9話 魔王の後継者
玲子は、早朝の公園に立っていた。
昨夜は忙しかった。
「理事長」に命じられた真夫という少年に関する調査結果を報告し、それから真夫がいまいる場所であるアパートで生活している朝比奈恵という女子大生のことを調査報告を受けてまとめた。
真夫と朝比奈恵は、同じ養護施設で育った幼馴染だ。
しかも、ふたりは「恋人」関係という間柄だったようだ。
朝比奈恵が養護施設を出てから再会した形跡は認められなかったものの、真夫がこれまでの高校を退学になって暮らしていた寮を追い出されると、すぐに朝比奈恵のところに行ったところを考えると、ふたりはずっと関係を続けていたのだろうか。
ただ、調査を指示した者による報告書ではそれはわからなかった。
まあいい……。
いずれにしても、この朝比奈恵と真夫が特別な関係であるというのは確かだ。
「理事長」の意図である、白岡かおりという女生徒を真夫に調教させよという指示も、彼女を使えばなんとかなるかもしれない。
なにしろ調査結果によれば、その朝比奈恵には、ろくでなしの父親が闇金に作った多額の借金があるらしい。
それで、近々、闇金の息のかかっている売春組織に売り飛ばされることになっているようだ。
その闇金についても調べた。
大きな暴力団組織に繋がっている中堅クラスの下部組織であり、手を回せばどうにでもなる連中だ。
真夫という青年を取り込むカードとしては使えるだろう。
さらに、理事長に指示されたのは、真夫を痴漢の冤罪にかけた三人組の男子生徒の処置だ。
学園の生徒だが、平素から評判の悪かった、どうしようもない連中であり、白岡かおりという女子生徒をレイプして痴態の映像を撮り、その映像で脅して、白岡かおりを玩具にして遊んでいた者たちだ。
そもそも、真夫が巻き込まれた痴漢も、この三人組が白岡かおりを呼び出して、電車で悪戯をしていたのだ。
それを真夫が痴漢として訴えたとき、連中は現場から逃亡したかおりを携帯で脅迫して、真夫を真犯人だと告発させた。
かおりもかおりだが、三人組は相応の酬いを与えるべきだろう。
理事長には、その三人については、退学に加えて、見せしめの襲撃を指示された。
その処置も夜のうちの仕事だ。
玲子がここで待っているのは、襲撃をするチンピラをけしかける仕事をさせた部下からの報告を受け取るためだ。
学園は寄宿舎制だが、週末については希望する者で許可を受けた生徒は、外出や帰宅が許される。
例の三人組が、一端の不良きどりで、週末になれば、家にもほとんど戻らずに、夜通し遊びまわっているのは確認済みだ。
玲子が部下に指示したのは、偶然を装って夜遊びをしている連中に与太者をけしかけて、三人を襲わせることだ。
部下といっても、実際には「理事長」の使う若者であり、玲子の仕事を手伝うために、理事長につけられている何人かのひとりだ。
とにかく、それを昨夜のうちに終わらせろと言った。
面倒な仕事ではないし、すぐに終わったと思う。
玲子は、この公園で部下から、顔を潰した三人の男子生徒の写真を受け取ることになっていた。
わざわざ、メールではなく、手で受け取ることにしたのは、三人が金持ちの子弟であり、うっかりと犯罪の証拠となるデーターがネットに流れて、足がつくのをできるだけ防ぎたかったからだ。
それにしても遅い……。
玲子がいるのは、街の真ん中にある大きな公園のベンチだ。
時計を見ると、朝の四時を十分ほど過ぎている。
待ち合わせの時刻は四時だから、もう十分も遅れている。
玲子は苛立ちを感じていた。
「偶然だね、玲子。こんなところでなにを?」
不意に背後から声をかけられた。
「しゅ、秀也様……」
驚いて振り返った。
そこにいたのは、Gパンに紺のジャケットを身に着けた木下秀也だった。
学園の三年生であり、学園の生徒会の副会長をしている男子生徒だ。
玲子は、顔が引きつるのを感じた。
なにしろ、この男子生徒は……。
「こ、こんなところで、なにを……?」
とりあえず、それだけを言った。
すでに喉は緊張でからからだ。
「おいおい、玲子、それは俺が訊ねたんだぜ?」
すると、秀也がけらけらと笑った。
そして、なにかを企んでいるような表情をして、玲子の腰かけるベンチに座ってきた。
「なあ、玲子、お前、俺に報告することがあるんじゃねえか?」
隣に腰かけた秀也が意味ありげに言った。
「ほ、報告と言われても……」
玲子はとぼけた。
秀也が玲子からなにを喋らせようとしているのかは、すでに察しがついた。
真夫のことだろう。
あの「魔王」こと、学園の理事長に、血の繋がった息子が見つかったという話をどうやってか知らないが聞きつけたに違いない。
