※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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第68話

 カオルにメールを送ったところで、出入口の扉が開き、智が処置室に帰ってきた。

 

「……どしたん?」

 

 色素の薄い智の瞳は、ぼくが握り締めたままの携帯電話を見つめている。

 少し室内の温度が下がったような気がしたけど、ぼくは何事もなかったかのように軽く首を振って見せる。

 

「いや……父さんにどう言おうかと思って」

「あっ、そうか! ヤバいヤバいヤバい…………抜けとったわ……どうしょう……」

 

 冷めた空気は途端に霧消して、智は額に手を当てた。

 

「まだ電話しとらんよな? 今、家か?」

「おじいさんが危篤で、父さんは、今、帰省してるんだ」

「――え?」

 

 父さんが暫く留守にしていることを告げると、智はキョトンとした表情になって、何故か黙り込んだ。

 

「もう80歳超えてるし、多分駄目だって」

「……」

「ここ二、三日が山で、後はお通夜とかお葬式とかあるだろうから、取りあえず一週間くらい……って、智、聞いてる?」

 

 智は口元を押さえ、殆ど聞き取れないくらいの小声で呟いた。

 

「……ツいてないツいてない思とったけど、そうでもないな……」

 

「……」

 

 ――まずった。

 父さんは家にいると言えば、帰れる可能性が高かった。痛恨のミス。

 智は、こほんと小さく咳払いした。

 

「えっと……もう、お昼近いし、何か食べながら考えんか……?」

 

 ミスの代償は――

 

「あんな、この近くに私の家あるんよ」

「……それは知ってるけど……」

 

 中学生の時のままなら、智の家はこの総合病院からバスで駅三つというところだ。

 智は小さく手を振って。

 

「違う違う。そこやなくて、ゆっくり出来るとこがあるんよ」

 

「……そう」

 

 額の傷がズキンと痛んだ。

 シュウのときと同じパターン。そこに行けば――喰われる。

 問題は大きく二つあって、一つは、この誘いを断る言葉を思い付けないことと、ぼく自身、決して智が嫌いじゃないこと。

 ベッドに腰掛けたままのぼくの腰に手を回し、ぴったりとくっついて智が隣に腰掛けた。

 

「な、ええやろ? 行こ、な? な?」

 

「……」

 

 智は眉を下げ、すがるような目でぼくを見つめてくる。

 結構、必死。

 そんな智の様子に苦笑いしながらも、ま、いいか。なんて思うぼくがいる。

 

 駄目だ、ぼく。本とに色々駄目だ。相手が智だってこともあるけど、流されそうだ。しかも、満更でもない気分なのが始末に悪い。ビッチをする内に、そっち方面でだらしなくなったのかもしれない。

 このままじゃ駄目だ。

 ぼくが難しく考え込んでいると、そこを智が畳み掛けてくる。

 

「家帰っても、誰もおらんのやろ? 私のとこでも同じやん?」

「う、ん……それはそうなんだけど……」

「積もる話もあるし、な?」

 

 この言葉で、秤は誘いに乗る方向に傾いた。

 喰う、喰われるはさておいて、智から色々と聞き出したいことがある。

 心が決まった。

 

「……言っとくけど、ぼく、怪我人だからね」

 

 にかっと笑って、智は大袈裟に頷いた。

 

「分かっとる、優しくするけん」

「なにさ、それ……」

 

 ぼくは呆れて溜め息を吐き出した。

 本とに駄目。

 やっぱり、流されるぼく。

 

◇◇

 

 病院を出て、ぼくらは手を繋いだまま、徒歩で近くの商店街に向けて歩いた。

 脇腹に鈍い痛み。

 肋骨は折れていないけど、怪我の重さは此方の方が上、というのが智の見立て。今は痛み止めが効いていて大したことはないけど、安静にする必要があるのは確か。

 智はすごく心配して、道中、何度も休むように勧めてきたけれど、それは断る。

 

 商店街の辺りは、ぼくにとってのデッドゾーンが多い。さっき通りすぎたコンビニはユキナと待ち合わせした場所だし、もう少し歩けば深山と一緒に行った図書館がある。無闇に行動範囲の広いトウコの活動範囲(縄張り)にも引っ掛かる。

 一番酷いのは、繁華街の方向に行けばシュウが住んでるマンションが近いこと。

 警察に出頭したユキナはともかく、よく図書館を利用している深山や、この近くに住んでるシュウなんかとは、ばったり出会ってもおかしくない。

 ぼくは少し、泣きたくなった。

 なんでこんなことを心配しなきゃいけないんだ。情けない。

 でも、誰と出会っても事件に発展してしまう確信がある。

 

 智が少し先に見える雑居ビルを指さして言った。

 

「あそこの六階。もうちょっとだけ、堪忍な?」

 

「ウソ!?」

 

 ぼくは軽くテンパった。

 智が指さした先は、デッドゾーンど真中。繁華街と商店街を繋ぐ交差点の近く。

 どうしてこんなとこに住むんだ。何で、ぼくやトウコみたいに静かな住宅街に住まないんだ。

 智は得意そうに笑った。

 

「駅も近いし、街の中心やからな。便利やよ?」

 

 そうじゃないと全力で叫びたかった。

 神さまなんて大嫌い!

 いつだってそう。神さまはこういう悪戯をして、ぼくに試練ばかりを押し付ける。

 ぼくはもう、かんかんに怒った。

 

「な、なん? なんで怒っとん?」

 

「……べつに」

 

 連れなく言って、ぼくは智の手を引いて交差点を行く。

 

 いいよ、やってやる。いつだってそうして来たんだ。ぼくなら、きっと上手くやれる。病院でのミスも関係ない。単独行動のチャンスは間近にある。

 例えば、そう。

 黒岩智は剣道部に所属している。三年生部員、最後の大舞台であるインターハイは八月第一週の土日。

 

「智、インターハイって明後日からだったよね?」

 

 街中は郊外より暑く感じる。アスファルトから立ち上る熱気に蒸され、智の頬に汗の雫が伝って落ちた。

 

「…………」

 

 智は足を止め、訝しむようにぼくを見つめて言った。

 

「インタやったら、延期になったやろ」

「――え?」

「なあ、昨夜は何処におった? クラスの連絡網、ちゃんとあるんやろ?」

「なっ……」

 

 ぼくは絶句し、その場に立ち尽くした。

 

(インターハイが延期? 全国高等学校総合体育大会が、延期だって!?)

 

 それくらいの大事があったということ。脳裏に過ったのは、白目の霧島沙織。警察に全ての友人を売ると誓った皆川優樹菜。

 

 現役高校生が関わり、死者すら出した、ドラッグ絡みの、大事件。

 

 軽い目眩を覚え、ぼくはその場に座り込んだ。

 そしてこれから先のことを思い――

 途方に暮れた。

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