愉しむ。つまみはクラッカーとチーズ”……」
その瞬間、正人の中の何かが弾けた。
封印されていたものが表に顔を出したのだ。
それとともに、正人の心身に不快で忌まわしい苦痛が襲いかかった。
正人の洗脳は、普段はかつてあの国で拉致されて拷問を受けたときの記憶とともに眠っているが、記憶の深層に刻まれた合言葉によって表に出て、目の前のナスターシャ、いや、そのナスターシャの中にあるもうひとつの人格である「スカーレット」の操り状態になるのだ。
「う、うう……」
正人は吐気に耐えながら目の前の女に視線を向けた。
この苦痛は、正人の隠されている部分が覚醒したときに必ず沸き起こる。時間とともに消えていくが、何度味わっても慣れるというものではない。
「んんっ、んんんっ」
目の前の女が尻を機械に犯されて女の悶え声をあげた。
しかし、たったいままで存在していた恐怖と絶望の色は、その強い視線にはない。
この女がスカーレットであることは間違いないようだ。
ナスターシャとスカーレットは、同じ身体を共有するふたつの人格、すなわち多重人格者であり、スカーレットが主人格であり、ナスターシャが副人格らしい。つまりは、ナスターシャが表に出ているときの記憶はスカーレットにはあるが、スカーレットの記憶はナスターシャにはない。
人を操る能力を持っている龍蔵に対する処置であり、普段は操られてもいい側の人格を表に出し、その裏に諜報員としての人格を隠しておくのだ。
正人の受けている処置も似たようなものであり、洗脳を受けた部分の意識は外には出ずに、記憶とともに切り離されている。
これにより、豊藤家の持つ不思議な操りの影響を受けないようにしているというわけだ。
スカーレットと正人は、ある国際的な諜報組織に送り込まれている組織の一員というわけだ。
(ま、待て)
正人がなにかを語りかけようとしたとき、スカーレットの首と唇が微かに動いた。
スカーレットの視線の先には、天井の監視カメラがある。
正人にはわからないが、いま龍蔵たちによるモニターが始まったのだろうか。
そういうことのわかるプロの諜報員なのだ。
正人は素知らぬ顔をして、スカーレットから離れた。
正人の頭に忌々しい過去の記憶が蘇る……。
五年前のことだ。
まだ学生だった正人は、夏休みを利用して、ある国をひとり旅行していた。かつては共産主義国家だったが、すでに崩壊して資本主義国となっている大国だ。旅行先をその国に選んだのは、大学でとっていた第二外国語がその国の言葉だったからだ。
東側の街から入り、大陸鉄道を使いながら五日目くらいには首都のホテルに一泊した。
夜中に、物音に目を覚ますと、見知らぬ男たちから寝台を囲まれていた。
驚いて身体を起こそうとすると、身体を押さえつけられて、腕に注射をされた。
そして、気を失った。
意識を取り戻したときには、正人は取調室のような場所にいた。
目の前にいたのは屈強そうな男の警官らしき男たちだ。四、五人いたと思うが、いずれも正人の倍ほどの肩幅と胸板がある。背もずっと大きい。
「お前はスパイ容疑で逮捕された。まずは身体検査をする。一枚残らず服を脱げ」
正人はその言葉が理解できた。
しかし、冗談じゃないと抗議した。
「俺はスパイなんかじゃない」
大きな声をあげた。
すると、いきなり首を掴まれて、床に放り投げられた。
棒が首筋に叩きつけられた。
「うぐっ」
その場にうずくまりかけた。
容赦のない一撃だった。
だが、下から腹を突きあげられた。
正人は仰向けにひっくり返った。
「な、なにをするんだ……?」
「余計なことを喋るな。言われたとおりにすればいい」
「な、なにを……」
想像を絶する暴力に正人は呻き声とともに、文句を言った。
すると、上から棒が降ってきた。
横腹──。
背中──。
尻──。
雨のように棒が振り下ろされる。
「んぐうっ、があっ、や、やめてくれっ、んぐうっ──」
髪を掴まれて、強引に立たされた。
「服を脱げ──。全部だ」
よろめく足元に段ボール箱が蹴り寄せられた。
