※この作品はR-18です。

Eternal Flame 第一部   作:haruka0311

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Prologue

あの夏の優しい記憶を私は一生忘れないだろう。

夏の日差しのように眩く輝いて。

身を焦がしそうなほど熱く、そしてほろ苦く甘い記憶。

それは、夏休みのほんの一ヶ月半の間だけだったけれど。

あの時、私はもう一度輝くことが出来た。

心に深く刻まれた、愛しい思い出…。

多分、あんなに愛に溺れることはこの先ないだろう。

でも、私はこの記憶を抱き締めて、一生過ごしていける。

夏の花火のように、華やかで美しく。

そしてすぐに散ってしまった儚い恋。

しかし、その残像は心の中にいつまでも鮮やかに咲き誇る。

これからもずっと…。

 

 

 

大学の期末試験が終わり、待望の夏休みがやってきた。待ち望んでいたのは私を除く友人達だけれど。このまま大学の忙しさに紛れて何も考えたくない。ずっと大学が続けばいいのに。ほうっと溜息をついて、帰る仕度をしていると、前の席に座っていた美紀が振り向いた。

「遙はこの後どうするの?アメリカ、今年は行かないんだもんね。本当は明日出発の予定だったのに…」

 心配そうな美紀の台詞に私は小さく頷いた。

「うん…」

 美紀は、しばらく思案していたようだったけれど、思いついたようにぽんと手を打った。

「そうだ!この後パーッと遊びに行かない?折角の夏休みだもん」

「そうだね。でも、いいの?彼氏は?」

「彼氏とはいつでも遊べるし。遙の方が心配だよ。このまま家に帰ってずっと塞ぎこむような気がして…。」

 美紀の心遣いが嬉しい。私は小さく笑った。まだ、上手く笑うことが出来ないけれど。

「ありがと。じゃあ、今日は美紀と遊ぶことにするよ」

 私は1ヶ月前、2年間付き合った彼と別れた。周囲も呆れるくらいお互いに溺れていた。しかし、それは砂上の楼閣のような恋で、何かと理由をつけて働かない彼を、私が援助して成り立っているようなものだった。

 アメリカに住む彼に会うために、長期の休みは必ず私か彼が会いに行き、それ以外は電話かチャットで繋がっていた。その国際電話代も全て私が持っていたのだけれど。それでもいいとずっと思っていたのだけれど。しかし、将来のことを考えるとどうしても不安で。彼が変わってくれない限り、私は彼と付き合い続けることは出来ない。

 それは許されないことだから…。

 だから、私は彼に変わって欲しかった。

 いつも一方的に私から連絡するという関係に嫌気が差し。彼への不信感が募り。段々と電話をしないようになっていった。

 本当は大好きで、ずっとこのままの関係でもいいとも思っていたけれど、彼に変わって欲しかった。甲斐性のあるところを見せて欲しかった。

 そんなある日、彼から私の携帯にメールが来た。

『I miss you. Why didn't you call me?(君が恋しい。何で電話してくれなかったんだよ)』

 ちくりと胸が痛んだけれど、私はずっと抱いていた不満をぶつけた。

『I don't have enough money to call you. If you want to talk to me, you call.(電話代がないから。声が聞きたかったらそっちからかけて)』

 電話代がないというのは嘘だったけれど、それが負担になっているのも事実だった。

 彼の返事はこうだった。

『I can't call you from here. Itʼs too expensive. If I pay you back later, would you call me? I want to hear your voice right now.(こっちからは高すぎて国際電話はかけられない。後で払うから電話してくれない?今すぐ声が聞きたい)』

 ああ、またこれだ。「いつか返すから」と言って、いつも先延ばしにして払ってくれない。彼の優しさと甘い言葉に溺れていつも流されていたけれど、それももう限界だった。きっと、これも甘い嘘…。私は溜息をつきながら、返信した。

『I know youʼll never pay me back. Unless you have enough money, I won't call you.(どうせ返してくれないんでしょう?お金が貯まるまで電話してあげない)』

