※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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ぼくが悪魔(ビッチ)になったワケ
ハートブレイカー


「また、寝ちゃいましたね」

「……無理ないわ。殴られたり、誰か死んでみたり。そんなやくざな生活送って、疲れん方がどうかしとる。そういう風にもできとらん。無茶苦茶無理しとる」

 

 夢うつつ。微睡み、ぼやける意識の中で二人の話を聞いている。

 

「……本当は、吐き気がするぐらい女が嫌いなんよ……」

「母親が原因ですね……」

「特別な女はおらん」

 

 智は断言して、それからいとおしそうにぼくの髪を撫でた。

 

「深山は……」

「あの乳牛だけは死んでも近付けるな……!」

「了解しました」

 

 そう。

 深山楓は特別だ。あの娘だけは誰とも違う。あの娘だけが……

 

「これから、どうします? 秋月が黙ってるとも思えませんが……」

「ほっとけ。蛍やったら、もう詰んどる。新城とは私がサシで話着けるわ。葛城とかいうゴミは、アンタが何とかし。同じクラスやろ?」

「……分かりました」

 

 智の言葉に頷き返したミサトは酷く昏い目をしていた。

 川村美里と葛城瞳子。同じクラス。でも、一方的にミサトの方が意識している感じ。

 

「……悠ちゃんのお父が帰るまでが勝負や。あの人が居ったら、全部キレイに終わるやろう」

「どうするんですか?」

 

 智はぼくの髪の匂いを嗅いだり身体を撫でたりしながら、短く言った。

 

「考えはある。アンタの事も悪いようにはせん。ええか?」

「……」

 

 何も語ろうとしない智の真意を計り兼ねたのか、ミサトは少し唇を尖らせて暫く考え込んだ後、渋々といった感じで頷いた。

 

「……分かりました。最後にもう一つだけ、いいですか?」

「なんや?」

「…………本当に、Hなしですか?」

 

 そこで、智は呆れたように肩を竦めた。

 

「アンタな、私の話、真面目に聞いとったか?」

「勿論。でも、慣れてもらわなきゃいけませんよね。足りないと思ったから、黒岩先輩は私を呼んだ。違いますか?」

 

 智はムッとして、ガリガリとウルフカットの頭髪を掻き回した。

 

「……そうや。合うとるよ。そんなんでもなかったら、誰が……」

「ですよねー」

 

 ミサトは軽い調子で言って、一瞬後には眉を寄せて真剣な表情になった。

 

「……でも、深刻ですよ。御影先輩、私としてる時も、何処か醒めてる気がして……あれはいったい……」

 

 それに皮肉を返すわけでもなく、智は神妙な表情で俯いた。

 

「……うん。悠ちゃん、どうやった?」

 

 そこには、怒りや嫉妬の感情はなく、ただただぼくを気に掛ける智の真剣な表情がある。

 

 なんだかぼくは安心してしまって、身体中の力が抜けて行くのを感じた。

 

「……すごくよかったです。小さい手で、あっちこっち触られて……最初は擽ったかったんですけど……そのうち、段々気持ちよくなって来て……」

「……うん、触るな。確かめとるんよ、あれ。ほっといたら、大変やで」

 

 ミサトは複雑な表情。深く考え込んでいるようにも見えたし、困っているようにも見える。

 

「……分かります。最後は、何処を触られても、すごく良くて……」

「自分でするんより、感じる。怖いやろ?」

 

 悲しそうに目尻を下げ、智は首を振った。

 

「……洞察力やな。油断せずに、ずっと探っとる。そういうもんやないやろう……」

「……はい」

 

 悔しそうに唇を噛み締め、智は呟いた。

 

「……恨むで、新城。こんなやり方教えよって……」

 

 セックスは道具(ツール)だ。ぼくにとって、これは居心地を良くする為の手段に過ぎない。

 ミサトが厳しく言った。

 

「……これに値段を付けたヤツは、終わってますね……」

 

 意味が分からない。

 

「頭に来るやろ? 肌重ねたら、その分遠退くとか……クソ……殺してやりたいわ……」

 

 理解不能。智が何故その理屈に行き着いたのか分からない。

 

「楽しんでない」

「間違いなく、そういうもんやとは思うとらんやろうな……」

「……好きな人とはしない?」

「そんなん認められるか」

 

