※この作品はR-18です。

淫魔王のいる学園【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 91話 交渉・お手出し無用

 金城家の屋敷の中を案内をしたのは、若くて屈強そうな黒スーツの若者ふたりだった。

 スーツ姿の玲子の身体を舐めるように見てくるのが不快だったが、さすがに手を出してくるようなことはなかった。

 ただ、待つように指示された狭い部屋に入ると、お茶の一杯も出されることなく、玲子はなにも知らされずに放置された。一方で、案内をしてきた若者のひとりが扉の前に立ち、じっと玲子を見張る態勢をとった。

 そのまま会話することもない、時間だけが過ぎていく。

 面談の約束の時刻から一時間が経過したところで、玲子はトイレを貸してもらおうと思って立ちあがった。

 

御前(ごぜん)は、いつお見えになるかわからない。座っていろ」

 

 しかし、若者は扉の前から移動することなく、立ちはだかったままだ。

 また、“御前”というのは、玲子が今日ここで面会をお願いしている金城光太郎の祖父の金城辰次郎のことである。

 母親は生存しているが、父親の死去している光太郎の保護者として、金城辰次郎が届けられており、今日は学園の代表として、光太郎の保護者の辰次郎へ面談をお願いしたのである。

 

 いずれにしても、どうやら、玲子が学園の理事長代理として金城家当主に面会を申し出ていることで、玲子を軽んじられているようだ。

 おそらく、豊藤の名前を使えば、待たされることもなかったし、押し込められた部屋から出ることを許さないというような、まるで咎人であるかのような扱いを受けることもなかったに違いない。

 しかし、学園を経営する「学校法人聖マグダレナ学園」が豊藤グループの総帥である豊藤龍蔵の道楽で建設され、理事長が龍蔵その人であることは、ほんの限られた者しか知らないことだ。

 届けてある理事長も、ダミィの人間を使っていて、豊藤系列の末端であるということでさえも、わからないようになっている。

 

 なにしろ、豊藤財閥の総帥の豊藤龍蔵には敵が多い。

 代々の総帥が操心術をもって周囲を支配することは、政経済界にはかなり知られてることらしく、それを阻止すべく世界中の諜報機関や暗殺者が龍蔵の生命を狙っているのである。

 だから、面談のアポ程度のことで、簡単に龍蔵の名前を出すわけにはいかなかったのだ。

 

 いずれにしても、待たされすぎて腹がたってきた。

 玲子は揶揄ってやりたくなった。

 

「でも、もう一時間も待たされておりますので、漏れてしまいますわ」

 

「じゃあ、いいものがあるぜ」

 

 すると、若者はにんまりと笑って、部屋の隅にある観葉植物を指差した。

 

「後ろを向いててやるから、これにしな。遠慮しないでいいぜ。ちょうどいい水やりだ」

 

 けらけらと笑った。

 揶揄おうとして、逆に揶揄われてしまったようだ。

 玲子は自分の顔が赤くなるのを感じた。

 

「結構です。我慢します」

 

「そうしてくれ」

 

 若者がひとしきり声をあげて笑ったあと、再び無表情になる。

 結局、最初に案内をしてきたもうひとりの若者が現れて、準備ができたと伝えたのはさらに、一時間が過ぎてからだった。

 そこから屋敷内を移動して、かなり広い応接室のような部屋に案内された。

 十数人は座れるようなソファがあり、玲子は立ったまま待った。

 すぐに、四人の男を連れた老人が入ってきた。

 金城辰次郎だ。

 玲子は頭をさげた。

 

「待たせたな。わしと会いたいという面談希望者は多い。たった二日前に連絡をしてきて、時間を作れというのは難しい話だ。それでも、孫についての大事な話だというので時間を割いたが手短に終わらせよ。それで要件はなんだ? まさか、寄付金の陳情ではないだろうな」

 

 辰次郎がソファに腰をおろす。

 玲子には座れとは言わなかったので、とりあえず立ったまま玲子は口を開いた。

 

「まさか、そのような些事で、御前のお時間は頂きません。ところで、お人払いをお願いできませんか」

 

