※この作品はR-18です。

鬼滅奇譚・外章 夢幻の刃   作:夢の呼吸

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十八巻まで読み切ったので、投下します。

以降の本誌部分の原作知識は、ネタバレされた部分を所々知っている形のにわかですので、何かあっても大目に見てやってください。

●いきなり令和こそこそ噂話
 予想に反して好評をいただきました前話でございますが、ふと読み返していて、最初の区切りでアニメOPを、次の区切りでアニメアイキャッチを、それぞれ脳内再生すると良い感じになることに気が付きました。(どうでもいい)
 あと、誤字報告ありがとうございます。たいへん助かりました。(お恥ずかしい……)


はじまりの夜(後)

 竈門家の庭に、皆を埋葬し終わるころには夕方に差し掛かっていた。

 簡単に盛られた土饅頭の前には、水の入った鉢と香、洋菓子の包みが供えられている。――洋菓子は、銀太郎が土産として持ってきた物だった。本来なら、今頃は竈門家の皆と囲炉裏でも囲みながら食べていたはずであった……。

 

 墓前に屈み、並んで手を合わせていた炭治郎に、銀太郎が静かに問いかけた。

 

「炭治郎、これから君はどうしたい」

 

「俺は――」

 

 炭治郎は閉じていた瞳を開くと、そばに寄り添う妹を見上げた。人間から外れてしまった少女は、しかし暴れることなく、茫然とした様子で静かに佇んでいる。口元には銀太郎が念のためといって食(は)ませた布が猿轡になっている。

 

「――禰豆子を、人間に戻したい」

 

 言って自分も立ち上がり、隣で未だ屈んでいる銀太郎へ向き直った。

 

「銀太郎さん、鬼狩りなら何か知りませんか」

 

 朝から降り続けている雪が、ぽつりぽつりと土饅頭も彩り始める。

 土色のなかに少しずつ増えてゆく白色を見つめながら、銀太郎はぽつりとつぶやいた。

 

「鬼を人間に戻す方法、か……」

 

「はい」

 

「……すまないが、知らない。聞いたことがない」

 

 銀太郎は瞳を閉じて、静かに息を吐いた。それは白い霞となって、すぐに消える。

 

「炭治郎には言っていなかったが、僕は鬼殺の剣士のなかで、とても高い地位にいる。その僕が知らないのだから、おそらく他の鬼狩りにも知る者はいないだろう」

 

「そう、ですか……」

 

「だけど――」

 

 炭治郎の下がりゆく言葉尻を断つようにして、銀太郎が声を被せた。

 

「――鬼の中には、知っている者もいるかもしれない」

 

 銀太郎は瞳を開けると、隣の炭治郎を見据えた。

 

「炭治郎。幸い、僕は鬼殺の剣士だ。鬼を狩るのが仕事だから――そのとき、鬼に訊いてまわってもいい」

 

「本当ですかっ!」

 

 一転して弾んだ声を出した炭治郎に、「ああ」とうなずいて銀太郎も立ち上がった。

 

「なにかわかったら知らせよう。だから――」

 

 立ち上がり、見下ろす形になった銀太郎の瞳が炭治郎を射抜く。

 

「――それまで、禰豆子と一緒にどこかへ隠れているんだ」

 

 予想外だったその言葉に、炭治郎の動きが固まった。

 

「え、隠れるって――」

 

「言葉の通りだ。意思の力で踏みとどまれていても、それでもやはり禰豆子は鬼だ。常に食人衝動に悩まされ、日に当たると死ぬ。普通の人間のなかでは、とても暮らせない。バレてしまえば、すぐさまに鬼殺の剣士が呼ばれて狩られてしまうだろう。――それに、敵は僕ら鬼狩りだけじゃない。同じ鬼からだって隠れねばならない。……奴らは共食いをする。人を喰わない禰豆子は弱い鬼だから、戦いになれば負けると思う」

 

 銀太郎は、辺りに遠く霞んで見える峰々へと顔を向けた。

 

「こことはまた別の、どこか山奥で、小さな畑でもやりながら二人で静かに――」

 

「――いやだッ!!」

 

 炭治郎の叫びが、暗くなりつつある空へと響く。

 

「銀太郎さん、俺――俺も、鬼狩りになります!」

 

 炭治郎は鬼気迫る顔で胸を叩き、ずいと銀太郎へ迫った。

 

「禰豆子を人間に戻すだけじゃないッ! みんなを殺、ッした奴を、ちゃんと、俺が……ッ!!」

 

 銀太郎は一瞬だけ目を見張り、そして、

 

「……そうか」

 

 とだけ、小さく呟いた。今朝から何度も襲ってきた深い後悔の念が押し寄せ、更にやるせない気持ちもあふれてくる。炭治郎、やはりお前も復讐を、血塗られた道を選んでしまうのか――そんなことを思ったところで、

 

「それに……銀太郎さんにばかり寄りかかるのは、やっぱり、良くないと思うんだ。俺の家族のことなんだから、俺自身も、その、ちゃんとしなきゃ!」

 

 炭治郎はそう言い切って、少しぎこちない笑みを浮かべた。それでもこの日に初めて浮かんだそれは、やっぱり陽だまりのような笑顔だった。

 銀太郎はまた瞬間だけ固まってから、

 

「――そうか」

 

 復讐を誓っても、炭治郎(この子)の芯は変わらないのだ――。悟ったそれに、どこか穏やかな気持ちがやってくる。

 

