ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
奥の部屋。
戸惑ったように視線を伏せ、悠希が呟く。
「どうしたらいいか、分かんない……」
馨はゴクリと息を飲む。
「……アタシが言う通りにしてればいいよ。自分でも考えて……そういうもんだから」
「分かった。やってみる……」
肩に手をかけると、はっとした表情の悠希が見上げてきた。
長い睫毛。大きな瞳は真っ直ぐに馨の琥珀の瞳を見詰め返して来る。
馨が誘うように唇を舐めて見せると、悠希の頬にサッと朱の色が散った。
恥ずかしがっている。
瞬間的に理解して、肩から無駄な力が抜けた。
人間相手にすることだ。悠希も緊張しないわけがなかった。
身体を折って、悠希に一息に口付ける。
ファーストキスは、小さく、柔らかい唇。そして口中に広がる、甘い味わい。それだけで目眩がした。
舌を差し込むと、口中の甘さが強くなった。
(あ、これ癖になるわ……)
離れる。
糸を引く雫を切りながら、馨は壁を背に腰を下ろした。
素知らぬ体を装うが、腰が震えて立っていられなかった。
横を叩いて着座を促すと、悠希もそれに倣う。
胸が張り裂けんばかりに鳴っている。身体中が火を噴くのではないかと思うくらいに熱い。誤魔化すように、馨は言った。
「甘い」
「食堂でコーヒー飲んだ……」
「ああ、よいこか。それで……」
「……?」
不思議そうに首を傾げる悠希の姿に、馨は思わず噴き出した。
腰の奥が、じんじんと痺れている。パンツの中は、グシャグシャに濡れていて、まるで洩らしたみたいだった。
「もう、しよっか。脱げよ。アタシも脱ぐからさ」
こういうのは恥ずかしがったら負けだ。馨は、なるべく考えないようにして、ブラウスとスカートを脱ぎ捨てた。
アダルトビデオの影響で、全裸になるのが当然だと思い込んでいた。スポーツタイプのブラを剥ぎ取り、最後の一枚に手をかけたとき、流石の馨も怖じ気付いた。
躊躇いがちに視線を流すと、そこには既に全裸になった悠希が所在無さそうに立ち尽くしている。
「…………」
悠希の身体中に走る無数の傷痕を前に、馨は愕然とした。
友人から聞いて居なければ悲鳴を上げていただろう。
逆三角形の火傷はアイロン。ポツポツと穴のように残る傷痕は煙草。切り傷に至っては無数に散見される。
悠希と目が合った。
「やっぱり、やめる……?」
酷く虚無的で透明感のある瞳だった。馨を見ているようで、実際は何も見ていない。それが手に取るように分かった。
馨は自分の間抜けっぷりに臍を噛む思いだった。
この可能性は充分予想できたことだ。己の不甲斐なさに喚き散らしたくなった。
それでも、馨は何でもない事のように鼻を鳴らして見せた。
「傷くらい、アタシにもあるさ」
そう言って、右膝にある二ヶ所の手術痕を指す。
「もう、治らないの?」
「ああ、永遠に治らないよ」
ぶっきらぼうに言って見せたのは、涙が出そうになったからだ。
悠希が手を着いた姿勢で近寄り、馨の右膝に舌を這わせた。
「な、何を……」
「自分でも考えろって……」
馨の中で何かが弾ける。
五体を駆け巡る熱く激しい何かだ。
今すぐ、一つになりたかった。
◇◇
結果から言って。
馨にとって、初体験は素晴らしい体験だった。
破爪の痛みは殆どなく、微量の出血を見た程度だ。
悠希の小さな身体にのし掛かり、下から挿入した。
最初は、軽く腰を揺すったり、回したり。始めは違和感があったが、慣れてきて、馨に合わせて悠希が動くようになると興が乗ってきた。
それからはもう夢中だった。焦っていたこともあるが、胸に湧き出した愛しさが溢れ出しそうで。
最後は、しっかりイけた。
行為の後は胸がいっぱいで涙が止まらなかった。お互いの初めてを捧げあった。そう思うと何度でも出来る気がする。
ことの終わりに、悠希が言った。
「新城は優しいね……」
――二回目も、した。
その翌日も。
その次の日も。
馨は悠希を買った。
頭の中は空っぽで、ひたすら悠希と交わることしか考えられなかった。
最初、悠希は馨の言いなりだった。
それをいいことに、馨は散々横着を言った。
性器を舌で愛撫させ、事後は必ず後戯を要求した。馨は納得行くまで、離れることを許さなかった。
悠希の性知識は皆無に近かったが、学習能力はかなりのものだ。観察力もあり、自主性も高い。そして何より、指導したのは馨自身だ。
自爆めいた後押しの成果もあり、半月もした頃、馨に横着を言う余裕はなくなった。
一ヶ月もした頃。
『奥の部屋』での二人の立場は、完全に逆転していた。
キスをせがんだところ。
「煙草臭いから嫌だ」
これはまだマシな方だ。抱き締めるとウザがられ、話し掛けるとそっぽを向かれる。
極めつけはクンニのときだ。
「臭いから、拭いていい?」
これには馨も大きなショックを受けた。自身で何度も匂いを確認し、風呂場では赤く腫れ上がるまで洗い倒した。
ネットでの下らない情報を真に受け、軽く香水を振りかけてみたところ、返ってきた答えは――
「腐った果実の匂いがする……」
というものだった。
馨は頭を抱えた。神は死んだとすら思った。
悠希には少し潔癖性の嫌いがある。
同時に、理解している。
この関係はマイナスからのスタートなのだ。落とし穴は幾つも空いている。綱渡りの関係と言ってもいい。馨が己に課すルールは多く、制限は少なくない。
絶対に暴力を振るってはいけない。父親を侮辱してはいけない。お金はちゃんと払わねばならない。同情してはいけない。呼ばれもしないのに家に訪ねてはいけない。
一つ間違えただけで、その他大勢に成り下がることを、馨は誰よりも強く知っている。
馨はずるをした。ゲームで言えば裏技だ。歪みは何処かで必ず現れる。攻略に必要なアイテムは不足し、プレイヤーである馨のレベルは低い。いいところまで行けても、到底、蛍には敵わない。――無理をする必要があった。
馨が好きになった少年は、もう十分過ぎるほどに傷付いている。
――好きだよ、カオル……
本当は、とても愛情深いことを知っている。馨の、羽根の折れた天使。
慎重にならざるを得ない。
秋月蛍が恐ろしい。
その差は、今どの程度だ?
近付いているのか、離れているのか。それとも、もう――突き放してしまったのか。
馨には分からなかった。