ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
智の大きなおっぱいにもたれ掛かるようにして眠っていた。
微睡みがちな意識の中、ぼくの足はミサトの膝の上に載っていて、ピンク色のブランケットが掛けてある。
「覚めました……?」
ミサトが優しく笑んで、ぼくの足を擦ってくれる。
気持ちいい。
でも、ちょっと心配。智は、何処まで譲歩したのだろう。一線を超えるとミサトが危ない。
「まだ寝とってもええんよ……?」
智の優しくて静かな声は、頭の上から聞こえてくる。視線を傾けると、カチコチと鳴る時計の針は午後三時を過ぎていた。
智はぼくの髪に鼻面を押し付けて動かない。ミサトは、じっとぼくを見つめていて、優しく足を擦ってくれている。
「智……何かお話して……」
「……ええよ。そうやなぁ……」
そう言って、智が胸を押し付けてくる。ぼくの頭は半ばまで柔らかいおっぱいに埋まった。
ミサトが少し可笑しそうに言った。
「……おっきいエビ、ありますよ……」
冗談だったのに、ミサトは本当に買ってきたみたいだ。
「まだ生きとって、ちょっとキモかったで……?」
「黒岩先輩、あれなら刺身でもイケるんじゃないでしょうか」
なんてことだろう。この二人に冗談は通用しない。生贄のエビをどう調理するか大真面目に話し合っている。
「エビの刺身……美味しそう……」
ぼくが呟くと、二人は大真面目に頷いた。
「決まりやな」
「はい。では、ネットで捌き方を検索します」
おっきいエビ……想像するのはやっぱり伊勢海老だ。でも――
「ごめんね、高かった……?」
ミサトがクスクスと笑った。
「そうでもないです。なんと一匹七百円。どーんと五匹買って来ました」
「どーん……」
ぼんやりとぼくが繰り返すと、智が噴き出した。
「ちょっと小振りなんやけどな、意外と安かったんやって」
「ごめんね……お金、ちゃんと返すから……」
「いいんですよ。再会のお祝いに、自分が奢りますので」
そんな事を言うミサトに、ぼくは首を振って見せた。
「お金取って、ごめんね……きっと返すから……」
「…………」
ミサトの顔が少し上がり、智の方に視線を送る。長い前髪が、はらりと捲れて見えた瞳は目尻が少し下がっていて、酷く心配そうに見えた。
なんだかぼくは、悲しい気分。
「……なんも気にせんでええよ……」
やっぱり智が優しく言って、そっとぼくの首筋に触れた。
「……熱はないな……けど……」
「寝惚けてるんでしょうか」
瞼がすごく重くなってきて、瞬きを繰り返していると、ミサトが口元に人差し指を当てた。
「しーっ……また寝ますよ……」
智もミサトも、とても暖かい。エアコンの効いた涼しげな室内で、二人の体温を感じているのはとても贅沢なことをしている気分だった。
◇◇
目を覚ますと、時計の針は午後五時を指していた。
「…………」
智とミサトは、ぼくが横になっているベッドの横に並んで立っていて、恐ろしく真剣な表情でスマホを此方に向けていた。
「……なにしてんのさ。二人とも怪しいね」
二人のスマホから同時に、カシャッというシャッター音が聞こえ、その直後二人揃って噴き出した。
「ぶぷっ! いかん、こんなん耐えられん!」
「ふひひっ!」
何だって、寝起きから笑われなきゃならないんだ。
ムッとして睨み付けると、また二人のスマホからシャッター音が鳴って、ぼくは本格的にムカついた。
立ち上がると、くらっと目眩がして――
「――っと!」
二人が慌てて抱き着いて、バランスを崩したぼくを支えてくれた。でも智は笑いを堪え切れないように目を逸らし、ミサトの口元はだらしなくヘラ付いている。
「……?」
二人の視線は若干上向きで、ぼくの顔じゃなく、頭を見ているような気がした。
違和感を覚え、頭に触れてみると、ゴムとピンで髪の毛をパイナップル状に結わえてある。どうやら寝ている間にやられたみたいだ。
「……悪戯しないでよ」
でも髪が傷に触れないのはいい感じかもしれない。二人はお腹を抱えて笑っているけど――
「……悪くないかも」
そう割り切ることにして、ぼくが一つ頷くと、二人は益々笑い転げた。
「いかん、もう最高!!」
目を逸らしたままの智は肩を震わせて笑い、ミサトは引き笑いを拗らせて咳き込んだ。
ぼくは少し呆れてしまって、そんな二人を後に残し、ちょんまげのまま、顔を洗う為にバスルームに向かった。
そして――
「うわあっ! エビだっ! お風呂場に、おっきいエビがいるぅ!!」
お風呂場にあったバケツの中に、伊勢海老が五匹ほど蠢いている。その光景に、ぼくは悲鳴を上げた。
智とミサトが、一層大きな声で笑ったのが、バスルームまで聞こえてきた。
◇◇
顔を洗って戻ると、二人はパッと顔を上げて、やたらキラキラした目でぼくを見つめてきた。
「な、なあ、次は何するん?」
ちょっと興奮して言う智の横で、食い付き気味にミサトも頷く。よく分からないけど、二人がぼくにおかしな期待をしているのだけは分かる。
ミサトが感心したように言った。
「何をするか分からないと聞いていましたが、ここまで来ると清々しい気持ちになります」
人を奇人変人のように言うミサトは、後で大変な目に遭わせてやると固く心に誓い、ぼくは小さく溜め息を吐き出した。
「……エビ、お金払うね」
伊勢海老の値段はピンからキリ。安いものだと千円以下のものから一万円を超えるものまで様々。基本、大きいものほど高くなる。そこらのスーパーで売ってるものじゃないけど、この辺りは街の中央に位置する。偶々、有ったんだとは思うけど、まさか本当に買って来るとは思わなかった。
ミサトが制止するように、掌を此方に向けた。
「今は、もっと別のことをして遊びませんか?」
「そうそう」
相槌を打って智が笑う。
見る限り、智とミサトの関係は良好だ。見た目は全然違う二人だけど、通じるものがあるのかもしれない。それなりに気も合っているように見える。
仲が良いのはいいことだ。
「遊び……」
ぼくは首を傾げて考える。
遊んでいる暇はないように思うけど、ここから逃げ出すのは至難の業だ。今日はもう休むと決めているけど、寝てばかりいる気もない。
「……………………」
智とミサトはスマホを持ったまま、期待に満ちた目でぼくの反応を伺っている。
やれやれ、とぼくはまた溜め息を吐き出した。
「それじゃあ……」
ずっと気になっていたことがある。だから、ぼくは言った。
「このビルの中、探険したい」
「……た、探険?」
ぱちぱちと瞬きして、智はミサトと顔を見合わせた後、にっこり笑ってぼくに向き直った。
「うふふ、ええよ。そんなら、皆で探険しようか」
知らない場所を探険するのは、ぼくにとって当然のことだけど、二人は意表を突かれたように驚いて、でもそれが、とても楽しそうに見える。
ミサトがクスクスと笑った。
「御影先輩は、男の子ですね」
「まあね」
ぼくは請け合った。
このようにして、御影探険隊は発足することと相成った。