ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
御影探険隊が行く。
伊勢海老を突っ込んだバケツを持ったちょんまげパジャマのぼくを先頭に、スマホ片手のカメラマン二人が続くという奇妙な隊列。
ちなみにカメラマン二人はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、被写体であるぼくを撮り続けている。
「二人とも、いい加減にしないとエビ投げ付けるよ」
「くひっ、どうぞ。その際はポーズを取ってくれると嬉しいです」
引き笑いしながら答えたのはミサトのやつだ。一年ぶりに会って、成長したと思っていたけど、変態ぶりにも磨きが掛かっているように思う。これも智を欺くためのポーズなんだろうか。
ビル内の通路は薄暗く、オレンジ色の予備灯が照らすのみだ。人気はないけれど、空調は行き届いていて暑いということはない。智の話では、休日中は電灯こそ落とされるものの、通路等の公共区域は空調が生きたままになっているらしい。
智が、つっと歩み寄ってきて、ぼくの手を取った。
「で、何処に行きたい? って言うても、三階と屋上以外は行かんように、お父に言われとんやけどな」
「ふうん……」
まあ、探険すると言ったところで、八階まであるこのビルの全てを見て回るほど、ぼくも暇じゃないし元気でもない。
「……それじゃ、三階から攻めてみようかな……」
そう言って手を握り返すと、智は微笑みを浮かべて頷いた。
土日祝日はビル内に人の出入りはないから楽な格好でいいと言われたぼくは、ちょんまげパジャマのままでいる。それは、智とミサトの何かを甚(いた)く刺激したようで、二人は気味悪いくらい上機嫌だった。
三階へ向かう途中、エレベーターの狭い個室の中でミサトがフラッシュを焚いたのでイラッとしたけど、それ以外は平和だった。
「三階には給湯室があるんだよね?」
「……うん」
智は何だかポーッとしている。口元に穏やかな笑みが浮かんでいて幸せそうに見える。
三年前、中学生のときによく見せた表情だ。こういう時の智はべらぼうに優しくて、酷く世話焼きになる。
「エビ食べたい」
昔と変わってないか、試しに我儘を言ってみた。
「ええよ。それじゃ、一匹捌いてみようかぁ……」
感触を確かめるように、繋いだままの手を柔やわと何度も握り返す智の視線は、ずっとぼくを見つめたまま。ミサトのことは空気扱い、チラリとも見ない。
……まずい。
カオルや瞳子、他の女の子たちとの経験がぼくのスキルレベルを上げたお陰か、智に何かのスイッチが入ったのが咄嗟に理解できた。
「…………」
カメラ撮影は終わったのか、ミサトは薄暗い通路にぽつんと立って、下ろした髪の間から智を見つめている。
こっちはこっちで嫌な感じ。
静かにしているのに、不穏な気配がする。一瞬後には荒れ狂い、全てを台無しにしそうな嵐の前の静けさといったところだろうか。
ミサトが小さく咳払いした。
「……給湯室、でした? 調理できる場所はあるんですか?」
智はぼくと指先を絡め、『恋人繋ぎ』になってご満悦。やはり、ミサトの方を見ずに応えた。
「……なんや、アンタまだ居(お)ったん? 暗いとこやったら妙に雰囲気あるなあ。幽霊みたいやん」
笑顔だけど、その顔にハッキリと書いてある。
――帰れ、邪魔するな。
ミサトの肩が強張る。
「……はい、よく言われます」
「アンタ、ちょっとキモいよな?」
ぼくはあからさまに大きな溜め息を吐き、智と恋人繋ぎになった手に視線をやった。
カオルや瞳子もそうだったけど、この『恋人繋ぎ』は、女の子たちにとって重大な意味がある。もう『ヤってます』って、二人の関係の深さを周囲に見せつける為のもの。その『恋人繋ぎ』をもぎ取るように手離して、ぼくは智からパッと距離を取った。
「……!」
離れた手で名残惜しそうに宙を掻き、智の顔が苦しそうに歪んだ。
「ミサトを呼んだのは智だよね」
「そうやけど……」
智は困ったように眉を下げながらも唇を尖らせ、不満の色を浮かべている。
「だったら、いいかげんにしな。ミサトに謝るんだ」
「…………」
智は、ついっと視線を逸らして黙り込んだ。非を認める気はないし、ぼくの言うことを聞いて謝るつもりもない。
――ここ。
今、この瞬間、智の手綱を離したら大変なことになる。
人気のない雑居ビル。薄暗い通路で、ぼくと智は向かい合う。といっても、ぼくが一方的に睨み付け、智は顔を逸らし続けるだけだけど。
ぼくは鼻を鳴らして、それからミサトを見つめた。
「ミサト、こっちに背中向けて、ちょっとしゃがんで」
「……? はい」
ミサトは不思議そうにしながらも背中をこちらに向け、中腰の姿勢になった。
ぼくは、ちょんまげに結わえてある髪ゴムを引き抜き、ミサトの髪をポニーテールに纏め上げる。
「ちょっ、御影先輩……!」
「うるさい。そんなだから、智が調子に乗るんだ」
慌てるミサトにピシャリと言い放ち、その耳元で囁いた。
「キスしていい……?」
「…………」
背中越しに、ミサトが息を飲むのが分かった。でも躊躇いは一瞬。消え入りそうな声で呟いた。
「……yes」
「それは結構」
これはこれで問題があるような気がするけど。
どうなるかなんて分からない。
でも、智のやりたい放題にさせる訳にも行かない。覚悟を決めて深呼吸すると、一つの文言が頭に浮かんだ。
「キリエ・エレイソン」
(主よ、憐れみたまえ)
ぼくが祈りの言葉を呟くと、何故か智は固まり、怯えたように一歩引き下がった。
「う、ウソ……」
「…………?」
よく分からないけど、智を引かせるのに成功した。その隙を突いて背後から抱き締めるようにしてミサトを引き寄せる。
紅潮した目元が露になり、滑らかな唇は濡れている。仰け反るような姿勢のミサトに、ぼくは噛み付くようにして口付けた。
気分は吸血鬼。
刹那、ミサトは身体を強く緊張させて、じたばたと手足を暴れさせたけど、ぼくを突き放すようなことはしなかった。
「――あ、ああーーーーっ!!」
智が聞いたこともないないような凄絶な悲鳴を上げ、ミサトはピクピクと二度痙攣して、息を引き取った人のように抵抗力を失った。
キリエは『主』を意味する。キリエ・エレイソンはキリスト教の礼拝における重要な祈り。神さまは嫌いだけど、祈りの言葉にはご利益があるのかもしれない。
舌を挿し込み、絡めながらいつもの癖で唾液を送り込むと、ミサトの喉がゴクリと鳴って、その身体がカッと燃えるように熱くなった。
これがミサトのファーストキスなら、多分、一生忘れられない思い出になるだろう。喘ぎ、唇の端から涎を垂らしながらも必死に舌を突き出して口付けに応えるミサトを見下ろしながら、無責任にそんなことを考える
ああ――――
ぼくって、やっぱり、酷いヤツ。