ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
灰色の空。
雨が降っていた。
「さあ、こっちですよ。ワタシと一緒に行きましょう」
しとしとと降り続ける雨の道を歩きながら、カナメは電話してタクシーを呼んだ。
「こういう時、使ってるドライバーがいるんです。ちょっと高く付きますけど、口は固いし、面倒がないんで」
車は沢山道路を走っているけど、カナメはどれも気に入らないみたいだった。
◇◇
暫くしてやって来たタクシーの運転手さんは若い感じの男の人。イヤホンをしていて、リズミカルにハンドルを叩いていた。興味がないのか、ぼくやカナメが乗った時も一切こっちを見なかった。
そのタクシーの中で、カナメはぼくに様々なものを見せて様々な質問をした。
「……コイツ、誰だか分かります?」
差し出された携帯電話のスクリーンに映っていたのは、すらっと背が高くて、茶色い髪をした琥珀の瞳の女の子。
「……」
見覚えがある。でも、それが何処だったか思い出せない。頑張ったけど、ちょっと難しかったので、ぼくが首を振ると、カナメは手を打って大笑いした。
「あは! そうなんだ! んじゃんじゃ、コイツは?」
次に見せられたのは、ドングリ眼の女の子。短い髪の毛。元気が良さそうで、黒曜石の瞳はキラキラと悪戯っぽく輝いている。
「ぶふっ、マジで? 全然、分からない?」
「……うん」
ぼくは泣きそうになった。
他にも色々な女の子の写真を見せられたけど、誰だかさっぱり分からない。カナメは笑いすぎて滲んだ涙を指で拭っていた。
「なるほどなるほど、そうなるんすね。じゃあ、最後です。コイツは……?」
漸く知っている人がいて、ぼくは少し安心した。
「……とも」
「……」
ぼくが答えると、カナメは一瞬で真顔になった。これまでに見せられた女の子を全員知らないって言った時は笑ったのに、知っているって言った今はとても気分が悪そうだ。
「……会いたいですか?」
その問いかけに、ぼくは首を振った。
「……何で?」
「こわいおじさんがいるから……」
カナメは笑わなくなった。でも、ともに会いたくないって言った事に関しては、何故か安心しているみたいに見える。ぼくを引き寄せ、またおでこの血を舐め取った。
「ソイツはクソ女さ。ワタシにしときましょう。いいですね?」
「……」
カナメも凄く怖いけど、まだ叩かれた訳じゃないし、一緒に居ると傷を舐めてもらえる。
「……叩かない……?」
「はい。それは、もう……命に刻みます……」
カナメは、ちょっと苦しそうに眉間に皺を寄せて、でも真剣な表情で頷いた。
「おかし、たべていい?」
「……」
カナメは息を飲み、ぼくを見つめる瞳を少し潤ませた。
「バンソウコウ、ありますか?」
「……」
カナメは応えず、そっぽを向いた。
窓枠に肘を着いた姿勢で、窓の外を眺め、少しだけ肩を震わせている。
「……揃えられるものは何でも用意しますから、遠慮なく言って下さい……」
「ありがとう」
カナメは意外と優しい。ぼくは少しだけ安心することができた。
細く切れ長の瞳。整った横顔に、黒い涙の筋を伝わせて、カナメが独り言のように呟く。
「……御影くん。信じてもらえないかもしれないけど、ワタシにはコレって信念が幾つかあるんだ……」
「……シンネン?」
「ムカつくヤツは、誰だってぶっ潰す。ワタシはそうやって生きてきた。この世の中、許せないヤツが多い。多すぎる。でも……」
カナメの流す涙は黒い。多分、人間じゃない。彼女は悪魔なんだって思った。
「……もう傷付いてるヤツを更に追い詰めるのは違う。……違う!」
呻くように言って凄むカナメは、とても怖い。でも、止まらない黒い涙の筋を見ていると、ぼくは少し不思議な気持ちになる。
「違うと思うんだ……」
この悪魔は、きっといい悪魔だ。優しくて、悲しくて……
「……ねえ、御影くん。誰がそんな目に遭わせた?」
でもやっぱり悪魔だから――
「ワタシが、ぶっ殺してやるよ」
とんでもなく、怖い女の子。
◇◇
大きな道に出て、車は山の方に向かって走った。
激しくなった雨が強く窓ガラスを打つ。時々、カナメが思い出したみたいに額の傷を舐める以外は何事もなく、車は走り続ける。
「……ここの道沿いの離れに、ウチがちょっとした家を持ってるんです」
「おかねもち?」
カナメは吹き出した。
「違う違う。昔、バブルとかいう時代に買って、今はゴミ同然です」
やがて車が停まると、カナメは運転手さんと少し話をした。
「……内密に。この人は怪我してるけど普通の人だから安心して構わない。嗅ぎ回ってるヤツが居たら連絡してほしい」
