※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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葛城 瞳子3

 優樹菜が吐き捨てるように言った。

 

「雑魚のクセに……!!」

 

 優樹菜の表情は憤怒。振り上げた拳を躊躇なく瞳子の顔に叩き付ける。

 

(ヤバい……)

 

 瞳子はあまり痛みを感じなかった。衝撃による視界の揺れがあるだけだ。

 眉間に険しい縦皺を刻み、白髪を振り乱す皆川優樹菜は正しく鬼女の形相。対する瞳子は地べたに仰向けで転がり、馬乗りになった優樹菜の打撃に無抵抗でいる。

 身体から力が抜けていく。

 顔の左側ばかりを執拗に殴られた瞳子の視界は左側だけが潰れている。時間は薄いスープのように間延びして、やたら鈍く感じたが、その鋭敏な意識に身体が反応することはなかった。

 

「雑魚が……! 雑魚が……っ!!」

 

 ――分かっている。

 

 ぼんやりと遠くなる意識の中、瞳子は薄く笑った。

 

「御影、呆れて帰っちゃっただろうが!!」

 

 御影悠希。

 瞳子の残酷な天使。

 好きで、好きで、大好きで。それでも瞳子は見向きもされないで。

 思った。

 

(お金ですかぁ……?)

 

 それなら瞳子は沢山持っている。

 父はあまり家に帰って来ないが、娘のことはそれなりに大事に思っているようで、不足しがちな愛情を金銭で穴埋めする。その為、周囲と比較しても瞳子は使いきれない位のお金を持っている。

 

 また優樹菜に殴られ、瞳子の視界が揺れた。

 惨めだ。

 人の愛し方なんて知らない。誰にも教わってない。お金で買えない物のことなんて分からない。

 

 優樹菜が背後から抱き着くようにして首に腕を回し、伸び上がるようにして締め付けた。

 頸の奥が、みしっと嫌な音を立てて軋んだ。

 それでも瞳子は笑う。

 

「……性病女……クッセーんだよ……」

 

 ここで退いたら、負けてしまったら、諦めてしまったら、葛城瞳子は本物の雑魚になる。

 優樹菜の腕は、がっちり首に食い込んでいて、捕縛を緩めない。瞳子の挑発にむきになったのか、益々締め上げる力を増していく。

 意識が遠くなる。

 一瞬たりとも油断せず、全力で首を締め上げる優樹菜からは本気の殺意が感じられた。

 

「――そこまで」

 

 何者かの制止があり、唐突に解放された瞳子は激しく咳き込む。

 せいせいと荒い呼吸を繰り返す瞳子が視線を上げた先には、金髪のベリーショートに鋭い眼差しの如月葵の姿があった。

 

 優樹菜は立ち上がると同時に、パッと飛び退いて素早く距離を取り、鼻面に皺を寄せた。

 

「……誰だオマエ?」

 

 激しく舌打ちして、葵の方へ瞳子の背中を蹴飛ばした。

 小さく呻き、足元にすがり付く形になった瞳子を見下ろし、葵は面倒臭そうに首を振って言った。

 

「キサラギ」

 

 『こちら側』では、如月葵の名前はそれなりに有名だ。優樹菜も名前ぐらいは聞き覚えがあるのか口を噤み、煙るような半目の視線を向ける。

 

「……」

 

 一拍の緊張、沈黙。値踏みするように葵を睨む優樹菜は、少し考え事をしているようにも見える。ややあって。

 

「……あたしもやることあるし、今回は顔立てといてやるよ」

 

 そう言って、最後に優樹菜は瞳子の頭を蹴った。

 

「手間取らせるんじゃねーよ。経験値1取得しちゃっただろ」

 

 敗者を嬲るのは勝者の特権。葵は黙ったままでいた。

 

「…………」

 

 踞り、未だに荒い呼吸を繰り返す瞳子は酷い有り様だ。

 スクーターの下敷きになった足は青白く鬱血し、激しく殴打された顔は左の眦が裂け出血している。土足で蹴りつけられた頭髪は乱れ、砂埃が付着して見る影もない。瞳子は雨に打たれて震える猿よりも惨めな気持ちだった。

