二人目の男に抱かれたその夜、スピネルは普段のパジャマに着替え、下だけは脱いで裸になって、ベッドの上にあぐらをかくように脚を広げて座っていた。手には手鏡を持ち、股間を映して確認している。
光源は自分で生み出した天使の輪だ。スピネルの天使の輪と天使の羽は、霊子とでも言うべき材質でできており、だしたりしまったりできる類のものだった。その代わり羽自体に飛ぶ能力はなかったが。
「んー、今のところ、特に変わった様子はないなあ……」
処女を失う少し前から、四六時中発情して股間を濡らし、さらに最近はセックスを覚えたスピネルの膣は、しかし外見はまだ以前の形を保っている。ぷっくりとしたクリトリスの艶が増し、こころもち赤くなっているかなというくらいで、一本の密やかな薄ピンクの筋は穢れ無き少女を思わせた。
「ま、こういうのは予防からだよね。エンゼルヒールでなんとかなるかな……」
サプレスの回復術は、魂を賦活させて肉体の傷を癒す。魂の力が弱っていたりすると寿命を縮めたりもする、大きな力だ。しかしスピネルにしてみれば、回復を使うのを今更ためらう理由などない。
「エンゼルヒール……」
パァァ、と暖かな光がスピネルのヴァギナの陰唇にしみとおるようにまとわりつき、すぐに消える。思ったとおり、ほとんど外見に変化はないが、なんとなく腫れが引いたようなすっきりとした感覚を覚えた。
「ふう……」
治療早々に、とろりと膣口から液体が漏れ出る。それは白濁した、つい先ほどまで恋人だった青年の精液だった。それを指ですくって、ちゅ、と舐めとる。自分の愛液の味と、それよりも濃厚な精液の味が口いっぱいに広がり、スピネルはうっとりと目を細めた。
(恋人……か)
実際には、フォルスとスピネルはもう恋人のような関係と言っていい。
――大好き、です
他の誰よりも
――妹としてではなく、一人の女の子として
兄としてではなく、一人の男の人のあなたを
月がふたりを照らす中、命を賭けた戦いに臨む直前。あの時、産まれてからずっと変わらなかったフォルスとの関係が、決定的に深まったと、そう思っていた。
スピネルは深い溜息をついた。
売春をしてしまったこと自体は、もはや後悔はない。あの青年の、泣きそうになるほどの切ない思いを、スピネルもまた感じていたのだ。それを否定したくない、という気持ちがあった。またいつか、あの男に抱かれる可能性を絶ちたくなかった。
(わたしに……もっと勇気があったら)
決戦が終わったその日に、フォルスと肉体的に結ばれるくらいの積極性があったなら、今のこの、見境なく男の性をすする子宮とも、うまく付き合えただろうか。なんの気兼ねもなく、フォルスだけに抱かれる毎日を、想像しようとして、やめた。
「やっちゃったことをくよくよしても、しょうがないよね」
――失敗を乗り越えるから魂は輝くんだって。
フォルスと交わした会話は、すべて覚えている。自分の……フォルスに言った言葉を嘘にしないため、スピネルは前向きになった。
それは、フォルス以外の男の精液を子宮に受け入れ続けるということを意味していたが。
「さ、寝よう」
寝ているあいだに漏れ出る精液を受けるためのナプキンを当てて、パンツとパジャマを穿いて眠るのだった。
翌日。精液のおかげでいつも笑顔で、円滑に外回り業務を終えて、家路についた。
「あの、兄さま」
「ん? どうしたの、スピネル」
フォルスは微笑んでスピネルと目を合わせた。
「今日はちょっと、ショッピングというか、寄り道がしたくて……」
ちらりと、思う。
(兄さまは……わたしのことを恋人だとちゃんとわかってくれてるのかな?)
