Eternal Flame 第一部 作:haruka0311
泣いている女は面倒だとずっと思っていた。
でも、何故か知らないが、遙の涙は綺麗だと思ってしまったんだ。
その涙に触れたい。涙枯れるまで抱き締めていたいと思った。
* * *
どれだけの間政宗の腕の中で泣いていたのだろう。髪を梳かれる心地よさにうっとりとして、涙が止まり始めた。
ああ、目が腫れているかな。顔を上げるのが恥ずかしい。 私が泣き止んだのに気付いて政宗は髪を梳く手を止め、私をぎゅっと抱き締めた。心がふんわりと温かくなり、甘く疼く。そんなことされたら期待してしまうから止めて…。
軽く政宗の胸を押し返してみるがびくともしない。政宗はますます強く抱き締めると、私の耳元で囁いた。
「落ち着いたか?」
ハスキーな声が甘く鼓膜を刺激する。私は政宗の胸に顔を埋めたままくぐもった声で答えた。
「うん、ありがとう。ごめんね、急に泣いたりして。もう大丈夫だから…」
「そうか?」
政宗がそっと身体を離して私の顔を覗き込んだ。腫れている目を見られるのが恥ずかしくて俯くと、政宗はそっと私の頬に手を添えて、親指で私の涙を拭った。そして、その指をぺろりと舐める。
私があっけに取られて思わず政宗を見上げると、政宗はニヤリと笑った。
「あんたの涙は甘い香りがするな」
「もう、冗談はやめてよ」
「I'm not kidding(冗談じゃねぇよ). 本当の事だぜ」
ああ、こうしてこの人は数多の女性を口説いてきたのだろうか。きっとモテてたんだろうな。この容姿に、奥州筆頭という地位。遠い世界の人だ。
「あんた、寂しそうな顔ばかりするんだな」
「え?」
「気付いてねぇのか。重症だな。あんたは笑ってる方が可愛いと思うぜ。あの絵みたいに」
政宗は棚の上の写真立てを指差した。元彼を後ろから抱き締めて二人で微笑んでいる写真だ。あの時は幸せだった。何もなくても二人でいるだけで満ち足りていて、自然と笑みが零れた。
また睫毛を震わせる私の頬を政宗はそっと両手で包んだ。
「夢が覚めるまでに、一度でいいからあんたの心からの笑顔が見たいぜ」
「長い夢ならチャンスはあるかもね」
「あんたの笑顔を俺が取り戻してやるよ」
「すごい自信家」
「世話になった礼だ。こんな顔させたまま放っておけるかよ」
政宗はすっと私の頬を撫でると手を離した。相変わらずその鋭い隻眼は私をじっと見つめている。私はいたたまれなくなって視線を外し、時計を見た。もう、午前1時半だ。
「わ、大変!!もうこんな時間!!明日美紀も来るし寝なきゃ」
「こんな時間?まだ明るいじゃねえか」
「それは電気をつけているからだよ。ちょっとこっち来て」
私は政宗の手を引きベランダへ出た。
「Holy shit!!(すげぇ!!)外は真っ暗だぜ。夜にしたら随分明るいけどな」
「それは明かりがついているからだよ」
政宗は心底驚いたように、How cool!!などと呟いている。
「そういうわけだから、もう寝ないと。政宗はこの部屋で寝てね。クーラーなくてごめん。暑かったらリビングに来てもいいけど、やっぱり同じ部屋で寝るのはちょっと…」
「Oh, 残念だぜ。まあ、いいぜ。あんたには世話になってるからな」
「私はリビングで寝るから。何かあったら声かけて」
「リビング?さっきの部屋だな?Okay, got it(分かった)」
私は予備の布団を敷くと、政宗におやすみを言い、部屋を後にした。そして、リビングのソファベッドをベッドの形に引き伸ばす。ちょうどセミダブルベッドくらいの大きさになり、場所を取らないのでとても重宝している。
私は電気を消し、ベッドに横になった。
今日は色々な事があった。頭の中をぐるぐると取りとめもないことが巡って眠れない。
夢や幻覚にしてはやけにリアルな…。
早く美紀に会いたい。もしかしたら寝て起きたら全て夢だったという事も有り得るんだから、気にしないようにするのが一番かな。