「わかった……。炭治郎、ならば僕も、君を立派な鬼殺の剣士にしてみせることにしよう」

 

 うなずき発せられたその言葉に、炭治郎の顔が瞬く間に輝く。そして何か言おうとして、ハッとなってから、唐突に居住まいを正して勢いよく頭を下げた。

 

「お願いします、師匠!」

 

 そしてそれに、

 

「あ」

 

 非常に珍しい、間の抜けた声が銀太郎からこぼれた。驚いた炭治郎が顔を上げると、彼は気まずそうに頬を掻きながら視線を逸らす。

 

「いや――すまないが、僕は仕事が忙しい。見れたとしても、月に一回か二回……。炭治郎、君の修業は別の人に頼もうかと思う」

 

「あ、そうなんですか……」

 

 眉尻が下がり、本当に残念そうだとわかる声が出る。そんな炭治郎の様子に、銀太郎は慌てたように付け足した。

 

「ああ、いや、それでも素晴らしい人だよ。僕の師匠の一人でもあるからね」

 

 その言葉に、炭治郎の顔もまた明るさを取り戻す。

 

「銀太郎さんの師匠……!」

 

「うん。さしあたっては――」

 

 銀太郎は遠く東の方角を向いた。

 

「一緒に狭霧山へ向かおうか」

 

 

    □■□■□

 

 

 狭霧山へと向かうその道中で、炭治郎は銀太郎から鬼のことや鬼舞辻無惨、鬼殺隊や呼吸法、育手、柱など、一通りの説明を聞かされた。

 日中も道を進むために、竈門家のあった山のふもとで譲り受けた籠と竹、藁で編んだ即席の背負い籠にこもっていた禰豆子も、兄と一緒にその説明を聞いていた。

 

 銀太郎が齢十五にして、すでに鬼殺隊最強とされる柱の一角を担っていると聞いて炭治郎は興奮し、また鬼殺隊の事情を聞いて、ふと不安な顔をしたりした。

 

「鬼殺隊隊士は鬼に家族を殺された人が多い……ってことは、やっぱり鬼の禰豆子を匿っていることが、もしばれたら――」

 

「まあ、ただじゃ済まないな」

 

 涼しい顔で当たり前のことと答える銀太郎に、改めて炭治郎の声はしぼむ。

 

「……その、大丈夫なんですか。ただでさえ銀太郎さんは柱で責任がある立場なのに、不文律を犯したりしちゃって……」

 

 一歩前を進んでいた銀太郎の足が止まる。

 

「――炭治郎」

 

「はいッ」

 

 背中で発されたその声に、炭治郎は思わず背筋を伸ばしていた。

 

「僕はそのような場合に起こるだろう、ありとあらゆる状況をすべて承知したうえで、禰豆子を助けると決めたんだ」

 

 そして振り返った銀太郎の眉は、心なしか下がって見えた。

 

「今更そんな、寂しいことは言わないでくれ」

 

「あ……」

 

 息の詰まった炭治郎を見ずに前へと向き直ると、

 

「……まあ、それに。べつに君たちが家族同然だからってだけじゃない」

 

 銀太郎はそう言って、再び歩みを再開した。

 

「今までいろんな鬼を見てきたが、飢餓状態でも人としての意志を貫ける者など、一人もいなかった。……禰豆子は明らかに、特別だ。そういう意味では、鬼を滅ぼすための手がかりになる存在なのかもしれない」

 

 とは言いつつ、結局のところは照れ臭さをごまかすような匂いが漂っており、炭治郎の心は少し暖かくなった。

 

 

 ――そんな調子で日が進み、狭霧山まで残り二日ほどの距離になった。

 

「あんたたち、これから山を越えるのかい」

 

 ある山のふもとで子連れの女性に声を掛けられる。

 

「そのつもりですが……」

 

 代表して答えた銀太郎に、女性は人のよさそうな顔を暗くして注意を促した。

 

「もう日が暮れるし、およしなさいよ。山では最近、人が行方知れずになってるというし、危ないよ」

 

 銀太郎は隣の炭治郎を窺った。疑問符を浮かべて見返してくる彼の顔には、そこまで疲労の色は出ていない。妹の入った籠を背負っているのにたいしたものだと、ひそかに感心する。

 そして女性に向き直って、

 

「お声かけありがとうございます。ですが、少々道を急いでおりまして……」

 

「そうかい……。でも、ほんとうに気をつけてね」

 

 迷わないようにね、と更に声をかけてくる女性に、二人は礼をして山道へと入っていった。

 

 しばらくも歩かないうちに日が落ちる。禰豆子もごそごそと籠の中から出てきて、二人と共に歩き始めた。

 

「あ、明かりだ」

 

 山頂へさしかかろうかというところで、炭治郎が声を上げた。

 彼らの先には、灯りの漏れる山堂がある。

 

「今日はあそこで泊まりませんか――」

 

 そう言って顔を上げれば、そこには心なしか険しい表情の銀太郎がいた。

 (え……)と思うも、すぐに炭治郎の鼻にも異変が届く。

 

「血の匂い――ッ! 誰か怪我したんだ!」

 

「あ、待――」

 

 銀太郎が止める間もなく、炭治郎は禰豆子の手を引いたまま山堂へと駆け寄り、

 

「大丈夫ですか!」

 

 勢いよく戸を開け放った。

 そして、固まる。

 

 

「――ああん?」

 

 

 胡乱げに声を上げて、堂の中、しゃがみこんでいた男が振り返る。

 

 そこは、一面が赤く染まっていた。

 壁や床には大量の血液が飛散して、幾重にも重なっているのは息絶えた人々。

 男の手には齧られた女性の腕があり、彼の口には牙が生えそろい、唇の周りをべっとりと血糊が彩っている。

 

(人喰い鬼……ッ!)