 玲子は言った。

 この部屋には、玲子と金城辰次郎のほかに、玲子を案内してきたふたりと、辰次郎が伴った四人の合わせて六人の金城家の家人がいる。

 さすがに多い。

 

「外聞をはばかる内容か?」

 

「場合によっては。お孫様である金城光太郎君……いえ、光太郎さんのことについてになります。学園としても、些か驚きましたので、まずは事情をお伺いしたいと……」

 

 玲子は、わざと、光太郎を“君”を訂正して、“さん”を付けて呼んだ。

 それで、辰次郎は悟ったのだろう。

 

(さかき)以外はさがれ」

 

 周りの者に命じた。

 一番年配の男を除き、他の者はいなくなる。榊というのは残った男のことなのだろう。

 身長は二メートルを超えているだろう大男である。身体の幅もすごい。筋肉質で腕の太さは、玲子のウエストよりも大きそうだ。

 

「あの男は気にするな。言いたいことを喋っていい。とりあえず、座れ」

 

 辰次郎が言った。

 玲子は腰をおろした。

 

「それで?」

 

「光太郎殿は女性です」

 

 玲子は単刀直入に言った。

 すると、辰次郎の眼がぎらりと光った気がした。

 大した眼光だ。

 豊藤龍蔵のもとで働くようになって以来、数限りない修羅場もくぐった玲子にとってはどうということもないが、並みの者なら、この老人のひと睨みだけで、身体に震えが走るのではないかと思った。

 それくらいの凄みだ。

 

「下手なことを喋らない方がいい。長生きをしたければな。なにを知って、なにを調べたかは知らんが、事実無根のことを口にはせんことだ」

 

「事実無根ではありません。本人からも確認済みです」

 

「確認済み?」

 

「光太郎さんには、小さなペニスはありますが身体に精巣機能はありません。逆に、子宮があり、安定的な月経もあるようですね。精密検査まではしておりませんので断言はできませんが、女性としての妊娠も可能なのでしょう。そのような者の性別は女性です。面倒なやりとりはやめませんか? わたしは、彼女が女性であることを知って、ここに来ております」

 

 玲子は一気に早口で喋った。

 

「貴様──」

 

 すると、辰次郎の顔から血の色が消えうせ、明瞭な怒気が相貌に浮かんだ。

 辰次郎が榊と呼んだ男が懐に手を入れたのが見えた。

 

「事情を知りたいと先程申しましたが、おそらく検討はついております。金城家としては宗家の血筋を持つ唯一の子が男子でなければならなかったのでしょうね。光太郎君にはペニスもありましたし、そのように届けることも可能だったのかもしれません……。しかし、彼女は成長するとともに、女性としての性別を明瞭にしてしまった。身体だけでなく心も……。はっきりと言って、男性としてこれからの人生を貫き通すには無理がございましょう。彼女は女性です」

 

「……榊、殺せ……。そして、この女が当家に来た痕跡をすべて消しておけ」

 

 辰次郎は言った。

 榊と呼ばれた男がすっと近づく。

 取り出したのは、紐とビニル袋だ。

 玲子に向かってやってくる。

 一方で、辰次郎については、立ちあがって扉に向かって歩いていく。

 

「わたしをここで殺しても秘密は守れませんよ。無駄です……」

 

「それはお前が心配することではない。なんのためにやって来たのか見当もつかんが、金城家を甘く見ないことだ。秘密を知る者が百人いれば、百人──。千人いれば、千人を消す。それがわしのやり方だ」

 

 辰次郎はすでに部屋の外に出ていこうとしている。

 玲子は、玲子に手を伸ばした榊という屈強そうな男に向かって立ちあがり、一瞬にして腕をとって身体をソファにねじ伏せた。

 背中に片膝を乗せて押さえつける。

 そして、首に拳を思い切り叩きつけた。

 

「あぐっ」

 

 大男が意識を失って脱力する。

 その間、瞬きするほどの時間だ。

 最後に、男の両手首を背中に回して紐で縛った。

 

「なに?」

 

