ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
子供だ。
子供がいる。
高校生の教室に、子供が紛れ込んでいる。
それが御影悠希に対する第一印象だった――。
◇◇
蛍には才能があった。
こと、格闘技の分野に於いて、周囲の評価は――
――天才。
蛍には必要のない才能だった。
合気道、柔術、空手、高校生になって、偶々剣道をすることにしたというだけ。
A級特待生。
クラスの誰も知らないが、蛍は授業料の全額を免除されている。交通費、奨励金の名目で小遣いのようなものまで支給されているという事実を知るのは、教師でもほんの一握り。
秋月蛍は特別製なのだ。
『強い』ということは、それだけで世界を変える。
嫌なことに首を振る自由。
欲しいものをもぎ取る自由。
蛍は自分の力をもて余していた。高校生になり、日々鍛練のつまらない日常が続く。
灰色の世界。判で押したような毎日。
「ふぅぅぅぅん……!」
子供の唸り声が聞こえ、蛍はそちらに視線を向ける。
「ふぅぅぅぅん……!」
御影悠希が、高所のロッカーにある私物に手を伸ばしている。
(かわいい)
いくら強かろうが、蛍は歴とした女子高校生だ。愛らしいものを嫌う訳がない。
ふと見回せば、回りも蛍と同じように、暖かく見守る視線を送っている。
やがて悠希は椅子を持ち出し、それを踏み台にして、もう一度高所のロッカーに手を伸ばす。
「ふぅぅぅぅん……!」
精一杯に伸び上がる爪先が、ぷるぷると震えている。
(危ない!)
咄嗟に蛍は飛び出した。
視界に幾つもの稲妻が飛び交う。
咄嗟の時は、何時もそう。机、椅子、他に幾人かの生徒の並みを縫うように、蛍の視界に稲妻が映る。
最適解能力。
蛍はそう呼んでいる。
天才の言うことも、狂人の言うことも、『解らない』という一点では同義である。
どう動き、どう通り、どうやって助けるか。最適解の稲妻が蛍に力を与えている。
バランスを崩した悠希が倒れ込みそうになったときにはもう、稲妻がそこに蛍を立たせていた。
ぽすっ、と羽根のように軽い身体が、蛍の胸に収まった。
「危ないよ?」
言葉を発した蛍が自ら驚いてしまうくらいには、優しい声色だった。
「あんがとね」
素っ気なく言って、悠希は身を捩り、蛍の胸から飛び出した。
思った。
ここはフラグが立つシーンだろう!!
そんなものは立たなかった。
しかし――
蛍の世界に、鮮やかな色がついた瞬間だった。
なんとなく。最初はそういうレベルのもの。
愛らしく、好ましい。
以来、蛍はなにくれとなく悠希の世話を焼くようになった。
「ん、瓶の蓋が開かないの? 貸してみて」
「あんがと」
「ん、彼処の本を取ればいいんだね?」
「あんがと」
「ん、どうしたの? 何か困ったことがあった?」
「何もないけど」
見てくれだけで、可愛いげのない小動物。それが御影悠希の評判だった。
しかし秋月蛍は特別製だ。入学から一年の月日を経て。
「おはよ、シュウ」
「シュウ?」
「じゃあ、秋の字」
「……シュウでいい」
ここでもやっぱり、秋月蛍は特別製だった。可愛いげのない小動物の保育に成功した。
恙無く第二学年に上り、卒業まで丸二年を残している。
「シュウ、今日は食堂で食べない?」
「うふふ、込み合うからね。いいよ、食券買って来てあげるよ」
とことこと自分の後に続くこの愛らしい小動物が、蛍の最愛の崇拝者になるのは時間の問題のように思っていた。
そんなある日の授業中、蛍の座席に一枚のメモ紙が回って来た。
――新城ハブしない?
蛍にとって、新城馨は背が高いだけのウドの大木だ。見るものは何もない。排斥対象になり得ない。
ああでも。
悠希は違う。多勢の意志には逆らわない方がいい。
視線を移すと、悠希が一枚のメモ用紙をビリビリに破き捨て、紙吹雪にして吹き散らしていた。
ぷ、と蛍は笑ってしまった。
悠希は、とてもプライドが高い。多勢の意志におもねることをよしとしなかったのだろう。武断的な性質を持つ蛍には好ましく映った。
この陰湿な『イジメ』に参加しなかった者は二人。
蛍と悠希だけだ。
蛍はいい。この頃には剣道部でメキメキと頭角を現し、他の連中からも一目置かれている。そもそも教師連中はA級特待生の蛍の味方だ。何もないのは分かっている。
しかし悠希は――
見せしめに、腕を折られた。
体育でサッカーの時間中、強烈なタックルを受け転倒。左腕を骨折した。
当の本人はケロリとしていたが、蛍の心中は穏やかでない。
稲妻が荒れ狂う。最適解が報復を示唆して荒れ狂うのだ。どうにかなりそうだった。
それでも踏み留まったのは、新城馨の行動のせいだろう。
授業中、突然立ち上がったかと思えば、バレーのスパイクの要領で、一人の男子生徒の頭を思い切りはたいた。
凄まじい炸裂音がして、その生徒はピクリとも動かなかった。
馨は停学三週間。
このとき、蛍は最適解を逃したのだった。
それから、何かが変わった。
剣道部のマネージャーになるよう頼み込み、よい方向に向かっていると思っていたのだが、結局、断られた。
体育祭では思い切り、二人三脚に出ないかと誘ってみたがこれも断られた。
文化祭では、クラスの出し物に一緒に参加しようとして逃げられた。
勇気を出して誘った初詣は、義理事があると嘘を吐かれた。
何をしても空回り。
馨が最適解を盗んだのだ。
そう思うようになった。
為す術もなく臨んだ最終学年。
蛍と悠希には、ちょっと仲がいいというくらいの関係性しかない。
馨は敵だ。敵だった。何をせずとも敵だった。
敵を知らねばならない。蛍はそう考え、負け犬の溜まり場に足を向けるようになった。悪い癖の一つ二つ身に付く。
煙草を吸うようになり、負け犬どもがする如何わしい内容の会話にも付いて行けるようになった。
そして、夏本番を控えた梅雨のある日のこと。
馨が、悠希を連れて、負け犬の巣窟にやって来た。
最初は夢かと思った。ここでは絶対に会いたくない人物の一人。
二人は壁際の長椅子に腰掛け、事もあろうに奥の部屋――ヤリ部屋の順番待ちをしている。
悪夢だった。
馨は悠希の肩に手を回し、耳元で何か呟いたり、髪の匂いを嗅いだりしている。
嫌そうな顔の悠希に迫り、すり寄り――
――新城とは、一回2000円の関係だよ。
蛍の世界は崩壊した。
奥の部屋の裏手に回り、横引きの窓ガラスを僅かに開ける。
薄暗い室内で、全裸の馨が悠希にのし掛かっていた。
馨の陰部には、悠希の陰茎が根元まで突き刺さっている。
「う、う、ぅぅぅ……」
長身の馨が、低い呻き声を上げながら、殆ど土下座するみたいに悠希に覆い被さっている。
蛍の角度からは、馨の大きな尻に敷かれた悠希の下半身しか見えない。
結合部分は白く泡立ち、馨の膣から僅かに血が流れ出している。
蛍は、その光景を、じっと見つめていた。
聞き取れない程の小さな声で呟いた。
――泥棒。