閃光のアスナは長い一夜をホテルで過ごす。 作:丸ちゃん
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わずか1000文字ほどにも関わらず、たくさんの評価をありがとうございます。
改めてソードアート・オンラインという作品の力強さを感じつつ、アスナというキャラを表現出来るよう精進します。
あれから四十分ほどが過ぎ、お風呂に入る準備が整った。浴槽と外の温度差を気にしてシャワーを流したり、外の扉を少し開けたりと湯気が出るようにと工夫を重ねていき、服を脱ぐときは身体にタオルを巻いて相手に見せないように徹底する。服を脱ぐのにも一苦労だが、見られるよりはマシだ。
白のセーターと動きやすかった青のショートパンツとストッキングを脱ぎ捨てていく。感覚的に小学校で水着に着替える姿を思い出し、てるてる坊主みたいな自分が恥ずかしくなるが、何度も言うように見られるよりはマシであるし、そもそもキリトくん以外に見せるつもりもない。
長めの白タオルしかないというのは心細く、そもそもマナーもよろしくない。露天風呂の番組などは特別な許可をもらっているので許されているのであり、一般客には禁止されている事が殆どだ。けれど、背後から感じるジメジメとした視線が私の判断は間違っていないことを確信させてくれる。
「アスナちゃん……タオルはないでしょ、タオルは」
「別に、あなたに見せる理由がありませんし」
「マナー的にアウトでしょ。まあ、これはこれでありだけどさ」
半年前、キリトくんと来たときは一緒にお風呂へ入った時はあまり意識はしていなかったが、ここのお風呂は私の生理的に合わないと確信した。見られながら服を脱ぐこの感覚、まるで私がいかがわしい店の娼婦にでもなった気分である。
ベッドルームのすぐ近くにあるバスルームは壁ではなく、鏡で辺りを囲んでいる。浴室に入る前に洗面所があるが、ここが異常に狭い。人が一人入るのがやっとであり、体格が大きい人は入れないのでは、と思ってしまうほどだ。
脱いだ服を丁寧に畳み、真横にある木製のカゴにしまい込む。時間は刻々と過ぎていき、ストッキングと黒のインナーを足元に落とすと、ついにキリトくん以外の男の前で下着姿になってしまった。
もちろんタオルは外れていない。その中ではというだけだ。けれど、罪悪感は大きく、とても重い。今からでも帰ってしまおうか、とも考えないわけでもないがここまで脱いだので、せめてお風呂ぐらいは入りたい。
不意に、前にある鏡を見つめる。そこには不安に怯えながらも怒りを隠せていない自分の姿がある。これから行為を行うかもしれない、なんて思えるほどムードはない。男が頑張って作ろうとしているが、そもそも私は朝帰りをすれば良いだけで、ホテルにこのまま居る必要はない。
「……お風呂から上がったら、やっぱり私は帰ります。あなたはそのままで大丈夫です」
「えっー! そりゃないよ、ないない。男一人でラブホなんてどんな罰ゲームよ」
「私の入浴シーンが見れる。それだけで十分な対価だと思うけど?」
隣の部屋から聞こえてくる不平不満をハリボテの強気で受け流しながら、私は下着に手をかける。そもそもの発端は私がキリトくんと同じことをしても、彼は信じてくれるかということ。このままホテルにいなくても、それは達成できる。
が、そもそも彼をここに呼んだのは私だ。キリトくんと同じ学部のメンバーである以上、騒ぎになるのは避けたい。そう考えお風呂ぐらいは入ろうと、白のショーツを下ろしブラジャーのホックを外す。タオル越しとはいえ、キリトくんではない男、他人にこんな姿を見せる日が来るとは思わなかった。というより、今日の自分はいささか大胆すぎると思う。いくら見知った仲であるとはいえ、彼とこんなホテルへ入るなんて流されすぎもいいところだ。
「ねぇー。考え直してくれない?」
「何を考え直すというの。私は、別にあなたにそういう行為は求めていません」
「じゃあ、なんで俺を誘ったのさ」
「それは……」
決まっている、キリトくんと同じことをする為だ。私はこのホテルに入ったことを知っている、だからこそ同じことをして信じてくれるのかを試す。
