ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
第1話
彼女はつり目で目付きが悪く、何時も苛ついていた。
身長185cm 。暴力的で喧嘩っ早い彼女は、クラスのみんなの鼻つまみ。
成績はよくない方。態度が悪く、何処にでも唾を吐く。制服は少し着崩している感じで、ブラウスのボタンは胸元まで開いている。
だから、放課後の教室で彼女と二人きりになったとき、
(ちょっと終わったかも)
なんて考えた。
「2000円でヤらせろよ」
それが、彼女のぼくに対する第一声。
「…………」
驚きで言葉もなく。
頭の中は疑問符で一杯だった。
何故、ぼく? 2000円? よくわからないけど、2000円あれば助かる。照り焼きバーガーのセットを三回食べてお釣りが出る。
「で、どうなんだ?」
身長150cm のぼくを見下ろし、彼女はイラつきを隠さない。ブレザーのポケットに手を突っ込み、小さく舌打ちした。
ぼくは少し考えて、言った。
「いいよ」
茜色の夕陽が射し込む二人きりの教室で、ぼくが童貞を投げ売りした瞬間だった。
「……」
彼女は少し目を泳がせて、在らぬ方向を見詰めた。
「こんな気持ち、初めてでよくわかんない……合ってるか?」
「……? ごめんなさい。よく分かんない」
彼女は険しい表情で首を振った。
「アタシも。まぁ、いいや。付いて来な」
その後は顎をしゃくって歩き始めた彼女の背中を追った。
普通に歩く彼女。
てくてくと歩くぼく。
身長差のせいか歩幅がぜんぜん違う。あっという間に引き離された。
遅れたことを怒るかと思ったけど、彼女は苛ついた様子は見せず、通路の先で待っていてくれた。
「ありがと、新城さん」
「……」
彼女は立ち止まり、何故か不服な表情だ。言った。
「呼び捨てでいいよ」
「……?」
「名前」
「ああ……」
ぼくは頷いて、先を促す。
「わかった。行こ、新城」
「って、上の方か……」
新城の何が気に入らないのか、唇を尖らせている。
先に行ってくれないと、何処に行くのかわからない。ぼくも足を止めた。
「どうしたの、新城」
「呼び方」
「SHINJO?」
ガクッと新城の肩が落ちた。
「ざけんな」
「SHINJOY?」
新城は怒ったようだ。苦笑いしながら拳骨を振り上げ――
ぼくは、その拳骨を見詰めている。
新城は、ぎくりとして握り拳を引っ込めた。
「い、今のなし。無しの方向で……」
「……そう? 殴ったらすっきりするのに」
新城は軽く唇を噛み締め、無言だった。
暫く見つめ合った。
「行こ、新城」
「呼び方……」
「そんな仲良く、ないよね」
新城は、何て言うか不思議な表情。眉を八の字にして、大きい身体がいつもより小さく見えた。
日中は何時も気分悪そうなしかめっ面の新城らしくなかった。
「オマエ、アタシが怖くないんかよ」
「……」
ぼくはまた少し考えた。
「……ちょっぴり怖い。でも、ちょっぴり可愛い」
新城は下唇を突き出して、それから満更でもなさそうに頬を緩めた。
(あ、笑った……)
新城 馨(かおる)は目付きが悪く、態度も悪い。ところ構わず唾を吐く。クラスのみんなの鼻つまみ。
時代遅れの長めのスカートを履いていて、髪は茶色に染めている。
「アタシは客だからな。そのつもりで優しくしろよな」
その後の新城は、つんとすました表情で、振り返らずに歩いた。
校舎を出て、グランドを横切り、フェンス裏の方に歩いていく。
ぼくもその後に続いた。
新城がやって来たのは、屋外にある運動部の部室だった。
金属製のドアには『陸上部』と書かれたプレートが斜めになって張り付いている。
「ここ」
言って、新城がドアを開くと、部室の中から、むわっと煙草臭い空気と柄の悪そうな笑声が漏れ出す。
陸上部は3年前、過剰なしごきが原因で死人が出た。その後、組織ぐるみのイジメが発覚し、半年の活動停止の後、廃部になった。
以降、部室はDQNの溜まり場になっている、らしい。ぼくが入学する前のことだから、それ以上のことは知らない。
煙草の匂いに辟易する。
「行くぞ」
