※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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葛城 瞳子4

 景気良くアクセルを吹かし、50CCのバイクで疾走する瞳子は、蒸すような夏の夜風の中を突っ切って行く。

 頭の中は色々。

 例えば、御影悠希と新城馨のセックス。回数も内容も、自分としているものよりずっと濃いのだろうな、とか。

 秋月蛍ともしたみたいだが、デリカシーのない彼女のこと。独りよがりな内容で、退屈なだけでなく苦痛だっただろうな、とか。

 あの皆川優樹菜とはどうだろう。ラブホテルから出てきたのだから、することはしたに違いない。少なくとも、瞳子ならそうする。

 その全てが妬ましく、憎たらしい。

 悠希の家は、学校を挟んで瞳子の家とは真逆の方向にある。幾つもの狭い路地を抜け、目的地に近付いたところで、瞳子はエンジンを止めて停車した。その後はバイクを押して進む。

 悠希の家の住所や電話番号等の個人情報は葉桐要が調べ上げた。それは黒岩智の情報と引き換えに瞳子も知っている。

 やがて古い木造のアパートが瞳子の目に入った。

 ……良く言えば歴史を感じるが、身も蓋もない言い方をしてしまえば、貧乏臭い。

 葉桐要の情報では、この古くさいアパートで悠希は父親と二人暮らしなのだそうだ。

 瞳子はスマホを取り出し、悠希の携帯でなくそのアパートに電話を掛けた。

 ややあって――

 誰も電話に出ない。階下から部屋を観察するが、明かりが点ることもない。電話を玄関口に設置しているのだろう。響く着信音が瞳子の耳に僅かに聞こえる。

(留守にしてる……)

 この夜更けに、馨が悠希を連れ回していると思えば、瞳子は腸の煮えくり返る気分だった。

(テメーの夜遊びに悠希さん巻き込むんじゃねーよ!)

 悠希がこの着信に出るなら良し、馨が出るようなら、朝になり離れるのを待つつもりだったが、留守というなら宛が外れた。

 瞳子は暫し思い悩み……。

(入っちゃおうかな)

 という考えなしな、いかにも瞳子らしい結論に至った。

 

 この期に及んで怖じ気づき、二の足を踏むような性格なら、瞳子が下着のみの格好で警察に厄介になることはない。好奇心旺盛で不注意。行動力過多、判断力過小。度胸だけならヘビー級というのが葛城瞳子の売りだ。

 

 軋んだ音を立てる階段を上り、細い通路を真っ直ぐ突き当たりまで進む。角部屋の位置。隣室に入居者はいないのか、ドアノブに電力会社の手紙が吊り下げられている。

 部屋の前まで行ってドアノブを回してみるが、やはり鍵が掛かっていた。

 こういう時のお約束。

 瞳子はしゃがみ込み、玄関前のマットを捲った。

(ビンゴ!)

 月明かりを受け、鈍く光る部屋鍵を拾い上げ、瞳子はクスリと笑った。

 

◇◇◇

 

 ――カナメさん! 葛城のヤツ、御影さんの家に入っちゃいました!!

 

『……マジ? いや、葛城らしいけど……マジ?』

 

 ――本当ですって! 繰り返さないで下さいよ! どうしますか!?

 

『葛城も突き抜けたね……。メンツ集めるから、一時待機。そのまま見張ってて』

 

◇◇◇

 

 真っ暗な玄関口に立ち、瞳子は後ろ手に鍵をかけ直そうとして――止めた。鍵を掛けたら悠希が入れなくなるかもしれない。

 視界を埋め尽くすのは闇だ。しかし、懐かしい匂いが鼻を衝く。生活臭と呼べるもの。そこに不快な感じはせず、何故か胸が暖まるような気がする。

 瞳子はぼんやりと呟いた。

「ここに、悠希さんが……」

 玄関口から射し込む月明かりを頼りに、壁のスイッチを入れると、パッと視界が明るくなった。

 階段は頼りなかったが、室内の造りはしっかりしているように見える。

 右手の方に下駄箱があり、目の前はダイニング兼キッチン。広さだけは確保されているが、それだけだ。電子レンジ、オーブン、炊飯釜……ここにあるもので、瞳子の家にないものは何もない。はずなのだが……