けれど、その一言は言葉に出来なかった。今更考えれば、ここにいるのは私だけでよい。男を誘うこと自体が不自然だ。
彼はキリトくんと仲が良い。同じ学部でゼミでの研究も一緒にしているらしく、ここ半年は発表の準備で時間に追われる日々だと、不満を漏らしていた。そして、私自身もこういうホテルに来るのも半年ぶりだ。しかも、相手はキリトくんではない。
このまま同じ部屋にいて、良いことなんて一つもあるはずがない。理性的な面でそう考える私がいた。だからこそ、風呂から上がったら部屋を出ようと決断した。その後はどこか適当なところで時間を潰せば良い。でも、では何故自分は彼を誘ったのか。
「──とりあえずさ。お風呂、入れば?」
彼の遠慮した声が聞こえ、意識がはっきりする。いつのまにかブラは脱いで真下の地面に置きっぱなし。慌てて向こうの彼を振り返ると、こんなところで紳士を見せているのか、こちらへ大きな背中を見せるだけ。
「さっきまで、ジロジロ見ていたクセに」
「そりゃあ、流石に泣かれちゃあ見るわけにいかないでしょ」
鏡を見れば、目元は赤く雫が頬を流れる私の姿があった。涙声で声が篭る。ちゃんと話せたか自信がない。自分が涙を流していたことに指摘されるまで気が付かない、そんな弱みを他人に見せてしまうほど弱い私が嫌いになりそうだ。
「白のブラ。イメージ通りだね」
「……最っ低」
◆
「落ち着いた?」
「──ええ、少しは」
あれから数十分が経ち、私は浴槽の中で両膝を抱えてうずくまっていた。彼に少しでも自分のスタイルを隠すため、というのもあるが、先程見せた恥ずかしい姿、キリトくんを信じたいのに信じられない自分、何をどうしたいのかはっきりしない私のあやふやさ、もう全てが嫌になりそうだった。
このまま全部投げ出して、実家にでも帰ってしまおうかと考えてしまうほどに。……だが、それをすれば本当に終わりだと心で躊躇している自分がいてホッとする。
湯の温度は適温で、その暖かさが私の心を癒してくれるみたいに気持ちよかった。最近、こんな暖かい気持ちになることがなかった気がする。この間ログインしたALO《アルヴヘイム・オンライン》でもリズやシリカちゃんに、最近は元気がないと、心配されたこともあった。
「あのさ。こんな話、するのもあれなんだけど言うわ。カズとは上手くいってる?」
「……ええ。順調です」
「──そっか。じゃあ、二人の話聞かせてよ」
「えっ?」
「俺、お前らの暮らしぶり全然知らないからさー。カズは恥ずかしがって話してくれないし」
ガラス越しに聞こえる彼からの言葉は、意外にもこちらを慰めるものではなかった。てっきり『キリトのことなんて忘れなよ!』とか、『キリトを信じてやれー』みたいな慰めか忘れさせようとしてくると思っていた。想像から外れた話題が降ってきたせいか、私は特に意識せずキリトくんとの思い出を語り始めた。
最初はポツポツと大したエピソードを話していたわけではなく、デートの時や同居してての思い出話ばかりだった。キリトくんがデートに寝坊し、ユイちゃんのナビゲートで慌てて来たのは良いものの、いつもの黒コスチュームだったり。私が風邪をひいた時、キリトくん一人で料理を作ろうとしたが中々上手くいかず、結局ユイちゃんのフォローで不味くはない料理を作ったり(もちろん、彼の愛情はすごく伝わったが)
それが変わったのはどのタイミングだろう。強いて言うなら彼はやっぱり聞き上手だ。こちらのことを否定せず、それでいて自分の意見を刷り込ませる。どれほどの女の子が彼に泣かされているのだろう。
「カズってやっぱり凄いな〜旦那に選んだアスナちゃん見る目あるよね。ゲームも上手いし、頼りになるし、ちゃんとアスナちゃんのこと見ているじゃん」
もし決定的なタイミングはどこかと言われたら、恐らくキリトくんを異様に褒める彼に、私がイライラしたところからだ。
「──そんな事ないですよ。彼、あれでも大雑把なところありますし」
「いやいや、ラボの中のカズはそんな要素一ミリもないよ?」
「猫被りしてるだけですよ。この間だって、分けていた私の下着をかってに畳んだりしましたし」
