※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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第67話

 トウコたちと別れ、智と一緒に総合病院にやって来たぼくは、先ず外科で診療を受けた後、皮膚科で治療を受けることになった。

 

 斜線を引くように額の左から眉間に続く切り傷を見て、智はずっと爪を噛んでいた。

 

 傷の大きさは五センチほど。『縫う』ことには、ぼくよりも智の方が断固とした拒否反応を示した。

 ぼくも智も、てっきり『縫う』ものだと思っていたけれど、医師の説明では、顔の傷の場合、糸傷が残る縫合という処置は極力避けるという方針らしい。

 

「とも。ぼく、なんだかとってもねむいんだ……」

 

「……ええよ。私が、ずっと付いとるけん、よう寝や?」

 

「うん……」

 

「おやすみ」

 

 眠気に意識が途切れる際、手のひらで口元を覆うようにして泣き崩れる智の姿が見えた。

 

 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

◇◇

 

 目が覚めたとき、既に傷口の処置は終わっていた。

 ぼくは処置室にある固いマットレスのベッドで眠っていて、目を開けると、椅子に座っている智と目が合った。

 

「あっ、起きた? おでこ、触ったらあかんよ? それな、人口皮膚に変わるシートなんやて」

 

 優しく言う智だけど、少し泣いたのか鼻の頭が赤かった。

 

「…………」

 

 少し寝たお陰で意識はハッキリしている。額の感覚が少し鈍い気がしたけど、特に問題はない。

 身体を起こして、壁に貼り付けてある大きな姿見に映ったぼくと視線を合わせる。

 

 額に入った傷は半透明のテープが貼ってあり、眉間を抜け目元まで続く赤い線になっていた。少し痕になって残るかもしれない。

 傷は男の勲章。

 父さんなら、きっとそう言うだろう。女の子を庇って付いた傷なら、尚更。でも、この顛末をどう説明したものか考えると頭が痛い。

 

「智、助けてくれて、ありがとうね」

 

「え? あ、うん。そんなん、ええのに」

 

 ポケットから財布を取り出して、智に突き出した。

 

「な、なん?」

「お金。保険証も入ってるから、それで精算してきて」

 

 小さく頷いて、智は漸く笑った。

 

「横着なん変わらんな……。ええよ、待っとってや?」

 

 智は何度も振り返り、名残惜しそうに処置室から出て行った。

 そこから先は猛ダッシュ。

 ポケットから携帯電話を取り出して、先ずはトウコに電話する。

 ワンコール途切れる前に――

 

『悠希さんっ!』 

 

 ワンコール途切れる前に電話に出たトウコは、のっけからテンションマックスの状態で叫んだ。

 

『悠希さん悠希さん悠希さんっ! 今何処ですか!? 酷いことされてませんか!?』

 

「…………」

 

 耳が爆発したかと思った。

 思わず眉間に力が入り、額に鈍い痛みが走る。

 一度、深呼吸してから言った。

 

「……トウコは落ち着く。はい、深く息を吸って」

 

『はいっ! はいいっ!!』

 

 興奮して、何度も返事を繰り返すトウコは、ちょっとおかしくて、ぼくは笑ってしまいそうだった。

 

「あんまり時間ないから、こっちの用件だけ言うよ?」

 

『……! はい……』

 

 この一件は、色々とぼくの予測を超えている。

 ハギリがあの男たちを連れてきたこともそうだけど、このタイミングで智が現れたことも、全てがイレギュラーの連続で構成されている。

 はっきりしているのは、智が、絶対にぼくと離れるつもりがないということだけ。

 トウコも薄々察しているのか、声色に漂う雰囲気は真剣だった。

 

「ぼくは酷いこともされてないし安心して。トウコはいい子にして待ってて。智には近付かないこと、いい?」

 

『……はい』

 

 納得してないという固い声。だから怖い。また余計なことをする前に警告しておかないといけない。

 

「トウコは大丈夫?」

 

『――!』

 

 撃たれたような沈黙があって、電話の受話口から熱い溜め息が洩れた。

 

『……はぃ……ぁりがとぅござぃました……』

 

 トウコは嗚咽を繰り返し、しゃくりあげながら、なんとかそれだけ口にした。

 湿っぽいのは嫌い。

 ぼくは言った。

 

「赤瀬と神木に、マヌケって言っておいて」

 

 瞬間、トウコは噴き出した。

 赤瀬も神木も終始納得していない表情だった。きっと二人は付いてきただけで、ハギリのしたことは予想外のことだったんだと思う。だから、二人は敵じゃない。

 

「でも、二人に、ありがとうって」

 

 何度も咳き込み、笑いに上擦った声で応える。

 

『はい、伝えておきます』

 

 続いて次の案件。

 

「ハギリのことだけど……」

 

 一拍の間を置いて、声のトーンを落としてトウコが応える。

 

『……はい、どうしましょう』

「そうだね……」

 

 トウコは行動力が有り余っているタイプ。だから、ぼくは宿題を出すことにした。

 言った。

 

「ハギリはボコボコにしといて」

 

『――はいっ!!』

 

 トウコは嬉しそうだった。

 ほどほどにね、と内心で付け加えるけど、今のトウコが止まるとも思えないし、敢えてこうすることで行動を限定する。

 まあ、殺しはしないだろう。

 ハギリのことは、全く気に掛からない訳じゃないけれど、ぼくはお人好しの善人じゃないし、この傷のお礼はしっかりする。

 

 BYE-BYE、ハギリ。

 お前の顔は、もう見たくない。

 

 電話を切る。

 続いてカオルに電話しようとしたところで――

 ぼくは固まった。

 今の状態を、カオルにどう説明したものだろう。

 きっとカオルは取り乱し、とんでもない暴走を開始するような気がする。それだけは避けて通りたい。

 

 携帯を手にしたまま、刻々と時間ばかりが過ぎて行く。

 

 智が帰ってくれば、カオルに連絡できる機会は少ないと思う。

 今、カオルになんと伝えるべきか。

 時間がない。今、この瞬間にも、智が帰ってくるかもしれない。ぼくは思い悩み……

 

 ――ぼくを信じて――

 

 結局、その一言だけをメールで送信した。

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