 これくらい言ってやらないとこの人は変わるきっかけがないだろう。少し頭を冷やしてもらいたい。そう思って言った言葉なのに、次のメールで私は冷や水を浴びせかけられた。

『OK. Iʼll break up with you. You are harsh. I know you don't love me anymore. You don't have to call me ever again. Bye.(わかった。君と別れる。君は冷たいな。もう愛してもいないことが分かった。もう二度と電話もして来なくていい。じゃあな)』

 違うのに…。愛していないんじゃなくて、愛しているからこそ変わって欲しかったのに…。私達の今までの時間は何だったんだろう?ただ、愛に浮かれていられればよかった。でも、それじゃダメなんだ。私達は現実の世界に生きているんだから。

 それからは何を言っても無駄だった。私の恋は終わった。あっけなかった。

 

 美紀と渋谷に向かった。馴染みのビリヤード場で、ひたすら玉を突く。でも、今日はポケットに玉がうまく入ってくれない。ここも、彼とよく遊んだ場所。私にビリヤードを教えてくれたのも彼。キューを構えながらふと泣きたい気持ちになって顔を歪めると、美紀が心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「やっぱりビリヤードじゃダメかあ。元彼のこと思い出しちゃう?」

「うん、ちょっと…。ビリヤードは好きなんだけど、どうしても今日は調子悪いみたい」

「そうだね、遙がミスることあんまりないもんねぇ。じゃあ、出よっか?」

 美紀に手を引かれて私はビリヤード場を後にした。

 センター街を、アイスを食べながら私達は歩いた。

「そうだ、遙。アメリカに行くのキャンセルしたから結構お金持ってるんでしょ?」

「うん、そうだけど?」

「この間面白いゲームが発売されてさあ。戦国BASARA2っていうんだけど、すっごい爽快感があるんだよね。それで嫌なことパーッと忘れちゃいなよ。きっと楽しくて夏休みもあっという間だよ。今から買いに行こう?」

 にこにこと話す美紀が可愛らしい。私は少し興味を引かれた。

「そんなに面白いの?」

「もう、あの爽快感はやった人にしか分からないよ!登場人物も男前だらけだしさぁ、ストーリーは面白いし!遙はもっと笑った方がいいよ。まつとザビーのストーリーで癒されてきな」

 うきうきとした足取りで笑う美紀が可愛くて、私もつられて 笑った。私の笑顔を見て、美紀はさらにその可愛らしい目を細めた。

 やっぱり持つべきものは可愛い友達だな。

 少し心がふわりと温まって私は淡い微笑を浮かべた。私達はセンター街の入り口にあるゲームショップで戦国BASARA2を買い、私のマンションに向かった。

 

 私の両親は医者で、実家は離れたところにある。東京の国立大学の医学部に合格した祝いにと、2DKのマンションを私に買ってくれた。そんな両親の期待が逆に重くて、大学に入ってからというもの、私はほとんど実家に帰っていない。

 広々としたリビングのソファに美紀は腰を下ろすと、ほうっと溜息を吐いた。

「遙の家は落ち着くね~。あ~あ、まだ元彼の写真を飾ってるし」

 私は苦笑いをして、美紀と私のためにコーヒーを淹れた。美紀は勝手知ったる我が家とばかりにPS2に戦国BASARA2を入れた。コーヒーを目の前に置き、私も美紀の隣に座る。

 息を飲むような美しいCGに私は驚いた。高校に入学してからというもの、ほとんどゲームなどしなかったので、最近のゲームはここまで映像が綺麗なものかとただただ感心した。