なんというか、扱いが全然妹と変わっていない。仕事が終わったんだから、手ぐらい繋いでくれてもいいのに、とスピネルは思った。
「ああ……じゃあ、荷物持ちにでも付き合おうか?」
「あっ、いえ、お洋服とか……し、下着を見に行くつもりで……」
売春の時に着る服と下着だったが。
「あっ……あはは、じゃあ付いていかないほうが、いいかな……」
夕暮れの中でも分かるフォルスの赤い顔に、スピネルはなんだかいたずらを仕掛けたくなった。
「兄さまは、わたしにどんな下着を着けて欲しいですか……?」
「ええっ!? す、スピネル!?」
素っ頓狂な声を上げるフォルス。
「私達……恋人、なんですから。兄さまが望むなら……
なんでも、していいんですよ……?」
歩み寄り、フォルスの制服のすそを掴む。知らずのうちに、スピネルの瞳には怪しげな光が宿っていた。初めての売春を経験したスピネルだから出せる、男を惑わす妖艶な光だ。
「ごくっ……」
魅了されたように、フォルスはスピネルから目をそらせない。
「だ、駄目だよ、道の真ん中でそんなこと言ってちゃ……そ、それにその、こういうことは段階を踏んでだね……」
搾り出されるようなその結論は、スピネルに楽しさと寂しさを等量感じさせるものだった。
「ふふ。冗談ですよ、兄さま。……わたしも、兄さまと同じ気持ちです。段階を踏んで、兄さまと恋人として絆を深めて行きたい。……これでも、毎日待ってるんですからね?」
唇を尖らせてそう言ったスピネルに、フォルスは先ほどとは違った意味で目を奪われる。
「……うん。今はごたごたしてるけど……次の休みには、いろんなことをしよう、スピネル」
そう言って、柔らかに笑った。
妹ではなく、恋人に向ける視線を浴びて、スピネルは深い安堵を覚える。
(兄さまの恋人になれて……本当に、良かった)
昨日、違う男と濃厚な恋人セックスをしてしまったから、『初めて契りあった恋人』には、なれなかったけれど。産まれてから長いあいだに育んだ愛を受け止めてくれたのがフォルスであることは、もう揺るがない事実なのだ。
「じゃ、次のデートにはおめかしを期待していいのかな?」
「うーん、残念ながら、今の私たちの懐事情じゃ、デート用の服は買えないと思います……買うのは下着ぐらいかな?」
「あ、あはは……家賃をちゃんと払うところからだね……」
苦笑いするフォルスに、スピネルはくすっ、と笑い、上目遣いにフォルスの瞳を見つめた。
「それとも……次のデートで、下着を見るところまでい・ろ・い・ろ♪ してくれちゃうんですか?」
もうっ! と再度顔を赤くして怒るフォルスに、けらけら笑いながら距離を取るスピネル。
「ふうっ、引っ込み思案な妹から、悪戯な恋人になったねえ。……いってらっしゃい、今日は僕が晩御飯を作っておくから、ちょっと位遅くなってもいいよ。……夜道には気をつけてね」
「はい、行ってきます! ありがとう、兄さま!」
フォルスに、優しい笑顔で送り出してもらって、スピネルはてってっ、と足取りも軽く歩き出した。
ほかの男に、精液を注いでもらうための準備を買い揃えるために。
(わたしも、兄さまと同じ気持ちです。素敵な恋人になるために、じっくりと、時間をかけて、愛を育みたい。……だから。そのあいだは、いいですよね? いろんな男の人に、おなかの中を、暖めてもらっても……ああ、でも、兄さま。どうか、わたしが兄さま以外の赤ちゃんを身籠るまでに、わたしと契りを交わしてくださいね……)
愛らしく清楚な、いつもの服、いつもの髪型でありながら、スピネルはねっとりと売春婦の微笑みを浮かべ、高鳴る胸を抑えて、歩き続けた。
セイヴァールの店の品揃えは、とても豊富だ。単純に多種多様な存在が住まうということもあるが、それ以上にモデル都市として、補助金が出ていたりするのである。だからこそ化粧品もあらゆる肌色に合わせられるし、パンツ一つとっても、人形かと思うようなものからスピネルが全身すっぽりと包まれるようなものまで、凄まじい種類のサイズが用意されている。実際、全サイズに買う人間がいるのだから、セイヴァールに住んで長いスピネルでもなかなか驚きだ。
