「よければ、もっと奥に行かないか? 体験展示として準備しているものがあるんだ。時間はある?」
坂本君が何気ない口調で言った。だが、平静を装っているが坂本君はちょっと興奮気味であり、しかも、人を罠に誘うような表情になっている気がした。
光太郎は、相手のほんの小さな口調の変化や表情の違いから、ある程度の感情を読みことができる。
それこそが、光太郎をして金城財閥の後継者として選ばれている理由だ。
おそらく、なにかを企んでいる。
光太郎は確信した。
だからこそ、思った……。
見たいと──。
もちろん、光太郎は拷問と刑罰展というものに興味がある。そもそも、そのために部室を訪問したのだ。
しかし、坂本君が光太郎になにかを企んでいるということに気がつき、だからこそ、あえて、それに応じてみたいと思った……。
なぜか、彼の罠に嵌まってみたい。
不可思議だが、そう考えてしまったのだ。
どきどきする。
やっぱり、不思議な男だ……。
どうしようもなく惹かれる。
罠だとわかっているのに、自ら飛び込みたくなるくらいに……。
不思議だ……。
光太郎は返事をするために口を開いた。
「とんでもありません。時間などありませんよ──。さあ、坊ちゃま、お時間です。そろそろ、戻りましょう」
だが、光太郎が開いた言葉が紡がれる前に、後ろから声がした。
父親がつけている侍女の
この学園では侍女ということになっているが、光太郎が幼児の頃からそばに侍っている乳母であり、祖父によって光太郎につけられている見張りでもある。
文字通り、光太郎の一挙手一投足を監視して、祖父である金城財閥の会長に報告するのが役割だ。
光太郎が誰と接し、どういう話をしたかということまで報告があがる。そして、将来の総帥として相応しい行動かということが精査されるのだ。
さらに、祖父の名代として、花江には絶対服従をすることも命じられており、まあ、光太郎のお目付け役ということだ。
むかしは抵抗もあったが、いまではすっかりと諦めている。
また、部下は作っても、友人は作るなというのが祖父の絶対の教えであり、花江はその信奉者で、その監視もしている。
光太郎の周りに常に人がいないのも、もともと、光太郎自身がそれを望まないというのもあるが、この花江の存在が理由でもある。
この十日ほど、光太郎が必要以上の興味を坂本君に抱いているのを知っていて、これ以上近づくなと厳しく忠告されていた。
しかし、今日はどうしても、坂本君の誘いに応じたかったし、拷問展示というものに激しく興味があったので、強引にやって来た。
だが、これが限界だろう。
おそらく、報告もあがっているだろうし、週末に戻れば、祖父から呼び出しがあり、坂本君との接触を制限されると思う。
坂本君の正体が本当はなに者であろうとも、表向きには、彼は施設あがりの孤児でしかない。そんな彼との付き合いを祖父が許すはずもないのだ。
「婆や、どうしてもだめかい?」
光太郎は振り返って訊ねた。
しかし、いつの間にか、護衛学生であるふたりの男子生徒もそこにいる。財閥から雇われている少年たちであり、特別な訓練を受けている。光太郎と会話をすることもないが、離れることもない。つかず離れずの対応で、絶対に光太郎から目を離さない。
なによりも、光太郎ではなく、花江への服従を指示されていて、光太郎を強引に連行することもある。
ふたりを寄せたのは、逆らえば強引に離すぞという花江の意思表示だろう。
光太郎は溜め息をついた。
お愉しみはここまでか……。
「坂本君、せっかくの誘いだけど……」
光太郎は坂本君に向き直った。
だが、すっと坂本君が前に出て、花江たちの前に立った。
「なにか……?」
花江の顔が不快そうに歪むのがわかった。
「改めて自己紹介します。坂本真夫と申します。ご存知のとおり、彼とは同じ寮のS級生徒です。この週末を彼と一緒に過ごす許可を頂けませんか? 俺は彼と友情を深めることを望んでいるです」
すると、いきなり、坂本君が言った。
光太郎はびっくりした。
「な、なにを……」
週末を彼とすごす?
嬉しいが、そんなことを花江が許すわけもない。いや、花江が許さなくても、祖父が許可しないだろう。
あり得ない……。
「な、なにを言っているのです、お前──。そんなことが許可できるわけが……」
案の定、花江が真っ赤な顔になって怒った。
だが、次の瞬間だった。
その花江の表情が突然に緩んだのだ。いや、花江だけでなく、無言で立っていたふたりの護衛生徒たちもだ。
しかも、花江は怒鳴りかけていた言葉を急に打ち切った。
なにがあった……?
