「んっ……はぁ……はぁ……」
深夜、スピネルの部屋の中に嬌声一歩手前といった感じの熱い吐息が反響する。
ベッドの上には、可愛らしいパジャマ姿のスピネルが当然一人で横たわっていた。ただし、掛け布団はかかっておらず脇に寄せられている。
スピネルは顔も、パジャマから覗く意外なほど艶かしい首元も紅潮し、薄目を開いて虚空に視線をさまよわせている。
太ももをもじもじとこすり合わせて居たかと思うと、今度は少しずつ股を開いていく。カエルのひっくり返ったような、無防備なM字開脚。それは明らかに、目の前には居ない『誰か』を受け入れようとする姿勢だった。
さらに、それを肯定するかのように、ごそ、ごそ、と衣擦れの音がする。スピネルが、少女と女の境をまたぐような幻惑的なまでに美しく、男の劣情をあおる腰を、くいくいと揺らめかせている、その動きが奏でる音だった。
男性であるならば、その光景を傍から見ても滑稽だとは思わないだろう。熱に浮かされた少女の、夢見るようなセックスの相手として、自分を幻視してしまうのは間違いない、というほどに、淫靡な動きだった。
しばらく、世にも淫らなダンスを続けていたスピネルは、目が覚めたようにがくっと頭を上げ、開いた脚を素早く閉じて、体育すわりのようにぎゅっと腕で脚を拘束し、布団をひっつかんでぎゅっと硬く目を閉じた。
先ほどの自分の姿から目をそらすかのように。
月を侵食する冥土を、命懸けで退けてから数日。フォルスとスピネルは、激務を終えての休暇も終わり、通常業務に復帰していた。
その頃からだ。スピネルが妙に、色っぽくなり始めたのは。パッと見では、特に変わったところは無い。もともと容姿の美しい天使の少女と言うことで、ユクロスの一般職員からひそかにファンクラブめいたものが作られてはいた。
最近になって化粧をしたとか、アクセサリを増やしたということもない。ただ、その視線、表情がふとしたことで、憂いを帯びたような普段のスピネルにはない色気を発するようになった。
他にもため息が妙に艶っぽいとか、匂いが女になったなどと他の女性に聞かれたら訴訟ものの事を言い出す輩まで居た。 実は、最後の意見こそが正鵠を射ていた。しかしその彼も、それ以上に踏み入って知ることは、この先も無かったのである。
事は、ギフトを倒す少し前にさかのぼる。
自分の出生を知り、衝撃から自暴自棄になったスピネルは、ギフトの甘言に乗って冥土をその身に受け入れてしまった。そのことで支配されてしまったかに思われたが、しかしスピネルは彼女だけが持つ特殊能力で冥土を消し去った。
だが……ギフトがこのとき使った彼の家系の遺産は、冥土だけではなかったのだ。
そも、冥土召還術とは旧時代の召還術のような強制力をもった従僕を作り出すための手法の一つに過ぎない。
逆らうと締め付ける首輪であるとか、遠隔操作の爆弾を対象に埋め込むなど、さまざまな手法を試し続けての、究極が冥土だ。
ならば、先に挙げたような『過程』の手法も無数に存在するが道理。
その一つ、とある毒虫が生成する依存性のある毒を、ギフトは保険として使用していたのだ。
毒虫と言うのはなかなか冥土と相性が良い。毒虫自体を冥土で操ることによって、取り扱いの危険を非常に減らすことができ、直接冥土を使って対象をすぐに壊してしまうというリスクもまた避けることができる。
ギフトはスピネルには心まで壊れてもらうつもりだっただめ、実質的には冥土で十分だと考えていた。しかし、
「フォルスのことだ。お涙頂戴のように追い詰めても、なかなか屈服しないかもしれないからな。この毒虫……四界のあらゆる生き物の牝に作用することを目指したというが、当然ロレイラルの女性型機械人形には通じないし、サプレスでも実体の無い幽霊のような連中には通じない。それにメイトルパやシルターンでは強力な獣、鬼神はたいてい巨大な体を持っているから、何十何百匹も毒虫を潜り込ませなきゃ通じない。それで没になったわけだが……しかし、この状況この相手、そして冥土召還術が組み合わされば……それなりに使える札になる」
かくして、傷つけられて冥土を潜り込まされ、動転したスピネルの股間から、感覚を麻痺させる体液を滑らせて、一匹の細長い毒虫がスピネルの処女膜を破らず潜り抜け、子宮口を緩ませてまんまと子宮に入り込み、狂ったようにびしゃびしゃと毒液を子宮内壁にしみこませた。
この毒虫は執念の結晶かかなり特殊な毒を有しており、まずは子宮全体を満たすような大量の毒を撒いて、子宮そのものの構造を作り変えてしまう。具体的には、男の精液と触れ合っていないと気が狂うような性欲を宿主に与える分泌物を自ら作る、いわば毒の工場に変えてしまうのだ。こうなってしまうと、もう外科的には処置不能で、間断なく精を注がれていないと発狂して死んでしまう。
それでは従僕として意味が無いので、毒虫は子宮に留まり、男の精液を使って中和剤を作るのだ。毒と中和剤は、毒虫一匹ごとに特性が違い、同じ毒虫の中和剤でないと毒は収まらない。
このことにより、性の快感と、毒の中和を担う主人の存在を絶対のものと印象付けさせて、従順な僕とする……というある意味男の夢のような毒虫だったが、しかし中和剤を作るための精液は誰のものでも良く、特定の人間の精液だけを毒虫に使わせる方法は開発される前に研究は潰えた。
そんな来歴を持つ毒虫が、取り返しの付かない毒をスピネルの子宮に撒き散らす。だがギフトにとって誤算だったのは、ちょっとした問答の末に、その場の冥土が全て消滅してしまったことだった。
スピネルの子宮には既に卵管にまで毒がたっぷりと満たされていたが、子宮の外壁までも侵食するにはいかにも消滅が早すぎた。
だが、今なみなみと満ちる毒は、自覚さえ無いままに、確かにスピネルの子宮を侵食し、取り返しの付かない変化を与えていた。そして、皮肉にもスピネル自身の能力によって毒虫は跡形も無く消滅し、解毒の手がかりは永遠に失われたのだった。
そしてギフトもまた、冥土を克服されたというショックから、毒虫を使ったことなどすっかり忘れてしまった。
その日の晩は、特に何も無かった……とスピネルは思っている。いつものように、騒動が一段落して、愛しの兄さまとの夜の会話を終えて、久しぶりにすっきりした気分で眠った、と。この胸の高鳴りも、……下腹部が甘く切ない疼きを持っているのも、フォルスが素敵な言葉をかけて、手を握ってくれたからだと、思っていた。