なんにせよ、品揃えがいいのはありがたかった。スピネルがやってきたのは、繁華街の広場に面した、大型百貨店だった。ファッション関係ならメンズもレディースも大抵そろう。ちなみに道をひとつ挟んだすぐ近くに警察騎士団の駐屯地があるので、万引きしようなどという不届き者も現れていない。
普段買う、少女向けのフリル付きパンツとか普段穿く用の綿のパンツの売り場からさらに奥へ。売り場のデザインが、ピンクやらパステルカラーから、黒を基調とした『大人向け』へと変わっていく。この服装で来たのは間違いだったかな、という思いが頭をよぎった。まさかとは思うが、ここからスピネルを特定されるようなことがあるのはまずい。
眼球をなるべく動かさずに周囲を確かめ、女性しかいないことを確認する。将来的にお客になりそうな男はいないようだった。といっても、周囲の女性に『ご同業』がいたらバレる危険は変わらないが……
この平日の夕方、微妙な時刻に、商売道具を買いに来る娼婦が、いるだろうか。いや、娼婦がどういう時間に買い物をするのかなんてことは全く想像の範囲外なのだが。
(一般的なサラリーマンみたいな休日では、ないはずだよね。むしろそういう人たちが休みの日に働く職種だろうし。ということはやっぱりいるかも? でもそれこそ休みなら昼間に買い物を済ませるような……ううん、それ以前に、こんなところで買うのかな? もっと、やらしいデザインのがいっぱい売ってるお店とかがあるんじゃあ……)
フロアの隅、高級な雰囲気の漂うランジェリーショップでセクシーな下着を見つめながら、うんうんうなっていた。はふぅ、とため息をつく。
(考えすぎだよね……それを言ったら、今まで着てたドレスだってこのデパートで買ったし、バレるならとっくに手遅れ、か)
覚悟を決めて、改めて下着選びを再開する。といっても、もうほとんど決まっていた。色がイメージ通りの、2つの下着。
むこうが完全にすけてしまうレースの紐パン。 股間部がぴったりと吸い付きそうな、艶かしい反射光を放つシルクの紐パン。
色は前から決めていたイメージ通りの紺瑠璃。悩んだ末、パンツは多分愛液と精液で汚れるだろうからどっちも買うことにする。このショップ専用の買い物かごに入れて、次の買い物に移る。
結局、その店では同じようなデザインと色の紐パンとストッキングをそれぞれ予備として数着ずつと、ガーターベルトを買った。何も聞かずに、にこやかな笑顔で会計してくれた店員がありがたい。
その調子で、次はバッグだ。リボンのようなデザインの可愛いバッグに目を惹かれる。色も夜明け前の空を思わせる紺瑠璃で、それに手を伸ばしかけたが、
(だめ、わたしのセンスで買っちゃったら、感づかれるかも)
ぐっと我慢して、少女スピネルではなく、モグリの街娼として仕事に使うバッグを選ぶ。結局、肩掛け紐の短めな、エナメル質の光沢を持つシンプルなバッグを買うことにした。下着と違って、カバンというのは歩いている時に見られるものだ。ここは誰の印象にも残らないようなものを選びたかった。
その次、靴はわりとすんなりと、しっくりきた色のものを選ぶ。どうせセックスの時には脱いでいるから、凝った意匠など必要ない。
そして、ドレス。本当になんでもあるものだと感心する。以前にドレスを買った店が、安物から高級品まで揃えられる店だと、今日初めて知った。
(どういうのがいいのかな……露出の多いやつかな? でもそれも芸がないような気がするし。ああ、これとかいいかも。中身は露出が激しくて、スケスケのミドルスカートみたいなのがついてて……わたしは目的がアレだからいいけど、こういうのって本当、誰がどんなときに着るんだろ?)
