※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

142 / 166
第93話

 お風呂上がり。大きな姿見のある小さな脱衣場で、ミサトはぼくの身体を拭いてくれた。

 

「……動かないで下さい……」

 

 大きなバスタオルでぼくを包み込み、優しく撫でるように水気を拭き取るミサトは瞬き一つせず、身体の傷に視線を走らせている。

 

「……なるほど。これが……」

「なに?」

 

 異形の身体。傷付き、所々欠けている。消えない瑕疵。

 

「祈り、です」

「……ごめん。分かんない」

「髪の毛、拭きます」

 

 額の傷に触れないよう、細心の注意を払いながらぼくの髪を拭き取って行くミサトは、少し悲しそうな顔をしていた。

 

「……私も、分けてもらいます」

 

 その後、今度はぼくがミサトの身体を拭いてあげた。

 

「……」

 

 脱衣場の姿見に映るミサトの頬は恥ずかしそうに赤く染まっていて、でも視線は前に向いていた。

 

「剣道部はどう?」

 

 聞きたいことは山ほどあった。

 智がトラブったシュウや深山の事。皆川が投げ掛けた大き過ぎる波紋。ミサトもその意図に感付いたのか、眉を寄せ、深刻な表情で頷いた。

 

「……三年は今日も来ませんでした。それはともかく……顧問もです。おそらくですけど、今年、うちはインターハイを辞退すると思います」

 

「……そんなに?」

「はい。皆川の話を聞いて話が繋がりました。噂で、まだはっきりしていませんけど、運動部からも何人か逮捕者が出てるみたいです」

 

 うちの学校が、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)を辞退する……。そこまで考え、ふと視線を傾けると、姿見の中のぼくは眉を寄せていた。

 

「……女子剣道部は関係ないんじゃないの?」

 

「バスケ部、サッカー部……霧島絡みは軒並みやられるかも知れません。男子剣道部にもキナ臭い噂が流れてます。そうなると……」

 

 そうなると、問題は学校全体に波及する。活動の自粛はあって当然の選択肢。言外にそう答えたミサトは落ち着いている。小さいおっぱいの乳首が勃っていて、ツンと上に向いているのが少し印象的だった。

 

「……ミサトは残念じゃないの? 一年間を棒に振ることになるんだよ?」

 

 ミサトは申し訳無さそうに眉を下げ、姿見に映るぼくを見つめた。

 

「私は、別に。実は、そういうの……あんまり興味ないです」

「……そうなんだ」

 

 ぼくのせい、ということになるんだろうか。皆川に出頭を勧めなければ避けられたことだ。

 

「ごめんね……」

「はい。だから、また後でHしましょう」

「……いいよ。好きなだけ、して……」

 

 それくらいしかできない。そんな思惑から出た言葉に、ミサトは口をへの字に曲げた。

 

「……冗談ですよ」

「うん。ぼくも冗談……」

「…………」

 

 ミサトは、ぽかんと口を開けて、姿見に映るぼくを見つめていた。

 

「なに?」

「あ、いえ……そんな顔もするんだな、って……」

「……」

 

 今、ぼくはどんな顔をしているんだろう。ミサトの努力……ミサトたち二年生の女の子。シュウ、深山、智。全てが台無しになる可能性がある。彼女たちの事を思って、ぼくは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

◇◇

 

 着るものがないぼくは脱衣籠の中にあった智の大きなTシャツを着て、ポニーテールに髪を纏めたミサトと部屋に戻った。

 

 寝室兼居間の部屋に戻ると、短パンにTシャツの智がベッドのマットを引っくり返しているところだった。

 

「……終わったか? テーブルに薬あるけん、飲みや」

 

 テーブルの上には、コップに一杯の水と白い錠剤があった。おそらくだけど……避妊薬(ピル)だ。ぼくとミサトがHした事は知っていて、それでも智は何とも思ってないようだった。

 

 ミサトは何も言わずにその錠剤を飲み、それを横目に、へこたれ気味のぼくがソファに転がると、智がタオルケットを持ってきて身体に掛けてくれた。

 

「悠ちゃん、どしたん? 元気ないな……」

 

 ぼくは頷いた。

 

「……うちの学校、インターハイ、辞退するかもって……ごめんなさい……」

 

 ぼくが謝ると、智もミサトと同じように口をへの字に曲げた。

 

「それは、悠ちゃんのせいやないやん。落ち込まんとってや……」

「ごめんなさい……」

 

 ぼくが何かすると、決まって物事は悪い方に進む。最近はずっとそうだ。自信をなくし、ぼくは弱気だった。

 

 それからの智とミサトは忙しなく動いて部屋の片付けを始めた。二人は先輩と後輩。組んで何かをするのには慣れているようで、動きは自然だった。

 

