※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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カオル 4

 ――アンタ、御影のことは遊びやろ?

 

 アタシは黒岩智を知らない。この女にガキのやり方は通用しない。鼻で笑われるだけ。それを痛感させられたこの日の晩、アタシは最悪な夢を見た。

 

◇◇

 

  ユキが連れて行かれ、一ヶ月も経った頃、一通の手紙が届いた。

 

 

 ――黒岩さんと付き合うことになりました。カオルには、いっぱいいっぱい迷惑を掛けました。本当にごめんなさい。取ってしまったお金は、後日郵送という形でカオルの家に送らせてもらおうかと思います。本来は、ちゃんと会って謝るのが筋なのですが、こんな形になってしまって本当にすみません。

 御影悠希。

 

 

 勿論、アタシは慌てて電話を掛けたけど、ユキが電話に出ることはなかった。

 怒りはなかった。こんなことになるんじゃないかと思っていた。だから、悲しくもない。涙も出ない。ただ、胸の中央に、ぽっかりと大穴が空いたように思っただけだ。

 

「夏も終わるなぁ……」

 

 ぼんやりと呟いて、ユキからの手紙を丸めてゴミ箱に放った。

 

「黒岩智、か……」

 

 ユキが居なくなってから、あっさり再開した煙草を咥えながら、アタシは漠然と考える。

 

 今回の夢の内容は――他の娘が好きになったから。

 

「……そう来たか」

 

 これは夢だ。いつもの明晰夢。アタシとユキが、こんな簡単に終わる訳がない。だから――

 

 ――早く、終われよ。

 

 そんな風に、考えた。

 

◇◇

 

 九月一日。

 新学期になって、あの手紙以降、ユキからの連絡はない。きっと黒岩智の差し金だろう。アタシなら、絶対に連絡させない。黒岩もきっとそうだ。

 アタシが黒岩を恐れるように、黒岩もきっとアタシが怖いはずだ。でも学校でなら、きっとユキに会えるから。

 また出会えたら――

 

 ――二千円でヤらせろよ。

 

 また初めからやり直せばいい。一度通った道だ。次はもっと上手くやる。ユキのことを思うだけで胸が弾む。

 

 そして、九月一日の教室で、ホームルーム直前に坂本のババアが黒板に書き付けた文字を見て、アタシは呆然とした。

 

 

 ――御影悠希 退学――

 

 

 ぼうっとするアタシを余所に、音を立てて席を立ったのは秋月蛍だ。

 

「なっ、そんな……!!」

 

 鉄面皮、無表情の女、秋月蛍の顔が醜く歪んでいた。

 アタシは深い溜め息を吐く。

 常に真正面からぶつかる秋月には読めない展開だ。ここまでやるなんて思いもしなかったんだろう。恐らく、黒岩ももう学校には残っていない。

 

(やるじゃん……)

 

 坂本も、ユキの行き先を答えはしないだろう。ヒントを残すほど、黒岩は甘くない。あの女は、ユキを手に入れる為ならなんだってする。アタシに土下座だってできるし、靴を舐めろと言ったら躊躇わずそうする。

 動画(アレ)の出所はあの女だ。証拠はないけど、アタシはそれを断言したっていい。だから、こうなるって分かっていた。

 

 ――クソアマが!

 

 なんだってするってのはアタシだって同じだ。でも、ユキを攻撃することだけはできない。そこら辺がアタシの限界。

 この愛の為なら、アタシはなんだってする。でも、絶対できないこともある。

 

 あと一回でいい。

 今度、ユキと会えたときは、二人で遠くに行こう。うんと遠く、誰の手も届かないところまで。

 

 それが、アタシにできることの限界。

 

 ユキ、あいしてるよ。

 

 だから、いつまでも一緒に居よう。

 

 この命、果てるまで――

 

◇◇

 

 

 いつもの明晰夢。

 バッドエンドの可能性。

 この日の寝起きは最悪だった。

 

 最近、ユキの家に泊まることが多かったせいか、久し振りの自室は埃っぽくて、何だか冷たく見える。胸の中がザワザワして落ち着かない。寝汗で張り付いた下着が気持ち悪い。

 

 ……カオル、おはようさん。

 

 夏休みになってからのアタシの一日は、ユキで始まってユキで終わってた。寝ぼけ眼を擦りながら、小さく欠伸する姿を想像しただけで、アタシは泣きそうになった。

 

 ――ぼくを信じて――

 

 ユキからは、そのメールが一件あって連絡はそれきり。昨夜はガン着キメだけど、電話に出てくれなかった。

 アタシは枕元に転がしてあるスマホを睨み付けた。

 

「いい加減、鳴れよ。……鳴れ!」

 

 そんな願いが通じたのか、スマホの着信を知らせるオレンジ色のランプがピカッと光って――

 

 ――葛城 瞳子――

 

「…………」

 

 スクリーンに浮かぶ発信者の名前を見て、アタシはこれ以上ないくらいガッカリした。瞳子からの着信は遠慮なく騒ぎ立て、頭が痛くなる。出る。

 

「……あんだよ」

 

『…………』

 

 通話に出るなり瞳子は無言。このときの沈黙は、何故かアタシを責めているように思えた。

 暫くの沈黙を挟み、低い声で瞳子が言った。

 

