Eternal Flame 第一部 作:haruka0311
温かく柔らかい身体はかき抱けば壊れて消えてしまいそうだった。
柔らかな温もりは肌を伝わり心まで温める。温もりに飢えていたのは俺の方かも知れない。
いつまでもいつまでも、こうして抱き締めていたかった。
***
耳朶をくすぐる柔らかい唇の感触で目が覚めた。私は、うーんと唸りながら目をこすり、寝返りをうち、隣に横たわる人物の唇にキスを落とした。
「Good morning」
そう囁いた言葉はすぐにかき消えた。すぐに唇を奪われたから。柔らかく啄ばむような気怠い口付けに酔いしれながらも、頭の隅で何かがおかしいと告げている。
私は、彼と別れたのではないか…?
まだ覚醒しきっていない頭をどうにか働かせて目を開いた。目に飛び込んできたのは刀の鍔の眼帯と、玲瓏な美貌。慌てて私は政宗の胸を押し返した。
「ご、ごめんなさい!!私、何て事を…!!」
政宗は唇の端を吊り上げてニヤリと笑った。
「Good morning. 随分熱烈な挨拶じゃねえか。あんたの世界ではおはようのkissをするんだな」
「そんな事ないよ!!特別な人としかしないよ!!」
「Oh!じゃあ、俺はあんたにとって特別な人ってわけか?」
「だから、間違えたんだってば。本当にゴメン…」
しゅんとして俯いてしまった私を政宗はぎゅっと抱き締め、耳元で囁いた。
「特別な人って、男か?」
「うん…」
「そうか…。そいつがいるのに悪い事したな」
「いいの。もう別れたから。終わった事なの。政宗が悪いんじゃない…」
お互いの間に気まずい空気が流れる。それを打ち破るように、私の携帯から音楽が流れ出した。政宗はビクリと身体を震わせて、目つきを鋭くした。
「後で説明するから待ってて」
私は政宗の腕の中から抜け出すと、テーブルの上に置いてある携帯を手に取った。
「もしもし、美紀?」
「おはよう、遙。幻覚の方はどう?」
「うーん、まだダメみたい」
まるで独り言を言っている様な私をあっけにとられたような顔で政宗が見つめている。私は苦笑いをしながら美紀との会話を続けた。
「そっか、困ったね…。あと1時間くらいでそっちに着きそうなんだけど、大丈夫?」
「うん、いいよ。わかった。待ってるね」
「じゃあ、また後でね」
「うん、ばいばい」
電話を切ると、すぐに政宗が声をかけてきた。
「What the hell?(一体何なんだ?)」
「これは携帯電話。遠くに離れた人と会話出来るんだよ」
「Really?Kick ass!!(すげえな!!)これがあれば伝令兵なんていらねえな」
キラキラと目を輝かせる政宗は少し可愛らしかった。思わずくすりと笑みを零してしまう。
「あんた、そうやって笑っている方がいいぜ」
「え?」
政宗は唇の端を吊り上げて笑うと、私を抱き寄せた。
「やべえ。あんたのsmileにぐっときたぜ。惚れちまいそうだ」
耳元で囁かれて私の身体がかっと熱くなる。
「もう、政宗はいつもそう言って女の人を口説いているんでしょう?からかわないでよ」
私は政宗の腕から逃れようともがいた。
「俺に向けられるのは媚びた笑顔ばかりだ。あんたの笑顔は何か安心する」
政宗は私の首筋に顔を埋めて囁いた。その声音が心底ホッとしたような響きで、私の頑なな心がほんのりと解れていくのを感じた。でも、きっとこれは、異世界で心細い思いをしている政宗が私に依存しているだけ。私は政宗をそっと押し返した。
「これから私の友達が来るから、ベッドを片付けて朝ご飯食べよう?政宗は座ってていいから」
「Okay. もう少しこうして抱き合っていたかったけどな。仕方がねぇ。飯を作るなら手伝ってやるぜ?」
「うーん、じゃあ、とりあえずキッチンで見ていてよ」