イヤホンを片方だけ外した運転手さんは、リズムに乗ってハンドルを叩きながら、チラリとぼくに視線を走らせた後、興味なさそうに頷いた。
「……それと、次に呼ぶ時は汚すかもしれない。いつもの倍払うから、準備しといてくれると助かる」
運転手さんは、やっぱり興味なさそうに頷いた。
カナメに背負われ、泥で泥濘んだ道を進む。
「身柄(ガラ)躱す時は、いつもここなんです。もう少しなんで辛抱して下さい」
広い通りから外れた道を進むカナメの身体は、ぼくと同じように雨に濡れているけど、とても暖かかった。
「……怪我も消毒しないといけませんけど、その前にお風呂、いいですか? 汚れちまってますんで……」
「わかった」
「その……ワタシも、一緒で、いいよね……?」
俯きかげんに呟くカナメは、歯切れが悪い。長く伸ばした前髪が目に掛かり、その表情は窺えないけれど、少しやりづらそうに見えた。
◇◇
暫く進み、辿り着いた場所には古ぼけた民家があった。
「ここ」
本当は人が住めるような場所じゃなかったらしいけど、カナメのお祖父さんが手を入れて直したんだとか。
立て付けの悪い横引きの扉を開けると、古くなった木と埃の匂いがした。
「うげっ……」
玄関口にぼくを座らせたカナメは、近くの棚からモップを引っ張り出して、埃だらけの床を拭いた。
「ちょ、ちょっと待って下さいね……」
カナメは酷く慌てていた。見る限り、ここを利用するのは久し振りみたい。ぼくを置き去りにして、奥の方に駆けて行った。
古ぼけた木の匂いに混じり、埃とカビの匂い。でも、何となくぼくの家を思い出して安心する。木の床を歩くとギシギシと音が鳴った。
ややあって、飛んで帰って来たカナメは額に汗を浮かべていた。
「スミマセン、お待たせしました。大丈夫、まだ使えそうです」
「……うん」
カナメの実家は古い農家で、普段、ここは物置代わりに使っているらしい。
「のうみん?」
「ええ、まあ……」
悪魔の癖に、変なの。鎌や鍬を振り回すカナメを想像して、ぼくは微妙な気分になった。
「床が抜ける可能性があるんで、二階には絶対に行かないで下さい」
そんな事を言うカナメに手を引かれ、家の奥の方に進む。
狭い廊下。少し隙間風が吹いていて、冬は住めないだろうって考える。
「……こっちが風呂場です」
タイル張りのお風呂場は意外としっかりした造りで浴槽は大きめ。
「……」
カナメは暫く黙ってお風呂場を眺めた後、思い切ったようにオフショルのシャツを脱ぎ捨てた。
ぼくも倣って、血で汚れたシャツと七分丈のズボンを脱いだ。
大きいタイプのスポーツブラと、ぴったり張り付くようなスポーツタイプのパンツ姿になったカナメは、一瞬だけぼくを見て、振り切るように目を逸らした。
「……スミマセン。目の毒なんで、ちょっと……」
そう言ったカナメは、ぼくにバスタオルを巻き付け、さっと辺りをシャワーで流した後、浴槽にお湯を溜め始めた。
「……十分ぐらい掛かります……」
僅かな空隙。手持ち無沙汰のぼくは、黙って浴槽を見つめていた。
「……」
カナメは黙ったまま、スポーツタイプのブラを剥ぎ取って、廊下の方に投げ捨てた。
雨に濡れたせいか、白く滑らかな肌は鳥肌が立っている。平らな胸は殆ど膨らみのようなものがない。
「……どう思います?」
「……なにが?」
「…………」
カナメは口を閉ざし、ぼくはまた浴槽に視線を戻した。
半分ほど湯船が溜まったところで、カナメがぴったりとした短パンを脱ぎ捨て、全裸になった。
「こっち、見て下さい……」
「……?」
「どうですか……?」
「……なに?」
カナメは両手を広げ、余すとこなく全身をぼくに見せ付けて来る。その視線は、自信なく俯いてタイル張りの床と睨めっこしていた。
「……普通と違いますよね。キモくないですか?」
平らな胸。小さい飴玉のような乳首は上向きに勃っている。うっすらと生えた陰毛の間に、包皮にくるまった大きめの陰核が見えた。
「……ごめんなさい。わかりません……」
ぼくがそう答えると、俯いたままのカナメは、やっぱり自信なさそうに首を振った。
「……少し触れば、分かりますよ」
湯船が溜まり、二人で交互に掛け湯した後、漸くお湯に浸かった。
全身がじくじくと痛んだ。でも熱めのお湯が身に滲みて気持ちいい。
広目の浴槽で、カナメはぼくと向かい合って座り、足を大きく開いて顔を逸らした。
「……?」
カナメはその部分を見せたがっているように見える。でも、じろじろ見ていい場所じゃないと思ったので、ぼくは膝を抱えて目を逸らし、何でもない振りをした。
◇◇
カナメは、少し辛そうに見えた。
「……どこか、痛いの?」
足を大きく開いたままのカナメは自嘲気味に笑って、上目遣いにぼくを見つめた。
「……痛いって言ったら、どうするんですか? 慰めてくれます?」