寝ていたところを連れて来られたので、ジャージを着ていた。
上下のジャージを箱の中に入れる。
「ぐずぐずするな──」
さすがに下着を脱ぐことに躊躇していると、またもや棒で殴られた。
またもやうずくまり、再び髪の毛を掴まれて立たされた。
「面倒だ。鎖を首に巻け」
ひとりだけ椅子に座っている指揮官らしき男がそう口にすると、正人の首に金属の首輪が嵌められて、天井からおろされた鎖に繋げられた。これで正人はうずくまることができなくなった。
左右から腕が伸びてきた。
シャツとパンツをびりびりに破かれて剥ぎ取られる。
「両手は身体の横に置け」
両腕を殴られた。
骨が折れたかと思うような激痛だった。
正人は仕方なく手を身体の横に移動させる。
素っ裸になって、股間を晒して立たされる。
歯ぎしりするほどの屈辱だった。
「解放して欲しいか?」
ずっと椅子に座ったままだった男がすっと立ちあがって、正人の前に来た。
手を伸ばして、正人の睾丸と性器を揉み始める。
「うわっ、なにを──」
さすがに正人はその手を払いのけた。
だが、左右と背中から棒の打撃が襲う。
正人の身体は脱力して、一瞬首だけで吊られた状態になる。
慌てて脚を踏ん張って立つ。
「動くなという命令に逆らうからだ。口を開けろ」
もう逆らう気持ちは起きない。
口を開くと、棒が挿し込まれた。
しばらく口の中を調べられてから、やっと口から棒が出される。
次は、再び前から性器を揉まれだす。
今度はなにかを手に塗っていた。
なにかのクリームのようなものを塗られて、性器がかっと熱くなったのを覚えている。
股間は勃起し、早口の下品な言葉でからかわれた。
正面の指揮官が笑いながら、勃起した正人の性器をしごき始める。
やがて、呆気なく正人の怒張からは精が放たれた。
また、げらげらと笑われた。
正人はいつの間にか、自分が泣きじゃくっているのがわかった。
さっき性器に塗られたものがなにかわからないが、射精したというのに勃起は鎮まらない。
高く天井を向いたままだ。
「ここにはなにもないようだな。ときどき、チンポの中にチップを隠しているものがいるんでな。やっぱり、アヌスだろう。男でも女でも、スパイはそこに物を隠す」
指揮官の合図で尻の穴に指が入れられた。
やはり、なにかを塗っているのか、ぬるりとしたゼリーのような油剤の感触が襲い、驚くほどに簡単に奥まで指が入る。
「あ、ああっ」
なぜか女のような声が出る。
それが情けなかった。
尻穴への指の愛撫は、交代でかなりの時間続いた。
おそらく、三十分は尻穴を刺激され続けたのではないかと思った。
そのあいだ、正人は動くことを禁止され続けた。
やがて、やっと首の鎖を外された。
だが、そのまま上半身を机にうつ伏せにして押さえつけられた。
左右の手首にそれぞれに手錠をかけられて、反対側の机の脚にもう一方の輪っかを繋げられる。
さらに、脚を開かされて、足首も机の脚に固定された。
なにをされるのかわかって、正人はさすがに悲鳴をあげて喚いた。
だが、背中に棒を叩きつけられて、口を閉じさせられる。
男の怒張が尻穴に入ってきた。
泣き叫ぶ正人の尻を犯し、その男は二度射精をして出ていく。
呆然とする正人に次の男が尻穴を犯してきた。
結局、その部屋にいた全部の男に尻を犯された。
「スパイの疑いが濃くなった。しばらく監禁する」
最後に告げられたのは、その言葉だった。
取調室を出された正人は、後手に手錠をされて、素っ裸のまま鉄格子のある牢に入れられた。
連行したのは、正人を犯した取調官のうちのふたりだ。
そのふたりは、牢の中で、さらに正人を犯した。
取り調べは、二週間続いた。
つまりは、取り調べという名の凌辱だ。
訊問室であろうとも、牢の中であろうとも、正人は下着一枚許されなかった。
とにかく、スパイであることを認めろと繰り返しながら、性的虐待を彼らは正人に続けるのだ。
一度でも認めたら終わりだと思ったので、それだけは耐えた。
正人は媚薬を使われ、ときには淫具のようなもので性器と尻穴を凌辱され続けた。