見渡してみれば、露出がすごいものは、裸の方がまだマシというくらいにすごい格好になってしまうのでは、というドレスがちらほら見える。思わずシーダやフローテの姿を連想してしまった。
(あの二人の服って、こういうところで買ってるのかな?)
また一つ、知らない世界を発見してしまったスピネルだった。
そんな馬鹿なことを考えている場合ではなく、ドレスを物色する。さすがに大金を得たといっても、ドレスは高価だ。これまでの買い物では実はガーターよりも数着のパンツの方が合計で高い位に、お手頃価格なものを選んできたが、さすがにドレスは値が張る。大前提として色、そしてエロさを兼ね備えたものを、値段を慎重に天秤にかけながら選ぶと、結局は最初にいいなと思ったドレスに行き着いた。
パレオ付きのセパレート水着のようなシルエットの光沢ある内側の布を、シースルーの外布が数枚覆っている。大変良心的なことに、自由に試着できるようになっているので、更衣室で試着してみる。
(ふうーん……こういう構造になってるんだ……)
外布だけを見れば、わりとおとなしめのドレスだが、胸は展示で見たイメージとは違って、かなり大胆に上部分をカットしているのがわかる。もう少しスピネルの胸が小さければ、普通に乳首が見えてしまっていたくらいだ。
スピネルの大きいとは言えない胸も、紺瑠璃のドレスと抜けるような白い谷間のコントラストの違いで、セクシーに強調されて見える。前かがみになってみると、簡単に胸の谷間が覗けてしまった。
鏡の前でくるりと回ってみると、ヒップラインが強調されつつも、意外とおとなしめなシルエットに見える。背中が見えるようなデザインではないし、シースルーのスカートは後ろからはただのミドルスカートだ。もちろん、両脚のシルエットはくっきりと見えているものの、へそ下からとはいえタイトミニの内側スカートがあるため、そこまでの露出ではない。外の布は、後ろだけを長く隠して、前からはへそまで見えるデザインで、これならパンツが見えるか見えないかギリギリにタイトミニをずらすことで、ぐっと娼婦らしく見せられそうだった。
「これにしようかな……」
ここまですんなりと服を買うのは、スピネルにはこれまでない経験だ。自分で着て楽しむのでもフォルスに見せるのでもなく、男を誘惑するための仕事着に近い感覚だからだと、結論づけた。
そして次に、一番重要なベールを買いたかったが……
(顔を隠すベールって、どこに売ってるんだろ?)
イメージ的にはこの店にありそうな気がして、しばらくウロウロしてみると……
「あっ、見つけた」
ポツリとつぶやいて、それを手にとった。最初から頭の形に丸くなっているそれは、なるほど中に芯を通すように骨となる輪っかが入っているようだった。ウェディングベールのようなふわりとしたものから、頭巾のようなものまで無駄に多種多様なベールの中から、紺瑠璃のものを選び出す。
薄いようでいて、横からも後ろからも頭の部分は見通せない。前は目の部分だけ質感の違う布でできていて、ベールを試着してみると、すこし視界が悪いが、便利にも透けて見える。鏡で見ると自分の目はちゃんと隠れているので、一方通行で見えるようになっているらしい。先のドレスと合わせて試着すると、
(ううーん……この格好で、ちゃんと娼婦として怪しまれずにできるかなあ?)
前回はしょうがなかったから絹のハンカチのベールで、割と安いドレスだったが。今回のファッションセンスは、娼婦として通じるだろうか?