 

 陰惨な現場に硬直してしまった炭治郎の横では、同じ現場を見るも別の意味で目を離せなくなった禰豆子の姿があった。彼女の息は微かに上がり、猿轡から涎が垂れ始める。

 

「なんだ、おい……ここは俺の縄張りだぞ、俺の餌場を荒らしたら許さねえぞ」

 

 厳つい顔をさらに顰めて、血走った眼を向けて威嚇する男――鬼。どうやら彼は、禰豆子の匂いもあって炭治郎をすぐに人間だとは気づかなかったようだった。

 

 そしてそこに、ようやく足を踏み込む三人目の影がある。

 

「やはり、鬼の気配だったか――」

 

 静かに語りながら、銀太郎はさりげなく炭治郎たちを背にかばう。その際、禰豆子の様子に一瞬だけ目を細めた。

 

「その服ッ……刀!! おまえ、鬼殺隊かッ!!」

 

 鬼の男も声を上げると、堂の奥へと一足で後退する。爪を構えて銀太郎の挙動を警戒している。

 鬼のあまりに素早い動き――人外染みた高速に炭治郎が目を見張っていると、銀太郎が鬼へと呼び掛けた。

 

「ひとつ訊きたいのだが、鬼を人に戻す方法を知らないか」

 

 その言葉に炭治郎が息を吞むも、鬼は嘲笑うように鼻を鳴らした。

 

「知るかよ、ンなこと」

 

 銀太郎は「そうか……」とだけ呟いて瞳を閉じた。そして、

 

「炭治郎」

 

「……は、はいッ」

 

 鬼を見ていた炭治郎が慌てて視線をそちらに戻せば、銀太郎は真剣な、されど涼しい表情で以て鬼を見つめながら言う。

 

「丁度よいので、君に鬼殺の剣というものを見せておく」

 

 唐突な発言に炭治郎が目を大きくしていると、銀太郎は刀の柄へと静かに手をかけて、

 

「――夢の呼吸 参ノ型」

 

「なにをごちゃごちゃと――」

 

 なにかされると感づいた鬼が慌てて襲い掛かろうとするも、銀太郎は意に介さずに続ける。

 

「――黄梁一炊(こうりょういっすい)」

 

 

 ――キン、と。小さく、納刀する音がした。

 

 

「……ん?」

 

 鬼の男が首を傾げた。今、何かしたか……?

 山堂の入口に立つ鬼殺隊の男は、刀に手を掛けたまま動いた様子もない。自身の体にも全く異変はない。

 

「なんだァ? 焦らせやがって、虚仮威しかよォ!!」

 

 叫び、勢いそのままに鬼殺隊員へと襲い掛かる。男は反応することも出来ないのか、動かない。

 

「死になァッ!!」

 

 鬼の爪がとうとう男へと届き、その肉を無残に切り裂く――。

 

「――あれ?」

 

 こつん、と額に当たる感触に、鬼はハッとした。どういうわけなのか、地に伏せている。

 そして目の前には、あの男の――鬼殺隊員の足がある。

 そのまま見上げれば、五体満足の男が依然として変わらぬ姿勢のまま、こちらを冷たく見下ろしている。

 

「馬鹿な、俺の爪が……」

 

 たしかに切り裂いたはず――そう続けようとして、ふと気づく。爪――いや、体の感覚が――。

 

 沸き上がった悪寒に、眼球をぐるりと回して背後を見やれば、そこにはぼろぼろと崩れてゆく、首のない己の体があった。

 

「なん、だと……――」

 

 愕然とした表情でそう呟き。

 その途端、稲妻のように流れ込んでくるのは断末魔の衝撃。

 

「――グ、グアアァァァアアアアッッ!!」

 

 最後に絶叫を上げて。

 鬼の首も、ぼろりと灰のようになって消え去った。

 

 そして後には、

 

「……え? いや、え?」

 

 困惑した表情で、ひたすら疑問符を浮かべる炭治郎が残された。

 彼の視点では、鬼も、銀太郎も、両者とも一歩も動かずに決着がついていた。

 

 銀太郎が刀の柄へ手を掛けると、次の瞬間には鬼の頭がぼとりと落ちていた。抜いた刀身すら炭治郎の目には映らなかった。

 

「……と、まあ、呼吸法を修め、究めれば、この程度のことは出来るようになる」

 

 静かにそう纏めて、銀太郎は鬼の消滅した堂の中へと足を進めていく。

 

「埋葬するぞ。炭治郎、手伝ってくれ」

 

「……え、あ、はい!」

 

 慌ててその後を追いながら、炭治郎は思った。

 

(出来るようになる気がしない……)

 

 はたして自分も、本当に鬼殺の剣士になれるのか? ひそかな不安が沸き上がっていた。

 

 

    □■□■□

 

 

