ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
この日、ぼくが抱えていた負債が限界に達した。
突き抜けるような青い空。群青色の海にはカモメが一羽きり飛んでいて、遠くから漁船の鳴らす警笛が聞こえる。
昔、父さんと歩いた海までの道を思い出した。
何処までも続く長い道。
アスファルトの上には靄のように陽炎が立ち上っている。
ぼくは父さんを追って、這うようにして必死にその長い道を進んだ。
優しいだけが愛じゃない。
そういう昔話。
◇◇
海の見えるホテルを出て、車中のぼくらはお互いに口を噤んでいる。
ドライブ中のいつものカオルなら、ぼくを退屈させないように近くのB級グルメや意外なレジャースポットについてお喋りするんだけど、今朝は前を向いて無言。
カオルは真剣な表情で何か考えを巡らしているように見える。
きっと……ある程度の自信があるんだと思う。
少しでも弱気な態度を覗かせれば言葉を引っ込めるつもりでいたけど、その心配はなさそうだ。
「カオルの、一番カッコいいとこが見たい」
「……あぁ」
カオルはクスッと笑って頷いた。
それから後は自然だった。海岸線沿いに車を走らせるカオルは、やっぱり黙ったままだったけど、そこに感じるのは優しい沈黙だった。
『アスリート』新城馨の身体の解析は終わっている。ビーチバレーを選んだのは偶々目に入ったからで、本当は何でもいい。彼女にはまだ活躍の余地がある。腐らせるには勿体ない素材。
無神経で残酷なことを言っているのかも知れない。でも、カオルの中にまだ燃やすものがあるのなら、これが何かの道標になる。
この夏の終わりに、ぼくは何か残したい。
何年も経って、カオルがこの夏を振り返ったとき、ぼくと出逢えて本当によかった、そう思える関係にしたい。
ぼくの夏の、けじめのようなもの。
◇◇
◇◇
ドライブが終わり、ぼくと父さんが住んでいるアパートが見えてきた。
カオルはミラー越しにチラチラとぼくの顔色を伺っている。頻りに唇を舐め、何か言いたいことがあるみたい。
「なに?」
「あ、うん。その……」
車を路肩に停め、サイドブレーキを引いて、カオルは眉を下げ苦しそうな表情になった。
「ユキ、その……何考えてる?」
「……?」
その質問の意味は、ちょっと抽象的で分からない。ぼくは首を傾げて見せる。
カオルは苦しそうな表情のままで言った。
「ユキが無茶振りすんのはいつもだけどさ……少し不安なんだ……」
「……うん」
この夏の終わりが、ぼくとカオルの大きな分岐点になる。
「夏が終わっても、ずっと一緒にいよう、な?」
「……」
全ての物事には終わりがある。
カオルはもう『お客さん』じゃないし、ぼくはビッチをやめるかもしれない。
ぼくは、そっと目を閉じて頷いた。
今は、それだけ。
カオルに引き寄せられ、唇を合わせるだけの優しいキスをした。
この夏が燃え尽きるみたいに終わりに向かっていることを、カオルは分かってるみたいだった。
「……離さない。離さないから……」
「うん……」
途切れ途切れ掠れる声で言葉を交わしたあと、またキスする。
今度のキスは激しくて、カオルは舌を挿し込んできてぼくの舌を強く吸い上げる。
「あいしてる」
囁きながらカオルは時計をチラリと見て、それからぼくの手を引いてジーンズの前に誘導した。
……すぐソッチに行くのは、本当に悪い癖だと思う。
懇願するようにカオルが喘いだ。
「……ちょっとだけ、仕事前に、ちょっと、ちょっとでいいから……」
……意訳すると、挿れろとまでは言わないから、ちょっと触って欲しい。
いつものカオル。
仕事前、授業前、カオルはそういう時間がないときの『ちょっと』が大好きだ。
何でも短時間でイければ得した気になるし、その後嫌なことがあっても、この『ちょっと』を思い出せば頑張れるらしい。