だが、玲子としては、いずれわかることとはいえ、理事長の許可なく、真夫のことを秀也に暴露するわけにはいかない。
それで白を切ろうと思った。
すると、秀也がジャケットのポケットに手を入れた。
「はうっ」
その瞬間、股間のクリリングが激しく振動を始めた。
玲子は両手を股間に押さえて上体を屈めた。
いきなり動かされたクリリングの刺激は、脳天まで突き抜けるような衝撃だった。
すっかりと調教され尽した身体は、玲子の身体を信じられないくらいに敏感なものにしている。
しかも、クリトリスの根元の皮一枚内側に埋め込まれている超高性能の淫具は、玲子の身体の反応のデーターを蓄積していて、玲子がもっとも感じる強さと振動波を股間に注ぎ込んでくるのだ。
クリリングの振動の波は三段階──。
“低”は、決して達しない程度の振動を延々と送り続けるような刺激。なんとか平静を装うことも可能だが、淫らな疼きが身体から離れることはないように、じわじわとした振動を変化をさせながら送り続ける。
しかも、玲子の身体を検知し、玲子が達しそうになれば、振動は停止し、しばらくして動くという動きだ。
ある意味、三段階の中でもっとも苦しい刺激かもしれないと玲子は思っている。
“中”は、さらに激しい振動。口を押さえていなければ声も出るし、腰も震えてくる。基本的には、玲子を絶頂させるための振動なのだが、比較的時間をかけて責めてくるような動きになる。
“高”は、瞬時に昇天させるような激しいものだ。
どんな状況の場所であろうとも、ほとんど三十秒ももたずに昇天させれるような強い刺激だ。
とにかく、高の場合は、クリリングは、検知できる玲子の体調を判断して、もっとも短時間で効率的に絶頂させられる刺激を選んで送り込んでくる。
これを受けると、どんな場所であろうとも、あっという間に玲子はその場で昇天するしかない。
秀也がクリリングに送り込んできたのは、“高”の刺激だ。
「あぐうっ、くうっ、や、やめて……こ、こんなところで……」
玲子は股間をスカートの上から押さえたまま、悲鳴をあげた。
しかし、どんなに振動を手で押さえようと思っても、リングは実際には皮膚の下なのだ。
どうすることもできない。
しかも、刺激を遮断する革の下着が外部からの刺激を封じてしまう。
「ああ、ああっ、や、やめて……く、ください……」
玲子は必死で言った。
するとスイッチが切られる。
玲子は、はあはあと息をしながら、秀也の顔をまじまじと見た。
「それとも、こっちがいいかい?」
口を開こうとすると、秀也がジャケットのポケットからクリリングを操作するリモコンを取り出した。
「ひぎいいっ」
玲子は絶叫して、ベンチからのけぞり落ちた。
今度は電撃がクリリングから放たれたのだ。
股間の内側から浴びせられる電撃の激痛は生易しい苦痛ではない。
玲子は、秀也の足元で絶叫した。
そして電撃がとまる。
玲子は脱力した。
すでにスーツの下は汗びっしょりだ。
「座れよ、玲子」
秀也は言った。
もはや、逆らう気力はない。
玲子は諦めて、秀也の横に座り直した。
「
すぐに秀也は言った。
やっぱり、そのことか……。
玲子は思った。
“増応院”と秀也が呼んだのは、学園の「理事長」にして、「魔王」と称される政財界の闇の帝王である玲子の「飼い主」のことだ。
無論、増応院は本名ではない。
金を出して手に入れた戒名だ。
本名は
いまでは闇に隠れて支配力を発揮しているが、かつては豊藤財閥と称される国際的な巨大財閥の「帝王」だ。
だが、実質的な表舞台からの引退とともに、増応院という戒名の名乗りを始めた。
“増応院”というのも、自ら名付けたらしい。
読み方を変えれば、“まおう”とも読める。
つまりは、しゃれなのだ。
「…しゅ、…秀也様、理事長の許可なく、わたしが喋るわけにはいきません。お察しください……」
玲子は早口で言った。
だが、秀也は年齢とは似つかわしくない冷酷そうな笑みを浮かべただけだ。
そして、手に持っているクリリングのリモコンをかざした。
「ああっ、ううっ」
また、クリリングの衝撃がクリトリスを襲った。
再び身体をくの字に曲げた玲子に、今度は間髪入れずに電撃が襲う。
「ひぐううっ」
またもや、ベンチから転げ落ちた。
電撃はすぐに止まったが、玲子は恐怖で震えが止まらなくなった。
この木下秀也が理事長と同じ玲子に埋められたクリリングを操作できるリモコンを保持している理由は簡単だ。
一年前にあの理事長に捕らえられたとき、玲子を直接に調教したのが、この木下秀也だったのだ。