取り調べは、最初のときの男たちが専門にあたった。
おそらく、正人の取り調べは、捜査員の中でもホモだけが集められたのだと思う。
食事は粗末だった。
それよりも耐えられなかったのは、牢にやって来る者たちが、次々に正人の尻を犯すことだ。
二週間後、突然に釈放された。
容疑が晴れたというのだ。
治療のために、病院で検査をするというので、そのまま連行された。
病院では検査と称して、おかしな薬物を大量に飲まされ、得体の知れない機械を身体に繋げられたりした。
病院で四日目、ある女がやってきて、正人を再逮捕すると告げた。
それが、スカーレットだった。
新たな施設で行われたのが、正人に対する徹底的な調教と洗脳だ。
その施設でわかったのは、いつの間にか正人は女に欲情しない性質になってしまっていたということだ。
スカーレットは問題ないと口にした。
正人に与えられた処置は、強制的な一種の精神分裂だった。
意図的に心を分離させて切り離し、普段は一方の精神から離しておき、必要なときだけ繋げるという処置だ。
また、繰り返し拷問と施術を受けて、スカーレットに逆らうことのできないロボトミー処置も受けた。
普段は隠れている心の一部を表向きの心に繋ぐ合言葉もそのときに植えつけられた。
また、この国での記憶も完全に抹消された。
記憶が呼び起こされるのは、合言葉によって隠れている部分が表側と繋がったときだけのことだ。
だから、秀也たちと会っているときの正人には、かつて外国で受けた拷問のことはまったく記憶にはない。
そして、その施設で知ったのだが、正人が服従を受けつけられたスカーレットもまた、正人と同様に誘拐されて、スパイに仕立てあげられた女だということだった。
彼女もまた、正人と同じように意図的な精神分裂処置を受けていた。
スカーレットの場合は、もっと完璧で、スカーレットとは完全に別人格の「ナスターシャ」というフランス人の有能な弁護士の人格を作りあげていた。
その人格を表に出しておき、心の後ろでスカーレットがナスターシャの記憶だけを手に入れるということをするそうだ。
いずれにしても、その国における正人の滞在は一年にも及んだ。
そして、正人は日本に戻された。
豊藤家に接触するためだ。
連中がターゲットにしたのは、龍蔵ではなく秀也だった。
正人はさらに二年をかけて、秀也の付き人になることに成功した。
いま、隠れている部分が繋がっている状況では、すべては連中の手配と命じられたように動いた結果だということはわかるが、普段の正人には、その記憶はない。
自然なかたちで、正人は秀也に見出されて、従者として学園に入ることができた。
それだけだ。
そして、さらにその一年後、あのスカーレットもやってきた。
ナスターシャの人格を使ってだ。
いまは思い出しているが、こうやってスカーレットの人格と正人が接触するのは三回目のようだ。
しかし、その都度、正人の記憶は抹消された状態になるので、そのことを覚えていないだけらしい。
最初に、スカーレットに再会したとき、正人は本当に驚いてしまったのを覚えている。
正人は回想から現実に思念を戻した。
いまは、スカーレットの人格が出ているナスターシャが目で唇の見える位置に移動するように伝えてきた。
正人は立ちあがって、拘束椅子に座っている彼女の顔が覗ける位置に移動をした。
(さっきの真夫とは何者だ?)
スカーレットが声を出さずに、唇だけで正人に問いかけてきた。
(突然に出現した龍蔵の息子だ)
正人も唇の動きだけで答えた。
声に出さないのは、万が一にも隠しカメラや隠しマイクを恐れてのことだ。この屋敷に監禁状態にあるナスターシャ(スカーレット)は、真の人格を表にすることがどんなに危険であるかを承知している。だから、いままでほとんど表には出て来なかった。
従って、正人の封印されていた側の部分も表には出てくることはあまりなかった。
だが、今回、こんな状況で覚醒したということは、余程に重要なことだと判断したに違いない。
(どんな少年だ?)