 辰次郎は、玲子の身体の倍ほどもあるような大男がか細い玲子にねじ伏せられたのが信じられないようであり、扉の所で目を丸くしている。

 だが、すぐに我に返って、扉のそばにあった壁のボタンを押そうとしていた。

 玲子は、榊という男の懐にあった拳銃を奪って、辰次郎に向ける。

 榊の上着の膨らみから、内側の胸部分に銃を隠していることには気がついていた。室内で発砲するわけにはいかないから、玲子を紐とビニル袋で窒息死させるつもりだったと思うが、いずれにしても、辰次郎は玲子を場合によっては殺すように、事前に指示をしていたのだろう。

 

「手を動かしませんように。あなたがボタンを押して、誰かが駆けつけるよりも、この銃の弾丸が御前の頭に当たる方がずっと早いと思いますわ」

 

 玲子は微笑んだ。

 辰次郎は眼を見開いたまま絶句している。

 

「……ここで撃てば、家人が殺到するぞ」

 

「そうでしょうね。でも、御前はその前に死にます」

 

「人を殺したことがあるのか? その銃を撃てるか?」

 

「ノーコメントです。でも、この距離で外すことなど、あり得ないとだけお伝えしておきます」

 

「何者だ……? ただの学園の理事ではないのか?」

 

 辰次郎が大きく嘆息した。

 

「どうでしょうか。色々とやっておりますわ。いまは学園経営のお手伝いもしておりますが、不動産業なども命じられてやったりします。数日前、ある山を丸ごと買いました……」

 

 玲子は一日前に強引に契約を終わらせたある山の名を口にした。

 辰次郎はぴんとこなかったみたいだ。

 首を傾げている。

 

「……そこに、人の手が入ったような森がありまして、人を使って掘り返させました。もっとも、掘ったのは契約前ですが……。わたしも、こんな仕事をしておりますので、綺麗ごとだけでは財閥経営をできないことは承知しておりますが、人を処分したあとの死骸は、安易に土に埋めない方がよろしいですわ。お薦めは海です。土には骨が残りますからね」

 

 玲子の言葉に辰次郎ははっとした表情になる。

 そして、ボタンから手をおろした。

 玲子も拳銃を失神している男の懐に戻す。ただ、弾倉は抜いて、床を滑らせて遠くにやった。

 

「わしは知らんぞ。誰かを殺せと命じたことなどない。たったいまが初めてだ。失敗したがな」

 

 辰次郎は苦笑する。

 

「そうでしょうね。あなたの息のかかった何者かがが忖度をして、手をかけてしまったのかもしれません。わたしどもがその殺された者を埋めた場所の土地を買い取ってしまったのは、多分、偶然のことなのでしょう。お互いに黙っていれば、なにもありませんわ」

 

「黙っているのか?」

 

「お話を聞いていただければ」

 

「わかった」

 

 辰次郎が戻ってきて座り直した。

 さっきの榊はいまだにソファーのひとつにひっくり返したままだ。玲子は反対側のソファに腰をおろす。

 

「まずは、これを……」

 

 玲子は名刺を出して、辰次郎の前に置く。

 そこには、玲子の肩書が「学園理事長代理」ではなく、「豊藤龍蔵秘書」とある。

 実際には、すでに秘書ではないのだが、こういう交渉では役に立つので、遠慮なく、まだ使わせてもらっている。

 

「豊藤?」

 

 辰次郎は怪訝な表情になった。

 

「聖マグダレナ学園……。届けてある理事長は別の名前ですが、あれは、豊藤財閥の総帥豊藤龍蔵が道楽で作らせた学園です。そして、龍蔵はその事実上の理事長です」

 

「豊藤龍蔵──? 増応院(まおう)か」

 

 辰次郎が唖然としている。

 表に出ることの少ない豊藤の名だが、金城辰次郎ともあろうものが、歴史を支配し、今現在でも世界経済を完全に牛耳っているともされている豊藤の名を知らないはずがない。

 だが、常に豊藤は影から他を支配する。

 従って、組織全体の実態は、あまり知られてないのだ。

 ましてや、総帥の名を出すことは滅多にない。

 