「誰?この馬に乗っている蒼い人。ん?三日月に眼帯だから政宗様?」

「そうだよ!!で、赤いのが真田幸村ね」

「このでかい人、誰?」

「豊臣秀吉」

「え、ありえなくない?秀吉って猿でしょう?でかすぎ!!これじゃゴリラ…」

「あははは!!まさに!!でも気にしない気にしない。これってそういうゲームだから」

「ふうん。この伊達政宗、格好いいね…。流石政宗様」

「だって一番人気だもん、当然!!じゃあ、政宗ストーリーからやろうか?」

「うん、何でもいいよ。見てる」

「見てるじゃなくて遙がやるの。はい」

 美紀は私にコントローラーを押し付けた。ストーリーモードで政宗を選択すると「Okay. Are you ready?」という英語のセリフが流れた。

 心がちくりと痛む。しばらく英語は意識して聞かないようにしていたから。英語を聞くと、元彼の事をどうしても思い出してしまう。意識を無理矢理英語から離して画面に集中するとオープニング映像が始まった。オープニング映像が終わると私は思わず溜息をついた。

「何か、すごく格好いいんだけど…。何、あのやんちゃっぷり。小十郎の渋さ!!流石伊達主従…。史実に違わぬ格好良さ」

「でしょー?現実の男は面倒だからさ、しばらくこれに逃避してなよ。遙には休養が必要だから」

「うん、そうする…」

 私達はそれからしばらく伊達政宗ストーリーで何度も惚れ惚れと溜息を吐きながらエンディングを迎えた。その頃には私はもうBASARA2に夢中で、普段の調子を取り戻していた。美紀が安堵の笑みを浮かべる。

「遙ももう大丈夫だね。また様子を見に来るけど、私、もう帰るわ」

「うん、ありがとう。またね!」

 玄関まで美紀を見送って、私はまたBASARA2をプレイした。

 それからの生活は自堕落で、両親には本当に申し訳ないほどだったけれど、別に無駄遣いをしているわけでもないからいいか、とばかりにただただゲームに没頭していた。

 今頃はアメリカにいたはずなのに、という思いが頭の隅にちらつく。でも、私はそれを打ち消すかのようにゲームに集中し、格好いいキャラに溜息をついたり、面白おかしいストーリーに独り爆笑していた。

 このゲームが終わったら、またいつもの生活に戻ろう。このまま引き篭もるわけにもいかないから、バイトでもして…。勉強もしよう。だから、数日間だけでもいい。何かに没頭して何もかも忘れていたい。そう思いながら、ただひたすらに全てのキャラクターをクリアしていった。

 そして、ストーリーを全てクリアして伊達政宗で天下統一をしようとした時、それは突如始まった。政宗を選択した後、テレビの画面が真っ白になった。そして、渦巻きのようなものが現れ、画面がめちゃくちゃに点滅し始めた。薄暗い部屋でテレビをつけていた私は、眩暈と吐き気に襲われ、目を閉じ蹲った。キィィンというような音がして、わんわんと耳鳴りがする。不摂生のしすぎだろうか。PS2を酷使し過ぎて壊してしまったのだろうか。

 しばらく浅い呼吸で自分の身体を抱き締めていると、だんだんと眩暈と耳鳴りが治まってきた。ホッと一息吐こうとした瞬間、ガチャリという音が目の前から聞こえた。

 人の気配がする!!

 鍵はかけてあるし部屋の中は一人だったのに何故!?ハッと顔を上げると、蒼い陣羽織を着て刀を6本差した背の高い男が目の前にいた。

 見間違う事もない。先ほどまで画面に出ていた伊達政宗だ。目が合って、思わず固まってしまう。何、これは何かの冗談!?鬱になり過ぎて、私はついに幻覚まで見えるようになったの!?