(女に弱い。豊藤の血を引いているのは間違いなく、秀也と龍蔵が接触して、すぐに操心術を覚醒した。だが、豊藤の後継者となることを拒んだ……)
(それはわかっている。ナスターシャを通じて、さっきの会合のことは記憶している)
スカーレットが正人の言葉を遮った。
そのあいだも、尻責めをされているスカーレットの苦悶の声は続いている。
尻を犯されながら、諜報の指示を出すのだから、大した女だと思う。
「んふううっ、うううっ」
スカーレットの身体が弓なりに反った。
達したようだ。
しかし、休むことは許されない。疲れることを知らない機械は、正人か秀也が電源を切るまで、繰り返し目の前の尻を犯し続ける。
すでに肩で息をしているスカーレットが、すぐにぶるぶると震えだした。
間髪入れずに、機械の尻責めが継続されているようだ。
(少し止めようか?)
正人は伝えた。
この屋敷にいるのは、龍蔵と秀也と時子の三人だけだ。三人のいる部屋からも、この部屋のことは監視できるようになっていると思うが、正人に監視をさせている以上、ナスターシャのことは放っている可能性が高い。
だが、スカーレットは首を横に振った。
このままでいいということだ。
(息のかかっている女生徒をその真夫につけろ)
機械姦の与える刺激に歯を食い縛ったまま、スカーレットが正人に伝える。
正人は頷いた。
(口に耳を持って来い)
スカーレットの唇が動いた。
正人が言われたとおりにすると、ささやき声が聞こえてきた。
「眠れ。女生徒を真夫につけておくのを忘れるな……。シンデレラと白雪姫はワシリーサの産んだ娘かもしれない。最後はハッピーエンドで終わるが人生は苦悶そのものだ」
正人は自分の人格と記憶の一部が急速に心の深い部分に沈んでいくのがわかった。
「あ、ああっ、や、やめてっ、ああっ──」
ナスターシャの大きな悲鳴が耳元で聞こえた。
はっとした。
一瞬眠っていた?
正人は離れた位置にある椅子に座っていたはずなのに、拘束されているナスターシャが急に目の前にいてびっくりしてしまった。
不思議に思いながらも、ナスターシャから離れてテーブルに戻った。
まだ食事の途中だったのだ。
食べかけがテーブルに置かれたままだ。
「や、やめて、やめて、もう許して──」
ナスターシャが日本語で泣き叫んでいる。
そばにある計測器の数値を見た。
いまは、ナスターシャの尻を抉っている筒がゆっくりと侵入をしようとしている状況のようだ。
ナスターシャの尻圧がどんどんと大きくなるのも数値で出ている。
「少しでも楽になりたけりゃあ、尻の力を抜いたほうがいいぜ。いつまでも痛いのがいいなら、それでもいいがな」
正人は声をかけた。
聞こえているのか聞こえていないのか、ナスターシャは官能と苦痛の尻責めにただただ泣き声をあげるだけだ。
そして、今度はフランス語が悲鳴に混じりだした。
「おおっ、おおっ、おおおおっ、ひぎいいいい」
その声が一段と甲高くて大きなものになった。
ふとセンサーを見ると、尻穴の奥まで達している筒が蠕動と回転運動を開始している。しかも、微弱な電撃を流しながらだ。
刺激の速度も種類も、ランダムに設定されているので、正人にも制御はできない。
ただ、刺激をランダムにしているのは、長時間の連続刺激を加えられても、絶対にナスターシャがそれに慣れることができないようになっているのだ。
なんともサディスティックな仕掛けだと思う。
ナスターシャの悲痛な声を聞きながら、正人はあるひとつのことを考え続けていた。
生徒会長の西園寺絹香のことだ。
まずは、彼女を真夫にくっつけるのだ。それで問題は解決できるはずだ。
観察したところ、すでに絹香はその気だが、真夫が躊躇するようなら必要な手を打たなければならないと思う。
なにしろ、絹香を真夫に接触させることは、どんなことにも優先しなければならない重要事項だからだ。
しかし、なぜ、それが重要事項なのかということは考えられない。
だが、それはやらなければならないことだ。
まるで脅迫されたことのように、正人は同じことを繰り返し考え続けていた。