「金城家が不利益になることはありません。ただ、金城光太郎さんのことは、豊藤にお預け願えませんか? 実はまだ名は出せませんが、光太郎さんは、いま豊藤の名を持つ少年と男女の関係にあります。それを黙認していただきたいのです」

 

「男女の関係──? な、なんだそれは?」

 

 辰次郎はびっくりしている。 

 まあ、当然だとは思うが。

 さすがに、まだ情報は握ってないだろう。

 真夫は光太郎を堕として、奴婢となることを承諾させたのは昨日のことだ。

 しかし、この辰次郎は孫であり、金城家次期総帥ということなっていて、男として届けている光太郎が、実際には女性であることが発覚しないように、徹底的な見張りと秘密漏洩防止の手立てを施している。

 真夫が光太郎を女として堕としたことが、辰次郎の耳に入るのは、時間の問題だ。

 だから、こうやって先手を打ちに来たのだ。

 

「豊藤の次期後継者となる少年が、妾のひとりとして、光太郎さんを気に入ったのです。おそらく、生涯手放さないでしょう。どうか、お認めください」

 

「め、妾に? 金城家の当主になる者だぞ──」

 

「男としての彼についてはですよね。でも、妾として求められているのは、女性としての光太郎さんです。光太郎さんの相手になる少年は、現在の豊藤龍蔵からすべてを引き継ぐ者です。金城家にとって悪い話どころか、得にしかならない話です。光太郎さんによれば、いずれ有象無象の子種で血を受け継ぐ者を産ませる予定とお聞きしましたが、金城家に豊藤の血が混じり、豊藤の血を持つ者が光太郎さんの次の世代の総裁になるのです。豊藤が金城家の後ろ盾になりましょう」

 

「ううむ……。豊藤か……。だが、俄かには信じられん」

 

 辰次郎は唸った。

 

「いずれ報告はもたらされましょう。わたしがお願いするのは、ただ黙認をしていただくだけです。それで、大きな利益が金城家に……」

 

「妾とはいえ、金城家には得難い提案であることは確かじゃな……。だが、光太郎は男として育てた者だ……。いまさら、女として生きよとは……」

 

「それもまた、光太郎さんが見つけた者をご信頼ください。光太郎さんの選択も……。なによりも、光太郎さんは女性としての幸せをお望みです。かといって、金城家の血を受け継ぐ誇りと矜持も忘れはしないようです。とにかく、彼らを見守ってあげてください」

 

「見守るか……。話はわかった。見当はしよう。だが、応じるとは約束はできん。そもそも、お前が本当に豊藤の者なのかということも信頼はできん。まずは裏を取る」

 

「もちろんです。またご挨拶に伺います」

 

 玲子は言った。

 これで十分だ。

 玲子が持ってきた話が出任せではないということがわかってくれば、この辰次郎は、光太郎の恋人としての真夫の存在を認めるだろう。

 金城家としては、得しかない話だ。

 光太郎の秘密も守られるのだ。

 

「だが、ひとつだけ厄介ごとがある。光太郎には許嫁がいる。男としての光太郎にな。妾とはいえ、豊藤の者とそういう関係になるということであれば、それは筋を通さねばならん。まずは婚約を解消してからにさせる。光太郎に不実をさせるつもりはない」

 

 辰次郎が言った。

 だが、玲子は首を横に振った。

 

「それについても問題はありません。実は、九条あゆみさんとも午前中に話をしました。ある提案をされましたが、彼女は光太郎さんとの婚約を続けることを望んでます。そのまま婚姻を結ぶことも……。そして、光太郎さんが女性としての幸福を得ることも喜んでおられます」

 

「もう九条家と接触もしておるのか……。わかった。とにかく、時間をもらおう。わしがこれについてなんらかの決心をするまでは、黙って傍観すると誓おう」

 

「感謝いたします……。ところで、もうひとつだけ、お願いがあるのですが?」

 

 玲子は頭を深々とさげながら言った。

 

「もうひとつ?」

 

「おトイレを貸してください。我慢させられたので漏れそうです」

 

 かなり切羽詰まっているのだが、辰次郎はなぜか大笑いをしてしまった。

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