※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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第11話

 200万円くらい稼ぎたい。これを少しづつ家計に還元して行く。そうしたら、父さんの貯金と合わせて、家は充分やって行ける。

 カオルから貰ったお金は、すごく役に立っている。

 公共料金の支払いは、ぼくが任されているから、貯金を下ろすふりをして払う。ガス、電気、水道……。

 カオルのお陰で、お昼ご飯を抜いたり、交通費を浮かすために歩いたりせずに済んでいる……。

 葛城からはまだまだ搾り取れそうだ。カオルからは……

 

◇◇

 

 目を覚ますと、保健室だった。

 時計の針は午後3時を過ぎようとしている。

 身体中が酷く痛んだ。頭も猛烈に痛む。どうやら、かなりやられたようだ。

 終業のチャイムが鳴って、ややもせず、深山楓がやってきた。

 身体を起こそうとするぼくを遮って言った。

 

「御影くん、大丈夫ですか?」

 

 実は、あまり大丈夫じゃないが、騒ぎにするわけには行かない。

 ぼくは軽く頷くだけに留めた。

 

「…………」

 

 深山が、ぼくの髪を指ですきながら、顔を覗き込んでくる。

 

「……」

 

 沈黙。

 深山は何かもの言いたげにぼくを見つめている。

 

 深山楓は、『遊ぶ』タイプの女じゃない。要するにお堅い女だ。ぼくは、この女に用はない。

 

「……ありがとう。もういいよ。後は何とかするから……」

 

「……」

 

 深山はもの言いたげに、ぼくを見つめるだけだ。

 カオルに会いたい。

 痛む頭でそんなことを考える。

 

「…………」

 

 お互い、口を噤んで見つめ合う。

 深山は目を逸らさなくて、下がった眦は酷く悲しそうだ。

 

「キスして、いいですか……?」

 

 ぼくは首を振った。

 

「キスはしないことにしてるんだ」

 

 シュウのせいで少し盛り上がってるだけだ。彼女はそういう女じゃない。熱が冷めれば考えも変わる。

 深山は残念そうに呟いた。

 

「それは、仕事では、という意味ですか?」

「うん、そう。ごめんなさい」

 

 ぼくは面倒になって頷く。そういうことにしておいた。

 

◇◇

 

 暫くして、保健の先生がやってきた。

 深山の説明でぼくは階段から落ちたということになっていて、軽い脳震盪という判断から救急車は呼ばなかったということだ。

 念のために病院に行くように告げられ、帰っていいと言われた。

 身体中が痛い。

 深山はぼくから離れなくて、彼女の付き添いで玄関口に向かった。

 シュウに打たれた箇所が熱を持ち、お陰で頭がぼんやりとする。

 

「――御影さん!?」

 

 呼び掛ける声に足を止め、ぼくは億劫な顔をそちらに向けた。

 

「ど、どうしたんですか? 身体の具合が悪いんですか!?」

 

 並んで歩くぼくと深山の間に割って入り、腰を抱えるようにして支えたのは――

 

「葛城……ごめん、週末無理かもしんない……」

「それは今度でいいです! ホントにどうしたんですか!?」

 

 葛城に腰を支えられ、ぼくは軽く息を吐く。

 

「ちょっとね……」

「って――おでこ! こんなにふらついてるじゃないですか!?」

 

 葛城は絆創膏を貼ったぼくの額を指し、耳元でウザいうるさい。

 ムッとしたように口を開いたのは深山だ。

 

「……下級生の子ですか。御影くんとはどういう関係でしょう」

「…………」

 

 葛城は、わざとらしく今、気付いたと言わんばかりに、深山に向き直った。

 

「あんたこそ、誰?」

 

 固く鋭い声。別人みたいだった。

 

 一拍の間が合った。

 

「自分、御影さんとキスしてますから」

 

 葛城、コイツ!!

