※この作品はR-18です。

Eternal Flame 第一部   作:haruka0311

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何かの予感

 Why does my heart beat so fast?

 Why do I feel this sweet heartache?

 Why?

 Somebody, tell me why…

 

*  *  *

 

 ぷっつりと途絶えた意識が段々と浮上してくると、仄白い明かりが優しく目蓋の裏を照らした。眉を顰めながら、薄っすらと目を開けると、視界には亜麻色の長い髪が広がっていた。

 軽く身じろぎをすると、確かに感じる柔らかな温もり。遙は俺の腕の中にいる。

 まだ眠っているのか、遙の肩は規則的に少し上下していて、安らかな寝息がかすかに聞こえる。

 後ろから抱えても、俺の腕に余るほどの細い身体。

 遙の温もりが心地よくて。俺の腕の中で安心しきって眠っている遙が妙に愛しくなって。俺は抱き締める腕に少し力を込めて、遙の髪の毛に顔を埋めた。さらさらとした髪の感触が頬に心地よい。

 女を腕に抱いて、こんなに穏やかな気分でいるのなんて初めてだ。いつもは劣情に任せて好きなだけ抱いて、女を悦ばせて、情事の後に残るのは倦怠感だけだ。だから、夜が明ける前に、早々に寝所を出て、すぐに自分の部屋に戻る。女と朝を迎えたことなどない。

 俺の胸に押し付けるように、遙の細い腰を抱き寄せてその温もりに溺れていると、遙が身じろぎをし、覚束ない手つきで、目をこすった。そして、小さく欠伸をすると、身体を起こそうとした。俺はそうさせまいと、抱く腕に力を込める。

「政宗、おはよう。いつ起きたの?」

「まだ眠い」

 疲れているわけではない。特に眠たいわけでもない。

 ただ、柔らかな温もりを抱きながらまどろんでいたかった。遙の隣は酷く心地がよい。

 いつも刺客に狙われていたせいなのかも知れない。母親にすら命を狙われたこの俺だ。安らげる場所などなかった。生まれて初めての、この平和で怠惰な朝をもう少し味わっていたかった。

 ここには俺が欲しかった温もりがある。

「そうなの?今日は花火くらいしかする事ないし。お腹が空くまで寝てようか。お昼過ぎに起きれば十分だね。私ももう少し寝たい…かも。何か…政宗の…腕の中が…気持ちよく…て…」

 遙はマジで眠そうだ。最後の言葉ははっきりしねぇ。

 また一つ欠伸をかみ殺すと、遙は寝返りを打ち、俺の胸に頬を寄せて、Tシャツをきゅっと掴み、またゆるゆるとまどろみ始めた。

 細い指が触れたところが妙にくすぐったい。心の底がふわりと温かくなって、胸の奥が温かいのに、何故か少し切ない。

 この気持ちは一体何なんだ?今まで感じたこともねぇ。

 ただ一つ分かることがある。俺はこいつを守らなければならない。傷付き疲れ果てたこいつを。遙が望むのなら、いくらでも抱き締めてやる。俺は遙を抱き寄せ、額に軽くkissを落とした。幸せそうに、遙の口許が緩む。

 そうだ。あんたは、そういう風に笑っている方がcuteだぜ。俺に前の男を重ねて見ているだけかも知れねぇが。

 …前の男を重ねて…。

 そう思い当たって、心が暗く沈んでいく。

 遙…。いつになったらあんたは俺だけを感じて、俺だけを見てくれるんだ?それでも、遙が幸せそうに吐息を漏らし、身を委ねてくるから。俺はその顔をずっと見ていたくて、飽くことなくさらさらの髪を梳いたり、抱き締めたり、額に口付けを降らせていた。

 やがて、遙の規則正しい寝息を聞いているうちに、俺も段々と眠くなって、再びうとうととまどろみ始めた。

 いつまでも、こういう朝が続けばいい…。

 

 次に目覚めたのは、遙の携帯電話がけたたましく鳴った時だった。遙は眠そうに目をこすりながら、手探りで枕元の携帯を探す。まだ覚醒しきっていない、覚束ない手つきに俺は苦笑いを漏らし、携帯電話を手渡してやった。

 遙と指先が触れ合う。と、ドクンと胸が脈打つのを感じた。胸がきゅっと締め付けられるように、少し苦しい。でも、不快ではない。

 これは一体何なんだ?