 ――こそり、と。

 静かに山堂を忍び出る気配に、銀太郎の瞳が開いた。

 深夜である。

 堂の中心に置かれた火鉢に、わずかに残った燠が薄く周囲を照らしている。

 着物にくるまった炭治郎が、静かな寝息を立てている。

 狭い堂内を見渡すも、禰豆子の姿は――やはり、ない。

 

「……さて」

 

 抱えていた刀を腰へ差し直し、銀太郎もゆっくりと立ち上がる。

 そばで寝転がる炭治郎を見やり、ふと考えてから、荷物の中から香炉を取り出す。火鉢の燠から火を移し、香を焚く。途端に堂内に漂う香りは、藤の花のものだ。

 曲がりなりにも鬼である禰豆子がいたので今までの旅路で使用することはなかったが、一時的にも銀太郎がそばを離れるのなら、万全を期することに無駄はない。

 

「炭治郎、もしものときは――すまない」

 

 健やかな寝顔を見せる弟分に、静かに告げる。

 もし、禰豆子が鬼としての性をとうとう抑えきれなくなってしまっているとしたなら――。

 

 ――被害が出る前に、己が片をつけなければならない。

 

 密かな決意を胸に、銀太郎はそろりと月夜のなかへ躍り出た。

 

 周囲を見渡すも、先に抜け出したはずの禰豆子の姿は見えない。天を仰げば、まだ月は高く、夜明けまでの時間は長い。

 

「まずは――」

 

 ひとつ息を吐いて、山堂の裏側へと回る。もしも禰豆子が肉親以外で人喰いをするならば、最初に思い浮かぶのが、先刻に炭治郎と二人で埋葬した者たちのことだった。

 元いた鬼の喰い残しではあるが、死後そう時間も経っておらず、手軽さで考えれば一番に喰う確率が高い。

 

 ――と、思ったが。

 

「いない、か……」

 

 人数分に並んだ土饅頭には、掘り返した跡も見当たらない。

 銀太郎は知らず、安堵の息を吐いた。

 

 危惧したようなことでは、ないのかもしれない――。

 

 いや、もちろん、ふもとの人里まで人を襲いに行っている可能性もまだあるので、そう簡単に安心してはいけないのだが。

 銀太郎もまた、やはり、炭治郎と同様に禰豆子のことを信じたい気持ちが大きいのであった。

 

 鬼殺隊として今までに見てきた鬼の無情さ、常識、柱としての責任――。一方では様々なものが銀太郎を責め立てるも、しかし、それでも昔馴染みの少女を殺したくない……そんな思いがそれらをはねのける。

 どうにも、ままならない。人間とは、そういう生き物だ。

 ましてや銀太郎はまだ、十五歳。ただでさえ若かった。

 

「禰豆子は……どこに行ったのか」

 

 小さくつぶやいて、銀太郎は改めて辺りを見渡した。

 そこでふと、森の一角に分け入っていった跡があることに気が付いた。

 

 近づいて、のぞく。

 草を踏みしめた跡は、森の奥へと続いている。……ふもとの人里とは、反対の方向だった。

 

「――よかった」

 

 今度こそ、心から安堵する。

 しかし、だとすれば。

 

(禰豆子は、どこに何をしに……?)

 

 どちらにしろ、他の鬼に見つかっても禰豆子は危ない。彼女を探さねばならないことには変わりなく、銀太郎は禰豆子を追って森の奥へと進んでいった。

 

 しばらくすると、何か耳に入る音がある。

 

「これは……」

 

 足を止めてみれば、川のせせらぎだとわかった。

 

(川……水浴び? いや、さすがに寒いだろう。待てよ、でも鬼だから……)

 

 その場でいろいろと考えていると、ふと、川音よりもさらに小さな物音があることに気が付く。

 落ち着いて耳を澄ませると、それはどうも人の声で……禰豆子のもののように聞こえた。

 

(何をしているんだろう……)

 

 知らぬうち、銀太郎の足は忍ばせたものになっていた。音を立てぬよう、気配を漏らさぬように、そろりそろりと声のするほうへと近づいていく。

 そして、腰を落として木の陰からのぞき込めば――

 

 

「――ふぅ、ふぅ……んふあっ♡」

 

 

 川のそば、大木の幹に寄りかかるようにして腰を下ろし、帯をほどいて着物の前を完全にはだけさせた禰豆子の姿があった。

 

(えっ……)

 

 あまりの予想外な光景に、銀太郎の時間が凍結した。

 体と思考はぴたりと硬直し、しかし……その視線は無意識に、目の前で広げられる一人きりの秘め事にくぎ付けになっていた。

 

「んふぅ♡……ふぅ♡……」

 

 禰豆子の右手は幼い割れ目へと伸びており、左手は膨らみかけの乳房を揉んでいる。

 未成熟な体を、自分自身で弄びながら、禰豆子はとろりとした表情で青い快楽に浸っていた。

 

 月明かりの下、白い肌がいやでも目に入る。

 

 三つ年下の昔馴染みの少女のあられもない姿に、気づいたとき、銀太郎は唾を呑み込んでいた。

 

 ――美しかった。

 

 そしてそれ以上に、官能的な光景だった。

 自身の股間が、痛いほどに膨張していることがわかる。

 

(しかし、なぜ……)

 

 銀太郎の頭の片隅で、まだ冷静な部分がつぶやいた。

 

 ――銀太郎は知る由も無いことであるが、この現状の原因は、ある意味で彼の存在が大きかった。

 