光太郎が困惑した。
「お願いします。彼の実家には、玲子さんから連絡してもらいます。彼女はとても説得力がありますから、きっと週末に帰宅しないことの許可は、会長様から得られると思います。どうか……」
坂本君が頭をさげる。
すると、花江の表情もすっと柔らかくなったのがわかった。
「ふう……。仕方ありませんね……。わかりました。でも、坊ちゃまのご意思は……?」
花江が光太郎に視線を向けた。
今度こそ、びっくりした。
許可をする?
自由を許すのか?
光太郎は驚愕してしまった。
「嫌かい、光太郎?」
呼び捨て?
坂本君に呼び捨てにされたのは初めてだし、しかも、名前呼びだ。
そんな風に他人から接されたことはない。
だが、悪い気持ちではなかった。
むしろ、心地いいかも……。
知らず、口元が綻んでいた。
「嫌ではないけど……」
気がつくと、そう口にしていた。
しかし、自分が坂本君たちと週末を過ごすことに応じてしまったと悟ったのは、言葉を口にしてからだ。
他人の部屋で外泊──?
まずい……。
我に返ったときには、坂本君は花江に向き直っていた。
「では、そういうことでよろしいですよね。花江さんは、学園のゲストルームに宿泊してください。なにかあったら、そちらにお知らせします。この瞬間から金城君の部屋は月曜日の朝まで電子ロックをかけてもらいます。だから、誰にも出入りできなくします。ご安心ください」
坂本君が言った。
光太郎は唖然とした。
部屋を封鎖?
この瞬間?
どういうこと──?
困る──。
慌てて阻止しようとしたが、胸の内側に入れているスマホから電子音がした。しかも、祖父からの緊急の連絡として区分している音だ。
滅多にかかってこない向こうからの連絡だ。
どうして?
とにかく、光太郎はスマホを取りだした。
祖父からの連絡など、なにを置いても最優先である。
「えっ、まさか……」
思わず呟いた。
メールの中身は、この週末、光太郎が学園に残ることを許可するという内容だった。
わけがわからない……。
どうして?
「……では、よろしくお願いします」
花江の声がしたので顔をあげる。
そのときには、花江が護衛生徒を率いて立ち去って行っているときだった。
およそ物心ついてから、花江が光太郎から離れるなど初めてだろう。
彼女は、光太郎の秘密が他人に漏れないための、絶対のお目付けでもあったのだから……。
「悪いけど、玲子さんに頼んで、俺の部屋への週末宿泊を許可してもらうように頼んだんだ。見せたいものもあるしね。それで、よければ、SS研の活動に、光太郎にも参加して欲しい」
坂本君が光太郎を振り返って笑みを浮かべた。
なぜか、どきりとした。
だが、さっきは読めたと思った感情が、不思議にも読めない。
光太郎は当惑してしまった。
「ま、待ってくれよ。僕は君のところに泊まるのかい? 君の……恋人たちも一緒に?」
最初に訊ねるのがそれなのかと、自分でも呆れたが、とにかく、動顛してしまって頭が回らない。
こんなに追い詰められた気持ちになるのは、生まれて初めてかもしれない。
なにが起きているのか理解できてないのだ。
「かおりちゃんやあさひ姉ちゃんは、そこしか泊まる場所がないからね。ああ、絹香たちはいないよ。彼女たちには別の仕事を頼んでいるから」
坂本君がにっこりと微笑んだ。
「別の仕事……? い、いや、そんなことはいい……。だけど、どうして……。婆やが僕から離れるなんて……。しかも、さっきの祖父からのメールって……」
光太郎は坂本君に言った。
あり得ない……。
絶対にあり得ないのだ。
「だって、今日の放課後はSS研の展示物を見てもらうって約束したじゃないか。だから、玲子さんに頼んだんだ。君が俺たちを週末をすごすことについて、許可を取って欲しいってね。玲子さんはとても説得力もあるんだ。多分、君のお祖父さんを説得してくれたんだと思うよ」
坂本君はあっけらかんと言った。
祖父を説得?
それこそ、あり得ないことだ。
金城財閥の会長であり、総帥の祖父を簡単に動かせる者などいるわけがない。しかも、事前に光太郎に確認もなかったということは、祖父にはその「説得」とやらに逆らう気持ちもなかったということになる。
それを一介の学園の理事長代理が……?