新城に背中を押され、部室に入った。
中には6人の生徒がたむろしている。
女四人。男二人。煙草を吸いながら歓談していて、少し驚いたように此方を見たものの、反応はその程度だった。
新城はここの常連のようだ。他の連中に変わった様子はない。
新城が言った。
「奥、空いてる?」
「あー、使ってるわ」
答えたのは女子生徒の一人だ。新城ともそれなりの関係なのか、口調は砕けた感じ。
「そ、じゃ待つわ」
陸上部は小さいながらも二つの間取りがある。新城は奥の一室でいたすつもりでいるようだ。
「え、御影……?」
ふと名前を呼ばれ、そちらに向き直る。
「あ、シュウ」
そこにいたのは、剣道部の秋月(あきつき) 蛍(けい)。クラスでは真面目な方で、こんな場所では珍しい顔だった。
「シュウ?」
ひくっと新城の眉が動いた。
シュウは結構いいヤツで、ぼくにも気さくに話し掛けて来てくれる。因みに、『シュウ』はぼくが付けた渾名だ。秋月の『秋』の字の読みを替えただけ。
シュウは露骨に目を泳がせた。
「え、御影、新城? 奥……?」
持っている煙草に目を向けると、シュウは慌てて煙草を放り投げた。
隠さなくてもいいのに。
少し驚いたけど、人なんてそんなものだ。何処かに秘密がある。
新城が眉を寄せてぼくの顔を覗き込んだ。
「仲、いいんだ」
「まぁまぁかな」
答えて、ぼくが部屋の隅にある長椅子に腰掛けると、新城も隣に腰掛ける。
新城は、ぴったりとくっついて座り、ぼくの肩に手を回してきた。
「な、な……なんで御影が!?」
シュウは動揺して、ぼくと新城を見比べた。
「なに?」
新城はぼくの頬を指でつつきながら、シュウを煽るように鼻で笑った。
「……!」
シュウも新城に負けないくらい背が高い。すっ、と席を立ち上がり興奮して言った。
「御影、なんで新城なんかと一緒なの!」
それは、少し悲鳴に近かったと思う。
「奥使うって、意味知ってんの!?」
「……知ってる、と思うけど……」
新城がくつくつと笑いながら、ぼくの後ろ髪を指で擽るのでちょっと鬱陶しい。
シュウの眉がつり上がった。
「ここは御影が来ていいところじゃない」
「……シュウならいいの?」
「……っ!」
成り行きを見ていた五人が、プッと吹き出した。
それを見た新城が言った。
「はい、論破」
「喧しいっ!」
シュウは納得できないというように、何度も首を振った。
「何なの! 御影は新城とどういう関係なの!!」
その瞬間、今度は新城が動揺し始めた。シュウから視線を逸らし、言葉を探すように口を噤んだ。
訳がわからない。
口数の減った新城の様子に勢い付いたシュウが益々いきり立つ。
「二人はろくに口を利いたこともないよね、どうなの!」
なんでぼくがシュウに怒られなきゃならないんだ。
だから、言った。
「新城とは、一回2000円の関係だよ」
これを言ったときのシュウの顔を、ぼくは一生忘れないだろう。
シュウは口を半開きにして、虚ろな目付きになった。
「に、2、000円……?」
これに反応したのは、シュウの連れの五人だ。手を打って大爆笑した。
「だっは! 新城鬼畜!!」
「2000て……」
「安!!」
「新城って御影みたいなちびっこが趣味なの」
「まぁオナニーに金使うと思えば」
口々に感想を言って、五人は抱腹絶倒の勢いで笑った。
笑ってないのは、ぼく以外にはシュウと新城だけだ。
「……るせえな」
新城は苛ついたのか、ぺっと唾を吐き捨てた。
シュウが、ぽつりと呟いた。
「……淫売」
「うん」
ぼくを見詰めるシュウの瞳はつや消しの黒で、何の光も映していなかった。
蔑みと、嫌悪。それだけ。
奥の部屋の扉が開いた。
中から真っ赤な顔の女の子と、やたらスッキリした感じの男子生徒が出てきた。
「いや、おまたせ~」
自分のしていることは理解しているつもり。
次はぼくの番だ。
「行くよ、新城」
「あ、うん。えへへ……」
頭の悪い新城は、照れ臭そうな笑顔。
奥の部屋から出てきたとき、ぼくはビッチになる。
お金が、ほしいんだ。
この日、ぼくはビッチになって、学校の帰りに照り焼きバーガーのセットを食べた。