 理解不能理解不能理解不能……智もミサトも何かに気が付いていて、ぼくにはそれが何なのかが分からない。

 

「だったら……」

 

 ミサトが囁くように言って、ぼくの左の頬にキスをする。

 

「愛して愛して愛して愛して、愛するしかないやん……」

 

 智は掠れた声で囁いて、ぼくの右の頬に口付けた。

 

◇◇

 

 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………

 

「……黒岩先輩。もう少し寄って下さいよ……!」

「やかまし。あんた骨張ってて、ちょっと痛いで?」

 

 寝惚け眼を擦りながら見下ろすと、裸の智とミサトがお互い肩をぶつけ合って鎬を削っていた。

 

 カーテンの閉めきられた室内はオレンジの棗球が照らしていて、夜なのか昼なのか分からない。

 

「……二人とも、何をしてるの?」

 

 ぼくが尋ねると、ギョッとした智は慌てて目を逸らし、ミサトはニチャリと笑った。

 

「抱っこですよ。黒岩先輩がなかなか譲ってくれないんで、喧嘩してたところです」

 

「……そう。仲良くね……」

 

 智もミサトも、べったりぼくに張り付いて離れない。足を絡め、あちこち擦ったりキスしたりと忙しない。

 

「ぁ……悠ちゃん、起きた? あのな、私ら離れたくないんよ。引っ付いててええ?」

 

「……いいよ。好きにして……」

 

 いつからそうして居たのか分からない。二人とも顔が真っ赤になっていて、肌が汗ばんでいる。

 絡み付くような甘い匂いが鼻に衝く。

 二人とも、すごく女臭い。吐息まで震えていて、すっかり目尻が下がっていた。汗と生乾きの愛液の匂いとが入り雑じって凄まじい事になっている。発情期の犬だってこんなにあからさまじゃないだろう。

 

「……する?」

「そうやない。イチャイチャしたいだけやん……」

「そうそう、くっついてるだけです。お構いなく」

「……無理しないでね」

 

 智の失敗は、ミサトをストッパーに選んだことだ。自分より欲求に流されやすい人物は、引き留め役には向かない。

 やがて、するすると伸びてきたミサトの手がぼくのペニスを撫で擦り始めた。

 

「……御影先輩は、もっとHを楽しんだ方がいいと思います……」

 

 そう耳元で囁かれ、ぼくは吹き出しそうになった。

 

 ぼくが本気で楽しめば、一人の例外なくおかしくなる。耐えられそうな娘はいない。

 

 さて、我慢するつもりの智と、そんなつもりはさらさらないミサト。対称的で興味深い。

 ぼくは言った。

 

「……Hしたい」

 

 智はハッと息を飲み込み、ミサトは訝しむように片方の眉を持ち上げた。

 

「二人のこと、もっと知りたいんだ……」

 

 本当は、もう理解している。

 どうすれば彼女たちが理性をなくすのか。イチコロのポイントは何処なのか。残っているのは、積み重ねる作業だけ。

 でもそこで――

 ミサトは残念そうに呟いた。

 

「……これは、分かりやすかったです……」

 

 いやらしくぼくのペニスを撫で回していた手が、名残惜しそうに離れて行く。

 

「……?」

 

「…………本当、どうしたらええんやろうなぁ……」

 

 智は悲しそうに言って、ぼくの髪をくしゃりと掻き混ぜた。

 

「……」

 

 躱された。どうやら、ぼくはヘマをやった。でも、何処かしら安心しているぼくもいる。

 

「……なぁ、悠ちゃん。大丈夫や。無理してすることやないんよ……」

 

 嘘だ。カオルは二千円だって言った。気持ちよくしている間、女の子たちはぼくの価値を認めてくれる。分かっているんだ。

 

 ――ごめんなさい……。

 

 唐突に、表情を歪ませて言ったトウコの顔を思い出して、それを振り払うようにぼくは首を振った。

 

「もう、いいんですよ……」

 

 ミサトが優しく言って、智と挟み込むようにしてぼくに抱き着いて来る。

 

「それは、もう終わったんです」

 

「……」

 

 二人の体温でとても暖かい。急速にぼくの中の何かが萎れて行く。

 

 二対一って、結構な反則。追い詰められたぼくは前にも後ろにも進めない。

 

 ぼくがビッチをやめるとき――

 

 そのときは、きっと……神さまと仲直りするんだと思う。

 