 優樹菜が去るのを待って、葵がポツリと言った。

 

「まぁ、似合いの結末だな」

 

 皮肉を言って葵も去る。

 国道から少し逸れ、小さいがちょっと小洒落たラブホテルに近い細い路地に置き去りにされた瞳子は、踞ったまま静かに涙を流した。

 

◇◇

◇◇

 

 動けずにいる瞳子の元へ、暫くして駆け付けたのは佐藤夕子だった。

 余程慌てているのか、自身のスクーターが横倒れになるのも構わずに瞳子に駆け寄る。

 

「瞳子、大丈夫!?」

 

 惨めだ。

 軽蔑していた皆川優樹菜には手も足も出ず叩きのめされ、葵には相手にされない。一番ショックだったのは、悠希が瞳子の内心を読み、優樹菜を選んだことだ。

 

「瞳子、立てる? すぐ移動しないと……」

 

 夕子は慌てている。スマホを取り出してすぐに何処かと連絡を取り出した。

 

「タクシー呼ぶから、それですぐ帰って」

 

 新城馨を敵に回す。その庇護から外れるということの意味を夕子が語り出す。

 

「岬と栞は危ないよ。呼ばれても行ったらダメだから。カオルさん、アンタを的にするようには言ってないけど、手を出しちゃダメとも言ってない」

 

 夕子は知らないが、先日、吉河瑞希がどうなったかを思い出し、瞳子は鼻を啜って立ち上がる。

 涙を拭う。

 数日間に渡り暴行を受け、最終的には全裸で街角に放り出された吉河の轍を踏む訳には行かない。

 崩れ落ちそうになる瞳子の腰を支え、夕子は軽く唇を噛み締める。

 

「葉桐は……アイツが一番信用できない。絶対つるむんじゃないよ。あたしは御影さんに頼んで見るから」

 

 瞳子は小さく頷いた。

 夕子は意外と鋭い。確かに、悠希が呼び掛ければ赤瀬岬も神木栞も止まる可能性が高い。あの葉桐要も、悠希の言葉なら無視できないだろう。

 夕子は難しい表情で首を振る。

 

「アンタの家、セ〇ム付いてたよね。暫く出るんじゃないよ」

「……」

「誰かから、アンタに連絡あるかもしれないけど、信用しちゃダメだ」

 

 瞳子は鼻を啜った。涙は次から次に湧いて来る。掠れ声で言った。

 

「……C作、ありがとね……」

 

 夕子は照れ臭そうに頬を掻き、それから思い出したように急に真顔になった。

 

「……瞳子。アンタ、本当に御影さんとしてるの……?」

「うん……」

 

 もう悠希との関係を隠す必要はない。瞳子は頷いた。

 夕子は空を仰いで嘆息した。

 

「本当……? ああ、そう言えばアンタ、御影さんのこと随分気に入ってたよね」

 

 御影悠希は瞳子にないものの全てを持っている。

 三角巾を被り、前掛けで身を固めキッチンに立つ悠希は、瞳子なんかより余程優秀な戦士だ。それはとても家庭的に見えて――。

 お手伝いさんをやっているヨシコさんは調理師の免許持っている。単純な調理の技能ならヨシコさんが上を行くだろう。瞳子に手伝いをさせたり食器を拭かせたりもしない。

 

 ――トウコ、そこのカット野菜、水にさらしといて。

 

 ――晒す?