 こうして抱き合っているのに、指先が触れ合うくらい今更じゃねぇか。でも、触れ合った指先から、微電流が走るような感覚が身体を走り抜けるのを感じ、俺は戸惑った。

 遙は相変わらず眠そうに、欠伸をかみ殺しながら、寝返りを打ち、電話に出た。

「もしもし、美紀?…うん。行くよ。…5時に浅草?今何時?…うっそ、もうそんな時間?うん…うん、わかった。大丈夫かなぁ、そんなに友達呼んでるのに政宗連れて行って。私、別のところで政宗と見るよ。……もう、強引だなあ。でも、場所取っておいてくれるならそれもいいかな。うん…うん、わかった。じゃあ、ご飯食べて着替えて出かけるね。うん、じゃあね、バイバイ」

 遙の携帯電話から微かに美紀の声がする。相変わらずきゃらきゃらと笑いながらhigh tensionに話している。遙がおっとりとしているから、このくらい元気な女の方が合うのかも知れない。

 電話で話しながらも、遙はまだ眠そうで、まるで子供のように目をこする様子がcuteで、俺は思わず笑みを漏らしながら、髪の毛をかきあげてやった。くすぐったそうに遙が目を細める。長い睫毛が頬に影を落としている。

 そんな仕草一つ一つを目にする度、さっきも感じた胸の疼きがこみ上げてくる。思わず抱き締めてkissしたい衝動にかられるが、昨日、口付けた時にハッとしたような遙の表情を思い出す。その瞳に映っていたのは恐れと後悔。またあんな表情、させたくない。

 電話を閉じた遙は、携帯電話を握り締めながら、うーんと唸って伸びをした。白い首筋が露になる。その艶かしさに俺は息を呑んだ。

 今まで俺が抱いてきたのは、俺を奥州筆頭として見ている女ばかりだった。その道のプロもいれば、ほんの戯れの女もいた。ただ、共通しているのは、閨で寝乱れても、決して隙を見せないところだった。

 遙はあまりにも無防備すぎる。そんなところが新鮮で、また可愛らしくもあった。

 こんなに無防備なのは、素なのか。それとも、俺に気を許しているからなのか。

 ……俺に前の男を重ねて見ているからなのか……?

 また昨日感じた狂おしいほどの感情が蘇ってくる。

 遙が俺を通して前の男を想っている事を感じるたび、他の男の事を話すたびに胸の奥で渦巻いた、形容しがたい狂おしい感情が。身を焦がすような想いに俺は戸惑い、俺はすっと目を逸らした。

 ひとしきり伸びをした遙は、身体を起こそうとした。

 俺は自分の心を誤魔化すように、わざとじゃれ付くように遙を抱き寄せた。遙はくすぐったそうにくすくすと笑う。

「Hey, 今日はGood morningのkissはしてくれないのか?」

 からかうように言うと、遙の色白な頬が薄っすらと染まる。

「もう、昨日は間違えたんだってば。あ、でも…」

 ふと思案するような表情になったので、俺は遙の顔を覗き込んだ。すると、遙のしなやかな腕が俺の首に巻きつき、すぐに、頬に柔らかい唇の感触。

「添い寝してくれたから、お礼。おはよう、政宗。もう、昼過ぎだけど」

 遙は照れたように笑った。

 不意打ちのキスに俺の方が戸惑った。数多の女を抱いてきたのに、こんな気持ち初めてだった。胸が甘く疼いて、どうしていいか分からなくなる。

 それでも俺は余裕の笑みを浮かべ、遙の後頭部を引き寄せ、頬に口付けを落とした。

「Good morning, 遙」

 柔らかな頬に口付けるとさらに増す心の疼き。What the hell is this?

 俺は昨日から一体どうしちまったんだ?