だから、理事長が操作できる玲子用の淫具の操作具は、この秀也も持っていて、いつでも操作できるというわけだ。
秀也は、増応院こと、学園の理事長である豊藤龍蔵の親族の子弟になるらしい。
増応院は、秀也のことを「甥」と説明しているが、実際の関係はもっと遠縁ぽい。
ふたりがどのくらいの血縁関係なのかは玲子にもわからないが、秀也自身が発言した言葉のとおりであれば、理事長は自分の持っている権力を秀也に与えるために、「帝王学」を学ばせているのだという。
それで、自分の手元に置くために、理事長の「隠居施設」とも呼べる「聖マグダレナ学園」に入学させたのだそうだ。
それが本当であれば、秀也は後継者のいない「魔王」こと増応院の後継者候補ということになるのだろう。
秀也が理事長の関係者であることは、ほとんどの者に秘密にされているが、理事長が秀也に学園を利用して「帝王学」を学ばせていることは、紛れもない事実だ。
なにしろ、理事長が秀也に施した帝王学教育の一環が、玲子という「教材」を調教させることだったのだ。
実は、理事長が指示した玲子に対する調教を実際に施したのは、この木下秀也だ。
玲子がクリリングを埋め込まれた学園内の「手術室」でも、秀也は理事長とともに立ち会った。
だから、玲子にとっては、理事長同様に、秀也には逆らえないというのが頭に刻み込まれている。
女を調教させることで、人を支配することを学ばせるというのは、あの増応院特有の帝王学教育のようだ。
秀也に玲子を調教させたのと同じように、真夫にも白岡かおりという女生徒を調教させようとしていることからも、それはわかる。
「座れ、玲子……。もう一度、訊ねるぞ。理事長の息子という男のことを教えろよ。学園に入ってくるというのは本当か……?」
秀也の声が上からかけられる。
「ほ、本当です……」
答えるしかない。
クリリング与える振動が甘美な羞恥地獄であれば、電撃は恐ろしい拷問そのものだ。
それを繰り返される苦痛から抵抗することなど不可能だ。
「なるほど……。それよりも立てよ。俺の前にな。ちょっとでも質問に答え遅れたら、次は一分間続けて電撃を流す。いいな」
秀也は言った。
「は、はい……」
玲子は頷いた。
訊問が始まった。
結局、玲子は坂本真夫という青年のことを秀也に説明させられた。
秀也の立場なら、真夫は、秀也の前に突然に割り込んできた財閥の後継者のライバルということになるはずだ。
だが、秀也が真夫についてどう思っているかは、表情ではわからない。
ただ、訊問のあいだ、玲子は五回もクリリングを操作された。
しかも、必ず“高振動”の後の電撃という過程を繰り返すのだ。
雰囲気からすると、玲子が喋ることについては、すでに秀也はほとんどのことを承知している気配だった。
ただ、玲子を苛めて愉しむために、この訊問を続けているという感じだ。
「まあ、こんなところか……。じゃあ、しばらくすれば、学園にその真夫という男子生徒が編入してくるということだな。俺にとっては親類にもなるわけだ。仲良くするとするよ」
秀也は言った。
玲子は許されて、その場に両膝をついてしまった。
繰り返された淫具の振動と電撃によって玲子の身体は疲労困憊していて、もう立っているのもやっとだったのだ。
そして、玲子はふと時計を見た。
もうすぐ、五時……。
そういえば、ここで報告受けのために待ち合わせをしていた部下との約束の刻限を一時間近くも過ぎている。
おかしい……。
玲子は我に返った。
「どうした、玲子? 待ち人が来ないのが不思議か?」
そのとき、目の前の秀也が言った。
玲子は、その意味ありげな口調に顔をあげた。
秀也が合図をする。
すると、正面の茂みの中から、複数の人影が出てきた。
玲子は声をあげた。
現われたのは、紛れもなく、玲子が部下に命じて襲撃させたはずの三人の男子生徒だ。
夜のうちに、チンピラを装った暴漢に襲わせたはずなのに、負傷どころか、服装には汚れひとつない。
どういうこと──?
玲子は目を丸くした。
「へへへ、秀也さん、なかなか面白いものを見物させてもらって、ありがとうございますね」
「でも、もうちょっと色っぽいとよかったかな。でも、学園の顧問弁護士の工藤さんが、秀也さんの奴隷って本当だったんですね。さすがっすよ」
「ねえ、この女弁護士さんをやらせてもらっちゃだめですか? 秀也さんの言いなりなんでしょう?」
三人が出てきて、地面にしゃがみ込んでいる玲子に卑猥な視線を向けた。
「欲張んなよ。お前ら、顔面潰されて、酷い後遺症が残るくらいの怪我を負わされるところだったんだぜ」
秀也が言った。
玲子は混乱した。
それにしても、なんで、あの三人がここに?