 禰豆子は、ここまで己の意志の強さによって、鬼の本能を抑え込んでいた。鬼化してからすでに数日が経ち、飢餓状態も非常に苦しく辛い時期に突入していたが、もし銀太郎のいない世界であったならば、まだしばらくは持ちこたえることができた。そうして安全な場所へたどり着けたならば、本来は必要のない睡眠を取ることで肉体を変質させる作業へと突入できただろう。

 

 しかし、この世界では銀太郎がいた。道中、常にそばに――稀血の持ち主が。

 

 禰豆子の飢餓感は輪をかけて想像を絶するものになった。生き地獄と言ってもよく、耐え抜いた彼女の存在を他の鬼が知ればそれだけで驚嘆するであろう偉業であった。

 

 そうして、かろうじて保たれていた天秤が、しかし今晩……崩れ去った。

 

 山堂の鬼が喰っていた人間たち。その血肉の香り、その誘(いざな)いのなんと甘美なことか!

 禰豆子の腹の虫は、とうとう欲望を抑えきれなくなった。

 

 だけれど。

 

 空腹がひどい――。しかし、兄や想い人を食べたくない――。そして人を喰らって、彼らに嫌われたくない――。

 

 そんな思考でもって、それでも彼女は抗い続けた。

 抗い続けて……彼女の肉体が、緊急的に逃げ道を作った。

 

 生来、人間という生物は大きな欲望を三つ持っている。食欲、睡眠欲、そして――性欲である。

 なにがなんでも人間を食べたくないと拒否する心と、食欲が暴れる肉体との調整をなんとか図るために、無意識下に彼女自身が行った緊急逃避――。

 

 ――それが、食欲から性欲への一時的な転換だった。

 

 強い欲望の衝動を、別な欲望のものへと無理やりに誤認識させたのだ。

 そうして兄と想い人が寝静まるのを待って、ひとり夜の森へと抜け出た禰豆子は、このように生まれて初めての自慰に耽っていたのである。

 

 どこを触れば気持ちが良いのか。そんなことは、事前知識がなくとも生物なら本能でわかる。

 すでに自慰を初めて十分以上が経ち、彼女の肉体はこれ以上ないほどに火照っていた。

 

 しかし、まだ――まだ、足りない。

 

 あの強力な食欲をごまかせるほどには、まだ至っていない。もっと、もっと激しい快楽が必要だ――。

 

 そんな思いが、彼女の指の動きに現れる。

 焦るように激しくなったそれらが、割れ目の上部の小豆へと触れて――。

 

「――んふあぁぁんっ♡♡!!」

 

 ビクッ――ビクンッ――ビクンッ!!

 

 今までにない刺激に、少女の華奢な体が大きく跳ねた。

 汗と愛液が飛び散り、月光に輝く。

 

「んふぁ♡ んふぁ♡ ふぁ♡……」

 

 口に巻き付けられたままの大きな布の枷は、あふれ続けた涎を吸って、随分と重くなっていた。

 鬼であっても、ちょっと息が苦しくて、禰豆子の目尻に涙がたまる。

 

「んふぅ……ふぅ♡」

 

 しかしそれはそれとして、今ほどの刺激であっても、まだ食欲を抑えられる程度には未だ遠かった。もっと快楽を得なくてはならない――。

 そうして、だらりと垂れていた手が、再び股へと潜ろうとして――。

 

 がさり。

 

 聞こえた音に、伸びた手がぴたりと止まった。

 

「……!」

 

 禰豆子が見れば、そこには思わず立ちあがってしまった銀太郎の姿があった。

 

 緩慢な意識レベルのなかにあっても、少女の持つ乙女心は健在だった。恥ずかしい場面を見られたことに心は悲鳴を上げて、瞳からは先ほどとは異なる涙が一筋、流れ落ちた。

 

 一方の銀太郎もまた、混乱していた。

 なぜ禰豆子がこんなところでこんなことをしているのかについてでもあったし、なぜ自分は今、立ち上がってしまったのかについてでもあった。

 

「あ、いや、禰豆子、その……」

 

 震える口が、うまく言葉を紡がない。銀太郎は必死で頭を働かせた。

 

(なんとかしなければ、なんとか――)

 

 しかし、そんな正常な思考はそこまでで停止する。

 

「――ッ!!」

 

 銀太郎は目を見張った。

 硬直し、涙を流す禰豆子。その股座で、しかし伸ばされた指が中途半端に広げていた幼い割れ目から、とろり――と蜜が垂れ落ちるのを目撃してしまったからだった。

 

 ――このとき、銀太郎のなかで理性が吹き飛ぶ音がした。

 

「…………」

 

 ごくり、と喉を一つ鳴らして。

 

 銀太郎は、禰豆子のほうへと足を踏み出していた。

 

「……?」

 

 涙を流していた禰豆子は、その行動にびくりと小さく体を震わせる。

 そして、うるんだ瞳で上目遣いに銀太郎をうかがった。先ほどまでの自慰によって、その頬は上気しており、汗に濡れた髪は額や頬に張り付いている。

 

 ――この上もなく、色気があった。

 

 次の瞬間、ばさりと銀太郎は禰豆子に覆いかぶさっていた。

 

「んむぁ!?」

 

 驚く禰豆子を意に介さず、銀太郎は布の轡をはぎ取って、その瑞々しい小さな唇へと吸い付いた。

 