私はベッドを片付けてソファの形にするとキッチンに向かった。政宗も後をついてくる。
昨日のうちにご飯は炊いてあるので、鮭を焼いて味噌汁を作るだけだ。冷蔵庫にほうれん草のおひたしが作ってある。
私が冷蔵庫を開けると、政宗は興味津々にのぞいてきた。
「Wow!!この中、氷室みてえに冷てえな!」
「うん。冷蔵庫って言うんだよ。食べ物が長持ちするの」
私は鮭をグリルに入れて焼き始め、鍋に湯を沸かして出汁パックを入れた。ガスの火を見て政宗がまた声を上げる。ああ、もう、本当に可愛いなあ。
私はくすくすと笑いながら出汁に味噌と豆腐と油揚げを入れ、追い鰹をした。そして、出来上がった料理を皿に取り分け、テーブルの上に並べる。
「すげぇ!あっという間だな!朝から豪勢だぜ!」
「そう?普通だと思うけど…。政宗がいるからちょっと頑張ったかな」
「Thanks!!美味そうだぜ」
私達は向かい合わせに座って朝食を食べ始めた。
政宗の背筋はぴんと伸びていて、とても上品な食べ方をする。流石殿様だ。着ている服がバンドのロゴ入りTシャツで、どこから見てもバンドマンだけど。
私は政宗に見蕩れながらゆっくりと朝食をとった。こんなにゆっくりと味わいながらご飯を食べるのは久しぶりだ。やっぱり誰かと一緒に食べると一段と美味しく感じる。
「この味噌汁、美味いな。味噌以外に何か入っているだろ?」
「うん。出汁が入っているからね。かつおといりこと昆布」
「へえ。それでこくが出てるんだな。この野菜にもその出汁ってのが入ってるだろ?」
「うん。あと醤油ね」
「流石異世界だぜ…。俺のいた世界にはないものがたくさんあるんだな」
政宗は始終感心しながら朝食を食べ終えた。私も食べ終わり、食後のお茶を淹れる。流石にこれは政宗が普段飲みつけている茶の方がおいしいだろうな…。
「粗茶だけど、どうぞ」
「Thanks」
しばらくの間、私達は無言でお茶を啜った。
そっと政宗の方を盗み見る。すっきりとした鼻筋に、睫毛の長い、鋭い眼光。きりりとした眉。溜息が出るほど美しい。黒地に派手なロゴの入ったTシャツが憎いほど似合っている。私の視線に気づいた政宗がニヤリと笑った。
「Hey. どうした?俺に見蕩れたか?」
「ん?Tシャツが似合ってるな、と思って。お茶、あんまり美味しくなくてごめんね」
「いや、美味いぜ。それにしても…」
「何?」
「夢じゃねぇのか、これは。寝て起きても事態が変わらねぇ」
「そうだね…。美紀が…えっと、友達が来ればきっと何かわかると思うんだけど」
「そうか…」
また無言でお茶を飲んでいると、インターフォンが鳴った。政宗が目つきを鋭くして、膝立ちになり、構えを取る。
「政宗、これは友達が来た合図だからそんなに警戒しないで」
「驚いたぜ。敵襲かと思った」
「ふふっ、この国にはそんな敵はそうそういないから安心して」
私はインターフォンの受話器を取った。オートロックのマンションの入り口がモニターに映し出される。モニターの向こうで美紀が手をひらひらと振っている。
「遙~、開けてくれる?」
「うん、わかった」
私は開錠のボタンを押して、受話器を元に戻した。そして、部屋の鍵を開けて待つ。ほどなくして美紀がドアを開けて入ってきた。私は玄関まで美紀を出迎えた。
「遙!元気そうで良かった!!で、幻覚はまだ見えるの?」
「んー、それなんだけど、ここだと見えないんだよね。というか、美紀にも見えるかも知れないから、心の準備をしてね」
「なんか緊張するけど、分かった」
「じゃあリビングに入って」
私は美紀を連れてリビングに入った。そこにはテーブルの前に座った政宗がいる。
美紀はリビングに入ったところで固まった。
「遙…。いつの間に男を連れ込んだの?」