「とにかく、つまりは、君が手配したということかい? 僕は君の部屋に泊まるなど言ってないと思うけど……」
なにを訊ねていいかもわからない。
しかし、本当に得体の知れない罠にかかりかけている気がする……。
なんとなく、そう思った。
「そうだね……。だけど、すでに玲子さんに、君の部屋の電子ロックはかけてもらっている。こうなったら、俺の部屋に泊まるしかないよね。ああ、大丈夫だよ、着替えとかもこっちで準備するから……」
「そ、そういう問題じゃ……。あっ、そうだ。さっきはどうやって、婆やを帰したんだ? 彼女が僕から離れることなどあり得ないことなのに……」
「真摯にお願いしたからかな。俺だって、玲子さんに負けないくらいに説得力があるみたいだ」
「説得力って……」
絶対にそんなものじゃない。
坂本君が花江に面と向かった瞬間に、花江は意思を無くしたように、突然に豹変した。
まるで魔法にでもかかったように……。
魔法……?
いや、操り?
ふと、そのことが頭に過った。
「ねえ……」
そのとき、声を掛けられた。
だが、坂本君の顔が目の前だ。
異常なくらいに距離が近い。
いつの間に──。
「わっ」
光太郎は思わず後ずさった。
しかし、その手首をがっしりと坂本君が掴む。
さらに、引き寄せるように抱き込まれる。
「ちょ、ちょっと──」
光太郎は坂本君の腕を振り解こうと思った。
だが、本物の「男」の力は強い。
強く抱きしめられるようにされて、光太郎は坂本君に密着させられる。
「わっ、わっ、わっ」
光太郎は大いに混乱した。
すると、耳元に坂本君の口がすっと寄ってきた。
「……だから、三日かけて説得させてもらうよ……。君も俺のSS研に入るんだ……」
ささやかれた。
息が耳にかかって、身体がぞわぞわした。
それだけでなく、息をかけられた耳に得体の知れないびりびりという感触が襲う。抱きしめられている背中にも……。
「さあ、こっちだよ。奥まで案内しよう」
坂本君がやっと光太郎の身体を離した。
咄嗟に距離をとろうと思ったが、右手首を掴まれたままで離れられない。
そのまま、部室の中に連れていかれる。
「ま、待ってよ。とにかく、手を……」
腕を引かれて、ついていかれながら、光太郎は困惑して言った。
だが、ぐいぐいと坂本君は光太郎を引っ張る。
そして、壁にある本棚まで進むと、幾つかの本を引っ張ったり、押し込んだりした。
すると、突然に本棚が左右に開いて、空間が出現した。
「エレベーター?」
そこにあったのはエレベーターに違いなかった。だがかなり広い。
また、操作盤のようなものはない。
光太郎を中に連れ込むと、坂本君は右手をなにもない壁に触れされた。相変わらずに、光太郎の手首を片手で掴んだままでもある。やはり、びりびりという感覚が続いている。
なぜか、下腹部がかっと熱くなる。
エレベーターの扉が閉じて、下降をしていく。
「展示物が地下にあるからね。それを運搬するために、広めに作ってあるそうなんだ」
「ひ、広めって……。それはともかく、文化部の部室にはこんな仕掛けが?」
光太郎は言った。
結構時間が長い。かなり下がっているんじゃないだろうか?
「ほかの文化部は知らないね。多分、SS研だけだと思うよ。さあ、到着だ」
やっと下降が終わり、扉が開く。
「うわあ」
光太郎は思わず声をあげた。
出現したのはかなりの広さの部屋だ。
しかも、得体の知れない道具が所狭しと並んでいる。
中身に鉄杭がたくさんある女性の形をした大きな入れ物──。
天井からぶらさがっている人の形をした籠──。
拘束具がついた梯子──。
たくさんの釘の先がでている鉄の椅子──。
これは拷問具だ。
それが二十個以上ある。
ほとんど使い方はわからなかったが、光太郎が知っているものでは、三角木馬というものもあった。
しかし、座る部分にはなぜか穴が開いていて、そこからは回転する刷毛のようなものが出ていた。
端っこには、ミニチュアのようなものもあり、そこには人形があって、実際の拷問の光景が再現されたりもしている。
「ああ、本当に来たのね」
女生徒の声がした。
部屋の中心部に幾つかのソファがあり、そこに、従者生徒用の制服姿の白岡かおりが飲み物を口にして腰かけていた。
だが、かなり顔が赤い。
しかも、短いスカートから出ている脚はせわしなく、両腿を擦りあわせたりしている。
光太郎の視線から見ても、かなり艶っぽい。
思わず、どきりとする。
「さっき、連絡したけど、準備はできてる?」
坂本君が光太郎を部屋の中に招きながら、白岡さんに訊ねた。
すると、背中で機械音がした。振り返ると、エレベーターの出入り口だった場所がなんのへんてつもない壁になっている。
もしかして、坂本君がいなければ、上には戻れない?
