ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
薄目を開き、口元から涎を垂らすカオルの耳を甘噛みする。
時折、思い出したように身体を震わせ、カオルは眠っている。
膣から流れ出した精液が、肛門の窪みに溜まっていた。
ぼくは、そんなカオルを背後から抱き締めて、やがて健やかな寝息が聞こえ始めるまで、ずっとそうしていた。
◇◇◇◇
完全にカオルが寝入ったのを確認して、身体を起こした。
ウェットティッシュの箱を手繰り寄せ、カオルの股を開いて膣の具合を確認する。
陰唇を両手で押し開くと、愛液と混じった大量の白濁液が流れ出し、布団を汚した。
我ながら、よく出したもんだと肝心してしまった。
きっちりと膣を拭き浄めて行く。カオルは熟睡しているようで、目を覚ます気配はない。
襞が開き、綻んだカオルの女性器を見ていると、なんだか不思議な感慨があった。
一ヶ月前と比べ、少し形が変わったような気がする。
クリトリスは肥大し、膨らんだ陰唇が陰裂からはみ出している。グロテスクになり、イヤらしくなった。
カオルの膣内部に殺精子剤を挿入しておく。
ちょっと値が張ったが、効果が高い代物だ。膣液で溶け、内部に残留して避妊効果を発揮する。行為後も効果を発揮する優れもの。なお、その避妊効果は一週間持続する。外陰部がかぶれるという副作用が報告されているが、深刻な健康被害は報告されていない。
寝息を立てるカオルにパンツを履かせ、タオルケットを掛けておく。
そうして、しっかりと後始末を終えた後、ぼくはもう一度シャワーを浴びた。
愛液で滑る陰茎が、気持ち悪かった。
陽が沈み、星が瞬き、空が藍色に染まり始めた頃、携帯に一件のメールの受信履歴があった。
内容を確認する。
文面は不安を隠せない内容のものだったが、料金の確認、その他諸々の問題に対する質問。
場所、安全確認、もしもの時の逃走経路。それから――避妊方法。
ぼくは問題の一つ一つをよく咀嚼し、ちゃんと対策を立てた後で、その内容を返信した。
すぐに返信があり――
一度、二人きりで会いたい。
ぼくは勘違いしていた。彼女――深山楓は、『遊ぶ』タイプの女じゃないということを、知らずにいた。
◇◇◇◇
先日欠席したシュウだったけれど、その翌日――今日はちゃんと出席していた。
なべて世はこともなし。
シュウは何も変わらず、ぼくに嫌悪と軽蔑の眼差しを向けて来る。心なしか少し窶れて見えるけど、瞳に映る怒りの炎は、些かも衰える気配がなかった。
深山 楓には、昼休みの体育倉庫に呼び出された。
眼鏡を掛け、知性的な雰囲気を漂わせる彼女は、長い髪を三つ編みにして一本に束ねている。
「あ、御影くん……」
初めて聴く声は、なんだかぽややんとして、平和な印象を受けた。
「くん?」
「あ、わたし三年……」
シュウの後ろに控えていた印象が強かったので、てっきり二年生と勘違いしていたが、深山は同い年のようだった。
深山が、ととと、と小刻みに歩み寄って来て、いきなり抱き締められた。
「わ」
それから、深山はぼくの頭を撫でたり、さすったりした。
「……?」
「そんなに不思議なの?」
ぼくが頷くと、深山は少し首を傾げた。
「御影くんを見て、こうしたくない人なんていませんよ」
「ふうん……」
よく分からないけれど、ぼくは頷いておいた。
深山が首を傾げたまま言った。
「御影くんは、どうして売春するんですか?」
「……ッ!」
ストレートに聞かれ、思わず言葉に詰まった。
「答えられませんか?」
「ぼ、ぼくは……」
見つめ返す深山の目は澄んでいて、カオルとも葛城とも違っていた。おそらく、深山楓という存在は日向の存在なんだと思う。
話してしまったのは、それだけが原因じゃない。ぼくは、心の何処かで聞いて欲しかったのかも。
「ぼくの家は、とても貧乏なんだ」
「はい」
深山の打つ相づちは、それが? と聞こえる。でも、話はこれからだ。
「父さんは、夜間の介護施設で働いていて、給料は16万円くらい。父子手当てなんかもあるけど……家賃、光熱費、ぼくの学費、駐車場、食費……出費が多すぎて足りないくらいだよ」
「……」
「父さんは、絶対大学に行けって言うんだ。でも、そんなお金は、何処にもないよ」
「奨学金があるじゃないですか」
ぼくは首を振った。
「駄目だ。それは絶対にしたくない。それは父さんの人生を決定的に終わらせてしまう」
深山は悲しそうに首を振った。
「それは御影くんの勝手な思い込みです。お父さんは、それで人生に絶望したりしないと思います」
「そうだろうね。だから、したくないんだ」
「はあ……」
聞き分けのない子供に呆れるように、深山は溜め息を吐き出した。
ぼくは言った。
「ねえ、ぼく、父さんに迷惑掛けたことしかないんだよ。ぼくが居なければ、父さんは苦労する必要なんてなかったんだ」
「……」
ぼくは――
「ぼくは、虐待されて育ったんだ」
「!」
「地獄みたいな生活だった。それを…………父さんが助けてくれたんだ」
ぼくは、あの頃のことを思い出して、目から涙が溢れて来た。