「彼の優しさなんじゃないの?」
「少なくとも、私は嫌なんです。そのくせ、見ても何も反応してくれなかったし」
最初の頃は私とキリトくんの思い出を語っていただげ。だが、一つ不満が漏れた途端、私から出てくる言葉はいつの間にかキリトくんの不満だらけ。弱りつつある理性がそれを止めようとするも、何も考えてなさそうな彼のフォローが、余計にアクセルを加速させる。
時間が経ち、最初は苦しかった気持ちがいつしか楽になりつつある、そんな私がいた。俯いていた顔は前を向き、水面をバシャバシャと子供のように手ではたき、身体を動かしているせいか不満はどんどんエスカレートしていくばかりだ。
透明で横に長い浴槽で体制を変え、縁に膝をつきながら顎に手をあてる。ここにスマートフォンでもあれば家で入浴しているいつものスタイル、OS《オーディナルスケール》の頃はよくこうしてキリトくんと連絡を取り合っていた事を思い出す。
そんないつもの私を見ているのはキリトくんではなく、隣でこちらを見つめる彼だと認識しながらも、それを受け入れている私がいた。タオルが濡れ、身体のスタイルはもはや丸見えだ。隠しているとはいえ、大きさや形はとっくにバレているだろう。
「この間だって、私に何も言わないでシノのんとGGOで遊んでいたし。私にも誘ってくれても良くないですか?」
「うーん。カズはガンマンゲームに誘うのに抵抗があったとか?」
「そんなわけありません。アカウントもありますし、私だって一緒にゲームしたいです。それに、その日フリーでしたし」
「──そっか。ならさ、ゲームしようよ。俺たち二人で」
その瞬間、世界が静止したと言われても私は信じるだろう。先程まであれほど盛り上がっていた会話は一気に静まり、互いの間に居心地の悪い時間が数秒続く。
彼の真意がよく分からなかった。私はこのお風呂を上がった後、このホテルを出る。それなのに、ここでゲームを誘う目的が見えなかった。もし卑猥なものならば即座にここを出る、そうでないのなら交渉の余地はあっても良いかもしれない。
同時に、ここで彼の選択を受け入れる私の選択があったことに内心驚きを隠せなかった。たしかにキリトくんとは仲が良いが、あくまで私との距離感はそうでもない。彼に魅力を感じているのか?そう私は自分を疑いそうになった。
「……内容は?」
「流石にアミュスフィアは持ってないからさ、携帯ゲームで。天人堂のレースゲーム、アイテムありで四レース。やり方はわかってるでしょ。これでどうよ?」
「……一回だけ。勝ったら何かするって言うのは無しで。──それなら構いませんよ」
提案を承諾した瞬間、彼からの歓喜の声がここまで響いてくる。勝者の特権とかで何かをさせる、というのは無しにしたがそれが通じるとは思えない。このままズルズルと彼の元にいれば、どうなるのかなんて目に見えている。確実に狙ってくるだろう。
だけど、私は受け入れた。それはきっと、今までのキリトくんに対しての不満が爆発したことと、私が気を引き締めていれば大丈夫というの怠慢もあるのだろう。確かに、さっきまでの私は浮かれすぎていた。
それでも、受け入れた私は自分を疑いたくなりそうだった。彼の大学内での噂はそれほど良くはない、成績や評価が悪いわけではない。ただ、男女関係が乱れすぎているのだ。それを良くないと思っていたはずの私が彼をホテルへ誘い、あまつさえ同じ時間を共有しようとしている。
頬を叩き、浴槽から勢いよく立ち上がる。ポタポタと身体に密着しているタオルから水滴が零れ落ちる様子、その一つ一つの雫を眺めていると、まるでキリトくんへの気持ちがこぼれ落ちていくのような気がして自分が怖くなった。だが、あの世界で閃光とまで呼ばれた私がそんなにガードは甘いつもりはない。きっと、半年間構ってくれなくて人肌が恋しくなっただけだ。
それはそれとしてアミュスフィアに関しては言いたいことがある。
「──言っておきますけど私、アミュスフィア持ってますよ」
「なんで持ってるんだよ」
明日は最新刊の発売ですね。
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