自分では、少なくともベールの質感とドレスのシースルーの布は質感も色も統一感があるし、そんなにひどくはないと思う。
うん、とうなずいて、これを買うことにした。
そして最後に残ったのは、髪留めだ。
これもすんなりいくかと思ったが、意外と難航した。髪留めの、留める方式で迷ったのだ。パチンと留めるバレッタタイプ、紐ゴム、ゴムバンド……さらにその色と、バレッタには宝石をあしらったものもあり、うむむ、と見比べる。
予算的には、宝石をあしらったバレッタでちょうど使い切る。
目を閉じて、一夜にして結ばれ、別れた恋人のことを思う。
(貴方から貰ったお金……使わせてもらいます)
結局、紺瑠璃色……よりはちょっと明るい青の宝石がアクセントのバレッタを買った。バレッタそのものは銀……というか普通の鏡面のような金属光沢だ。
買い物袋を提げて、店を出る。結構な量になってしまったため、フォルスに見つかれば下着数着とは思ってくれないだろう。それでも紙袋一つに押し込めたが。それ以前に、繁華街で知り合いに見られると非常に宜しくない。スピネルは日が暮れ始めた中を、人通りの少ない道まで駆け足で移動していく。
どうごまかすかの方策を立てられないままに家に帰り着くと、料理をしているのか、匂いが漂ってくる。意を決してドアを静かに開けると、フォルスは見える範囲にはいなかった。どうやらキッチンで料理をしていると見て間違いないようだ。
手早く、リビングのソファの下に紙袋を忍ばせる。
「兄さま、ただいま帰りましたー!」
フォルスに聞こえるように声をあげると、
「おかえりー、スピネル! いま料理してるー!」
予想通り、フォルスの声がキッチンから聞こえてきた。
「着替えてからわたしもそっちに行きますね!」
スピネルは紙袋を回収して、そそくさと自分の部屋のクロゼットにしまい込む。
そして、家用のゆったりとした可愛らしい控えめにフリルのついた薄ピンクのワンピースを着て、新妻のようにフォルスと並んで仲睦まじく夕飯を作るのだった。
そしてその夜には、また売春に出かける。高鳴る胸と子宮の感覚を感じながら、部屋の中で化粧をし、買い揃えた娼婦用の一揃えに着替える。
「うわ……」
恋人として濃厚に射精してもらった記憶を、娼婦の衣装として具現化したかのように、全身紺瑠璃のそれはスピネルを別人のようにいやらしく飾り立てていた。ドレスのタイトミニスカートを少し上にずらす。スピネルの細い太ももが、紺瑠璃に囲まれた中に合って眩しいほどに白い。それに目をやると、歩くたびに下のシルクのパンティがちらりと見え、ぬめるような艶かしいシルクの輝きが見て取れる。
姿見の中の自分は、男を誘うための姿をして期待を隠しきれないというふうに卑猥な笑みを浮かべていた。
「さ、今日もお仕事お仕事♪」
今日も笑顔で、紺瑠璃の街娼が夜の街を目指して歩き出した。
色町通りにスピネルの『お相手』候補がいるといっても、その中にはもしかして昼間顔見知りの人間がいるかもしれない。さっき姿見で確認したように、今の格好のスピネルをリィンバウム人であればまず特定は無理だと思うが、
見分けることが不可能だとも思っていなかった。 なので、なるべくラブホテルの近くにいるような人間を狭い路地裏から物色する。
(……いた)
一瞬、少年かと思うような、身長の低い、坊主頭の男だ。しかしくたびれた革ジャンを着て、いかめしい顔から出る凄みがそれを否定する。壮年というほどでもない、30歳の半ばぐらいのその男に、スピネルは狙いを定めた。
(怖い表情しているけど、なんだろう……なんとなく、あの人は優しい心を持ってる気がする)
サプレスの天使が魂の輝きで相手を判断するといっても、秘められた性格まで見通せるようなものではない。それでもスピネルがそう思えたのは、
