「すごいだろう?」
声をかけてきたのは坂本君だった。
SS研の部室の前だ。
金城光太郎は、金城は見入っていた「展示物」から目を離して、彼に視線を向けた。
坂本真夫というのは、最近になって、突然にS級生徒として転校してきた男子生徒だ。そして、不思議な人物である。
噂によると孤児だという話だが、そもそもそれが不自然だ。
この学園は、桁違いに豪華な設備が整えられている代わりに、財産家の子弟しか通うことができないと言われるほどに授業料や一定額以上の納入を求められる寄付金が高額だ。
だから、そもそも、この学園で学ぶ者は、かなりの財産家の出身であることが前提なのだ。
しかも、学園に支払っている金額によって利用できる設備が異なってくるので、S級生徒ともなると、信じられないほどの額を実家が支払わなければならない。
だから、本当は孤児であるはずもなく、おそらく、なんらかの事情で家柄を隠さなければならないのだと思う。
この学園に通う女生徒が彼に冤罪を仕掛けたことに対する学園側の謝罪措置だという説明もあったが、まったく信じるに値しない戯れ言だ。
だが、それだけの「嘘」を学園が準備するほどの人物ではあろうのだろう。
それが、彼に抱いた最初の好奇心だ。
そして、好奇心を刺激する出来事はさらに続いた。
坂本という男子生徒の周りに、奇妙なくらいに綺麗な女生徒や女たちが集まるのだ。
まずは、その坂本君に冤罪をかけた罪とやらで、従者生徒に落とされた「白岡かおり」──。
白岡グループの令嬢であり、そんな彼女がこの学園の最下層の地位であるC級生徒にされたのだから、さぞかし不貞腐れているのだろうと予想したが、意外にも坂本君との関係は良好だ。
しかも、あれは男女の仲だろう。
そんなものは一発でわかる。
第一、従者生徒というのは、寮にあてがわれている個室に一緒に住むのだ。
この年代の生徒が一緒に生活をして、なにもないと考えるほど、自分も
男と女の色事というのは、金城光太郎のような立場であれば、当たり前に受ける帝王学のひとつであり、一応は知識としてはわかっているつもりだ。
そして、時折、寮の共用スペースで、教場棟に向かうふたりとすれ違うが、こっちがどきりとするような淫靡な匂いを漂わせて、白岡かおりが真夫にくっついている姿をよく見かける。
それだけでなく、不自然に赤い顔と切なげな吐息……。
自分のような観察力の鋭い者でなければ気がつかないとは思うが、突然にびくびくと痙攣のような身体の震え……。
気がついてしまったこっちが恥ずかしくなる。
あれは、絶対……。
坂本君という男子生徒は、意外にも好色な男のようだ……。
一方で、そんな風に坂本君と一緒にいるときの白岡は、明らかに恋をしている女の顔になっており、坂本君が性的な過度の悪戯をしている気配なのに、まるで抵抗の雰囲気はない。
まあ、白岡かおりは、懲罰的な措置で従者生徒に落とされたとはいうものの、れっきとした令嬢だ。
そんな彼女を乱れた性の捌け口として使うなど、感心はしないのだが、なぜか、坂本君に対する嫌悪感は抱けなかった。
そもそも、どう見ても、あれは白岡かおりの方がそういうことを望んでいる。
だから、こっちがどうこう口を出すことでもないだろう。
ただ、ああいう戯れ合いに接すると、異常なほどにどきどきするのだ。
どうにも、自分は勘がよすぎるのだと思う。
それだけじゃない。
坂本君と一緒にやって来た侍女という名目の「朝比奈めぐみ」──。
従者だというが、彼女が坂本君の恋人であるのは明らかだ。学園から通える教育大学に毎日通っているらしく、彼女が侍女のような仕事をやっている気配はない。
つまりは、恋人連れで入寮してきたというのが正しいのだろう。
また、白岡かおりとともに、ふたりとも美人だし、どちらも坂本君を心の底から大切に考えているというのがわかる。
そして、彼女もまた、あの淫らな匂いを漂わせて部屋を出てくるときがあるのだ。
つまりは、そういうことなのだ……。
坂本君も大人しそうな外見なのに、意外だなとは思ったりした。
複数の女……。
しかし、やはり、嫌悪感はない。
それが不思議だ。
いや、嫌悪感があるどころか、あの匂いに接するたびに、自分は落ち着かない感情に襲われるのだ。
どんなときでも冷静さを保てるように躾けられている自分が、異常なほどに動じてしまう。
なぜ、自分は坂本君や彼に集まる女に接すると、自制心が保てなくなるのだろう……?