 脳裏に精神病の名前、症状、治療法がずらずらと浮かんでくる。ああ、お父さん、お母さん。私は不治の精神病にかかってしまったかも知れません。病院を継ぐのは無理かも…。

 政宗も戸惑っているようで、眉間に皺を寄せ、私をじっと見つめている。

 その顔立ちは端整で。きりりとした眉。睫毛の長い切れ長の目。すっきりと通った鼻筋。溜息が出るほど美しかった。脚はすらりと長く、全身を覆う鎧の下はきっと見た目よりも結構筋肉質であることが窺える。

 私が息を殺して政宗を見つめていると、先に政宗が口を開いた。

「…What the hell…?(一体何なんだ…?)」

 部屋をぐるりと見回してまた隻眼が射抜くように私をじっと見つめた。

 What the hell…? それは私の台詞だ。

 何と声をかけてよいのか逡巡している私に、政宗は初めて問いかけた。

「Where am I? And who are you?(ここはどこだ?それにあんたは誰だ?)」

 スピーカーを通さない彼の声はやはり少しハスキーで低く、耳に心地良かった。これ以上黙っていても失礼に当たると思い、私は口を開いた。

「This is my room. And I am Haruka Kisaragi, a medical school student.(ここは私の部屋です。そして、私は如月遙。医学部生です)」

 政宗が驚いたように目を見開いた。

「あんた、異国語が分かるのか?」

 分かるどころの話じゃない。ついこの間まで毎日何時間も英語を話していたのだから。ほろ苦い痛みが胸の中に広がっていく。

 政宗は顎に手を当てて思案しているようだった。

「異国語…というか、英語ですけど…。簡単な英語なら13歳くらいからみんな話せませすよ?」

「What? Really? Damn!!あんた日本語も喋れるんだな。ここはあんたの部屋だって言うが、何か見たこともねぇ物ばかり置いてあるし、ここは異国か?」

 異国…と言えば異国なのかも知れない。政宗は異世界からやってきたのだから。それもゲームの世界…。しかし、自分がゲームの中の人間だと知ったら傷付くのではないだろうか。私だって、今、生活しているこの世界が、誰かが作った作り物の世界と知ったら必死で否定したくなるだろう。私は言葉を選びながら話し出した。

「異国ではなく、異世界だと思います。どういうわけであなたがここに来てしまったのか私にも分かりませんが…」

「異世界…?マジかよ…。これから天下統一しようとしてたのに!!Goddamn it!!」

 綺麗な発音で悪態をつく政宗を見て、思わず小さく笑ってしまった。ちょっと可愛いかも…。

「Hey, you!!笑ってんじゃねぇよ!事態は深刻だぜ?」

「I know. 私もどうすればいいか困っているところ。それ以前に私の頭がおかしくなってしまったんじゃないかって。これは幻覚?」

「安心しろ。俺も夢じゃねぇかって思ってるところだ。まあ、夢ならいつか覚めるだろ。やけにrealな夢だけどな。寝た覚えはねぇし妙だが…。さっきまで小十郎と一緒に戦場にいたんだけどな」

 政宗は立ったまま腕組みをして考え込んでいる様子だった。私はソファに座ったままなので見上げる形になる。上から見下ろされてものすごく威圧感がある。それは、政宗が武装しているから余計そうなんだけれど。

「あの…。とりあえず、着替えてゆっくり座りませんか?ここは戦場ではありませんし。着替えならありますから…。夢が覚めるまでこうしているしかありませんし」

 多分、夢じゃないと思う。でも、夢と思わないとやっていられない。夢だと思ってしまえばこの状況を受け入れられる。きっと政宗もそうだろう。

「Ah…そうだな。突っ立ってても仕方がねぇ。戦場じゃねぇなら鎧をいつまでも着ている必要ねぇしな。じゃあ、悪ぃが着替え借りるぜ。これが夢なら楽しまなきゃ損だ」

 政宗はニヤリと笑った。その笑みが格好良くて思わず頬に血が上る。

「では、着替えを取って参りますので…」

 私は誤魔化すように顔を背け、奥の部屋に入ってクローゼットを開けた。元彼の服が何着もある。ちくりと胸が痛むのを感じながら、私は下着とハーフパンツ、バンドのロゴの入った黒いTシャツを選び、リビングに戻った。

