※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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新城 馨(上)

 馨は苛々と言った。

 

「ありえねーよ。バレーボールやってた時はなんもなかったのに……」

 

「ふんふん」

 

「アタシがなんでハブられなきゃならねーんだ? センコーまで無視しやがって!」

 

「そりゃカオルがロクでもない生徒だからなんじゃねーの? ウチが思うに……」

 

 

 友人に愚痴っても、馨の置かれた状況が良くなることはなかった。

 

 

◇◇

 

 

 新城馨は身長185cm。恵まれた体格と優れた運動能力を評価されB級特待生として高校に入学した。

 B級特待生の優遇を受ける為には、バレーボール部に所属している必要があったが、問題になった膝の負傷が、部活動の最中のものであった為、優待は保留された。

 元々、成績はよくない。態度も素行もよろしくない。

 馨が通う高校は、馨には分不相応の学校だった。

 唯一拠り所だったバレーボールを辞めてしまえば、馨には居所などない。しかし、学校からは優遇されている。

 入学当初、うっかり自分がB級特待生――所謂B特待であると口を滑らせたことがあった為、馨はすぐに排斥の的になった。

 挨拶をしても返事がない。

 プリントの類いは回って来ないのが基本。

 連絡網は自分だけ外れていて、台風の日に登校してしまったことすらあった。

 

 地味だが、堪えた。

 

 馨の場合、この学校生活をほぼ二年残しており――限界が、近かった。

 

 陸上部の部室に集まる連中は、運動部のドロップアウト組が多く、馨と気が合った。

 ドロップアウト組の中には、馨と同じ境遇の者も珍しくなかった。そして、その殆どが耐えきれず、学校を辞めて行くと聞いた。

 

 授業を受けても分からない。クラスの皆とは馴染まない。学校は、馨にとって苦行の場所でしかなかった。

 教室の床に落ちている紙を拾った。

 

 

 ――新城ハブしない?

    yes  no  

 

 

 yesに丸がしてあった。

 じわっと視界が滲んだ。目元を拭っていると後ろからクスクスと笑う声が聞こえる。

 馨のその反応を面白がり、そういった陰湿な行為は授業中にも行われた。

 斜め前の座席の生徒に、メモ紙が回る。馨からはよく見える位置だ。

 ――御影悠希。発育不良の小動物。

 長身の馨には、ミクロの生き物にしか見えない。そんなヤツにも馬鹿にされないと行けないのか。

 泣きたくなった。

 

 

 御影悠希はメモ紙を一瞥し、その場でビリビリに破き捨て、あまつさえ吹き散らして見せた。

 

 

 ――フッ、と小さく笑う声がした。

 

 秋月蛍。

 

 特別だった馨には分かる。彼女も特別だ。

 数日後、授業中の事故を装って、悠希が腕を折られた。

 

 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………

 

 馨は席を立ち上がった。授業中だが構いやしない。

 悠希にタックルを仕掛けた男子生徒の後頭部に、渾身のスパイクをお見舞いした。

 

 久し振りの感触に、腕が痺れたが悪くない。胸がスッとした。

 

 三週間の停学が明け――

 

 馨の学校生活は、よい方向へ変わった。恐れられるようになり、大分、やり易くなった。

 プリントの類いはキチンと回って来るようになったし、連絡網はちゃんと情報を共有できるようになった。

 

 御影悠希の近くには、いつも秋月蛍が存在し、なにくれとなく世話を焼いている。

 蛍の奥二重の瞳は冷酷に見えていたが、悠希に構っているときは和らぎ、まるで別人のように見えた。

 

 秋月蛍は嫌な女だ。

 

 馨が手の届かないところで得点を稼ぐ。

 

「ん、瓶の蓋が開かないの? 貸してみて」

 

「あんがと」

 

 毎日プラス1点。馨との差は、どの程度だ?

 胸の奥がチリチリと妬ける。思った。

 

(そのチッコイの、アタシにくれよ)

 

 スマホを取り出し、蛍をフレームから外して、悠希だけを隠し撮りした。

 未だ、はっきりと形は持たないものの、悠希に対する好意のようなものがあった。

 

◇◇

 

◇◇

 

 ある日の日曜日。

 馨は気の知れた友人と、自室でのんびりしている。

 

 馨はこの日もスマホ片手にくわえ煙草。胸の思いは膨らむばかり。

 さして馨と体型の変わらない蛍が、後ろに悠希を連れているのを見ると、嫉妬の焔が胸を灼く。

 

(アタシの方が面倒見いいし。超尽くすし)

 

 だからもっと、側においでよ……。

 

 友人が画面を覗き込む。

 

「……あれ、ソイツって御影じゃん……死んだのか……」

 

 馨のとても小さな堪忍袋は瞬時に破裂した。

 

「あ"? テメー何言ってんだ!? ぶち殺すぞ!!」

 

「はぁ!? それって小学生くらいの時の写メだろ?」

 

「ちげーよバカ! 高校生だっつの!!」

 

「はん? マジかよ……」

 

 友人は分かったような顔をして、嫌悪に眉を寄せた。

 

「な、ナンだよ、それ。何か知ってんのかよ」

「知ってるも何も、ひでー虐待が原因で成長止まってんだろ?」

「はあ? ……はあ!?」

 

 目の前が、ぐるっと回ったような気がして、馨は混乱してしまう。

 

