ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
心配顔の智が、甘やかすように言った。
「悠ちゃん、もっと寝とこうや……」
ぼくに馬乗りになってベッドに押し倒す智のお尻に抱えるように手を回す。
智の着ているTシャツはサイズが大きめのもので、膝上まで丈がある。そのTシャツ越しに触れたお尻にはパンティの感触がない。
ぼくは少し考え――
智を引き寄せてキスをした。
「……ん! ん……ん……」
驚いて一瞬身を固くした智だったけど、すぐ力を抜いて受け入れてくれた。
「……」
ミサトの白い視線を他所に、舌を絡め、恋人同士の甘いキスを交わす。静かに。激しくはない。でも、ねっとりと糸を引くような確認のキス。
離れると、ほんのりと頬を上気させた智と目が合った。
「おはようさん」
「……うん」
すっかり大人しくなった智を胸に押し付けるようにして抱き締め、ぼくはミサトに向き直った。
「……ぼくの携帯取って」
「は、はい…………」
ぐったりしてぼくに身を任せる智に、ミサトは少し羨ましそうな視線を向けたあと、テーブルの上に置いてあったぼくのガラケーを持ってやって来た。
「……剣道部は?」
「三年生は誰も来ませんでしたから、静かなもんです」
「……そう」
ぼくの携帯は電源が切られていたけど、充電は終わっていた。
智のお尻を撫でながら言った。
「お腹空いた」
「……」
智は小さく頷いて、のろのろと起き上がった。
「伊勢海老、残ってたでしょ? ミサトにも少し食べさせてあげて」
「……うん、ええよ」
ぼくとミサトを見比べ、智は生返事をしたあと、ふらふらと覚束ない足取りで部屋を出て行ってしまった。
その智を見送り、ミサトが唇を尖らせた。
「……骨抜きになってます」
「その方が安全だから」
このモンスターは、お腹いっぱいのうちは安全。問題は、ぼくだけしか満腹にできないということだけ。
「……わざとですか」
怒ったように言うミサトと視線を合わせ、ぼくは髪をかき上げた。シーツが捲れ落ち、傷だらけの肌が露になる。
「わざとだよ」
「どっちが……」
食い入るようにぼくを見つめるミサトの喉が、ごくりと鳴った。
「……凄まじい傷痕です……でも……」
「……でも、なに?」
「妙なエロチックがあります。儚さの中に、背徳的で肉感的な何かが……」
まるで網膜に焼き付けるように、ぼくの裸を見つめるミサトは瞬きすらしない。去年、体育倉庫でぼくを押し倒したときの目付きに似ている。
「額の傷も、似合ってます……」
「どういう意味……?」
「……」
ぼくを見つめ続けるミサトの瞳は少し潤んでいて――
「……ダイヤモンドの物語を知っていますか?」
「何かのお伽噺とか……?」
ぼくが首を振って見せると、ミサトは、うっとりとして言った。
「ダイヤモンドは、傷付けられて輝くんですよ」
「わからないよ」
「それでいいんです。ただ、そこにあるだけで……」
傷つけられて形を変える。磨かれて輝きを増すダイヤモンドの物語。
その硬さで。その美しさで。
ダイヤモンドは何をする訳でもなく、ただそこにあるだけで大勢の人間を魅了する。傷付けられたダイヤモンドの物語。
後で知ったことだけど、男のぼくにとっては下らない、いかにも女の子の好きそうなお話の一つ。
「そう……。ミサトがぼくをどう思っているのか分かったよ」
ミサトに向けられるそれは憧れや崇拝の意識が強くて、ぼくにはちょっと子供っぽく感じる。
「ミサトは可愛いね」
困ってそう言うと、ミサトは頬を赤くして俯いた。
「あ、ありがとうございます……」
ちょっと退屈だけどね。内心でそう付け加え、ぼくは携帯電話の電源をONにした。
◇◇
父さんに電話しなきゃならない。
お人好しで剽軽な所のある父さんだけど、決して鈍い人じゃない。昨日は何かに感づいたようだった。警戒しているようにすら感じた。
充電は終わっていて、起動まで三十秒。待受画面に変化したのと同時に、携帯電話が鳴り響いた。発信者は――
――葛城 瞳子――
強い視線を感じ、視線を上げると、眉間に皺を寄せた険しい表情のミサトと目が合った。
「……葛城ですか」
尖った声。智とキスしていた時より、よっぽど不快感を露にして、ミサトは壁に掛かった時計を指差した。
「……?」
指先を追い、時計の方へ視線を向けた瞬間――
指差した方と逆の手で、ミサトがぼくの携帯電話を奪い取った。
「……返して」
トウコからの着信は、なんだか悲鳴のように聞こえてぼくは落ち着かない。
その悲鳴の中、表情を消したミサトが言った。
「……新城馨、秋月蛍、深山楓……」
「…………」
ミサトは何か言いたいことがあるみたい。ぼくは黙っていた。
「この三人は私の手に負えません。だから、黒岩先輩に任せました」
この娘は……
「……一番は、諦めてます……」
だから、一番になれそうな智に付いた。その卑屈な考えが容易に想像できて、ぼくは呆れて首を振った。
同時に、少し悲しい気持ちになった。
報われなくてもいいから、それでもぼくと居たい。健気で……本当に困った娘だ。
「切ります」
ぼくは溜め息混じりに頷いた。
「……しょうがないね、ミサトは」
この娘はトウコなんかとは真逆の存在だ。弱っちくて、放っておけない。まさか、このぼくがそんな事を思うなんて……。
「いいよ、好きにしな」
去年、剣道部で今にも消え入りそうだったミサトを思い出して、ぼくは内心で頭を抱えた。
弱みそミサトは、ぼくの弱点。
そんな彼女は二着狙い。本当に馬鹿な娘だと思うけど、それだけにぼくはこの娘を捨て置けない。年上の先輩として、ぼくを慕うこの娘に冷たくできない。
弱みそミサトが携帯の電源を切り、トウコの悲鳴は消えてしまった。
「私も、御影先輩とHしたい、です……」
ぼくは呆れて、また首を振った。
「いいよ……智が居ない時に来な」
少し触って黙らせよう。そんな事を考えるぼくは、ミサトが弱みそでいる限り、なし崩しに我儘を受け入れ続けるんだと思った。