さすがにおかしいな、と思い始めたのは、冥土をめぐる一連の事件が一応の解決を見てからだった。
つい数日前、事件が一番の危機的状況にあった時、スピネルはとても寝つきが良かった。それは激しい戦いで体が疲れているからだと、自分では思っていたのだが、そうではなかったのだ。
寝る前にはシャワーを浴びて、暖まった体でベッドで目を閉じるととても良く眠れるのは昔からだったが、暖かく気持ちの良い、普段の眠りの感覚に、徐々に……女ならば、まして若く健康であれば逆らいがたい、甘く、切ない感覚が混じっていった。
それは、夢見にも影響を及ぼしていた。
たとえば、こうだ。
「えへへ……にいさまぁー……そんなとこさわっちゃだめですよぅ……まずはぁ、ちゅーから……」
にへら、と笑みを浮かべてそんな甘い夢を見ていたスピネルの心は、自分の体から発せられる日に日に強くなる疼きを、心地よいものとして馴染ませていった。
だが、その疼きが一定以上の強さを伴い始めると、スピネルは一転、眠れない夜を過ごす時間が増えていく。
「んっ……はぁ……♥」
ベッドの上にぺたんと女の子すわりをしたまま、スピネルは下腹部から来る未知の快感に心を奪われていた。ずっとフォルスと一つ屋根の下で暮らしているせいもあって、スピネルはオナニーというものをしたことがない。
もちろん……というべきか、学園での生活で少しくらいはいた友達との会話の中で、そういう行為のことは聞き及んでいる。しかし、サプレスの天使として形作られたからだろうか、今まで性欲が昂じて衝動的にオナニーしてしまう機会は1度もなかった。
スピネルの子宮にぶちまけられた毒は、半端な効果しか発揮していなかった。自家中毒になるような強力な毒にはならず、性感を強力に刺激するが、発狂死に至るほどではない。しかし半端な毒は子宮口から膣にも漏れ出し、愛液として膣内に広がり、スピネルの感度を容赦なく高めていく。少量の毒が浸透する際の熱感が、膣と子宮を同時に揉み解されるような、マッサージのような効果を生み出し、スピネルを恍惚とさせていた。
「なに……これ……こんなの……おかしいのに……」
気持ちいい。という言葉は、出したくなかった。しかし、抗うべき状況で、ピクリとも身動きができない。いや、したくないのだ。
もはや毒虫は居ないはずだというのに、いにしえの召還術師の執念のように、周到に、執拗に、まだ何も知らぬ少女の、牝の部分を引きずり出し、それ以外の肉体も、魂も置き去りにして、子宮を真っ先に陥落させてしまった。
身じろぎくらいはできるものの、パンツの下で自分の性器が奏でるにちゅ、にちゃ、という淫らな水音を大きくするだけだった。
「いや……なんなの……こわいよ……」
湧き上る嫌悪感、未知への恐怖も、子宮から発する圧倒的な牝の本能によって、体を突き動かすほどの切迫感を伴ってくれない。
――兄さま。助けて……
そんな願いもまた、スピネルの蕩けた表情、半開きで可愛らしい舌を伝う、水晶のように月明かりを受けて艶かしく輝く唾液と共に、快楽に流れていくのだった。
暴力的なまでの子宮の夜鳴きも、朝になれば夢だったのかと思うほどに痕跡を残さず消えてしまう。しかし、夢ではないことは明白だ。なぜなら、
「あうぅ……酷いおりもの……パンツが黄色くなっちゃってる」
快感によって殆ど意識を飛ばしているために、寝不足という感じはしていないが、実際寝ていないことに違いはない。スピネルは夜明けと共に失せる快感から意識を取り戻し、まるで夢精を自分で始末する盛りの付いた少年のような情けない気持ちで、自分の下着を手で揉み洗いするのだった。
このままではいけない、と思って、誰かに相談しようと思ったことは一度や二度ではない。だが、女性としてとてもデリケートな話題だし、それにフォルスの居ない所で、絶対にばれないように話をする自身が、どうしてもスピネルには無かった。自分が夜毎盛っていますと言う話を同じ屋根の下の、最愛の男性の耳に触れさせることだけは絶対に嫌だった。
それに、大事件が片付いた後始末でスピネル含め皆忙しく、落ち着いて相談と言う雰囲気ではなかったのだ。
……実際大事なのだから、ここで相談しておけば簡単に解決したはずなのだが、とにかくスピネルにはできなかった。
我を忘れるような快感を与えてくる子宮の夜鳴きを、耐えていれば過ぎ去ると考えてじっと我慢していたスピネルは、予想をさらに裏切られる事態に直面していた。
「今度は……なんなの……」
胎の奥底、毎晩太陽のようにあまねくスピネルの全身に快楽を満たしていた子宮が、唐突にその暖かさを失った。
といっても普通の体調に戻ったなどという都合のいいことはなかった。今まで、全身が火照るようなゆったりとした快楽ではなく、きゅう、と引き攣れるような、切なく鋭い快感が、スピネルの股間を間断なく襲う。
「なにこれっ♥ だめっ、これだめ♥」
既に牝としての快楽を受け入れる下地を作らされていたスピネルは、きゅん、という甘い衝撃がはしる度に腰を跳ねさせ、身をよじる。
「きゃうっ♥ ふっ、むぐうぅぅぅぅ♥」
鋭い快楽は、今までとは違って眠るような恍惚を与えず、むしろ全身の感覚が覚醒していく。自分のはしたない声をフォルスにだけは聞かれてなるものかと、両手で口を覆って布団を被った。
被った布団の下で、まるで見えない誰かの指先に弄ばれるように、スピネルの身体は艶かしくはね続けた。
鋭い快楽も、数日すれば声を押し殺せる程度には慣れてくる。半ば意地になって歯を食いしばっていたスピネルは、しかし更なる問題に直面していた。
――足りない。
何が足りないのか、理解できない。しかし、何日も何も食べていない時に感じる飢餓感のような、切実な衝動が、スピネルの頭の中を満たし、自分に何かをさせようと、がなり立ててくる。
理解できていないのはスピネルの意識だけで、もうとっくに肉体も、魂も、何を求めているのかをはっきりと自覚していた。
――男の精が、足りない。
ブラッテルンの妄執は、ここに、美しく清らかな天使を堕落させるに至ったのだった。
そして、話は冒頭の時へと戻る。
ベッドの上で、頭の中で作り出した幻の雄に股を開くほどに追い詰められたスピネルは、ある日路地裏で出くわした真紅の鎖の残党……もはやただのチンピラを追う中で、路地裏特有の悪臭の中に、その残滓である匂いを感じて、一気に高揚した。
頬が、耳が、首筋が赤くなり、頭の中を直接犯されたように、びりびりと快感の電流がほとばしる。乳首も唐突に勃起し、何より最近タンポンをひっきりなしに変えっぱなしの膣がうねり、欠落を主張する。
「ああ、そうか……そうだったんだ……この疼きは……これが無くちゃ……治まらないんだ……」
がちり、と、フォルスへの一途な思いを遂げるためには決してかみ合ってはならない歯車が、完全にかみ合った。