「やっぱり美紀にも見えるんだ…」
「見えるよ!!幻覚なんかじゃないよ!!てか、この人誰?」
「Hey, girls. 盛り上がっているところ悪いが、自己紹介してくれねぇか?」
二人の視線が私に集中した。どう説明すればいいのだろう。
「美紀。あの眼帯をよーく見て。あの顔も。どこかで見たことあるでしょう?」
「眼帯?右目にしているね。あれって刀の鍔?あはは!独眼竜政宗みたい!!…ってか、顔もよく似ているね」
「Oh, あんたも俺のこと知っているみたいだな。俺は奥州筆頭、伊達政宗だ」
その瞬間、部屋の空気がピシリと音を立てて固まったような気がした。美紀がゆっくりと私の方を振り返る。
「あの声、あの顔、どうみても伊達政宗だよね?自分で名乗ったよね!?これってどういうこと!?何でBASARAの政宗がここにいるの!?」
「しーーーっ、美紀!!」
私は美紀を引っ張り、耳元で囁いた。
(自分がゲームの中の人間だって言われたら傷付くでしょう? だからそのことには触れないで)
(あ、そっか。ごめんごめん)
私達の密やかなやり取りを、政宗は怪訝そうな眼差しでじっと見ていた。
美紀がにっこりと笑顔を浮かべて、政宗の方を振り返る。
「私は藤原美紀。遙と同じ大学の医学部生よ」
「美紀か。いい名だな。Nice to meet you」
「Nice to meet you, too」
「ところで大学って何だ?」
そう言えば、昨日、medical school studentって自己紹介したけど、あれじゃあ分からないか。
「政宗、大学っていうのはね、学問を学ぶ所なの。私達は医学部だから6年間学ぶの」
「そうそう。日本には血で血を洗う戦争はないけれど、受験戦争っていうのがあってね。いい大学に入るために血の滲むような努力をしないといけないのよ。遙も私もその受験戦争を乗り越えて、この国最難関の大学に見事合格したわけ。宗の時代の科挙みたいなものだと思ってくれればいいわ」
「宗の科挙か。I see. あんたたちは、eliteってことだな」
「そういうこと」
「美紀!私、そういう話、あんまり好きじゃないんだけど…」
「遙はもっと胸張りなさい。エリートの上、生まれもいいんだから」
美紀は私にパチンとウィンクをした。やれやれと私は溜息を吐く。
「ところで遙、これで幻覚という線は消えたわけだから、何故政宗がここにいるか考えないと」
美紀は腕組みをして考え込んでいる様子だった。
「うん、そうなんだけどね、心当たりは、PS2しかないかなあ」
私はテレビをつけて、PS2の電源を入れた。ハードが立ち上がるが、ソフトが読み込めない。
「あー、これ、故障?」
「うん。政宗がこっちに来てからずっとこうなんだ」
「じゃあ、PS2の故障で政宗がこっちに来ちゃったってこと?」
「それしか考えられないと思う」
「What the hell is that?」
政宗が興味深そうにPS2とテレビを交互に眺める。
「PS2っていう機械なんだけど、多分、これが政宗の世界と繋がっているんだと思う…」
「ねぇ、遙。思ったんだけどさ、新しいPS2でBASARAを立ち上げたら元に戻るんじゃないかなあ?」
「それはないと思う。それなら美紀の家でプレイしても政宗が帰れることになるでしょう?」
「そう言われてみれば、そうか。私、昨日BASARAプレイしたけど何も起こらなかったもんなあ。じゃあ、このPS2を修理に出さないとダメってこと?」
「多分…」
「じゃあ、何も悩むことはないよ。これを修理に出せばいいんじゃん」
修理に出したところで政宗が帰れる保証などない。しかし、それしか方法が考えられなかった。
「遙、修理に出している間、政宗どうするの?」