「んむぅっ!?……んちゅ、ぷひゃあっ」

 

 突然のことの連続に、禰豆子の目が白黒している。息を継ぐように逃れた口を、再び銀太郎の口がふさいだ。

 

 くちゅ、ちゅぱ、ちゅぷ――。

 

 銀太郎は遠慮なしに舌をねじ込み、少女の口内を蹂躙する。相手のことを考慮しない、激しい接吻だった。

 その折に、小さな牙で擦れた舌に軽い傷がついた。銀太郎の血の味が、禰豆子の喉元に広がってゆく。

 銀太郎の頭のどこかで(まずい――)という意識が起こったが、それはとても小さな声で、彼はそのまま気にせず接吻を続けた。

 

 血による変化は、鬼の凶暴化とは別のかたちで現れた。

 

「んふぁっ……♡」

 

 眉や目尻が下がり、瞳がとろんと蕩けている。息が荒くなりはじめ、再び情動の波が彼女の内から湧き上がっていた。

 

 ぬるま湯のような幸福感が、腹の底のほうからやってくる。

 

 乙女心の羞恥や銀太郎の突然の行動に対する混乱など、先ほどまで脳内を支配していたものがすべて押し流されて、ただ、このまま想い人ともっと愛し合いたい――そんな愛欲で満ちてゆく。

 

 身勝手な接吻に対する嫌悪なども全くなく、気づいたときには禰豆子の方からも舌を絡ませていた。

 

「んふっ♡……んちゅっ♡……んぷぅっ♡」

 

 舌が離れれば、ねだるように舌先で相手の舌をつつく。覆いかぶさった彼の背中へと、知らないうちに両腕を回して抱き着いている。

 

 ちゅぱ――ちゅぷ――んちゅり――。

 

「……ぷはぁっ♡」

 

 足りなくなった空気を求めて、互いの口が離れた。銀色の橋が間にかかり、ややあってから禰豆子の口の中へと納まった。彼女はそれを、無意識に嚥下する。

 どれほどの時間、接吻していたのかはわからない。二人は完全に抱きしめ合っており、口元は互いの唾液で、火照った体は互いの汗で濡れていた。

 

「禰豆子……」

 

 銀太郎が囁き、彼女の裸体を眺める。月明かりに照らされて、白い未成熟な肉体が夜のなかに浮き上がっている。

 

「……綺麗だ」

 

 また顔を寄せる銀太郎に、禰豆子も応える。

 すると、彼はなにやら腰の方へ手をやってもぞもぞとし出した。

 

「……?」

 

 火照った意識の中、禰豆子が首を傾げていると、銀太郎が上体を上げた。膝立ちのような形で、禰豆子にまたがっている。

 そしてその腰元から――大きく、反り返った陰茎が飛びだしていた。

 

「ふぁっ!?」

 

 禰豆子は小さく悲鳴を上げた。勃起したそれを、彼女は初めて見たのだった。

 もっと幼い頃の記憶、共に風呂へ入ったときに見た兄弟や父親のものとはまるで異なっている――。

 なぜか、禰豆子は喉を鳴らしていた。

 

「禰豆子……」

 

 銀太郎が顔を寄せて、彼女の柔らかな頬へと口づけを落とした。啄むようにして、音を立てて唇をつける。それは、頬からやがて首元や耳元へと移動してゆく。

 

「んふぁっ……♡」

 

 くすぐったそうに、禰豆子が身をよじる。逃げるような動きをする彼女の顔を追うように、彼の口づけも激しくなる。そうしていると、彼女は自身の股に何か熱いものが押し当てられていることに気が付いた。

 

「んふぇ?」

 

 驚き見れば、彼女の割れ目をなぞるように、彼の陰茎の先が上下して擦れている。

 銀太郎の口から熱い吐息が漏れた。

 

「禰豆子――」

 

 呼ばれた彼女が顔を上げれば、口を奪われる。それに身を任せ、瞳をとろんとさせて――

 

 

「――んふぐぅッ!?」

 

 ――下半身を、引き裂かれるかのような痛みが走った。

 

 

 熱い、とてつもなく熱い、熱された鉄棒でも股座に突き刺されたかのような激しい痛みである。

 

「んふぐッ……ふぐぅッ……んふぅッ――!!」

 

 痛みに喘ぐ禰豆子であるが、銀太郎は彼女の口をふさいで離さない。それどころか、覆いかぶさった体の全体で、下敷きにした小柄な禰豆子を抑え込もうとしている。

 涙の溜まった瞳で禰豆子が見れば、腰元では彼女の割れ目の中へと、太く大きな陰茎が入り込もうとしている様子が目に入った。

 

 禰豆子は息をのむ。痛みの正体はこれだった。

 

 小さな割れ目は精一杯に広がって、太く硬い屹立を、ぎちぎちと音でも立てそうな具合で健気に呑み込もうとしている。

 それでも、挿入できているのは陰茎の半分にも満たなかった。

 びくびくと震える膣口からは、赤い血液が滲み垂れている。

 

「フゥ――フゥ――フゥ――」

 

 禰豆子は鼻で息をして、痛みに耐える。ぎゅっと閉じた目尻からは、涙が流れていった。

 彼女がそうしている間に、銀太郎はお構いなしの抽送を始めた。

 体格差の大きい相手を抑え込んでいるために可動域が不自由気味な腰をなんとか振り、未熟な膣へと大人の性器をぶつけるだけの運動。

 そのたびに、小柄な少女の体はゆさゆさと上下へ揺れる。

 