 政宗の姿をよく見ると、ところどころに血が付いているのが分かった。先に風呂に入れた方がいいのかも知れない。

「あの…。お風呂沸いていますから、先にお風呂に入ってしまったらどうですか?」

「あ?風呂?」

「はい。きっと政宗様のお城のお風呂より狭いですけど」

「Hey. 今、何つった?何で異世界のあんたが俺の名前を知っていやがる。俺はまだ名乗ってねぇ」

 政宗の眼光が鋭さを帯びる。思わず腹の底がヒヤリとしてしまうほどの鋭さだ。政宗はじっとこちらを見たまま視線を外さない。私は震えそうになる声をぐっと堪えて、口を開いた。

「奥州筆頭伊達政宗はこちらの世界でも有名なんですよ。竜の右目、片倉小十郎も…」

「あんた、小十郎のことも知ってるのか!?」

「左頬に傷のある、政宗様の背中を守る唯一の人物でしょう?」

「Oh, my…。あんたが俺のことを一方的に知ってるなんてunfairだぜ。まあ、俺が有名なのは仕方がねぇけどな」

 政宗は頭を軽く振った。そして顔を上げるとニヤリと笑って私を見つめる。その目の敵愾心はすでに消えている。

「まあ、風呂も提供してもらうことだし、あんたには世話になっちまうから、俺のことは政宗でいいぜ。敬語もなしだ」

「うん、わかった」

「じゃあ、風呂に入る前に鎧を脱ぐのを手伝ってくれねぇか? これ、一人じゃ着られねぇし、脱げねぇんだ」

「ええっ!?」

 奥州筆頭伊達政宗を脱がす!?私は軽くパニックに陥った。

 幻覚としてもこれはあんまりだ!!

 男の肌を見たことがないわけではないけれど、初対面で脱がせるなんて…!!

 しかし、このままの格好でいてもらうわけにもいかないので、私は立ち上がり、政宗の鎧に手をかけた。複雑かと思いきや、結構単純で、一枚一枚重ね着した鎧を外していった。ただ、政宗の背が高いので、私は背伸びをするようにして、重い鎧を外さなければならないので少し大変だった。

「Okay, thanks. ここまで来れば後は俺一人でも大丈夫だぜ」

「じゃあ、お風呂場に案内するね」

 私は着替えとタオルを持って、風呂場に政宗を連れて行った。プラスチックの浴槽とシャワーに政宗の目が奪われる。

「What the hell are they?(あれは何なんだ?)」

「うーん、まあ、説明するから。シャンプーとか使ったことないよね。じゃあ、全部脱いだら腰にこのバスタオル巻いて。頭洗ってあげるから」

 我ながら大胆な事を言っているとは思ったが、初めてなんだから仕方がない。それに男の肌を見るのは初めてじゃないし、今更恥らうこともない。

 そう…。初めてじゃないから…。

 前の彼の事を思い出して切なくなる。胸の痛みを誤魔化すように私は無理矢理笑みを浮かべた。

「じゃあ、私、ドアの外にいるから、準備が出来たら呼んでね」

 私は脱衣所のドアを閉め、政宗の準備が出来るのを待った。先ほど鎧を脱がしていたときに感じた政宗の温もり。到底幻覚とは思えない。確かに血の通った人間だった。でも、一部の精神疾患では幻覚でもまるで生身の人間のように見えることがあるとも聞いし。後で美紀に相談しなくちゃ。