 それを隠すように、一層遙をきつく抱き締めると、解放した。

「I heard you talking.(聞いたぜ)。出かけるんだろう?仕度をしないといけねぇな」

「うん。じゃあ、ベッドを片付けて、ご飯を食べよう?あ、浴衣に着替えるから、このままの格好でご飯でいいからね」

 ベッドを片付けると、遙はすぐに台所に立った。手伝おうかと思い遙の隣に立ったが、遙は手際よく野菜を切って皿に盛り付け、昨日の味噌汁を温めて、ご飯をよそった。

「昨日より手抜きでごめんね。目玉焼きでも、作ろうかな」

「目玉焼き?」

「うん、鶏の卵を焼くんだよ」

「随分と豪勢じゃねぇか」

「そう?政宗が喜んでくれるなら作ろうかな」

 遙は冷蔵庫から卵を取り出すと、鍋を温めて卵を焼きだした。ちなみにこの鍋はフライパンというらしい。Frying Panか、なるほどな。

 冷蔵庫には卵がいくつも並んでいて、俺は驚いた。卵は貴重だ。城では簡単に手に入るが、それでも毎日食べるものじゃねぇ。そう言うと、遙はくすくすと笑って、この世界じゃ最も安いたんぱく質源の一つなのだと教えてくれた。

 すぐに卵は焼きあがり、食卓に並べられた。Saladと味噌汁とご飯、そして目玉焼き。野菜は小十郎の野菜には劣るが、食べたこともない野菜もあって、物珍しかった。

 遙は料理の手際がいいだけでなく、料理も上手い。

 ゆっくりと話をしながら食事を終え、のんびりと寛いでいたら、時計を見た遙がハッとしたような表情になる。

「うわ、あと30分で出かけなきゃ。政宗、浴衣出すからこっちの部屋に来て」

 遙が立ち上がり、俺の手を引いて奥の部屋へと導いた。壁についている扉を開けると、中には引き出しがあり、所狭しと服が吊るされていた。引き出しを開けると、遙は着物の入った白い包みを俺に差し出した。

「あの、気に入らなかったら着なくていいからね、本当に。似合う人には似合うんだけど。政宗、趣味が良さそうだから、嫌だったら着ないでいいからね」

 何をそんなに心配しているのだろう。

 俺は訝しく思いながら、着物の包みを開けた。

 中から出てきたのは、どうやら大きな柄が染められている着物のようだった。

 黒地に銀色の染め抜きだ。

 …銀色の染め抜き?

 銀糸で織られているのなら分かるが、何故、染め抜きで銀色なんだ?

 俺は頭に疑問符を浮かべながら着物を広げた。綿でもない。麻でもない。絹でもない。

 不思議な手触りの布だった。

 そして、布の裏は白っぽく、これは染め抜かれているのではないと気付く。

 一体、これはどういう類の布なんだ?流石異世界だと驚く。黒地の着物の背には、銀色に輝く竜が描かれていた。明の絵巻にある竜とは違う。南蛮のdragonだ。

「不思議な布だな。見たこともねぇ。染めが銀色だぜ」

「あの…だから、無理して着なくていいからね…」

「独眼竜に相応しい着物じゃねぇか。とんだ歌舞伎者に見えるかも知れねぇがcoolだぜ。気に入った」

「本当?」

 心配そうだった遙の表情が輝く。

「政宗なら似合うと思うよ。はい、これ、帯。玄関に下駄を出しておくね。私も食器を片付けたら着替えるから」

 遙は自分の着物の包みを持って部屋を出て行った。遙の着物を見たかったが、着替えてからのお楽しみだと悪戯っぽく笑われて、柄にもなく、また胸の奥が疼いた。

 本当に、俺、どうかしちまってる。手早く着替えて、帯を貝の口に結ぶ。

 さっきの扉の内側に大きな鏡があったので、自分の姿を写してみた。

 こんなに大きな鏡、見たことがねぇ。城に帰ったら作らせてみるか。

 竜の柄も、悪くねぇ。なかなかcoolだぜ。

 大きな鏡が物珍しくて、しばらく眺めた後、俺は部屋を出た。台所には遙の姿はもうなかった。

 リビングから繋がっているもう一つの奥の部屋に入ろうとすると、遙が声を上げる。

「ダメ!!まだ入っちゃダメ!!着替え中だから。あと、化粧も」

「仕方がねぇな。どれくらいかかりそうだ?」

「あと、15分くらい」

 15分ってのは、四半刻の半分のことらしい。そう時間はかからねぇな。

「I see. 外で煙草吸っててもいいか?」

「うん、いいよ。すぐ行くから!」

 俺は灰皿と煙草を持って、外に出た。相変わらず、眼下には自動車の群れがものすごいspeedで走っている。異世界の服を着た人間達が忙しそうに道を歩いている。そんな中で、慣れ親しんだ着物を着ている方が何だか違和感があった。