(これからセックスして、心を一つにしようと思う相手だもん、なんとなくわかっても不思議じゃないよね)
特定の男に対する嗅覚が、ますます鋭敏になってきたということなのだろう。
「ねえ、そこのお兄さん」
自分でも驚く程の、しっとりとした色っぽい声音で声をかける。
「ん……あんたァ、ウリか?」
隠語には詳しくないが、まあ売春婦か、という問だということはすぐわかる。
「はい。……私を、買ってくださいませんか?」
小男は、ベールに包まれたスピネルの顔を、じぃっと見つめる。せっかく扇情的な服を着てきたのに、顔ばかりをじっと見られるのでなんとなくがっかりしていると、
「そこの宿に行くぞ。話はそこでする」
さっさと自分からラブホテルに向かって歩いて行ってしまった。置いていかれるかと慌てたが、歩幅が広くないため追いつくのはそう苦ではない。近くで見ると、実はヒールを履いていないスピネルよりも身長が低いようだ。
二度目となるラブホテルは、相変わらずピンク色の光で満たされていた。部屋に入ると、小男はベッドのそばにある小さなサイドテーブルの引き出しを開けると、中にあるパネルを操作して、ピンクの照明と、ミラーボールのキラキラした反射を止めた。ベージュ色のやわらかな光が部屋を満たし、夢から覚めたように普通の寝室らしさが戻ってくる。
小男は、ベッドにどっかりと座り込んだ。
「それで……あんた、いくらで、何やってる?」
ことごとく省略されていてわかりづらいことこの上ないが、昨日の経験から何を求められているかは分かった。
「私を買う条件は……」
これから、何度となく口にするであろう、売春のルール説明。傷つける行為、ベールを剥ぐことは禁止。時間とプレイは無制限。射精は膣内が望ましい。料金は言い値。
そこまで説明したところで、小男の眼光がぐっと鋭くなった。
「ほう……ツラと名前を隠したいってか?」
ニタリと微笑む小男は、こう続けた。
「だったら、俺からも条件を出させてくれや。……これからあんたに頼む行為のことは、絶対に他言しないと約束してくれ」
何をするんだろう、という不安はあるが、スピネルにとっても秘密が守られる関係というのはありがたい。
「はい。何があっても、誰にも言いません。今からすることは、わたしと貴方、二人だけの秘密です」
真面目な声色で、そう答えた。
「おう……信用するぜ。じゃあ、とりあえず裸になってくれ」
そうして、スピネルの予想だにしないセックスの奥深かさを突きつける、洗礼のような一夜が始まった。
「はぁーい、んっ♥……いいこでちゅねー、ママのおっぱい、あっ♥ おいちいでちゅかー?」
小男を横に抱きかかえるようにして正座し、その口が乳首を吸いやすいように調整しながら、聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かている。
乳首をあまがみしたり舌で転がしたり、吸われていない方の乳首も指でくりくりと刺激するという赤ん坊がするには卑猥すぎる愛撫を受けて、清らかな微笑みと言うにはスピネルの瞳は肉欲の光を輝かせすぎていた。
それでも、本当に赤ん坊に接するように頭を抱いてやり、小男と合わせた視線には母親が息子に向けるような愛しげなものを感じさせる。
だが、このプレイはこれだけではなかった。にゅっぷ、にっちゃ、と、粘液質な音が男の股間から響く。
「はぁん♥ こんなに、おちんちん硬くできて、えらいでちゅよ……ママが、ミルクをびゅーびゅーって、出させてあげまちゅからねっ」
スピネルは小男の頭に回した方とは逆の腕で、小男のペニスをしごき立てていた。既に我慢汁がスピネルの手のひら全体にまぶされて、しなやかで白いスピネルの手に精子の匂いが染み付いていく。