「ぼくでよければ……」
「……身体を洗いましょう。分かりますよ」
カナメは躊躇いがちに視線を伏せ、立ち上がった。
もうもうと湯気が立ち込める浴室で、バスタブに腰掛けたカナメはまた大きく足を開いてその部分をぼくに見せ付けて来る。
「……なに?」
「不気味、ですよね……」
よく分からない。カナメは悪魔で怖いけど、滑らかで白い肌には染み一つない。傷だらけのぼくとは違う。これを不気味だと言うなら、ぼくの方がよっぽど不気味な気がする。
「……どうすれば、いいですか?」
ぼくが遠慮がちに言うと、カナメは、ぐっと唇を噛み締め、物凄く辛そうに言った。
「さ、触って下さい……」
ぼくは頷いて、カナメが言う『その部分』に触れた。
「……あっ!」
その瞬間、カナメが余りに大きな声で呻いたものだから、ぼくは吃驚して距離を取った。
「だ、大丈夫。でも、その、敏感なとこなんで、その……優しく……」
ちょっと痛かったみたいだ。ぼくは少し反省して、近くに置いてあったボディソープを引寄せた。
「ご、ごめんなさい。きをつけます……」
「……」
「いたかったら、いってください……」
カナメは真っ赤な顔で頷き、ぼくはボディソープでしっかり手を泡立てて、再び『その部分』に触れた。
「……あ、あぁっ!」
カナメが苦しそうに呻き、『その部分』が大きくなった。でも痛いとは言わない。
なるべく優しく触れると、カナメの『その部分』は凄い勢いで大きくなったので、ぼくは吃驚して僅かに目を見開いた。
「うふ、ふ、キモいですか……?」
真っ赤な顔をしたカナメの切れ長の瞳から、ポロポロと涙が溢れ出した。
「……だから、なにが?」
バスタブに腰掛けてカナメの股間を覗き込む形のぼくは、それだけ言って、『その部分』を擦り続けた。
「あっ、あっ……!」
カナメの『その部分』は、くるまった包皮を突き破りそうなぐらい大きくなった。
ぬるぬると滑る手でそこを愛撫しながら、ぼくは不思議な感覚に首を傾げた。
何か思い出しそう。
そこまで出かかっている。カナメのその部分はまだまだ大きくなる。まるでぺニスみたいで、行く手を阻む包皮のせいで、とてもしんどそうだ。
「剥くね?」
「――! 待っ――」
ずるり、と包皮を剥き、その部分を丸裸にした瞬間――
「うわあああああっ!!」
カナメは辺りをつんざくような悲鳴を上げ、パタタっと飛び散った何かがぼくの頬を濡らした。
「う、ううう………………」
全身を紅潮させたカナメは、滑る愛液を股間から垂れ流し、声を上げて泣き崩れた。
「……自分で触ったこと、ないの?」
あの葉桐要が泣いている。
ぼくがやったんだ。
凄い優越感。
急速に、ぼやけた世界のピントが合い始めたような気がした。
滑る愛液とボディソープを潤滑油にして、ぺニス並の膨張を見せるクリトリスを撫で擦ると、カナメはまた悲鳴を上げて腰を引いた。
「……うあっ、うわあああああ!!」
頬を濡らした飛沫を舐め取り、ぼくは嘲笑った。
カナメの『その部分』は、そういう器官。ぺニスじゃないけど、そこに感じるものは酷似している。
――マジかよ!
嘲笑う二人組の男を思い出して、ぼくは納得した。
――カナメが?
――ボクちゃんにはそう見えるのか
――女臭いとか、クッソウケるわ
とても大きなクリトリス。くるまっていた包皮から剥き出したその部分は、精子を吐き出す尿道こそないけど、ぺニスに近い形状をしている。
男の子と女の子があるように見えなくもない。中性的な体格をしている事もあり、本人も自分の性を理解できずに苦しんでいる。
カナメの性は混乱している。
少なくとも、本人はそう思っていて、自分の性を嫌悪して酷く苦しんでいる。
ぺニスのように大きいクリトリスの下にある膣口から、射精を彷彿させる大量の愛液を吐き出して、カナメは絶頂の衝撃に泣き崩れている。
「うあ、うぁあぁあぁ…………」
凄まじい優越感。
「……初めての射精って、気持ちいいって言うより、衝撃以外の何物でもないよね?」
自分で触れたことはないのだろう。カナメが受けた衝撃を見れば、それは一目で理解できた。
今、カナメを襲っているものは、猛烈な自己嫌悪と、生まれて初めての衝撃。そして独特の喪失感。
「えぅ……」
嗚咽を繰り返すカナメは、グシャグシャになった泣き笑いの表情でぼくを見つめている。
この娘は、自分に合った歪んだ器を探してさ迷っている。自分の番を探してさ迷っている。
全てを理解して、ぼくは鼻を鳴らした。
「なんだ、勿体振りやがって。普通の女の子じゃないか」
誰もがさ迷う。そして、誰もが歪んでいる。自分だけがそうだと思うのは、とんでもない思い違いだ。
「……」
ぼくの悪態に、カナメはやっぱり嬉しそうに、泣き笑いの表情を浮かべていた。