さらに、坂本君の周囲には、怪しいと思っている女がもうひとり……。
最近になって理事長代理として、事実上の学園の理事長として活動を始めることになったらしい「工藤玲子」だ。
もともと理事のひとりだったが、理事長代理になったことで、日中に学園で見かけるようになった。
だが、その玲子が坂本君を見る視線……。
あれは、絶対に普通じゃない。
女が男を見る視線だ。
間違いない。
昔から人の感情を読むことに長けていて、人間関係に関する勘が外れたことなどない。
金城グループの後継者として育てられている自分の武器のひとつだ。
なによりの証拠は、彼女から漂うかすかではあるが、淫靡な匂い……。
そして、感じる違和感は、彼に集まる女たち同士の関係もそうだ。
坂本君を慕っている女性たちが奇妙なくらいに仲がいいのだ。
複数の女と付き合うという男は珍しくない。
だが、ひとりの男に複数の女がつき合うという関係は、大なり小なり嫉妬という感情がつきまとう。
同じS級生徒の加賀豊がそうだ。
人嫌いといっていい程に他人と深く関わるのが苦手な自分とは異なり、加賀豊は常に誰かしらの人間を周囲に侍らせている。
当然に女関係も激しい。
聞きたくもないし、知りたくもないが、加賀がとっかえひっかえしている女たちが、加賀に言い寄る裏で醜い主導権争いをしているということも頻繁に耳にしたりする。
そうでなくても、加賀の女たちの顔を見ただけで、加賀の周りにある自分以外の女の存在を疎ましく思っているのがわかる。
昔から勘がよく、そういうことは外れたことはない。
それに比べれば、坂本君の周りにいる女たちは、みんな幸せそうだ。
なぜなのかとは、漠然と思っていた。
そして、坂本君に集まる女がまた増えた。
S級生徒として同じ寮にいる「西園寺絹香」とその従者生徒の双子だ。
一週間ほど前から、寮から教場棟への移動に、彼女たちも加わるようになったのだ。しかも、生徒会長で気丈な性質だと思っていた絹香は、まるで別人のように、坂本君だけには従順で大人しい姿で接している。
さらに、今朝は、その絹香からも、あの淫らな匂いがしていることに気がついていた。
偶然に共用スペースで接し、挨拶を交わしていると真夫が現れ、絹香が急に乱れだした。
こっちとしても、平静を装おうとしたが、あれは絶対に真夫がおかしな悪戯をやっていたと思う。
いいな……。
そのとき、不意にそんな感情が頭に沸き起こった。
そして、次の瞬間に愕然ともなった。
なにを羨ましく思った……?
慌てて、可愛らしい制服が羨ましいという別の言葉に変えたが、一体全体、自分はどうしてしまったのだろう?
とにかく、あの坂本君は危険であり、不思議な人物だ。
怖ろしいくらいに人を引き付ける。
いつも、白岡かおりのような女や最近では絹香のような女生徒をそばに置いているので、無遠慮に近づきはしないが、かなりの女生徒が彼のことを遠巻きに見ていることに気がついている。
しかも、彼に媚びたいような視線を向けて……。
なぜが、奇妙なくらいに人を惹きつける……。さらに、観察する限り、生徒の中でも優秀だと思う者ほど、坂本君に熱い視線を向けている気がする……。
それはとても不思議なことだ。
あの加賀豊からしてそうだ。
最初に会ったとき、階級意識の強いはずの彼が、孤児だと自己紹介した坂本君をすぐに受け入れるような態度をとった。
そのとき、自分も一緒に話をしたが、実はそれは本来はあり得ないことなのだ。
だが、加賀は最初の出会いから、理由なく坂本君を受け入れた。
男であろうと、女であろうと、一流であるほど、彼に魅了されるということだろうか……。
不可解だ。
なによりも、金城光太郎である自分……。
こうやって、坂本君のことが気になって気になって仕方がない。
冷静を保っているふりはするが、実は坂本君と一緒にいると、とても冷静ではいられない。
なぜなのだろう……?