「ん?私のせいかも知れないし、政宗はうちで面倒見るよ。それくらい問題ないし。部屋余っているし」
「でも、遙、彼氏と別れたばかりで辛くない?政宗と同棲することになるんだよ?」
同棲という生々しい響きに私は頬を染めた。
今朝、間違えてキスまでしてしまったのだから、今更照れることもないのだろうけれど。
「うん、大丈夫…。政宗が帰れるまで私が責任持つ」
じっと私達のやり取りを聞いていた政宗がおもむろに口を開いた。
「帰れるって、いつになるんだ?」
帰れる保証なんてどこにもないけれど、もしPS2の故障が原因だったら修理が完了すれば政宗は帰れるだろう。こちらで時が流れても、ゲームは中断されたままだから、きっと政宗は元の合戦場に戻ることになるだろう。
少し不安そうな政宗を安心させるように微笑みかけて私は答えた。
「多分、1ヶ月くらいかな?こちらで1ヶ月経ってもあちらの時間は止まったままだと思うから心配いらないよ。政宗が失踪したままだと小十郎が心配するからね」
「Oh, 元いた場所と時間に戻れるなら問題ねぇな。問題は、あんたに世話になるってことだが…」
政宗はホッとした様子だったが、また表情を曇らせた。私は政宗の目を真っ直ぐに見て答えた。
「大丈夫。一人も二人も家事の量はあんまり変わらないし。政宗を放っておけないよ。だから、うちにいて?私の責任かも知れないんだから」
「あんたのせいじゃねぇ、気にするな」
政宗は私の頭をくしゃりと撫でた。その温もりに心がふわりと温かくなる。その様子を見て、美紀が頭を振った。
「あー、もう、政宗タラシみたいだし心配だな。遙、本当に大丈夫なの?遙は女の子なんだよ?」
「大丈夫だよ。男の人と住むのは初めてじゃないから」
そう言葉にすると胸がきりりと痛んだ。また元彼のことを思い出す。私は顔を見られたくなくて俯いてしまった。
「ほら、まだ元彼のこと引きずってるじゃん」
「美紀、遙のことなら俺に任せろ。ただで世話になる気はねぇ。前の男のことなんて忘れさせてやるよ」
「すぐにいなくなっちゃうくせにそういうこと言わないの。遙が政宗に夢中になってまた別れなきゃいけなくなったら、遙が傷付く」
果敢に政宗に言い返している美紀の腕を私は取った。
政宗の温もりを思い出す。久方振りの温もりを私は失いたくなかった。例えそれが仮初のものでも。
「やめて、美紀。私が政宗といたいの。だから大丈夫、ね?」
縋るように美紀を見つめる。美紀はしばらく私の目を真っ直ぐに見つめていたが、やがて、仕方がないという風に頭を振った。
「遙がそう言うなら仕方がないね。何かあったら連絡するんだよ?それから、政宗、遙を泣かせたら許さないからね」
「こんなに可愛い女を泣かせるかよ。世話になるしな」
ニヤリと余裕の笑顔を浮かべる政宗を見て、美紀はやれやれと溜息を吐いた。
「じゃあ、早速、PS2を修理に出しに行こうか」
「うん、そうだね。政宗一人ここに置いておけないから一緒に行こう」
「でも、その眼帯、目立つよ?」
政宗は少し傷付いたような表情になり、目を伏せた。
「美紀!そういうこと言わないの!大丈夫。私が何とかするから、ちょっと政宗、こっち来て」
私は政宗に、元彼のブラックジーンズとVネックのサマーセーターを渡した。そして、政宗の着替えを手伝う。
それは驚くほど政宗の身体にぴったりだった。Vネックのセーターからのぞく鎖骨がセクシーだ。丈を心配していたブラックジーンズも、長さがぴったりで、すらりとした脚を強調している。
「政宗、すごく似合うよ」
「Thanks. この着物、動きやすいな」