『……悠希さん、黒岩と一緒に居るって知ってますよね……』

 

 それに対して、アタシは激しく舌打ちすることで答えた。

 

「死んでユキに詫びろ」

 

『……すみません……』

 

 ユキの負傷に関しては不明な点が多い。黒岩との話では、瞳子と、恐らく葉桐要が関係しているらしいけど、分かっているのはそれだけだ。

 

「話くらいは聞いてやる。何があったんだよ」

 

『……はい、その、実は自分、悠希さんの家に入りまして……』

 

「え? ユキがOK出したのか……ホントかよ……」

 

 ルールその一。

 呼ばれていないのに、家に訪ねてはいけない。

 本来、ユキはとてつもなく警戒心の強いタイプだ。了承も得ず、『家』にやって来た秋月蛍がどうなったか。アタシにしても『家』に……ユキのパーソナルスペースに入ることに関しては繊細の注意を払った。Hするより気を使ったのに……!

 アタシは滅茶苦茶ムカついた。

 まさか、ユキがそこまで瞳子に気を許しているとは思わなかった。だけど――

 瞳子が申し訳なさそうに言った。

 

『……黙って入ったから、悠希さんに半端なく拒絶されて……自分、大パニックで……土下座して……何とか許してもらえました……』

 

 アタシは爆笑した。

 

「何やってんだテメーは! やっぱり死ね! 今死ねすぐ死ねそこで死ね!」

 

『……はぃ』

 

 電話の向こうで瞳子は泣いているのか、その声は弱々しく震えていた。

 ユキがそんなに簡単な相手じゃないことを再確認して、笑い倒すと同時に、少しだけ瞳子を可哀想に思った。

 瞳子はアタシの後輩だ。適当にあしらうことも少なくなかったけど、コイツを一番贔屓していた。

 

「バッカじゃねーの、お前」

 

 瞳子の無鉄砲なバカさ加減は、アタシにも通じるところがある。そう思うと、ちょっと憎めない。

 

「まぁ、いいや。続けろや」

 

 ユキは、きっとアタシがそう思ってしまうことを分かっていた。

 

 あぁ、やっぱりアタシにはユキが必要だ。秋月蛍は勿論、半べその瞳子にも、黒岩智にも渡せない。渡したくない。今の状況を覆す為にどうするか。アタシが頭を悩ませるのはそこだった。

 

◇◇

 

 そこから先の話は早かった。

 

「……葉桐か。何か企んでそうだったけど、そうか……」

 

『はい、アイツだけは許せません』

 

 アタシは少し考える。

 葉桐のことは意外だった。アイツがそこまでしてユキに拘った理由が分からない。単純に好きとか嫌いとかいう感情面だけの理由じゃない。ユキじゃないと駄目。葉桐にはそういう理由がある……。

 

「赤瀬と神木は?」

 

『あのマヌケ二人は、葉桐に騙されたみたいです。まぁ、悠希さんが許したんで、そっちはなんとも』

 

 瞳子が低く、押し出すように呻いた。

 

『あの二人組の男もそうですけど……葉桐! アイツだけは……!!』

 

「……」

 

 黒岩が怒る訳だ。

 この件に関して、アイツは一切責任がない。助けることができたのは偶然だと言っていたが、正にその通りなのだろう。

 ――これがプラス何点だ?

 ユキが今でも黒岩に一定以上の信頼と好意を寄せていることを加味すれば、頭の痛い問題だ。

 その黒岩が、形振り構わず動画(アレ)まで使ってユキを奪りに来た。

 

 アタシも形振り構っちゃ居られない。

 

『新城センパイ、葉桐のヤツ、ヤっちゃいましょう』

 

「……」

 

 黒岩が呆れる訳だ。その心情を、アタシは正しく理解した。

 

「バカか、テメーは。そんなにヤりたきゃテメーが一人でやれや」

 

『……っ、何言ってるんですか! 悠希さん、大怪我したんですよ!? 新城センパイは許せるんですか!? 悠希さんだって、葉桐はボコッとけって言ったんです!』

 

 アタシは、瞳子をつくづく気の毒に思った。

 

「……ユキはさ、アタシには、いっつも我慢しろって言ったよ」

 

 秋月のこと。瞳子や皆川のこと。不満を露にする度、アタシは強く窘められ、何度も試された。

 

「これから『先』を考えたとき、ガキのままじゃ、一緒に居るのは嫌だって言われた」

 

 でも、瞳子には逆のことを言った。何故か?

 

『……え? それって……』

 

 瞳子にも分かったようだ。スマホ越しにでも、強い困惑が伝わって来て――本当に可笑しくて、思わず嘲笑った。

 

「テメーとは『ない』の。そこんとこ、分かるか?」

 

『…………』

 

 葛城瞳子は切り捨てられる側。

 ユキは可愛くて優しいけど、無茶苦茶ドライなところがある。瞳子との『これから』は考えられなかったんだろう。

 

『ふぇ……』

 

 瞳子が泣き出して、アタシは腹を抱えて嘲笑った。

 

 ――ぼくを信じて――

 

 小さくて可愛くて、無茶苦茶ドライな傷付いた天使。アタシの大魔王は、そんなに簡単な相手じゃない。

 

 まだこの夏は終わらない。

 

 それを確信して、アタシは笑った。

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