「いや、ウチも小学校同じだっただけだし」

「聞かせろ! はぁ!? 虐待だと!? そんなヤツ、人間じゃねえよ!!」

「うわっ、キレんなよ!」

 

 カオルの剣幕に、友人もたじたじで肩を竦める。

 

「……アイツのこと、気に入ってるみたいだけど、結構キツイ話しになるぞ……?」

 

「あ、ああ。頼むよ。知ってること、教えてくれよ」

 

「……よし。ちょっと長くなるぞ……」

 

 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………

 

◇◇

 

 

「――まぁ、冗談でも暴力は絶対NGだな。ウチならやらない」

 

「…………」

 

「でだな。御影の父ちゃんは、裁判やら離婚の慰謝料やら何やらですげー金使ってっからメチャ貧乏……聞いてっか?」

 

「ガンガン聞いてる」

 

「ふん……で、御影がすげー父ちゃん子なのは分かるな? 父ちゃん馬鹿にすんのもNG」

 

「おう……おう……けど詳しいな……?」

 

「それだよ」

 

 友人はやはり眉を寄せ、嫌悪の表情をして見せた。

 

「まあ、ウチも当時は小学生だったし? 担任のセンコーも若かったんだよ。授業の時間割いて、御影の過去、全部喋っちゃったんだ……」

 

「ああ……」

 

「御影、何も言わねーで学校来なくなったわ。分かるな? すげープライド高い。だから同情もNG」

 

「……」

 

「こういうヤツは手強いぞ。後はテメーで考えな」

 

 

◇◇

 

 

 考え込む時間が増える。

 気が付けば、蛍のことはそっちのけで悠希のことばかりを考えていた。そして馨は、あんまり賢くない。馬鹿の考え休むに似たりを地で行った。

 それでも悩みに悩み。

 考えに考えた期間が半年を超え、とうとう最終学年に上がる。

 馨は考える。

 来年の今頃は就職して働いているだろう。思いを告げるとしたら今しかない。

 悠希は大学に進むようだ。

 そうなってしまえば、接点は断たれる。噂ではあの秋月蛍と同じ大学に行くらしい。それがなんとも腹に据えかねる。

 

 馨はその日も仏頂面で腕を組み、眉間に険しい皺を寄せている。

 視線の先では、今日も蛍が得点稼ぎに精を出している。

 

「御影、一緒にお昼ご飯を食べないか?」

 

 プラス1点。

 馨との差がまた開く。本当に腹の煮えたぎる思いだ。

 蛍がああしている限り、馨は側に寄ることすら難しい。

 

「――食欲ない」

 

 答えた悠希は、浮かない表情だった。

 

「ん、昨日もそう言ったじゃないか。どこか――待て、御影!」

 

 悠希は逃げるようにして教室から飛び出して行った。

 対して蛍は、宙を掻くように手を差し伸べている。

 

 それが堪らなく滑稽で、馨は嘲笑った。

 

 

 

 ――でだな。御影の父ちゃんは、裁判やら離婚の慰謝料やら何やらですげー金使ってっからメチャ貧乏……聞いてっか?

 

 

 

 馨は、悠希が去った方を、じっと見つめていた。

 

◇◇

 

 考えに考える。悩みに悩む。上手く行っても、マイナスからのスタートだ。

 でもやるなら今しかない。

 

 

 夕暮れどきの教室で――

 

 

「2000円でヤらせろよ」

 

 

 対する悠希は困惑した表情だ。無理もない。言った馨ですら、最低の告白だと思っている。

 

 沈黙。

 

 腋の下にじっとりと湧き出した汗が横腹を流れる。緊張のあまり、大量に噴き出した汗が尻の割れ目を伝う。

 

「いいよ」

 

 恋が、ここから始まる。

 そう思うと、馨は泣きそうになった。

 

 

◇◇

 

 

 溜まり場には、秋月蛍の姿があった。

 最近、顔を出すとは聞いていたが、実際ここで会うのは始めてだ。

 無視。もうやったことは変えられない。どうせなら……

 

 見せつけてやった。

 

(アタシのもんだ)

 

 ぴったりとくっついて座り、細い肩に手を回す。悠希の髪は、少し日向の匂いがした。

 

 

 ――新城とは、一回2000円の関係だよ。

 

 

 胸に、大きな釘を刺されたような痛みが走った。

 マイナススタート。

 今、秋月蛍との差はどの程度だ?

 

「……淫売」

 

「うん」

 

 悠希が逃げなかった。それが一番大事なことだった。

 

「行くよ、新城」

 

「あ、うん。えへへ……」

 

 馨は笑った。

 

◇◇

 

 ぱたん、と音を立てて木製の扉が閉まり……

 鼻を衝いたのは、うっすら薫る情事の匂い。

 ドキン、と心臓が一つ跳ねた。

 馨の誕生日はとうに過ぎていて、もう18歳を回っている。経験はないが興味はある。

 悠希が言った。

 

「くさい……」

「窓、開けるか?」

 

 悠希は首を振って、小さな手のひらを向けて来る。

 

「お金……」

「あ、うん」

 

 高すぎれば、このプライドの高い少年は受け取らない。馨の財布も続かない。安すぎれば意味がない。

 そういう意味では、手頃な金額。

 本当は、この100倍積んでも惜しくない。だったら――

 

 ――いっぱいシよう。

 

 すりきれるまで。

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