光太郎は、困惑してきた。
「で、できてるわよ──。晒し台よね。それよ。だ、だけど、いい加減にとめてよ──。も、もういいでしょう」
白岡さんが叫んだ。
とめて……?
それで、はっとした。
匂い……。
白岡さんから漂ってくる淫靡な香り……。
これは……。
まさか……。
だけど、切なそうにスカートの上から股間を押えている白岡さんを見ると、もしかしたらと思う……。
でも……。
「とめないよ。我慢できるくらいの動きにしてるだろう? それに、これも調教だよ」
坂本君が笑って言った。
調教?
いま、調教って言った?
光太郎は耳を疑った。
「さあ、こっちだよ、光太郎。今度の文化部展示では、単純な展示だけじゃなく、体験展示というのもやろうとしているんだ。実際に刑罰を体験してもらうのさ。だけど、危ないのはもちろんだめだから、体験展示の対象はこれだけどね」
坂本君が光太郎を導いたのは、白岡さんが座っているソファの向こう側だった。
そこには、床に置かれた木製の柱に挟まれた木枠があった。木枠には三個の穴があり、枠が上下二つに分かれて、密着することで穴に挟めるようになっている。
「かおりちゃんがさっき口にした晒し台というものだ。ここに受刑者の首と両手首を挟んで拘束し、数時間、時には数日間、人の往来の激しい場所に放っておかれるのさ。板に刑罰の内容を書いた紙を貼ってね」
「さ、晒し台?」
光太郎は言った。
なぜか、とても喉が渇く。
追い詰められている……。
そんな気持ちになる。
でも、どうして……。
「もっとも、中世は識字率が低いからね。文字ではなく、罪の内容がわかる格好をさせて晒すということも行われたんだ」
「罪のわかる恰好って……」
駄目だ……。
なんだか、頭が馬鹿になったみたいに動かない。
さっきから、坂本君に圧倒されている。
そして、とても落ち着かない。
「さっそく、体験してみようか、光太郎……。かおりちゃん、手伝ってよ。ちょっとこっちに」
真夫がやっと手を離して、光太郎を木製の晒し台に押しやった。一方で白岡さんを呼ぶ。
やっぱり、白岡さんは動きがぎこちない。
ちょっと息も険しいし、ふと見ると、短いスカートの裾から膝に向かって、つっと滴っている体液も……。
気がついてしまった光太郎は、自分の心臓が激しく動悸するのがわかった。
「ねえ、とめてったら……」
やって来た白岡さんが坂本君を睨んだ。
ぷんと漂う女の淫靡な香り……。
だめだ……。
本当に頭がおかしくなりそうだ。
光太郎は、首を横に振った。
「わかったよ」
坂本君が上着の内側からスマホを取りだした。
そして、操作する。
「んふうううっ」
途端に白岡さんが絶叫して、その場にしゃがみ込んだ。
光太郎はびっくりした。
「間違えたよ。強くしちゃった」
坂本君が笑い声をあげた。
しかし、スマホの操作をやり直す気配はない。
白岡さんは、股間を両手で強く押えて、身体をくの字に曲げて震えている。
「あほおおおおっ、とめてええええ」
白岡さんが声をあげた。
光太郎は何かに呑まれたようになり、自分から思考力が消失していくのがわかった。動けないし、言葉も出せない。
ただただ、目の前の淫美な光景に圧倒されていた。
「それよりも、光太郎。体験展示だ。ほら、そこに首と両手首を置いてごらん」
坂本君から腰を抱かれて、晒し台の前に押しやられる。
なにも考えられない。
光太郎は、まるで操られるように、開いている板にある三個の穴に首と手首を乗せた。
すると、上側の木枠が置かれて、光太郎は首と両手首を板に完全に挟まれてしまった。