政宗はそう言うと至極嬉しそうに笑った。私もつられて笑うと、今度はアクセサリーを取り出す。ゴシックでごつい装飾を施されたシルバーのロザリオを政宗の首にかける。そして、同じくゴシックなイヤーカフスを政宗の耳につけていった。
「これは何だ?」
「装飾品。これをつけてればその眼帯も目立たないから」
「Oh, gotcha(わかった)。Good idea.」
仕度が済むと、政宗を連れてリビングへ戻った。政宗を見た美紀が目を丸くする。
「ちょっ、遙!!めちゃめちゃ似合ってるじゃん!!それなら眼帯もアクセサリーの一部に見えるよ!」
「でしょう?私も想像した以上に似合っててびっくりした」
筋肉質な細身の長身を、全身黒い服に身を包み、その眼光と同じくらい尖ったアクセサリーはまるでそれが政宗の所有物かのように似合っていた。
政宗は満足そうにニヤリと笑った。思わず見蕩れて私はポーッとしてしまった。そんな私を美紀がつついた。
「ほら、遙も早く仕度して。もうすぐ出かけよう?」
「うん、わかった」
私もブラックジーンズと赤いホルターネックに着替えた。リビングに戻ると、政宗がひゅうっと口笛を吹いた。
「背中が眩しいぜ。他の男にその肌を見せるのはもったいねぇな。まあ、それが異世界の着物なら仕方がねぇが。すごく似合ってるぜ」
「もう、からかわないでよ。じゃあ、出かけようか」
私はPS2を紙袋に入れると、政宗、美紀と連れ立って電気屋に向かった。
玄関を出ると、女に荷物を持たせるわけにはいかねぇと、政宗がPS2の入った紙袋を持ってくれた。
マンションのエレベーターが動くとすげぇと声を上げ、一歩外に出ると乱立するビルの群れを見上げてまたすげぇと声を上げる政宗。思わずくすくすと笑い出す美紀。私も笑いそうになったけれど、異世界から来た政宗に失礼にあたると、必死で笑いを堪え、遠慮なく笑っている美紀をつついて諌めた。
政宗はそのまま立ち止まり動かないので、私は政宗の手を取り、地下鉄の駅へと歩いて行った。
切符を買い、地下鉄を乗り継いで銀座に向かう。
地下鉄に乗る頃には、政宗は未知の世界を受け入れたようだ。大人しく私に手を引かれてついてくる。もうそろそろ手を離してもいいかな、と思い、手を離すと、政宗は指を絡めるようにして手を繋いできた。
所謂恋人繋ぎというものだ。
思わずハッとして政宗を見上げると、政宗は唇の端を吊り上げニヤリと笑っていた。
「はぐれたら困るだろう?」
「それはそうだけど…もう大丈夫でしょう?」
「あんたを見失ったら困るからな。しばらくこうさせてもらうぜ」
政宗は涼しい顔でしれっと答え、絡めた指にぎゅっと力を込めた。
繋いだ手がとても温かい。
政宗の指はとても長くてしっかりとした関節が男らしくて、彼氏以外の男と手を繋いだのなんて幼稚園以来で、思わずときめきを感じてしまう。
このときめきが指先から政宗に伝わってしまいそうで、私は繋いだ手を握り返すことが出来なくて、そのままされるがままになっていた。美紀は呆れたような笑みを浮かべつつも何も言わなかった。確かにこの雑踏の中で政宗を見失うわけにはいかないのだから。
「遙さぁ、明日の花火大会どうする?私、彼氏と行く予定なんだけど、遙も政宗と来れば?」
「そうだね。行きたいかも」
「花火ってなんだ?」
私と美紀は顔を見合わせた。あれをどう説明すればいいのだろう…。
「美紀。花火って火薬と金属を反応させて色を出しているんだっけ?」
「炎色反応だよね、多分」
美紀がうーんと唸りながら呟く。政宗は訝しげに首を傾げた。
「炎色反応?」
「うーん、説明するより見た方が早いから、明日私と一緒に花火見に行こうか?明日の夜ね」
「ああ、いいぜ。どうせ暇だしな」
私が政宗を見上げて言うと、政宗は口許をフッと綻ばせて答えた。
「遙も浴衣着て来てね。政宗は…ああ、元彼の浴衣あったっけ?」