「もう……」
やれやれ、と溜め息混じりに視線を落とすと、ジーンズのファスナーは既に全開になっていて準備万端だった。
下着に手を差し込んで陰部に触れると、そこからしっかりとした熱を感じる。
陰核は固くしこり、僅かに開いた陰唇は何の抵抗もなくぼくの指を飲み込んで行く。
優しく擽るように膣中を探りながら、親指で陰核を押す。
「うぅ、ん……ホント、コレ……」
口元に弛んだ笑みを浮かべ、カオルは悩ましく息を吐く。
「痛くない?」
ぼくの手はカオルより小さいけど、もう三本も膣口に指を突っ込んでいる。女性の『そこ』はデリケートに出来ているから心配。
何故か、カオルは嬉しそうに笑った。
「……大丈夫……優し……あ――」
Gスポットの壁を軽く引っ掻いた所で、膣壁が弱々しくぼくの指を締め上げる。
『ちょっと』のとき、カオルは我慢しない。軽く一回目の絶頂。ヒクヒクと律動する膣口がトロリと粘液を吐く。
無茶な愛撫は後の行動に影響が出るので慎む。
お仕事終了。
ぬるぬるとした愛液を指先で弄びながら陰唇を擦る。
「…………」
カオルは少しボンヤリとして、唇の端に涎の筋が出来ていた。
「まだする?」
「……ぅん」
頷くカオルの首筋に強く吸い付き、同時に包皮の上から陰核を小刻みにしごく。
「……う……うぅ……ッ……!」
またイった。
まるで射精したみたいにクリトリスが痙攣して、膣口が今度は少し多目の粘液を吐き出した。
すごい。
ここまでで、まだ2分くらいしか経ってない。
カオルは見ると、目元を赤くして呼吸を荒くしている。
その顔に書いてある。
――挿れて。
なんだってこんな道端でセックスしなきゃならないんだ。
言った。
「おあずけ」
「……」
カオルは一瞬、泣きそうに唇を震わせて、それから大きく鼻を啜った。
◇◇
今朝は、こんな感じでカオルと別れた。
このときのぼくは間抜けで、これからどんな目に遭うかなんて、これっぽっちも理解してなかった。
結局のところ、ぼくがしてきたことのつけが回ったんだと思う。
◇◇
カオルと別れてすぐ。
木造の安普請の階段の一段目に足をかけたとき。
「――!」
瞬間、背筋にビリッと走ったその衝撃のことを例えるなら、電気ショック。
虫の知らせっていう言葉がある。
悪い予感がして――
唐突に、シュウの顔が思い浮かんだ。
ヒトには本来、危機を察知する能力がある。それだけに直感のようなものは大切にした方がいいと言っていた。
空は晴れているけれど、見慣れているはずのぼくのアパートは、いつもより暗く澱んで見えた。
階段を登って行く。
ぼくはシュウじゃないから、天才的な閃きも直感もない。根拠のないものは信じない。
悪い予感を捩じ伏せて進む。
木製の古いドアのノブに手を掛け、静かに回す。いつものことを、いつものようにするだけ。
でも――
ドアに、掛けたはずの鍵(ロック)が掛かってなかった。
「…………」
遠くで蝉が鳴く声が聞こえる。
まだ涼しいはずなのに、噴き出した汗が顎を伝って滴り落ちる。
――家の中に誰かいる。
それは勿論、父さんじゃない。カオルでもない。招かれざる客。
ごくりと唾を飲み込み、そっとドアノブを元の位置に戻すと、一歩退いて距離を取った。
脳裏に浮かんだのは、ラブホテルの前で出会(でくわ)した瞳子のこと。
……あの時の瞳子の貌(かお)。
嫉妬や怨み、怒りを連想させる鬼面。凶相。あの娘はもう駄目だ。二人きりになるべきじゃない。そんなことを考えるぼくの前で、音もなくドアが開いて――
「……!!」
悲鳴を上げる暇もなく、向こうの暗闇から、するりと伸びた手が、ぼくの腕を捕まえる。
そ こ に は
「おかえりなさい」
ユキナに何度も殴られ、腫れ上がった左の瞼を閉じた瞳子が、微笑みを浮かべて佇んでいた。