「私、ベッド片付けるけん、あんた掃除機かけてや」

「あ、はい。何か飲むものありませんか? 御影先輩に……」

「ああ、それやったら……」

 

 そんなやり取りの後、智がペットボトルの『いいこ』を持ってきてくれたので、それを飲んでから、ぼくはまたソファで横になった。

 智とミサトはすごく心配して、何か一つ仕事を片付ける度に、ぼくの所にやって来て、頭を撫でたり、キスしたりして元気付けようと時間を割くものだから、部屋の片付けは遅々として進まない。

 

 ぼくは二人に甘やかされながら『いいこ』を啜っていて、智もミサトもあちこち忙しなく動き回りながら、でも何故か、とても楽しそうだった。

 

◇◇

 

「んっ……」

 

 七度目のキス。ミサトが三回。智が四回目。ぼくは餌をもらう小鳥みたいに二人のキスに応じている。

 

「……妙に甘くないですか? いいこのせいだけじゃないですよね」

「……やな。止まらんやろ。あれ癖になるで……」

 

 ぼくには見えない位置で、二人がボソボソ言っている。

 

「……今日、泊まってもいいですか?」

「そやな。悠ちゃん、元気ないし……私だけやったら、また……」

 

 智は自分に対する牽制としてミサトを利用している。また止まらなくなることを恐れているようで、声色は少し固かった。

 

「夕飯、どうします?」

「それやん……実は夕べな……」

 

 ミサトはあれだけの事をしたのに、智は全然気にしていないみたいに見えて、それがよく分からない。

 

「……責任を感じて落ち込んでいます。気分転換に、何かないでしょうか?」

「うん、そやな……」

 

 二人とも、ぼくのことばかり。その優しさが、ぼくを凄い勢いで駄目なヤツにして行く。

 暫くして、智とミサトがやって来た。

 無気力でソファに転がり、ボーッとしているぼくの顔を覗き込んで笑った。

 

「悠ちゃん、屋上に行こうや」

「屋上……?」

「はい。雨が降ってますけど、屋根があるみたいですし、どうですか?」

「……」

 

 ぼくは努めて深く考えないようにして、二人の誘いに頷いた。

 

◇◇

 

 七分丈のズボンに智のTシャツを着たぼくは、洗濯物の籠を持った智とミサトの二人に挟まれる形で屋上に向かった。

 

 エレベーターの中で、智は大きなおっぱいを押し付けるようにしてぼくの肩を抱き、ミサトは腰に手を回して来る。色々あったせいか、二人にはもう遠慮ってものがない。

 エレベーターが屋上に着き扉が開くと、そこは少し開けた踊場になっていた。視界の隅に洗濯機があり、近くにベンチが一脚。扉を抜けた先の屋外には物干し竿が見える。窓の向こうに覗く空は雨がちらついていて曇天模様。暗く湿ったぼくの心を映しているみたいだった。

 

 洗濯機が動いている間、ぼくらは三人でベンチに腰掛け、お喋りをして時間を過ごした。

 

「……御影先輩と黒岩先輩は、同じ中学校だったんですよね?」

「そうや。私、中三の時に引っ越して来てな……」

 

 ミサトが他愛ない質問をして、それにはもっぱら智が答えた。

 

「ミサト、今日は泊まって行くの?」

「はい。いっぱいHできますね」

「いいよ。して……」

 

 その程度で気が済むのなら、幾らでも。ぼくが投げ遣りに答えると、智はぐっと息を飲み込み、苦しそうな顔になった。

 

「今晩は、そういうのは無しや」

「智も遠慮しなくていいよ。ぼく、うんと悪いことしたんだ。我慢する」

「…………我慢って」

 

 智とミサトは、困ったように目尻を下げて黙り込んだ。

 

「……しないの? 大サービス。こんなこと、そんなにないよ?」

 

 欲望に素直なのはミサトの方。ごくっと喉が鳴って、ぼくは少し笑ってしまう。

 

「ミサトは正直だね。智は……足りてるの?」

 

「……」

 

 どうせ二人は我慢できない。ここに至り、ぼくも自分の事が分かりだした気がした。

 

 ぼくには、よくない才能がある。短期間で多人数との経験を重ねるうちに染み着いたもの。ふしだらでいいかげん。ふらふらと女の子たちの間を漂っていて、節操なく関係を持ちながら、その実、誰とも心を交わさない。

 

「……気が変わったら言ってね。なんでもするよ……」

 

 そう言うと、今度はミサトも苦しそうな表情になって黙り込んだ。

 

 どうだっていい。彼女らの気分は事が始まれば変わる。分かっているんだ。

 