 

 ――ザルに移して、そう。水に浸けておくとシャキッとして歯応えがよくなるからね。

 

 ――なるほど。

 

 ヨシコさんは両親から半ば放置気味にされている瞳子を不憫に思っていても、仕事で決まっている以上のことはしてくれない。よし子さんとは『家族』になれない。そもそも、ヨシコさんは自分の家庭を持っている。

 

 悠希は、ヨシコさんみたいに甘くない。自分のことは自分でやれと言ってくるし、無駄遣いや無責任な行動には意見してくる。

 ちゃんと瞳子を見ている。心配しているのがよく分かる。そんな異性を好きになるのは、瞳子からすれば自然なことだった。

 

◇◇

◇◇

 

 この日、帰宅してからの瞳子は一歩も部屋から出ず、左頬に氷嚢を宛がって動かずにいる。

 顔をやられたのは不味かった。顔は女の命。少なくとも瞳子はそう思っているし、自分のルックスにも自信を持っている。

 

「あの性病女……」

 

 口汚く吐き捨て、優樹菜への憎悪を募らせる瞳子は唇を噛み締める。

 鏡を取り寄せ、腫れ上がった顔を確認する。

 

「……」

 

 ずっと冷していたのが功を奏したのか、夜半過ぎて腫れは随分治まった。しかし、氷嚢を外すとジンジンと熱を持つ痛みが振り返す。スマホに夕子からの着信があったのは、深夜の1時を回った頃だ。

 

『瞳子?』

「あ、うん。あたし」

 

 瞳子の携帯なのだから、瞳子が出るのは当たり前のことなのだけれど、そんなお決まりの挨拶を交わしながら、意外に友達甲斐のある夕子のことを思い、何故か瞳子は幸せな気持ちになった。

 見せかけの友人は姿を消し、残ったのは本当の友人。信用していい誰か。そう思うと、今回の件は悪くないような気がする。

 

『顔はどう?』

「……あれから寝てないし、ずっと冷してるからか思ったより腫れてない」

 

 何故か、携帯の向こうで頷く夕子の姿が思い浮かんだ。

 

『今夜も寝ちゃダメだよ。ダルマみたいになっちゃうからね』

 

 女は顔が命。そう信じるのは瞳子だけに限ったことじゃないようだ。続ける。

 

『今日……ってか、もう昨夜になるのかな……御影さんに会ったよ』

 

「え!?」

 

 その時までベッドにだらしなく寝そべっていた瞳子だったが、飛び起きて姿勢を正した。

 

「ウソ! あの人、呼ばれたからってホイホイ来る人じゃない。まさか……!!」

 

 御影悠希は、瞳子の回りにいる男連中とは違う。女子からの呼び出しにいい気になって簡単に応じるタイプなら、瞳子はこんなに苦労しない。悩まない。

 

「……C作、アンタ――」

『あ~、そんなんじゃない。葉桐が一昨日の件説明してくれって言ったら、来てくれたんだよ』

「あ……そう……」

 

 ホッとして瞳子は胸を撫で下ろした。これ以上、悠希に女の影はいらない。では、何故? その質問をぶつける前に、夕子が言葉を被せた。

 

『――霧島さん、死んだって』

「……は?」

『まあ、そうなるよね。あたしらもドン引きだったし。まだ騒ぎになってないけど、これ、デカイ問題になると思う』

「霧島って、ゲスの?」

 

 携帯の向こうで、夕子は小さく溜め息を吐き出した。

 

『そう。あの人、デタラメだったし、その内バチみたいなもん当たると思ってたけど、クスリキメ過ぎたみたいで――』

 

「はぁ? はあっ!? ちょ、待ってC作。もっかい初めからよく分かるように説明して――」

 

 突然飛び込んできた衝撃的な情報に瞳子は動揺を隠せない。

 だが、皆川優樹菜と霧島沙織は二人一組だったことを思い出せば無理のない話ではある。そして――

 

◇◇

 

 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

 霧島沙織の死について説明を受けたあと、瞳子は眉間に皺を刻んで、むっつりと言った。

 

「……ナニソレ、あの性病女、悠希さん巻き込んだのかよ……!」

 

 夕子は呆れたような溜め息を吐き出した。

 

『性病女ってさぁ……。でもまぁ、うん、そうなる……かな?』

 

 怒りのあまり呻く瞳子の目に涙の粒が浮かんだ。それは程度を超えている。シャレになってない。

 

『で、当然だけど警察(おまわり)動いてっから、この一件から皆引いとけってカオルさんが締めた』

「……」

『あと皆川さん出頭したって言ってたかな』

 