 ずちゅ――ずぷっ――じゅぶっ――じゅちゅッ――。

 

 段々と、銀太郎の腰の動きが激しくなっていく。

 未成熟な性器、それも初物であるために、挿入できた部分は陰茎の半分ほどだったが、それでも挟み込んで離さない熱い膣内は、不足を補って余りあるほどに気持ちが良かった。

 

 一方で、同調するようにして、禰豆子のほうにも変化があった。

 

「――んふぁっ……ふぁんっ♡……んあぁっ♡!」

 

 痛みに耐えるだけだった呼吸が、いつの間にか熱くなり、そして喘ぎ声へと変移していた。

 

 鬼の回復力が破瓜の痛みを和らげ、治癒し――そして快楽が訪れ始めたのである。

 

 じゅぷっ――じゅちゅっ――じゅぷっ――。

 

「ふぁっ♡ ひぁっ♡ ふぁんっ♡」

 

 その様子を見た銀太郎は上体ごと顔を離すと、無理に抑え込んでいた体を離して、改めて少女の腰を掴んだ。動きやすくなったぶん、これまでよりも強い衝撃が幼い膣へと打ち込まれる。

 

「ふぁあんっ♡♡♡!!」

 

 丑三つを超えた、静かな夜の森の中、二人の情事の音だけが辺りへ響いてゆく。

 

 じゅちゅ――じゅっ――じゅっ――じゅぷっ――。

 

「ふぁっ♡ んはっ♡ はぁ♡ はぁ♡――」

 

 男と女。十五と十二。共にまだ若く幼く――

 柱と鬼。許されてはならない立場のはずなのに――

 

 じゅっ――じゅっ――じゅっ――。

 

「あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡――」

 

 互いの息が、熱が、際限なく上がってゆく。

 立場や現実など、そんな無粋な思考は二人の中には一欠片も存在していなかった。

 

 ただ、ただ目の前の人と愛し合いたい――。

 

 そんな一念のもとに二人の意識は溶け合っていた。

 

 やがて、銀太郎の手がひときわ強く少女の腰を掴み、

 

 ――ずどんっ!!

 

 そんな幻聴が聞こえるくらいの衝撃で以て、幼い子宮口へと亀頭を叩き込んだ。

 

 白い光が二人の脳髄を落雷のように迸って――

 

 

 ――どぷっ!! とぷどぶどぷぅぅぅっっっ!!

 

「――ふあぁぁぁああんっ♡♡♡♡!!」

 

 

 絶頂する。同時に絶頂した二人は、点滅する視界に翻弄される。

 銀太郎の腰はがくがくと震え、禰豆子の膣は逃がさないとでも言うように陰茎をにちぎちと締め上げた。どぷどぷと、尿道に残った精液が吸い上げられてゆく。

 

 天を仰いで半ば放心する銀太郎の下で、禰豆子は激しい快楽にもみくちゃにされる火照った思考のなかで、ある気づきを得ていた。

 

 どくん――とくん――と腹の奥へと流し込まれる熱いもの。

 

 それと同時に、今までずっと彼女のなかにあった飢餓感が薄れてゆく。

 

 鬼になってから、ずっと――ずっと体の奥底にあった食人衝動が、強力な空腹感が。綿が水を吸うように、膣の鳴動と共に穏やかに消え去ってゆく。

 

 意識レベルが、ふわりと浮き上がり……鬼化以前の明晰な意識が再び戻ってくる。

 

(ああ――)

 

 すべてを察して、禰豆子は熱い吐息をついた。

 

(やっぱり、そうなんだ――)

 

 歓喜の涙で、視界が滲む。

 

(私は――)

 

 胸のなか、愛おしさが溢れて止まらない。

 

(――このひとと結ばれるために、生まれてきたんだ)

 

 禰豆子はこの夜、その恋を愛へと昇華させた。

 

 

    □■□■□

 

 

 射精の快感から気を取り戻した後、まず銀太郎を襲ったものは強い後悔と罪悪感だった。

 

 性欲に頭をやられて、ほとんど、いや明らかな強姦をしてしまった――。

 

 そう思って顔を真っ青にするも、見下ろしてみると禰豆子はにこにこと微笑んで、猫のように縋り付いてきた。

 

(え――?)

 

 と固まる銀太郎であったが、禰豆子は依然として体の全体を目一杯に使って愛情表現をしてくる。

 甘えるように抱き着いてくる彼女の頭を、ほぼ無意識に撫でれば、「むふー」と非常に満足そうな吐息が帰ってきた。

 

(これは――許された、のか?)

