ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
雨が強くなる。カタカタと窓枠が揺れる音が響く薄暗い室内で、ぼくらは暫く見つめ合った。
電源を切った携帯を机の上に置いて、智は気遣わしそうに言った。
「……シャワー、浴びたん?」
眉を八の字に下げ、心配そうに、まるで壊れ物を扱うように優しく、智がぼくの額を覗き込む。
「後でもう一回病院に行こう? ばいきん入ったら大変……」
「……」
ぼくは返事をする訳でもなく、ずっと智を見つめていた。
「……シュウと、何かあった?」
智は頷いた。
「御影が叩かれたって聞いたけん、思いっきり竹刀でしばいたった」
眉間の傷がピリピリと痛み、ぼくは頭を抱えた。
◇◇
その後、智はぼくの口にブルーベリーのガムを一枚突っ込んで、にこりと笑った。
甘くておいしい。
ぼくがガムを噛んでいる間に、智は裸のままで机の引き出しからポータブルのDVDプレーヤーを取り出し、足元にあった小さい冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを取り出した。
「飲む……?」
智が持っているペットボトルverの『いいこ』に、ぼくのお宝センサーが強く反応した。
500mlサイズ! ぼくの大好きな虎が言うところの、
「……グレイト!」
笑顔のぼくに、智は上機嫌だった。
◇◇
その後、ぼくは智が貸してくれた大きいTシャツを着て、またベッドの上に戻った。
微熱があるので、今朝はゆっくりしろとのこと。少し考えて、ぼくは言った。
「智、剣道部はいいの?」
インターハイがどの程度延期になるかは不明だけど、練習しなくていいということはない。
智は首を振った。
「ああ……それなら、もうええんよ。辞めようか思う」
「それは……」
「蛍に会うたらまた喧嘩になるやろうし、楓にも会いとうない」
「カエデ……?」
ぼくが聞き直すと、智はクスクスと小さく笑った。
「本当、変わらんね。まだ名前覚えるん苦手なん?」
「一人一人違うから……」
Hした娘に関してはちゃんと覚えてるんだけど、それは智の精神衛生上よくない答えになりそうなので言わない。
「楓。深山楓って言うたら思い出せる?」
「ああ……深山とも何かあったんだ」
図書館での一件以来、深山とは会ってない。まだ一週間も経ってないのに、その名前は酷く懐かしいもののように聞こえた。
「……深山、元気?」
智は笑っている。
「ああ、元気やったよ」
「…………そう」
よく分からないけど、ぼくは深山の声が聞きたくなった。
深山のことを考えると、複雑な気分。見た目は大人しい癖に自意識過剰でマイペース。お節介な彼女とは主導権の奪い合いになる。
智が笑って言った。
「あいつ、胸が垂れとるやろ?」
智は笑っている。でも、ものすごく怒っていた。身体を見せ付けるみたいに仁王立ちになって腕を組み、尖ったおっぱいをぼくの方に突き出している。
「中学のときも、あんな胸だけの見かけ倒しなヤツが仰山おったな。趣味やないやろ」
ぼくの耳元でそう囁いて、智は同意を迫るように唇を寄せてくる。
「……あいつ、キモいよな?」
嫉妬。鈍いぼくにも、はっきり分かるくらい、とても強烈なやつだ。
「キスしよう?」
「ん……」
顔を上げると、智が唇を合わせてくる。すかさず差し入ってきた舌が口腔内をさ迷い、ぼくの舌に絡み付く。吐息まで飲み込みこんで深いキスを交わす。
確認のキス。智は優しいけど、嫉妬深くて独占欲が強い。
窓の外は雨。
それはふんだんに、嵐の予感を感じさせた。
鼻にかかった智の嬌声を聞きながら舌を絡め、唾液を交換する間は様々な事柄を考える。
「ふぅ……んんっ……」