 この国の警察は甘くない。霧島沙織の死に事件性があり、皆川優樹菜が関わっているのなら、その内必ず警察の手が及ぶ。これは悠希の差し金だろう。瞳子の知る皆川優樹菜なら逃げている。

 

『……御影さん、カオルさんがあんたに手を出さないように釘刺してくれたみたいだから』

「……え?」

 

 夕子は本当に落ち着いたのだろう。気が抜けた声で言う。

 

『あたしが頼むまでもなく、御影さんから制止入ったみたいでさ。早いうちに連絡あったのね』

 

「そう、なんだ……」

 

 スマホを握り締めたまま、瞳子は項垂れた。

 ――悠希を連れ去るつもりだった。

 その際は力づくになってもやむを得ないと思っていた。

 

 ――今の瞳子は怖いから――

 

 あの拒絶は当然のものだ。瞳子は避けられて当然の存在だったのだ。だが、悠希は瞳子を最低限気にかけていてくれて。

 

「そう、なんだ……」

 

 まだ、手遅れではない。名誉挽回の機会が残されている。その思いに瞳子は胸を撫で下ろす。

 

『でも、御影さん大丈夫かなぁ……』

「……?」

『ちょっと歩いただけで、すごく汗かいて。顔色もあんま良くなくて、葉桐なんかも心配してた』

 

 確かに、悠希は少し痩せたように感じた。やはり無理がある。思った以上に無理をしている。瞳子はその思いを強くする。

 夕子が言った。

 

『でもまあ、その辺はカオルさんがなんとかするかな……』

「……」

『カオルさん、愛してるって言ったんだ。なんか、あたしすっげぇと思って――』

 

 瞬間、瞳子は激昂した。

 

「あの女に悠希さん任せられるかよ!!」

 

 叫んだ。

 

「全部、あの女のせいじゃないか!」

 

 御影悠希は優等生の部類に入る。馨の存在がなければ、今回のような事件に巻き込まれることはなかっただろう。あの皆川優樹菜とも無縁でいられたはずだ。

 

「あの女は悠希さんにメチャクチャしてんだよ!! 本当なら今頃は――」

 

 唐突に深山楓の顔が浮かんで、消える。

 ――同族嫌悪。

 人は己に似通ったものに嫌悪と反発を覚える。瞳子自身説明は難しいが、深山楓には何かしら通じるものを感じている。姿形はまるで違う。だが、人となりを為す根幹に共通するものがある。

 何故か深山楓の考えていることが分かる。おそらく深山楓も葛城瞳子の本質を理解しているだろう。

 目の前が赤く染まる。瞳子は制御できない激情の存在を知覚した。

 

『……! …………!!』

 

 携帯の向こうで夕子が何やら叫んでいるが、瞳子の耳には聞こえない。

 言った。

 

「愛? そんなの豚の餌にでもしたらいいんだよ」

 

 そして瞳子は、夜の闇へと飛び出した。

 とりあえず、悠希に会う。

 逢いたい、話したい。甘えたい、ご飯も食べたい。それからちょっとエッチもしたい。

 乱暴なことはしない。

 ――多分。

 バイクに股がり、半キャップのヘルメットを斜めに引っ掛けて。

 例えば、もうちょっと瞳子が冷静で、佐藤夕子の警告に耳を貸していれば。

 例えば、もうちょっと瞳子が煩悩を抑えて注意していれば。

 瞳子の家を見張っていた二人の存在に気付いたかもしれない。悠希が『双子』と呼んだ存在に気付いたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――カナメさん。葛城、でてきました。

 

『あぁ、そう』

 

 ――どうしますか?

 

『……そうだね。なんかヤな予感するから、御影くんの家で張ってみようか』

 

 ――追わないんですか?

 

『うん、それ以外のトコ行くんだったら、どうでもいいよ』

 

 ――じゃあ、御影さんの家で張ります。葛城が来たらどうしますか?

 

『そうだね……』

 

 葉桐要はなんでもアリがモットーだ。

 嘲笑って言った。

 

 

 

『葛城、拐っちゃおうか』

 

 

 

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