◇◇

 

 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

 テーブルの上で携帯が鳴って、ぼくは目を覚ました。

 

「……」

 

 よく休んだお陰か、いつになく頭がすっきりしている。ベッドの上に智とミサトの姿はなく、部屋の中にはぼく一人だった。

 のろのろと立ち上がり、テーブルの上の携帯を開く。発信者は――

 

 ――ダブリ――

 

 これは珍しい。あの伝説のダブリが夏休みに何の用だろう。通話ボタンを押した。

 

「はい、御影」

 

『……チッ』

 

 電話に出るなりご挨拶。国崎くんは小さく舌打ちした。

 

『何で電話に出るんだ』

「何が?」

『――じゃない。秋月にも新城にも電話したぞ。お前、今どうなってる? 黒岩って誰だ? いやいい、答えるな。知りたくない』

「……だから何なのさ」

『今のお前からは、厄介事の匂いしかしない』

 

 寝起きということもあって、ぼくは少しイラッとした。

 

「用件を言え」

 

 単刀直入に言うと、電話の向こうで国崎くんはまた舌打ちした。

 

『……今日は緊急の全校集会だ。休むなって言っただろうが』

「言われてないよ」

『だから、秋月にも新城にも言った。昨夜電話に出た黒岩っていう知らないヤツにも、ちゃんと伝えてくれって言った』

「…………」

 

 時計の針は午前十一時を少し回ったところ。

 

「……緊急の全校集会って?」

『知らん。興味ない。俺が行くと思うか?』

「…………そう」

 

 まぁ、クラスで浮いてる国崎くんが、学校からの夏休みの呼び出しに応じるとは思えない。

 

『今度、焼肉するから、俺のマンションに来い』

「意味が分からないね」

 

 国崎くんは性急で一方的。彼とはよく話す方じゃないけど、それでもこの説明はないような気がする。

 

「おいこら、ダブリ。順序立てて話せよ」

『……今のお前に、そんな暇があるのか?』

 

 国崎くんは呆れたように言って溜め息を吐き出した。と、同時に携帯から小さい通知音がした。発信者は――

 

 ――御影 総太郎――

 

「あ、父さんからキャッチだ」

 

 ぼくがそう言ったのと殆ど同時に、電話の向こうの国崎くんが通話を切った。

 

 瞬間、ぼくはドキッとした。

 

 国崎くんとはあまり話す方じゃないけど、割と気が合う事が多い。

 そんなぼくらの共通点は、無駄が嫌いという一点にある。国崎くんは、父さんからの着信だと聞いてこれ以上の通話を不用と判断した。

 

 ぼくは事の重大性に気付いて舌打ちした。

 

 眠っている間に事態が動いた。智とミサトがぼくを置き去りにして行動しなきゃならないほどの事だ。

 

「……」

 

 ぼくが考えに沈む間にも、父さんからの着信はけたたましく鳴り続ける。そこには確固たる意思が感じられた。

 父さんからの電話に『出ない』という選択肢はない。国崎くんの電話はぼくに覚悟の時間を与えただけ。

 

「まいったね、これは……」

 

 通話ボタンを押した。

 

◇◇

 

『……悠くん?』

 

 父さんからの第一声は、確かめるような呼び掛け。

 

 ……現状はどうなってる? 国崎くんの見通しでは、ぼくが置かれた状況は甘くない。

 

 ぼくは黙り込み、父さんも無言だった。

 

 ……この時点で、幾つかの情報が父さんに知られている可能性が高い。

 

 父さんはぼくの敵じゃない。ぼくも父さんの敵じゃない。沈黙は詰問の厳しさ漂うものじゃなく、お互いに配慮する静けさを匂わせている。

 この沈黙を嫌ったのは父さんだ。

 

『坂本先生から連絡があった。悠くん、今、家に居ないよね?』

 

「……うん。居ない」

 

『……今、何処だい?』

 

 この質問で、頭の中が一気に大パニックになった。

 

「そ、それは……」

 

 どう答えていいか分からない。正直に答えれば、父さんはカオルの事を尋ねるだろう。先ず、智の部屋に居る事情を説明するのが難しい。トウコの事を説明しなきゃならなくなる。痕に残るほどの怪我を負った事も説明しなきゃならない。

 

 何も言えない。知られたくない。

 