彼が新部長になったのだというSS研という社会研究会は、今度の文化発表会に向けて、拷問展示という研究発表を予定しているらしいが、その一環として、一週間ほど前から、SS研の部室のある廊下には、そのテーマを連想させる絵画が並べられている。
有名な絵画の模写絵ではあるのだが、見方を変えれば、女を辱められたり、いたぶられたりされていると受け取れる構図の絵だ。
最初に見たとき、異常なほどに自分は興奮してしまった。
理由はわからないが、とにかく、心臓がどきどきして、自分が自分でなくなるような気持ちになった。
それでいて、それを心地よいと思ってしまう。
不思議だ……。
それから、どうしても、SS研の展示物に目を離せずに毎日のように通っている。
なにが自分を惹きつけるのか……。
そして、いま……。
今日は放課後にSS研に遊びに来ないかと、あの坂本君に誘われた。
冷静に対応したつもりだったが、内心では壊れるのではないかと思うほどに激しく心臓が鼓動した。歓喜に身体が震えそうになった……。
どうして、そんなに嬉しかったのか、自分でも理解できないが、坂本君に声をかけられたとき、ぎゅっと拳を握っている自分に気がついた。
他人と接するのが本当に好きではなく、いまも実家の手配している警護役の男子生徒がついているが、いつも離れてガードするように申し渡していて、ちょっと離れた位置に彼らは立っている。
また、自分と一緒にいたがる生徒は多いのだが、どうにも鬱陶しくて、それを許可したことはない。
他人が近くにいるだけで、落ち着かないからだ。
まあ、他人といたくない理由は、誰にも明かせない自分の身体の異常さにもあると思うのだが……。
しかし、この坂本君だけは別だ。
こうやって、話しかけられたことで、とても喜んでいる自分がいる。
やはり、不思議な男だ。
「この馬の首の仮面や、酒樽も拷問具なのかい?」
光太郎は横にやって来た坂本君に言った。
いま、見ていたのは、開放されている部室の中に置いてある幾つかの仮面や展示絵だ。
展示絵によれば、仮面については、それを頭に被らせて、見世物のように晒すというもののようだ。
しかし、恥ずかしい恰好ではあるが、どうにも拷問具には見えなかったのだ。
「まあ、拷問というよりは刑罰かな。社会的な名誉を失なわせるというのは、地域集団からの追放も意味するから、中世社会においては当たり前の生活を送れなくなることでもあったみたいだ。そういう意味では拷問かもしれないね。もっとも、真の意味での追放刑とは違うけど」
坂本君が言った。
「この樽もかい?」
「飲んだくれへの罰だそうだ。これを身に着けて町中を歩く」
坂本君が笑った、
大きな酒樽であり、外国語で侮蔑的な言葉が書いてある。首と手を出す穴もあり、確かに、頭から被れそうな感じだ。
「ふうん……。しかし、これも羞恥刑?」
光太郎が指を差したのは、一台の手押し車だ。ただ、車体部分に鎖が繋がっていて、首輪のようなものがその先にある。さらに、手押し車の横には男女の農夫の服装も飾ってある……。
「農作業を真面目にやらない夫婦への見せしめだね。だけど、男の農夫の服は女が着るんだ。女の服装は男が着る。そして、男の首に首輪を嵌めて、女が手押し車を押して町を歩くんだ。違う異性の服を身に着けるというのは、それだけでも、当時の人には耐えられない羞恥ということらしい」
違う異性の服……。
光太郎はどきりとしてしまった。
「よければ、もっと奥に行かないか? 体験展示として準備しているものがあるんだ。時間はある?」
坂本君がさりげない口調で言った。