 瞳子は、ぽつりと呟いた。

「あったかい……?」

 そこにあったのは『安心』だ。この『家』には瞳子を――住人を受け入れているという気安さと安心がある。

 

 瞳子の家には何でもある。ただ、気安さと安心がないだけで。

 

 続いて、瞳子は冷蔵庫を見つめる。

 とても小さい冷蔵庫だ。

 扉を開け放つと、カット野菜を詰め込んだタッパーの他に、玉子やレトルトのパック、牛乳、麦茶、調味料等が目に入った。冷凍庫部分には小分けされた肉が整頓して置いてある。

 それらからは、暖かい『家庭』の匂いがした。

 キチンと整頓されたこの冷蔵庫は、馨がしたことだろうか……。

 瞳子は低い声で呟いた。

「ふざけやがって……」

 この暖かい場所で、馨が悠希と『家族ごっこ』をしているのかと思うと、胸の中でどろどろとした熔岩が煮えたぎる。

「こんなもの……」

 激昂した瞳子はカット野菜が入ったタッパーの中身を辺りにぶちまけた。

「こんなもの……!」

 牛乳や麦茶、液体の調味料は全て流しに捨てる。冷凍庫の中の氷を床にばらまき、小分けされた肉の塊を壁に叩き付け、予想以上に大きな物音を立てたところで――

 瞳子は、はっと我に返った。

「あたし、なにやってんだろ……」

 我を忘れたのは一瞬のことだ。しかし、その一瞬でダイニングは大変なことになった。

「これ、どうしよう……」

 辺りは台風が通り過ぎたような有り様だ。玉子は割れ砕け、粘った中身は壁に飛び散り糸を引いている。床一面にカット野菜が散らばり、そこに歪んだ冷凍肉をトッピングしてあった。

 頭を冷やすために喉を潤したいところだが、冷蔵庫の中の飲料は全て流しに棄ててしまった。氷に至っては床に散らばっている。

 生温い水道水は飲む気になれず、瞳子は大きな溜め息を吐き出した。

 蒸し暑い夏の暑気にあてられて、顎に汗が伝う。

 少し頭を冷やしたい。

 瞳子は畳敷きの居間に出た。

 廊下のない家は、瞳子にとって、とても新鮮に映る。扉一枚を隔て移動できるのは楽でいい。居間の中を真っ直ぐ進み、エアコンのスイッチを入れてから、やはり家庭の匂いがする居間を見回す。

 小さなテーブルの上には、醤油や塩の小瓶が置かれてあり、壁にはごみ捨ての曜日が記された自治体のカレンダーが貼ってある。

 不意に――テレビを置いてあるローボードに目が留まった。

 小さな写真立てがあり、白髪混じりの男性と笑顔の悠希が写っている。

 白髪混じりの男性は、おそらく悠希の父親だろうが全然似てない。

 親指を立て、サムズアップしている仕草は良く言って三枚目半。男前には程遠いが、なんだか優しそうに見える。

「……?」

 瞳子は写真の片隅に記された日時を一瞬見やり、その違和感に気付いた。

 写真を撮ったのは四年前のようだが、悠希の容姿は一切変化がない。

 どんなカラクリだ?