「うん。とんでもなくド派手なやつが…」
「あはは!大丈夫。政宗なら着こなせるよ。独眼竜は伊達じゃねぇ、you see?だもんね。あれ着たらどこぞのヤンキーだねえ。ふふふ、カメラ持って行かなくちゃ」
「What?妙なもん着せたらただじゃおかねぇぞ」
政宗が眉間に皺を寄せ、鋭い眼光で美紀を睨んだ。私は小さく笑って、政宗の手を握り返した。
「そんなに心配だったらうちに帰って見てみてよ。気に入らなかったら普通の格好でいいからさ」
「Okay. 花火の時だけ浴衣か。浴衣で外出だなんてcrazyだな。やっぱり異世界って変わってるぜ…」
そう言えば、浴衣って昔のパジャマだと思い当たる。そんなものを着て外出するなんてcrazyだろう。でも、きっちり着物を着こんで真夏に外出する方がよっぽどcrazyだ。
地下鉄のドアが開いたので私達は会話を止め、ホームに下りた。
改札を出て地上に出るとギラギラとした日差しがアスファルトに反射し、熱気でむんむんとしている。
「暑いな…。奥州の夏と比べもんにならねぇ。大阪だってこんなに暑くなかったぜ?」
「コンクリートの照り返しがきついもんね。政宗、大丈夫?もうすぐ涼しい所に入れるから我慢してね。…暑いから手繋ぐの止めようか?」
私が手を放そうとすると、政宗はぎゅっと手を握ってきた。拗ねた子供のような顔をしていて何だか可愛らしい。
「それとこれとは話が別だ。城下も結構人がいるが、こことは比べ物にならねえ。手を放してあんたがふらふらとどこかに行ったら困るからな」
「ふらふらとどこかに行くのは政宗じゃないの?」
美紀が悪戯っぽそうに笑う。
「ぁあっ!?可愛くないことを言うのはどの口だ!?」
政宗は私の手を放し、美紀の頬を抓った。
「いったーい!!何すんのよ!!」
「うるせぇ!!あんたが悪い!」
まるで子供のように戯れているような美紀と政宗が少し羨ましかったけど、それ以上に、可笑しくて、私は声を上げて爆笑した。
すると、政宗は美紀を抓るのを止め、私をまじまじと眺めた。そして、唇の端を吊り上げ、至極嬉しそうに笑い、私の頭をそっと撫でた。
「やっとあんたの笑顔が見られたな。あんたはやっぱりそうやって笑っている方がcuteだぜ」
ふわりと笑った政宗の笑顔があまりにも綺麗で、私は思わず見蕩れた。
「政宗のタラシ~」
「何だと、コラ!!」
「キャー、遙、私先行くね!!」
逃げる美紀も嬉しそうだ。心なしかホッとしたような顔をしているのは、やはり私に笑顔が戻ってきたからなのだろうか。政宗は美紀を追わずに、再び指を絡ませるようにして私の手を握った。
「全く口の減らない女だぜ。あいつは放っておいてゆっくり行こうぜ」
「暑いからそうそうゆっくりもしていられないけどね。私達も行こう?」
私達は手を繋ぎながら銀座の雑踏をのんびりと歩いた。繋いだ手がとても温かくて心地良くて。この温もりをずっと手放したくなかった。
電気屋に着くと、入り口のドアの中で美紀が待っていた。
「私、携帯と音楽プレイヤーを見てるからさ、遙と政宗はPS2を修理に出してきなよ」
「うん、わかった。政宗、行こう?」
「Okay」
店の奥へと進むと、ゲーム売り場があった。その入り口では発売されて間もない戦国BASARA2のデモ画面が流れていた。出来れば政宗には見せたくなかったのだけれど、政宗はその画面を見つめたまま固まっている。
「Oh my God, dude!!俺と小十郎が箱の中にいるぜ…」
「政宗、これはね、箱の中に人間がいるんじゃなくて、映像だけを流しているんだよ。政宗と小十郎はこちらの世界でも有名だからゲームになっているの」
「Game?遊戯のことか?俺達をgameのcharacterにするなんてな。Crazyだぜ…」