「……悪いが、理事長の命令は、俺が手を回して取り消しさせた。こいつらは俺の大切な子分でね。理事長の決定だから退学はやむを得ないだろうけど、怪我をさせるのは勘弁してやってくれよ。理事長には、うまくあんたから報告しておいてくれ、玲子」
秀也がにやにやと笑いながら言った。
玲子は驚愕した。
また、三人が秀也の息がかかっている者ということにも驚いた。
三人について調査したときには、そんな事実はわからなかった。
それが本当なら、秀也は余程に用心深く三人を操っていたようだ。
なにしろ、玲子の調査網にも引っかからなかったくらいなのだ。
そして、はっとした。
もしかしたら、白岡かおりを連中が脅迫していたという事件そのものにも、秀也が関わっている?
いや、十分にあり得ることだ。
この三人が、秀也に従っているというのであれば、彼らは秀也の知らないところで、女子生徒をレイプしたり、脅迫したりはしないだろう。
とにかく、玲子は秀也に指示されたことに愕然としてしまった。
「そ、そんな──。理事長の命に逆らうなど……ましてや、ご命令を取り消してしまうなど、いくら秀也様でも許されることではありませんよ」
「許されるのさ。どうせ、理事長は学園からほとんど出ないしな。こいつらも、もう学園には戻さない。学園内のことで理事長の意向には背けないから、退学は変更できないからな。だけど、外のことなんて、わかりはしないよ。玲子が適当に口裏を合わせていれば済むことさ」
「そ、そんなことできません──。理事長に逆らえば、わたしが殺されます。そんなことは……」
「いいから、俺の眼を見な」
秀也が静かに言った。
「あっ」
玲子は思わず声をあげた。
その瞬間、玲子は自分の心の中に秀也のなにかが入り込むのを感じたのだ。
心が鷲掴みされたような不思議な感覚が襲い掛かり、全身が硬直して自分の意思では動けなくなる。
「操心術」だ……。
増応院とともに、この木下秀也は、ある不思議な術を遣う。
他人の心や感情を操るのだ……。
催眠術……とも似ているようだが、それとはまったく異なる気もする。
とにかく、増応院龍蔵は、その怪しげな術で、世界中の政財界の巨頭をひそかに支配下に置き、絶対権力者として君臨しているのだ。
それが豊藤財閥、すなわち、「魔王」の秘密だ。
玲子は、実際に心を何度も操られることで、それを悟った。
そして、この秀也もまた、龍蔵の一族の者らしく、同じような力を駆使する。
玲子の見たところ、増応院ほどの強力さはないようだが、ただの人間である玲子には、秀也の施す操心術には逆らえない。
「はうっ」
なにか強いものが玲子の心からやっと離れた。
次の瞬間、玲子は、秀也が三人の男子生徒を匿ったという事実を理事長に報告する意思を失っている自分を発見した。
操心術を刻まれた……。
それははっきりとわかった。
だが、今回のことに関する記憶は残っている。
理事長の操心術は、そんな記憶でさえも書き換えてしまう。
そういう意味では、秀也の「力」は、理事長には及んでいないようだ。
いずれにしても、玲子は、これで秀也の「裏切り」を報告することができなくなった。
多分、理事長の前に出れば、言いつけの通りに処置したと喋ってしまうに違いない。
「……ところで、玲子、さっき聞いたんだけど、こいつらは、学園の顧問弁護士で、理事長の秘書のようなことをやっているあんたに、ひそかに憧れてたんだってよ。だから、悪いが、三人のチンポをここで舐めてやってくれねえか。これから、ちょっとした仕事をさせようと思ってな。その駄賃代わりだ」
秀也が何でもないような口調で言った。
すると、秀也の後ろの三人が歓声のようなものをあげた。
「な、なんで、そんなこと──」
さすがにかっとなった。
理事長でも秀也でもない男の奉仕をするなど……。
ましてや、学園の不良男子生徒の股間を舐めるなど……。
「うわっ、はううっ」
そのとき、またもや強い振動が股間を襲った。
玲子は両手で股間を押さえてのけぞった。
「断れば、今度は人の多い駅前に連れていって同じことをするぜ、玲子。まだほとんど人のいねえ、早朝の公園で済ませた方がいいんじゃねえか」
秀也がリモコンを玲子に向けながら酷薄な笑みを向けた。