誰にだって秘密がある。
誰にも答えたくないことがある。
それを答えるということは、もう一度同じ思いをするということだ。
ここで漸く、ぼくは深山の狙いを看破した。
最初から、買うつもりはない。ぼくの事情を確かめ、止めさせようとしただけ。
情けなくなって、ぼくは泣き出してしまった。
「ご、ごめんなさい……この話はなかったことにして下さい」
涙が溢れて止まらない。込み上げた嗚咽が胸を突き上げる。
「失礼します!」
「あっ……!」
ぼくは、深山から逃げ出そうと駆け出し――人気のない体育館の中ほどで、捕まった。
父さんは、ぼくを助ける為に全力で戦って、勝利の代償に全てを失った。
ぼくは泣きじゃくり、それ以上、喋ることはできなかった。
お涙ちょうだいの人情話がしたかった訳じゃない。
「御影くん……大変でしたね」
ぼくを抱き締める深山の手は暖かい。
同情。
ヘドが出そうな、上から目線の、ボランティア。
ぼくは失敗した。失敗したんだ――。
そして、後悔に打ちひしがれるぼくの目前で、体育館の扉が開いて。
シュウが、現れた。
言った。
「淫売が……!」
シュウは、とてつもなく怒っていた。
体育館の中ほどで、見せびらかすように深山に抱き締められ、慰められるぼくに、『剣道部』という彼女の聖域を汚されたと思ったのかもしれない。
シュウは、手に竹刀を握っていた。
ぼくに出来たのは、これ以上迷惑を掛けないように深山を突き飛ばして逃がすことだけだった。
そこから先は、嵐のような展開だった。
「屑め……!」
そう吐き捨てるや否や、激昂したシュウが、思い切り竹刀をぼくの頭に叩き付けた。
がつん、と大きな音がして、目の前で火花が散ったように感じた。
視界が赤く染まった。
切れた額から溢れた血が目に入った。
ぼくは立っていられずに、たまらずその場に倒れ伏した。
シュウは何度もぼくを打ち据えた。
頭の中は、いつかの母さんのこと。悪鬼のような表情でぼくを焼き、打ち据え、殴り……
「ごめんなさいごめんなさいお母さんもうしません二度とつまみ食いしません泣きません大きな声も出しません許してくださいこの通りです」
ぼくはひれ伏し、必死で母さんに謝った。
「なんだ、その小芝居は!!」
それでも、母さんは許さない。ぼくを許さない。激情の赴くまま、何度もぼくを打ち据え――――
「やめなさいッ!!」
空を裂くように。
烈迫の気合。
全身に怒りの炎を燃えたぎらせて、修羅の深山楓が、確かに、いた。
「秋月さん……貴女という人は……!」
陰と陽。唐突に、そんな言葉が思い浮かんだ。種類は違うけど、何処かでこの感情に触れている。
シュウが困惑して言った。
「と、止めるな、深山。この淫売は、こうして分からせなくちゃいけないんだ!」
「黙りなさいッ!!」
深山が駆け寄って、ぼくを柔らかい胸に押し付けるようにして抱き締める。
「ああ、なんて酷い……! なんでこんなに……」
シュウは鼻で笑った。
「そいつはただの淫売だ。2000円でなんでもするような安っぽいヤツだ」
「……!」
はっと息を飲み、深山の身体が震えた。
眼鏡の奥の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出て、ぼくの頬を濡らした。
「貴女はまだ分からないんですか……こんなに小さな彼が、そんな少ないお金で自分を売ることの意味が……」
それだけ言って、深山は激しい嗚咽を吐き出した。
「御影くんは、自分にはその程度の価値しかないと思っているんですよ……」
「え……?」
シュウが、仰け反るように一歩引き下がった。
「貴女は、一度でも真意を確かめようとしたんですか……?」
「そ、それは……」
シュウは、また一歩引き下がろうとして、しかし踏み留まった。
叫んだ。
「御影は何も言わなかった!!」
深山は何度も首を振った。
「私には、素直に話してくれました。貴女が聞かなかったんじゃないんですか……?」
深山の涙が零れ落ち、ぼくの頬に伝う……。それは、とても暖かくて。
「御影くんは、苦しんで苦しんで……貴女は、責めて責めて、あんなに打ち据えて……こんなに小さい!……こんなに小さい身体で頑張っているのに!」
胸を衝く嗚咽に、深山は泣き崩れそうになりながらも、シュウを強く睨み付けた。
言った。
「御影くんは私が買いました。もう貴女には存在の一筋すら渡しません」
「あ……」
シュウは、何度もぼくと深山とを見比べた。
困惑、羞恥、哀しみ、怒り、羨望、嫉妬。幾つもの感情が垣間見える『後悔』の表情。
深山楓が激しく叫んだ。
「出ていきなさいッ!!」
絶対に秋月蛍を許さない。確固たる意志があった。
「おまえには此処にいる資格がない! 資格がない者は出ていきなさいッ!!」
何時もは凛々しく感じるシュウの奥二重の瞳が殆ど泣き出しそうに揺れ動き、ぼくを見つめ――それでもその場に踏み留まろうと、何度も逡巡を繰り返し――
シュウは逃げ出した。
こんなはずじゃなかった。そんな声が、聞こえたような気がした……。