シュウが気になる。深山のことも心配だ。トウコは慰めてあげなきゃまた馬鹿をやるかもしれないし、カオルは凄く智を怖がっているような気がする。
「……はぁっ、ぁっ……」
眉を逆立てていた智の目尻がとろんと下がり、息継ぎの間さえ惜しむ夢中のキスに変化する。
智も説得しなきゃいけない。三年間続けた剣道をこんな形で終わらせてはいけない。ああ――
この身体も調べなきゃ。
括れた腰に手を滑らせ、逆ハート形のお尻に触れる。
「んふっ、あぁ……」
鼻に掛かった声が出て、智が悩ましく腰をくねらせる。汗の匂いに混じって、甘い匂いが濃くなる。噎せ返るような女の子の匂い。今朝も一度している為か、それが一段と鼻に衝く。
「だっ、ダメやって! 少し熱あるし、やめとこう? なっ?」
目を潤ませ、息を荒くしている智は、そんなことを言いながらも、ぼくから離れない。全然、説得力がない。
――弱点見せろよ。
「スケベ」
智は涙目になった。
お尻を引き寄せ、膝の上に座らせても抵抗はない。困ったように目尻を下げたままで見つめ返すだけ。
女の子が泣くと、ぼくは苛めてみたくなる。可愛いところが見たくなる。
「智、もっと可愛いとこ見せて……」
耳元でそう囁きかけると、智の目が泣き出しそうに潤んだ。股間に押し付けた膝には熱く湿った感触と硬く尖ったクリトリスの感触があって、吐息まで震えている。
「……なぁ、やめとこう? 私、止まらんようになりそう……」
理性的なところは評価できるけど、身体はそう言ってない。熱くなってぼくを欲しがってる。
おかしいとは思わない。
智は三年もぼくを待っていた。黙ってぼくを待っていた。
その想いは、きっと貴重なんだと思う。
お尻の肉を左右に開くと、くちゃりと濡れた音がして奥の襞まで開いた。
「やめて、堪忍やん……勘弁して……」
掠れ声で言う智だけど、両手はぼくの頭を抱えて逃さない。欲求が理性を超えつつある。
この娘は、待ち過ぎたんだ。
「いいよ、好きにして……」
「――!」
びくん、と智は全身を震わせて目を大きく見開いた。喉が鳴り、蕩けそうに表情が緩む。何かが弾けるような予感がして――
視界の端で、青いランプが点滅したのが見えた。着信音もバイブも切ってあるそれは智のスマホだ。着信を告げる青いランプの点灯は、薄暗い室内で妙に目に付く。
瞬間、智は飛び退いた。
「で、電話!」
スマホを転がしてあるベッドまで避難して、智は真っ赤になった顔で安堵の息を吐き出した。
まだ我慢できるのは、素直に立派だと思った。
◇◇
スマホを耳に押し付けながら、何故か智は怯えたような上目遣いでぼくを見つめている。
「……な、なん? ああ……川村か……」
カワムラ。
はて、どこかで聞いたことがある名前だけど、それがどこだったか思い出せない。
「ああ、うん。ええよ。おいでや」
そんなことを言う智は、誰かをここに呼んだみたいだ。
誰も寄せ付けないと思っていたから、ちょっと意外。智はチラリとぼくを見て、視線が合うと慌てて目を逸らした。
「うん……うん……買って来てほしいもんがあるんよ。え? エロい? やかまし! 後はメールするけん、もう切るで!」
ぼくは噴き出しそうになった。
電話中の智は気分が昂っていたのか、声が掠れていた。甘えるようなその声は、いつもは飄々として、ちょっと惚けた感じのする彼女のものとは随分印象が違う。それを指摘されたことはすぐ分かった。
笑いを噛み殺していると、ジト目の智と目があった。
「……誰のせいやと思うとん……」
笑みを返すと軽い目眩がした。熱っぽい身体は少し寒気すら感じる。やはり本調子には程遠い。智が逃げる訳だ。
(ごめんね、カオル……)
体調が整い次第、会いに行くから。そう言い訳して、ぼくは内心でカオルに詫びた。
この娘は、ぼくじゃなきゃ駄目なんだ。
夏の嵐が近付くこの日、ぼくは確かに、黒岩智のものだった。