目を閉じて呼吸を落ち着けて眠ろうとすると思い浮かぶのは別れた彼のこと。一緒にいる時は、いつも後ろから抱き締めて眠っていてくれた。普段は遠距離恋愛なので、そういったことは出来ないのは当然だったけれど、長期休暇のときは毎日そうして眠っていた。元々寝付きが悪い私だが、彼の温もりがあると不思議とすぐに寝付けるのだった。
今日も寝付けなくて、何度も何度も寝返りを打つ。時計を見ると、もう2時をとっくに過ぎていた。もう30分以上も寝返りを打っていたようだ。
まずい、このままだと眠れないかも知れない。
私は溜息を吐いてベッドから起き上がった。寝付けない時は一度ベッドから起きるに限る。あんまり頼りたくないんだけど、煙草でも吸って気分を落ち着けようか。
ベランダに通じる部屋には政宗が眠っているので、吸うなら玄関の外だな。
私はバッグから煙草、ライター、携帯灰皿を取り出すと、リビングのドアを開けた。すると、すぐ後ろから押し殺したような声がかかった。
「Hey, 遙。Where are you going?(どこへ行くつもりだ?)」
振り向くと、眠っていたはずの政宗が寝室のドアを開けて立っていた。鋭い視線でこちらを睨んでいる。
ああ、もしかしたら置いていかれるとか思ったのかな?
「ごめん、起こしちゃった?」
「Ah…まあな。人の気配がすると起きちまうんだよ。刺客とかいるだろう?独眼竜は伊達じゃねぇ、you see?Anyway, whatʼs wrong?(ところで、どうした?)」
「眠れなくて。ちょっと煙草を吸いに外に出ようと思って」
「煙草か。俺ももらおうか」
そう言えば、史実で政宗様は愛煙家だったな。BASARAの政宗もそうなんだ…。
「うん、いいよ。煙管で吸う煙草じゃないけど…。安物だよ?」
「No problem. 異世界の煙草にも興味あるしな」
私達はサンダルを履いてドアの外に出た。大通りに面しているため、手すりの向こう側、眼下の車道にはタクシーがたくさん走っている。
「What the hell is that?(あれは一体何だ?)」
「あれは自動車だよ。機械で動いているの。まあ、馬みたいなものかな」
「あれがあれば移動が楽だな!馬より断然速ぇ!」
私は曖昧に微笑んで煙草に火をつけ、煙を肺まで吸い込んでほうっと吐き出した。政宗はじっと私を見ている。
「あ、ごめん。政宗にも、はい」
政宗にも一本煙草を差し出す。政宗がそれを咥えると、私はライターに火を点けた。長身の政宗が屈んで煙草に火を点ける。
シャンプーの香りがふわりと香る。長い睫毛の切れ長の目が伏せられて、私の手元に美しく整った顔が近付けられて私はドキリとした。本当に綺麗な顔をしているなあ。まだ濡れた髪にタバコを燻らせて、とても様になっている。
政宗もすうっと煙を吸い込むとふぅっと吐き出した。
「It's not too bad. (悪くねぇな)煙管と違ってすぐに消えねぇし。その火を点ける道具、便利だな」
ニヤリと笑って政宗は手すりに腕をつき、中空に煙を吐き出した。気怠げな目元に色気が漂っている。物思いに耽っているようなので、私も眼下の車の群れを眺めながら、煙を吸い込んだ。
一度軽く吸い込んでから、さらに深く吸い込んで煙を吐き出す。
「あんたのその吸い方」
不意に政宗が口を開いた。
「寂しそうだな。煙草に依存しているように見えるぜ」
政宗の言っている事は当たっている。心のもやもやを煙草で打ち消そうと、肺の隅々まで煙を行き渡らせてその毒に身を委ねる。毛細血管に入ったニコチンが私の心を沈静させる。強い煙草を吸うのも、吸ったあと頭の動きが鈍くなり、身体がふわふわとした浮遊感に包まれるからだ。この感覚に身を委ね、何も考えずに眠りに落ちてしまうため。
政宗は無言で煙草をふかしていた。何を考えているのか分からない。ただ、その横顔は心が蕩けてしまいそうになるほど美しく凛々しかった。
「政宗、この煙草ね、曰く付きなんだ」