 これからどうしよう。

 雨の音を聞きながら、この後はどうしようって考える。次は何処に行こうって考える。シュウの所に行ってもいいし、カオルの所に戻ってもいい。

 そうだ。トウコや深山も気持ちよくしてあげよう。智とミサトみたいに仲良しになる。みんな仲良しになる。それは、とてもいいこと……

 

 不意に――

 

「う、わ……!」

 

 ぼくは智に抱き締められた。突然。唐突。驚いて見上げると――

 

「なあ、何を考えとる?」

 

「……誰とでも寝るぼくが嫌いなんだ」

 

 智は物凄く苦しそうな表情で、心臓の辺りを鷲掴みにしている。

 

 カオルを振り回すぼくが嫌い。トウコから大金を巻き上げたぼくが嫌い。深山の優しさを踏みにじったぼくが嫌い。シュウの怯えにつけこんだぼくが嫌い。ユキナの馬鹿さかげんを手玉に取るぼくが嫌い。嫌われるのが怖くてミサトとHしたぼくが嫌い。智を信じきれないぼくが嫌い。

 

 嫌い嫌い嫌い嫌い大嫌い。

 

 苦しそうに呻いた。

 

「……これまでのことは……気にならん訳やないけど……怒ってない。誰とHしたとか、せんとか、そんなんはどうでもええ……」

 

「……そう。だったら離して」

 

 本当は離してほしくない。ぼくはもう限界で、何かが擦りきれてしまいそう。遠くに飛んで行ってしまいそう。でも言葉は――

 

「……どうせ、間に合わないくせに……」

 

 言葉は嘘を吐く。

 

「あの時もこの時も、間に合わなかったくせに」

 

「……!」

 

 智の顔が、ぐしゃりと潰れた。

 

「次も、きっとそう。智は間に合わないよ」

 

 言葉は嘘を吐く。ぼくは誰のものにもならない。なってはいけない。必要以上に暖かいと逃げ出したくなる。お似合いの場所に戻りたくなる。何もかも鬱陶しい。

 

「Hしないんなら、もう帰りたい」

 

「……」

 

 智の頬に、大粒の涙が伝って落ちた。

 やっつけた。ぼくがやっつけた。傷付けた。傷付けてやった。気分爽快。彼女にぼくは止められない。

 ミサトが言った。

 

「……御影先輩は、不安定になってます……」

 

「そんな言葉で誤魔化さないで、付き合いきれないって言えばいい」

 

 ここは駄目だ。ぼくの中の何かが強い警鐘を鳴らす。ここを出て行けと強く叫んでいる。それでも――

 ミサトは一歩も退かない。

 

「……だから、二人掛かりで挑むんですよ」

 

「…………何を、馬鹿な……」

 

 智の目には涙が滲んでいて、悔しそうに唇を噛み締めている。今は言葉もないのか、口を噤んでいる。一方のミサトは強い眼差し。不埒で邪悪なぼくを睨み付けて来る。言った。

 

「二対一。絶対に逃がしません」

 

「なんで……」

 

 自分の中の何かが急速に萎れて行く。これまでも、こんな事は度々あった。

 

 ……ああ、ちくしょう……あれだ。あれの力を感じる……。

 

 ミサトは、ぼくを見つめる視線に力を込めた。

 

「愛ですよ。愛。全て受け止めて見せます」

 

 それが、いつだってぼくを弱くする。問題を複雑にする。

 

 大きく鼻を啜り上げ、ぽろぽろと涙を流す智は態勢を立て直そうと頑張っている。袖で涙を拭い、ぼくの髪に頬擦りした。

 

 ……智は、この展開すら予想してミサトを取り込んだのだろうか。だとしたら、その愛は綺麗なだけじゃない。その愛はぼくの想像を超えている。とてもじゃないが……

 

 ぼくを抱き締める智の手が徐々に力を取り戻す。立ち直った。そして――

 

「……気、済んだか……?」

 

 とてもじゃないが、やってられない。明確な敗北を意識して、疲れに息を吐くぼくの頬に、智の熱い涙が降りかかる。

 

「……」

 

 言葉は出ない。雨足が強くなり、窓を打つ音が大きくなる。何もかも掻き消して、沈黙の中に嘘が溶けて行く。

 

「……そっか。そう、なんだ……二人は……そうか……」

 

 ぼくの中の怪物は、疲れたから休もうって言った。もう頑張らなくていいとも。二人に任せておけばいいとも。

 

 雨音を子守唄に、ぼくの中の怪物は眠りにつく。

 

 ここが終着点だ。これ以上のものは何処にもない。だから……

 

 今は、噎せ返りそうな愛に抱かれて眠れ。

 

 『ぼく』という名の大魔王。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。