 ライターで煙草に火を点け、煙を軽く吸い込んでからゆっくりと煙を中空に吐き出した。

 煙管で吸う煙草よりも軽い。煙管で吸うと、2、3回吸ったらすぐに煙草を詰め替えなければならないが、異世界の煙草はしばらく持つから便利だ。

 灰皿に灰を落としながら、初めて遙とここで煙草を吸った時のことを思い出す。

 あいつは、深く煙を吸い込んだ後、唇を煙草から離し、さらにもう一つ深く吸ってからゆっくりと煙を吐き出す。俺もイラついている時や、疲れている時にはそういう吸い方をすることもある。それだけ、遙が病んでるということだ。

 俺は手すりの上に置いた煙草の箱を手に取った。黒く印刷されているMarlboroの文字。

『Men always remember love because of romance only. 男はロマンスでしか愛を覚えていられないんだって…』

 そう言った、遙の寂しそうな、辛そうな表情が蘇る。

 俺は…romanceですら愛を覚えていない。いや、愛なんて感じたこともない。

 女を抱くのは戯れと劣情の捌け口だ。Romanceですらないのかも知れない。ただ、その場で女を悦ばせて、gameのように それを楽しむだけだ。

 それでも…もし、誰かを愛することがあるのなら…。

 戯れのようにromanceの中で見せかけの愛を紡ぐのではなく、ただ一つの愛を貫きたい。そう願った。

 遙に、Marlboroの曰くを否定してやりたかった。

 物思いに耽りながら、3本目の煙草を吸い終わる頃、扉が開いた。その気配に振り向く。

 俺は目を瞠った。

 蒼紫色の浴衣には、薄紫色の紫陽花が散りばめられていた。銀糸が織り込まれている白い帯が上品だ。

 亜麻色の長い髪を後ろでゆったりと纏め上げている。露になった白いうなじが艶かしい。頬には薄っすらと紅をさし、長い睫毛が、先ほど見たよりも一層長く濃くなっていて、目の際に施された化粧が、何ともいえない色気を醸し出している。

 まるで、南蛮の人形のように美しい。

 唇も、薄っすらと紅が塗られ、どういう化粧の類かはわからないが、艶かしく光を反射していた。

 美しい女なんて見慣れているはずなのに、遙の姿に視線が釘付けになる。

「どうかな?やっぱり着物を見慣れた政宗から見たら、何かおかしい?」

 そんな俺の視線を勘違いしたのか、遙が心配そうに俺の顔を覗き込む。

「いや、そんなことないぜ。You are so beautiful. I was surprised.」

「よかった」

 ホッとしたように遙が微笑む。

 俺に歩み寄るその足取りは危なっかしい。

「下駄が久しぶりだとやっぱり歩きにくいな」

 同じく紫色の巾着を手に持った遙がひょこひょこ歩いてくる。

「Donʼt worry. 俺がちゃんとescortしてやるよ」

「あ、待って!鍵かけるから!」

 遙は鍵をかけると、灰皿を玄関の扉の横に置いて、煙草を巾着にしまった。

 いつもより歩幅が狭い遙の手を取り、ゆっくりと歩く。昨日もこうして手を繋いだのに、昨日と違う俺がいる。

 今日の俺は、どうしようもなく遙の一挙一動、その姿に魅せられ、平静ではいられない。触れた指先からこの動揺が遙に伝わってしまうのでは、と思い、そっと手を握ることしか出来ない。

 そんな俺の心配をよそに、遙は指を絡ませ手をしっかりと繋いでくる。

 遙を見下ろすと、花が綻ぶような笑みを向けられた。

 また胸の奥が苦しくなる。

 一体、俺は、どうしてしまったんだ…?

 

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