 額に浮かんだ汗を拭って考える。それでも言葉は浮かんで来ない。心臓の鼓動が早くなる。ぼくは……

 

「今、カオルの家に居るんだ……」

 

 ぼくは嘘を言った。

 これまでに沢山の嘘を言ったけど、この時ぼくが吐いた嘘は最悪の嘘だ。誰にも言い訳できない。

 

『……そっか。そうなんだ』

 

 言って、父さんは深く長い溜め息を吐き出した。

 安堵の溜め息。

 父さんはぼくの嘘に安心した。

 

『新城さんか……そっか……』

 

「な、なに? カオルがどうかした?」

 

 ぼくは、父さんに嘘を吐いた。その事実に冷たい汗が止まらない。

 一拍の間を置いて、父さんが言った。

 

『いや、ね。父さんさ、悠くんが連れて来る娘は、黒岩さんだってずっと思ってたんだよ……』

 

「え……?」

 

『…………』

 

 それから暫く、父さんは無言だった。

 

 ぼくは気持ち悪い汗が止まらなくて、父さんは沈黙の中に秘密を隠している。

 

『人と人には、相性がある』

 

「……」

 

『悠くんと黒岩さんのそれは、物凄く良すぎたんだ』

 

「ごめん、分からないよ。父さん」

 

『いいんだ。父さん、言わずに済めばそれが一番いいと思っていたしね。黒岩さんも、それが一番いいと思う』

 

「父さん、何を言ってるの……?」

 

 ――気が付いたとき、それはいつも手遅れ。ぼくの知っている神さまは、そういう皮肉が大好きで――

 

 薄い扉一枚を隔て、ガチンという金属のドアが開く音がした。セキュリティレベルの高いここで来客は限られる。

 扉が開く。

 運命はいつだって残酷で、神さまは選択を強要する。扉の向こうから現れたのは、がっちりした身体に切り整えられた短髪。厳しくて、何処かしら悲しそうにも見える男性。

 

「…………」

 

 ぼくが電話中なのを確認して、男性は腕組みした姿勢で口を噤んだ。待っていてくれるようだ。

 

「……お客さんだ。切るね……」

 

 携帯の電源を切る。

 男性は平淡な表情をしていて、とてもじゃないけど友好的な雰囲気とは言い難い。

 ぼくは立ち上がり、顔を上げた。

 

「お久しぶりです。ご無沙汰しています……」

 

 黒岩英雄。

 智のお父さん。

 

◇◇

 

 お互い、口を噤んでたっぷり30秒は見つめ合った。

 

「……」

 

 黒岩さんは値踏みするように半目でぼくを見つめ、僅かに目を見開いた。

 

「……そのデコの傷、どうした? ……ウチのがやったんか」

 

「……」

 

 ぼくは首を振った。

 

「……やろうな。アレに限って、君にそんな事はできんやろう。助けられたか……?」

 

「……はい。智さんに助けられました……」

 

 黒岩さんは視線を伏せ、鼻を鳴らした。

 

「間に合わんかったら良かったのにな」

 

「……はい」

 

 頷いて見せたぼくに苛立ったのか、険しく眉を寄せた黒岩さんは目を逸らした。

 

「……傷が入って益々力が上がったの。男のワシでもくらっと来よる」

 

 智のお父さんが、ぼくにいい心証を持ってないのは明らかだ。ぼくは黙ったままでいた。

 

「君は魔性じゃ、御影君」

 

 そう言って、黒岩さんは頑なにぼくから視線を逸らし続けた。

 

「覚えとったらええわ。まぁ、向き不向きもあるやろうけど、君に血道上げるんはウチの娘だけやない。興味持ったが最後、釘付けや。誰も目を逸らせんようになる」

 

「……」

 

 カオル、シュウ、トウコ、ユキナ、ミサト……女の子たちの顔が脳裏に過って消えて行く。

 

「……何もなしかい。思い当たる事があるんやな?」

 

 黒岩さんは、唾棄すべき不吉なものを見るように表情を歪めた。

 

「こんなことやと思うたで。普段はそんな素振りも見せんウチのが急に一人暮らししたい言うたり、デカい風呂使わせ言うたり……」

 

「……」

 

「勘違いすなよ? 君以外やったら、ワシも一々出て来ん。でも君だけはいかん。分かるか?」

 

「……」

 