 

 混乱する銀太郎の顔を、禰豆子は下から心配そうにのぞき込む。そして彼の襟もとを引くと、元気出して、とでも伝えるように頬へ口づけを行った。

 

 そして名残惜しそうに離れてゆく、小さな唇を見送って。

 

 ここで、銀太郎の覚悟が決まった。

 

 どちらにせよ――やることをやってしまったのだから。

 責任を、取らねばなるまい。

 男として。

 

「――禰豆子」

 

 呼びかければ、その声に何かを感じたのか、彼女は少し不安そうな顔でうかがってくる。

 頭を撫でまわして接吻したくなる気持ちを抑えて、銀太郎は続けた。

 

「その、順序が逆になってしまって本当に申し訳ないのだけれど……」

 

 彼女の小さな両手を握りこみ、その瞳をのぞき込んで宣言する。

 

 

「――結婚を前提に、僕と交際していただけませんか」

 

 

 途端、辺りの音が遠くなって、消えた。

 無音の世界で、禰豆子の瞳がひときわ円く大きくなって――

 

 ――気づけば、銀太郎は草の上へと寝転がっていた。

 

 先ほどまでとは上下の体勢が入れ替わっている。鬼の瞬発力で抱き着いた禰豆子に、銀太郎が押し倒されたのだ。

 禰豆子は押し倒した銀太郎の腹の上で、ぎゅうぅぅっと強く抱きしめて顔をこすりつけていた。鬼の力なので、少しだけ痛い。

 それを呼吸法で和らげながら、銀太郎は彼女の髪を梳かすように撫でた。

 さわさわと指当たりの良い、絹のような髪だと思った。

 

 そして、そうして天を仰いで……唐突に気づく。

 

 月が、西へと沈みかけている。

 星々の光が、遠く薄い。

 まだ東の空は明るくないが――

 

 ――夜明けまで、時間がない。

 

 

 ……そこから先は、まさしく慌ただしいことこの上なかった。

 

 川の水で濡らした手拭いで以て、互いの体の後始末をつけてから、二人は急いで堂へと戻った。

 しかも間が悪いのか良いのか、帰ったころには炭治郎がちょうど起きだしてきていて。

 

 彼はすん、と鼻を鳴らしてから、じっと二人の顔を見比べた。

 

 そうしてから、「これからは本当の義兄弟(きょうだい)になるんですね――」と嬉しそうに語った。銀太郎はすさまじく肝が冷えた。

 藤の香を消した堂の中で、禰豆子はぴたりと寄り添ってきて離れない。その様子をニッコニコと眺めながら、やたらと銀太郎に話しかける炭治郎。彼が「前と同じでいい」と言うまで、炭治郎は「義兄上(あにうえ)」呼びをやめなかった。

 

 その後、一行はなんだかんだで狭霧山へとたどり着く。

 

 急に訪問してきた彼らを出迎えた鱗滝左近次へと、事情を説明していく銀太郎。

 その際においても片時も離れまいとする禰豆子に、銀太郎へその関係性を尋ねた鱗滝へと「鬼になりましたが、妹と銀太郎さんは恋人同士なんです!」とひたすら嬉しそうに力説する炭治郎。

 

 すべてがすべて、慌ただしく過ぎて。

 

 炭治郎は鱗滝のもとで水の呼吸の修業を行い、その様子を、銀太郎は柱の業務の隙間にのぞきにやってくる。

 そのたびに禰豆子は歓喜して寄り添い――二人はしばしば夜の山で情を交わした。

 銀太郎は(よし、ばれてはいない――)と思っていたが、炭治郎と鱗滝は察した上で知らない素振りをしていた。……ただ、恋人同士だからと気にも留めない炭治郎と、内心では少し引いていた鱗滝という違いはあった。

 

 そうして二年が経ち。

 

 最終選別を突破した炭治郎が、無事に最初の任務を終えて帰ってきて――現在へと至る。




普段は常識人なのに、エロ展開になると途端に、鬼畜になったり馬鹿や阿呆になったりする。これを「エロゲ主人公体質」と呼ぶ。――民明書房刊『現代の主人公たち』

なお、二年前の当時のオリ主は自身の血の特殊な性質について知りませんでした。
また、(常に食欲が満たされているため)完全に人間を襲う気配のない禰豆子に対し、鱗滝は迷った末に暗示をかけるのをやめました。

以下、設定晒し。

●血筋について
・竈門家
 実は縁壱と竈門すみれ(炭吉の娘)が結婚(再婚)して血が入ったため、以降の子孫には日の呼吸の適正がある。(成長したすみれ十代が縁壱三十代にしつこく言い寄った結果であり、炭吉やすやこも心から祝福した)
・坂田家
 坂田家自体の先祖は侍だが、現在は陶芸作家の家族だった。陶芸作家と良質の炭焼きという関係で、時甫と炭十郎は知り合い、友人となった。
 銀太郎の母の旧姓が時透で、無一郎の父と実は兄妹である。銀太郎と無一郎は従兄弟の関係となるが、二人ともそれを知る肉親がすべて故人であるため、のちにお館様から知らされるまで両者とも全く知らぬ事実であった。
・坂田銀太郎
 容姿が継国兄弟によく似ている。のちに発現させる痣の文様は、どうも月の呼吸の剣士のものと酷似しているようだが……。

●夢の呼吸
 オリ主が作り出した自分のための呼吸。技名だけご紹介。詳しい説明はいずれ物語内にて。
 なおオリ主自身は、他にも水の呼吸と風の呼吸も各々に一部だけ修得している。
壱ノ型 幻魔六腕(げんまろくわん)
弐ノ型 栩栩胡蝶(くくこちょう)
参ノ型 黄梁一炊(こうりょういっすい)
肆ノ型 鏡花水月(きょうかすいげつ)
伍ノ型 月下人虎(げっかじんこ)
陸ノ型 狼疾感染(ろうしつかんせん)
漆ノ型 夢幻万華鏡(むげんまんげきょう)・零式(ぜろしき)
捌ノ型 夢幻万華鏡(むげんまんげきょう)・改(かい)
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