 物思いに耽っていると、政宗が私を呼ぶ声が聞こえた。

「遙、入っていいぞ」

「はーい」

 バスタオルを腰に巻いた政宗の上半身は眩しいほどに鍛え上げられていた。着やせするタイプなのだろうか。盛り上がった胸板。綺麗に割れた腹筋。しなやかな上腕二頭筋。

 思わず絶句して見つめていると、政宗が唇の端を吊り上げて揶揄するように笑った。

「遙、見蕩れたか?」

 私は顔を少し赤くしつつも余裕の笑みで答えた。

「見蕩れない方がおかしいでしょ?こんな綺麗な身体の人、そうそういないよ」

「言うねぇ。素直なのはいい事だぜ。I like that.」

 政宗は綺麗な笑みを浮かべると、私の頭を撫でた。

 ああ、男の人とこうして触れ合うのは久しぶりだ…。少し切なくなって、目頭がじんとする。睫毛を震わせた私に気付いて政宗はすぐに手を離した。

「Sorry…. 嫌だったか?」

「ううん、そうじゃない。大丈夫…」

「そうか…」

 私は無理矢理に笑うと、浴室のドアを開けて政宗を先に入れた。シャワーの温度を調節していると、政宗が驚きの声を上げた。

「What the hell is that?」

「これはシャワーだよ。すぐにお湯が出るから待っててね」

「へぇ、便利だな!Fantastic!!」

「はい、お湯が出てきたから頭にかけるよ。目をつぶって」

 私は政宗の頭にシャワーをかけた。政宗は大人しくしている。

 ふふっ、可愛い。大きな猫みたい。

 充分に髪の毛が濡れると、私はシャワーを止め、シャンプーを手に取った。髪の毛につけて泡立てて、指先で軽くマッサージをするように、政宗の頭を洗っていく。

「Feel so good. くせになりそうだぜ」

「今日だけだからね」

「そいつはもったいねぇな」

「はい、流すよー。口閉じないと口に入るよ」

 シャワーで髪の毛についた泡を落としていく。次はコンディショナーだな。シャワーを止め、政宗の髪の毛を絞る。

「Is it done?(終わったか?)」

「Not yet.(まだだよ。)次はコンディショナーをつけるよ。髪の毛がすごくさらさらになるの」

「ああ、それでか。さっきあんたの髪を触ったらすげえさらさらで驚いたぜ。異世界ってすごいんだな」

「そう?そうかもね」

 政宗の髪の毛にコンディショナーをつける。短い髪の毛にはつけやすい。

 元彼は背中まであるくせっ毛の金髪で、コンディショナーをつけてブラッシングをしてあげないとダメだった。また男の人の髪の毛をこうして洗うことになるなんて、不思議な巡り合わせだなと思うと、また泣けてきそうになる。

 ぐっと涙を堪えて、丁寧に政宗の髪の毛にコンディショナーをつけると、それを洗い流した。

「はい、終わりだよ」

「Thanks. ついでに背中も流してくれよ」

「ああ、もう、我儘だな。ボディシャンプーの使い方も教えてないし、まあ、いっか」

 政宗の広い背中には綺麗に筋肉がついていて、ところどころに小さな傷跡があった。戦で負った傷跡なんだろう。想像もつかない。それだけ修羅場をくぐってきたんだ、この人は。

 傷跡の他に、ところどころ爛れた痕がある。これはきっと天然痘の痕…。

 そっと撫ぜると政宗がびくりと身体を震わせた。

「…醜いだろ、その痕…」

「そんなことないよ。だって私、医者の卵だもの。これより酷い傷も見たことあるし」

「あんた、医者になるのか?」

「うん、そう。そのために勉強しているの。これくらい何でもないよ」

「そうか…」

 呟いた政宗の声はホッとしたようで、とても甘く優しかった。

 いつも、戦場で嬉々としている声しか聞いた事がなかったから、私は不意を突かれ、ドキリとした。こんな弱気な声も出すんだ、この人は。そうだよな。人間だし。急に政宗を身近に感じる。

 私はボディーソープをタオルにつけて、政宗の背中をこすり始めた。

「このボディーソープで身体を洗ってね。私は背中までしか洗ってあげられないから」

「Oh、それは残念だぜ」

「What the hell are you talking about?(何言ってるの!?)乙女にこれ以上のことはさせないでよね!」

「Alright. 続きはいつか楽しみにしてるぜ」

「政宗、Don't harass me(からかわないでよ). はい、終わったから続きは自分でやってね。シャワーで流したら湯船に浸かって。外に乾いたタオル…あ、布をね、置いておくからそれで身体拭いて着替えてきて」