「……あいつ、君に夢中やねん。君の為なら何でもしよる。必要やったら、平気で人でも殺しよるやろ。相性悪すぎるんよ」

 

「……はい。分かります……」

 

 智のお父さんが言った事は、ぼく自身何度も考えた事だ。

 

「去(い)ね。君の顔は、見とうない」

 

「…………」

 

「何か言えや。そもそも、何でお前がここに居(お)るんや。総太郎さんには言うとったやろ?」

 

 

 ――いいんだ。父さん、言わずに済めばそれが一番いいと思っていたしね。黒岩さんも、それが一番いいと思う――

 

 

 父さんは見守ったんだと思った。

 話が繋がった。

 ぼくに返す言葉なんてない。

 

「ご、ごめんなさい。すぐ出て行きます……」

 

 黒岩さんは激しく舌打ちして、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 

「しょうもない事させよって……オッサン、そんなに君が可愛いんか」

 

「……っ!」

 

 父さんは悪くない。その思いに身体が強ばる。ぼくは俯きがちだった顔を上げ――

 

「……な、なんや。お父のこと悪く言われて怒ったんか? 君みたいなんでも、そういう気持ちになるんやな?」

 

「……父さんを悪く言うな!」

 

 普段、ぼくは人と目を合わせる事はしない。そういうぼくが目を合わせる時、大抵の人はハッとして目を背ける。

 

「……つっ」

 

 この時もそう。黒岩さんは気まずそうに目を逸らした。

 

「ぼくの事は何て言ってもいい。でも、父さんを馬鹿にするな!」

 

「……!」

 

 弱者の反撃は強者の過剰な報復を生む切欠になる事が珍しくない。

 ぼくは小さい。身長147㎝。そのぼくに気後れした事が余程気に障ったのだろう。黒岩さんは、ばりっと歯を噛み鳴らして言った。

 

 

「偽者のお父が、そんなに大事か?」

 

 

「…………え?」

 

 

 その瞬間、言われた事がどうしても理解出来ずに、ぼくは小さく首を傾げた。

 

 疑問符を顔に貼り付けたぼくを見て、勢いを取り戻した黒岩さんは嘲笑った。

 

「なんや、知らんかったんか?」

 

「…………何を……」

 

「おかしい思わんかったんか? 君とお父、全然似とらんやろ。ハハ、知らなんだんか?」

 

「……」

 

 ぼくは……

 

「お喋りはもうええわ。はよ、去ね」

 

 黒岩さんが嘲笑う。

 

「お母が怒って痛め付ける気持ちも分かるわ」

 

 ぼくは……

 

「……ああああああああああ!!」

 

 目の前が赤くなって、ぼくは黒岩さんに飛び掛かった。

 

「ぼくは父さんの息子だ! 取り消せ! 取り消せぇぇえぇぇえ!!」

 

 ぼくは、誰だ?

 

 ぼくは――

 

 視界が赤と白の光で明滅して、吹き飛んだぼくは思い切り壁に叩き付けられた。

 

 額の傷が開き、夥しい出血が始まる。殴られた。でもすぐ立ち上がって、黒岩さんに飛び掛かる。

 

 ぼくは叫んだ。必死で叫んだ。何を叫んだかは覚えていない。叫ぶ度に何度も殴られた。ひきつった表情の黒岩さんは、ぼくを殴り付けた手を痛そうに撫でていた。

 

「わ、分かったから、もう止めい! 止めい!!」

 

 ぼくは叫び続け、怯えた黒岩さんは、ぼくを殴り続けた。

 

◇◇

 

 天にまします我らの父よ。

 

 願わくは御名をあがめさせたまえ。

 

 御国を来たらせたまえ。

 

 御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ。

 

 我らの日用の糧を今日も与えたまえ。

 

 我らに罪をおかすものを我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。

 

 我らを試みにあわせず、悪より救いいだしたまえ。

 

 国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。

 

◇◇

 

 ぼくは祈り続ける。

 

 神さまなんて大嫌いだ。でも、決定的な出来事が起こってしまったとき、人に出来る最後の事は祈りを捧げることだけだ。

 

 ぼくは唄うように言った。

 

「アーメン」

 

 ヘブライ語で《しかり》《しかあれかし》の意。祈りの最後に同意として付される。

 

 ぼくは唄うように言った。

 

「アーメン」

 

 ――ハレルヤ!

 

 主を賛美せよ!!

 

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