「ほう…どんな?」
「Men always remember love because of romance only. 男はロマンスでしか愛を覚えていられないんだって」
政宗は興味なさそうに、気怠げに煙をふぅっと吐き出した。
「愛ねぇ…。俺にはわからねぇな。俺に寄って来るのは俺を奥州筆頭として見ている女ばかりだ。あとは、顔も知らねえ大名の姫との縁談か。情が湧いた事なんてないぜ」
「政宗は奥方がいるの?」
「いねぇよ、面倒くせぇ。世継ぎをと言われてるが、そんなことより今は天下だ」
「そうか…。そうだよね…」
愛は痛いけれど、知らないのは哀しい。
目を伏せてしまった私の顎を捉えて政宗は上を向かせた。政宗の視線とかち合う。
「あんたが落ち込むことはねぇだろ?愛なんて知らなくても生きていけるぜ?」
「そうだね…。愛は痛くて哀しいから…」
私は力なく微笑むと、再び煙草を肺一杯に吸い込み吐き出し、火を灰皿で消した。政宗も火を消したので、灰皿を持って私は先に部屋に入った。
私の後姿を、政宗がもの言いたげに見つめていたとは知らず…。
私達は部屋に戻り、それぞれの寝床に入った。煙草でいくらか落ち着いたものの、寝付けないことには変わりなかった。何故か無性に寂しい。
『あんたのその吸い方、寂しそうだな』
政宗の台詞が胸に木霊する。
そうだ。私は寂しいんだ。この心の空白はいつ埋まるのだろう。元彼の温もりを思い出してはそれに飢えている自分がいる。暑いけれど心は凍えて死にそうだ。温もりが欲しい…。自分を抱き締めるようにして小さく丸まって横になっていると、寝室のドアが開いた気配がした。
政宗だ。思わずビクリと身体を震わせてしまう。もしかしたらトイレに行くだけかも知れないし、このまま寝たふりをしよう。私は呼吸を整えて、すやすやと眠っているふりをした。
政宗は私のベッドの前で立ち止まり私を覗き込んでいるようだった。
顔が火照ってくる。寝顔を見られるのは恥ずかしい。
ぎしりとベッドがきしむ。政宗がベッドに腰をかけたようだ。
早く立ち去ってくれることを祈りながら、身を縮こませていると、頬に柔らかいものがあたった。
これは、唇?
ビクリと身体を震わせ、思わず目を開けてしまった。ニヤリと笑った政宗の綺麗な顔がすぐ目の前にある。
「寝たふりとはいい度胸じゃねぇか、遙」
「政宗、どうしたの?眠れないの?」
「Ah…この部屋で眠らせてもらおうと思ってな」
「あの部屋やっぱり暑かった?」
「まあな。それもあるが、そんなことよりあんたのこの顔…」
そう言って、政宗は私の頬を撫でた。
「こんな顔させたまま放って置けるかよ。あんたが眠るまでずっと一緒にいてやるから、安心して寝ろ。寂しくてたまらないんだろう?人肌が恋しいなら抱いてやる」
「だ、抱く!?いやいや、そこまでは…!!」
「クッ、何考えていやがる。夜伽じゃねぇ。添い寝だ。それともあんたのそのsweet voiceを俺に聞かせてくれるつもりだったのか?」
「もう、止めてよっ!」
私は赤くなった顔を枕に埋めた。
政宗がベッドに入ってくる気配がする。そして、真ん中に陣取っていた私の身体を軽々と抱き上げると、自分が横になれるスペースを作り、私を後ろから抱き締めた。久々に全身をすっぽりと人肌で包まれて心の中に安堵感が広がっていく。
「少しはマシか?」
「…うん、気持ちいい…」
「Glad to hear that」
「もう少し…」
「What?」
「ぎゅっとして…」
政宗がくすりと笑う気配がした。
「あんまり男を誘うんじゃねぇよ。襲われても文句は言えねぇな。まあ、今日は特別だ。あんたにsweet dreamを見せてやるためにな」
そう言うと政宗はぎゅっと私を抱き締めてくれた。
少し痛いくらい強い方が気持ちいい。その存在をしっかりと感じられるから。
政宗の温もりが心地良くて、私は久し振りに心の中が満たされていくのを感じながら、眠りに落ちていった。