 続けて瞳子はローボードの棚を開き、アルバムと思しき冊子を引っ張り出した。

 ページを捲って、一枚一枚確かめる。日付ばかりが変わり、悠希は変わらない。しかし、アルバムの中の父親はどんどん白髪が増えて行く。老いて行く。どのページを開いても笑っている二人だが、瞳子の目には、とても悲しい物語を綴っているようにしか見えない。

 

 瞳子は胸の中の怒気が急速に萎むのを感じた。

 

 不変の時の中で、成長できない少年は、笑いながら老いる父をどんな心境で見守るのだろうか。

 何かに気付きそうだ。

 何かが零れ落ちそうだ。

 瞳子は独り、アルバムを抱えたまま、まんじりともせずに夜を明かした。

 

 空が白む頃になり、瞳子は一つの結論に至る。

 

 家族を増やそう。

 

 幸い、瞳子にはその為の能力が備わっている。

 このアルバムに、いっぱいの幸せを綴ろう。輝く未来を綴ろう。『家族』のアルバムを綴ろう。

 

 陽が昇る。

 瞳子は立ち上がり、その足でキッチンに向かった。

 覚悟を決めて、相変わらずの惨状を呈したキッチンを片づけに掛かる。

 

 今日は、きっといい日だ。

 

 根拠もなくそう考える瞳子の目前で、音もなく、静かに、玄関のドアノブが回った。

 繊細で慎重な行動だった。

「悠希、さん……?」

 ドアの向こうにいるのは悠希だ。馨であるという危険は考えない。

 僅かに開いた扉は、考え直したように元の位置に戻り、カチリと小さな音を立てた。

「……?」

 いったい何事だろう。自分の家で、悠希は何故、遠慮しているのか。

 瞳子は無造作に扉を開け放ち――

 細い悠希の手を捕まえて室内に引き寄せた。

 

「おかえりなさい」

 

◇◇

 

 悠希は、無言だった。

 瞬きすらせず、瞳子を見つめている。その目に瞳子は覚えがある。

 

 理解不能の怪物(モンスター)を見る目だった。

 

 瞬間的に、瞳子は取り返しのつかないミスを犯したことを悟った。

 脳裏に閃いたのは笑顔の新城馨。

 

 ――昨日、ユキのOKが出て、初めて家に行ったんだ!

 

 そんなに昔の話じゃない。

 セックスしているのに、キスしているのに、それはおかしい。順序が逆だと思った。思っただけだった。

 

 馨は、そうせざるを得なかったのだ。

 

 ここに至り、間抜けな瞳子は漸く理解した。

 

 ルールその一。

 呼ばれてもいないのに、家に訪ねてはいけない。

 

 悠希が瞳子を見つめる目付きは、やはり理解不能な怪物を見るそれで――

 くしゃりと端正な表情が歪む。僅かに瞳孔が開いている。みるみるうちに恐怖で染まり――

 完全無欠の超拒絶。

 思った。

 

(あ、終わった……)

 

 絶体絶命。

 そのとき――

 頭の奥でパチンと小さな音が鳴り、瞳子は『あの日』のことを思い出した。

 

 父も母も涙に濡れ、理解不能な怪物を見る目で瞳子を見た『あの日』。

 

 欲しいものがあれば何でも言いなさい、が口癖の祖父が「腹を切れ」と瞳子に勧めた『あの日』。

 

 過度のスパルタ教育で時折死者を出すことで有名なヨットスクールに瞳子を編入させると家族全員が荒ぶった『あの日』。

 

 中年男の警察官が、にやけ面で「忘れ物ですよ」と、風雨でヨレヨレになったエロ本を家に届けた『あの日』。

 

 瞬きほどの猶予も許されぬ刹那の中、瞳子の身体は『あの日』をトレースするように動いた。

 

 その場に跪いて背筋を伸ばし、指は視線の先に揃える。

 頭(こうべ)を垂れて、完全無欠の超謝罪。

 『あの日』と同じように、言った。

 

 

「生まれてきて、ごめんなさい……」

 

 

 好奇心旺盛で不注意。行動力過多。判断力過少。度胸だけならヘビー級。

 瞳子の恋は――

 

 to be continued……

 

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