「Okay, got it(OK, 分かった)」

「何かあったら呼んでね。じゃあ」

 私は石鹸のついたタオルを政宗に手渡すと浴室を出た。

 何やってんだ私。BASARAのキャラをお風呂に入れるなんて…。

 幻覚もここまできたら、かなりのものだと思う。美紀に相談しなくては…。

 私はリビングに戻ると携帯を手にして美紀に電話をかけた。

「もしもし、遙?どうしたの?」

「あのね、美紀、明日、うちに来れる?」

「うん?いいけど?何かあった?」

「それがね、私、もしかしたら幻覚が見えるようになっちゃったんじゃないかと思って…」

「え?幻覚!?それヤバいんじゃない!?」

「うん、ヤバい…と思う。で、美紀にも見えたら多分幻覚じゃないと思うから。何か不安で…」

「わかった。今日はもう遅いもんね。明日の朝そっち行くから」

「ありがとう。助かるよ!!私、もう、どうしようかと…」

「遙、落ち着いて。大丈夫だから。今すぐ行ってあげたいけどもう終電ないしね。とにかく明日までバカなことは考えずに待っててね」

「うん。待ってる」

「じゃあね」

 電話が切れた。途端に不安になる。

 おそらく、夢…という線はないだろう。あまりにリアルだ。政宗の髪の毛の感触。背中の温もり。どちらもどう考えても生身の人間のものだった。そもそも私は寝ていないし。政宗も寝ていないと言っていた。幻覚かどうかは明日美紀が来れば分かるはずだ。

 私は、ゲーム内の政宗を見ようと、PS2の電源を入れた。ハードが立ち上がり、ソフトを読み込もうとするが、そこでエラーになってしまう。もう一度電源を入れ直してみたが、同じことだった。ソフトを変えてもう一度立ち上げてみる。しかし、またエラー。どうやらPS2が壊れてしまったようだ。

 PS2の故障で政宗がこちらの世界にやってきてしまった…?

 バカな。まだ幻覚の線も消えていないんだから。

 明日考えよう…。

 コーヒーを淹れてのんびりと寛いでいると、タオルでがしがしと頭を拭きながら政宗がリビングに入ってきた。

 バンドのロゴの入った黒いTシャツに、ハーフパンツ。背の高いしっかりとした体形は元彼を彷彿とさせて。タオルに隠れて顔が見えない分、彼が戻ってきたかのような錯覚を覚える。

 もう限界だった。じわりと涙が滲み、はらはらと零れていく。

 いけない。政宗に迷惑をかけてしまう…。

 政宗はハッと目を見開き、私の前に座り、その大きな両手で私の頬を包み込んだ。

「どうした、遙?何があった?」

「何でもない…。何でもないの…」

「何でもなくて泣き出すヤツがあるか。言ってみろ」

 私は首をふるふると振って、一生懸命涙を堪えた。

 どう説明すればいいのかわからない。下らないことだ。こんなことで女々しくしていたら呆れられてしまう。

 政宗に彼の面影を求めているなんて…。

 涙を拭おうと手を挙げたら、その手を政宗に掴まれ、代わりに政宗が指で私の涙を拭った。

 目の前の政宗は柔らかい笑みを浮かべている。と、腕が伸ばされ、私は政宗に抱き締められた。耳元で政宗が囁く。

「If you wanna cry, you can cry in my arms.(泣きたいなら俺の腕の中で泣いていいぜ)」

 元彼と同じ台詞だ。胸がぎゅうっと締め付けられるような気分になって、私は政宗の胸に顔を埋めた。涙がとめどもなく溢れ出る。

 Tシャツ越しに政宗の温もりが伝わってくる。

 ボディーシャンプーの香りと、それとは別に政宗の肌の香りが微かにする。同じ背格好だけれど、明らかに別人。違う香り。それが私を安心させた。

 しばらく泣いている間、政宗はずっと私の髪の毛を梳いていてくれた。

 

 

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