小男は、このプレイを密かな趣味にしてから初めて、求めていたものが得られた、と思っていた。商売女がどう頑張ってノリを合わせてくれようとも、そんなものは上っ面だけの演技だ。こんなでかい赤ん坊なんかいないのだから、それは当たり前のことだと思っていた。だが、目の前の恐らく少女といってもいい若さの娼婦は、こんな自分に本物の愛情を、慈しみの感情を向けてくれている。ベール越しのその顔を想像して、男は母親の腕の中の暖かさを初めて経験していたのだった。
夢中になって乳首を吸っていると、男のペニスも射精の時が近づいてきた。
「さ、ママのおなかの中でたくさんびゅーびゅーしましょうね♪」
それも魅力的だったが、今はまだおっぱいに吸い付いていたい。ぐずるようにいやいやをすると、スピネルはまさに赤ん坊をあやすように男の鼻をちょんと押した。
「こーら。ママの言うこと聞かなきゃ、めっ、でしょ?」
怒りながらも、確かな愛情を感じさせるスピネルの声音に、男はくすぐったさに照れ笑いながら、股を広げたスピネルに覆いかぶさった。
「さ、ママのおまんこで、いっぱい気持ちよくなっていいからね……」
ぷちゅ、と既に膣はぬかるんでいて、男のペニスは飲み込まれるようにスピネルの膣に侵入していく。男はスピネルの胸に顔をうずめ、匂いを胸いっぱいに吸いながら腰を振りたくった。
「あんっ♥ そう、そうよ……とっても元気で、気持ちいい……」
胸に顔をうずめた男の頭を、両腕で優しく抱きしめる。
「ママっ! ママっ!」
段々と熱が入り、スピネルのすべてを包み込むような膣肉をぐちゅぐちゅとかき混ぜる小男のピストンが、子宮口を一定のリズムでノックし始めると、スピネルもうっとりと目を閉じて、息が荒くなり始めた。
「あんっ、んっ、あんっ……じょう、ず、じょうずぅ……あんっ、よが、じょうず、あっん、よが、じょう、ずぅ♪」
熟練した性技を感じさせるそのピストン運動を受けて、スピネルが一突きごとに、ピクリと震え、聖母の外面から淫乱な売春婦の表情がチラチラと覗くようになる。
だが決して母親の仮面を外すことなく、柔らかに男の頭を撫で続けた。
能力によってつながれた二人の心が、母親として与えるスピネルと、すべてを享受する小男の間で、愛情を円滑に受け渡しするパイプラインとなる。
自分がいま犯している女性から注がれる、母親の愛……無償の慈愛を感じて、小男は自分の心の奥深い部分、悲しみ、辛さの凝り固まった闇の部分が、ほぐれて消えていくのを感じていた。すべてを与えてくれて、すべてを受け入れてくれる、まさしく天使か女神のような売春婦……スピネルを、小男は夢中になって貪った。
「でるっ、でるよっ、ママっ」
聖母の膣内に射精しようと、抱きしめる両腕に力が入る。スピネルは両脚も腕も絡めて、全身で『我が子』に抱きつきながら膣をうねらせ、射精を導いた。その噴出の勢いにスピネルがついに天を仰いでイキ声をあげる。
「あっはあああああああああぁぁぁぁっ!」
勢いよく噴出する精子と共に、母の愛を過剰に求める妄執をスピネルの膣にすべて吐き出した。自分でも信じられないほどに長い射精で、金玉が空っぽになるほどに射精が続く。
みっちりと密着した子宮口から精子をすすって、スピネルも射精の快楽に酔いしれていた。そして同時に、
(長い間、辛かったですね……)
この男に、具体的には何があったのかスピネルは全くわからない。だが、産まれてからずっと苛んできた心の傷が、確かに癒されたのを感じたのだった。
ひとりの男の半生を労わるように、射精を終えた余韻に浸りながら、その頭を優しく撫で続ける。
際限なく男の性をすするビッチでありながら、聖母のように本物の慈愛を、自分を抱く男全てに振りまく……矛盾の体現のような売春婦が、生まれようとしていた。