画面が切り替わり、オープニング画面になる。政宗と幸村が戦う場面になると、政宗の眼光が鋭くなった。
「真田幸村もいるのか。あいつも有名なんだな」
「うん、そうだね」
私は、政宗をそのままにしておくべきか迷った。政宗はデモ画面の前から動く気配がない。
「政宗、どうする?しばらくこれを見ている?政宗は異世界からやってきたから、そのことがバレると大騒ぎになるし、出来れば騒ぎを起こさないで欲しいんだけど。やっぱり異世界から人がやってくるって現実じゃ滅多にないことだから、バレたら大変なことになるんだよ?政宗は有名人だし」
「Ah~、let's see. もうしばらく見ててもいいか?あんたの言う通り、不審な行動は取らねぇ。安心しな。この機械を修理に出すんだろ?俺はここで待ってるから行ってこい」
「うん、わかった。なるべく早く戻ってくるから」
「Gotcha. See you soon.」
私は政宗からPS2の入った紙袋を受け取ると、サービスカウンターへと向かった。古いタイプのPS2を修理に出す事に不審がられ、最新機種を勧められたけれど、私は修理を依頼した。部品の取り寄せなどが生じると、修理完了に時間がかかるらしく、やはり1ヶ月くらいはかかりそうとのことだった。
それでも、政宗が帰れる可能性にかけるしかない。私は伝票を受け取り、政宗の元へと戻った。
先ほど別れた時と寸分変わらぬ姿勢で政宗はデモ画面を見つめていた。政宗の腕を少し引くと、身体をびくりと震わせ、政宗は私の方を振り返った。
「Oops, sorry. 夢中になってたみたいだぜ」
「修理、やっぱり1ヶ月くらいかかるみたいだって」
「そうか。あんたには世話になるな、悪ぃ」
申し訳なさそうに視線を落とす政宗に、私は笑顔で首を横に振った。
「いいよ。政宗のせいじゃないもん。BASARA2面白かった?」
「ああ。名前は聞いたことがあるが、顔は知らねぇ武将も出てきたからな。技の情報も多少はあった。帰ったら小十郎とこれからの戦について話し合わねぇとな」
「そう。政宗が退屈しなくて良かった」
画面に目を戻すと、政宗のオープニング画面が流れているところだった。私は思わず、画面の政宗と隣に並んでいる政宗を見比べ、そして、小十郎を見つめた。
「小十郎ってさ、格好いいよね。声も渋いし、頼れる兄貴って感じで。小十郎の声を聞くと何かドキドキする」
「あんた、小十郎みたいなのが好みなのか?」
「ん?結構好きだけど?」
政宗を見上げると、少し不機嫌そうな顔をしていた。私は不思議に思って首を傾げた。
「政宗も小十郎のこと好きでしょう?本当のお兄さんみたいに思っているよね?」
「まあ、それはそうだが…shit!I can't explain(畜生!説明出来ねぇ)」
政宗は再び私の手を取り、指を絡ませぎゅっと握り締めてきた。
「遙。俺は…?」
「え…?」
「いや、何でもねぇ。Never mind.(気にすんな)」
そう言った政宗の表情が少し寂しげで、少し気になったけど、とても追求できるような雰囲気ではなかった。
私は話題を切り替え、美紀を迎えに行こうと提案した。
「Ah~、あの女なら放っておいても良さそうだけどな」
「もう、そういうこと言わないでよ。私の親友なんだから」
「ああ、そう言えばそうだったな」
政宗は悪戯っぽく笑うと、私の手を引いて歩き出した。
「Okay, let's go!」
私は政宗と手を繋いだまま、美紀のいるフロアへと向かった。
音楽プレイヤーを物色していた美紀が、私達に気付き、手を振った。
「遙、どうだった?」
「修理、1ヶ月かかるって」
「そうなんだ。その間、政宗の面倒見るの大変かも知れないけど、何かあったら声をかけてね。それで、この後どうする?」
心配そうに問いかける美紀に小さく笑って答える。これ以上心配をかける訳にはいかない。
「うーん、特に用事はないんだけど」
「折角銀座に来たし、私はネイルサロンに行ってくるね。大学ある間は、実験があるからネイル出来ないじゃない?折角の夏休みだし、スカルプしてくる」
「うん、わかった。じゃあ、私は政宗と出かけるね」
「Oh~、やっと遙と二人っきりになれるな」
人の悪そうな笑みを浮かべて政宗は美紀を挑発した。すぐに美紀は政宗に食ってかかった。
「政宗、遙に変なことしたら承知しないからね!」
「するかよ。俺の恩人だしな。大切に可愛がってやるぜ」
「もう、美紀も政宗も止めてよ。私達なら大丈夫だから、ね?」
二人の間に入り、交互に宥めるように視線を合わせると、ようやく美紀がやれやれというように溜息を吐いた。
「はぁ、しょうがないね。んじゃあ、くれぐれも気を付けてよ」
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。じゃあね!」
溜息を吐いて頭を振っている美紀に別れを告げて、私達は電気屋を出た。途端にむっとした熱気に包まれた。隣を歩く政宗を見上げると、げんなりとした顔をしている。
「暑いね…。どこかに入ってアイスクリームでも食べようか? フラペチーノでもいいし」
「アイスクリーム?フラペチーノ?What are they?」
「うーん、冷たいお菓子ってところかな。政宗は甘いの大丈夫?」
「It depends.(程度によるな)あまり甘いのは苦手だ」
「じゃあ、コーヒーショップに入ってフラペチーノを食べようよ」
「あんたに任せるぜ」
電気屋から少し離れた所にコーヒーショップがある。そこで私達はフラペチーノを注文し、ゆったりと寛いだ。
クーラーで冷やされたひんやりとした空気の中で、冷たいフラペチーノを食べるのはとても贅沢な時間だ。ほろ苦いコーヒーと濃厚なクリームの味が、政宗の気に入ったらしい。嬉しそうな顔をして、ストローからゆっくりとフラペチーノを飲んでいる。
「あんたの世界、高い建物ばかりだな。目が回りそうだぜ」
「うん、そうだね。でも、もっと高い建物から遠くが見渡せるよ。天守閣から城下を見る感じかな。でもね、夜になると、灯りがついて、とっても綺麗なんだ。そのうち見に行こうか?」
「Really?それは楽しみだぜ。で、この後はどうする?」
「特に決めてはいないんだけど。遊びに行く?」
『遊び』と聞いて政宗の目がキラキラと輝いた。
「遊びか?どんな遊びだ?」
「ん?海外から伝わってきた遊びなんだけど。ビリヤードって言うの」
「ビリヤード。聞いたことがねぇな。城にいる時は政務ばかりだし、戦の戦略と戦続きだろ?子供の頃は、勉強と武芸の鍛錬ばかりだったし、あんまり遊んだ記憶がねぇんだよ。異世界に飛ばされたことだし、この機会にゆっくり羽を伸ばすか」
政宗は寛ぐように伸びをして、そしてふわりと笑った。
「ふふっ、私も大学がある時は忙しくてあまり遊べないから、政宗と遊べて嬉しいな」
「Glad to hear that. じゃあ、早速行くか?」
「うん!」
コーヒーショップを出て、今度は渋谷に向かう。馴染みのビリヤード場があるし、夕飯の食材を買うのに都合がいいからだ。
地下鉄を乗り継いで渋谷に向かってる最中も、ずっと政宗と手を繋いだままだった。もう、それが当たり前のように感じてしまうほど、政宗の手の感触に馴染んだ自分がいる。
ついこの間、彼氏と別れたばかりだというのに、政宗の隣は居心地がよい。
政宗はいずれは消えてしまうのに。
ずっとこのまま温もりを感じていたい。そう願わずにはいられなかった。