 

 ――瞬間、深山の形相が変わった。

 眉間に険しい皺を刻み、葛城を迎え撃つように背筋を張った。

 

「……それは、幾らでそうして貰ったんですか?」

 

「なんのことです?」

 

 にやにや笑って葛城は惚けて見せる。しかし、一瞬後には睨み付け――

 

「御影さんに乱暴したの、あんたじゃなさそうですね」

 

 葛城はぼくの状態を見て、気付いたようだ。

 

「ええ、もちろん」

 

 答えながら、ちらっと深山がこちらに向いた。――ぼくに超怒ってる。

 

「みか……ビッチさんは、自分が見ますんで」

 

 葛城もぼくに超怒ってる。腰を抱える腕に力を入れた。ちょっと痛い。

 

 沈黙。

 とっても気まずい沈黙。

 

 深山が少し視線を下げ、ぼくに向かって微笑み掛けた。

 

「また連絡しますね。……ビッチくん」

 

 そう言って、深山は踵を返した。

 去って行く背中から、黒いオーラが滲み出て空間が歪んでいるように見えた。

 

 明日には頭が冷えているように強く願った。

 

 葛城が冷たい声で言った。

 

「御影さんは、自分に好意を持った女にちょっかい掛けない方がいいと思います」

 

「なんで……?」

 

「そんなことだから、あんな厄介なのに目を付けられるんですよ」

 

 葛城が何のことを言ってるかなんて、この時のぼくには全然分からなかった。

 

 遊ばない女が遊ぶとき、それは『本気』って言うんだ。

 

◇◇

 

 葛城に陸上部の部室に連れて行かれた。

 壁際の長椅子に横にさせられ、ぼくの額に手を置く。

 

「すぐ新城センパイ呼び出しますんで」

 

 ぼくは頷いた。

 葛城は思ったより冷静みたいだ。だからこそ、カオルに連絡する。

 片手でぼくの熱を計りながら、スマホを取り出した。

 

「一応、確認しますけど、秋月で間違いないですね」

「……」

「沈黙は肯定ってことで」

 

 黙っていても、カオルには全部バレるだろう。ぼくは葛城の好きにさせた。

 

 葛城がスマホを耳に当てて黙り込む。暫くして――

 

「あ、葛城です。緊急ですみません。御影さん、やられました」

『……!…………!』

「今は部室ですね。はい……はい……分かりました」

 

 この連携。

 パレスシスターズの絆を舐めてた。

 そうだよね。棹姉妹だもんね。繋がってて当たり前だったね。

 

 駄目だ。ぼく、ちょっとおかしい。葛城の手が冷たくて気持ちいい。

 

「何か冷やすもの持って来ます」

 

 意識が、遠くなる。

 

 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………

 

 扉が乱暴に開け放たれる音で目を覚ました。

 

「お、新城と~ちゃ~く」

「まぁ、愛しのビッチ姫がボコられれば」

 

 回りにはヤンキーが何人かたむろしている。ぼくが少し眠った間に来たんだろう。

 そしてよく分からないけれども、彼らは傷付いた者には優しかったりする。誰も煙草を吸ってない。

 いつの間にか、ぼくも彼らの仲間になったということだろうか。

 

「ユキ!!」

 

 カオルの悲痛な声が響いた。

 すぐさま駆け寄って、横になったぼくの手を両手で握り締めた。

 膝を着き、心配そうにぼくを覗き込むカオルに興味を覚えたのか、ヤンキーたちも寄ってきてぼくを覗き込む。

 

「うお、起きてるわ」

「昔、家で飼ってたウサギ思い出した。モソモソ葉っぱ食うの」

「まぁ、みんな一度は通る道っしょ」

「あるある」

「ビッチ生きてるかあ」

 

 みんな口々に勝手なことを言っている。

 

「テメーら、っせえぞ!」

 

 カオルが激昂して吼えた。余程急いで来たのか、コンビニの制服を来たままだ。

 

「新城さん、マ〇ルドセ〇ン一つお願いします」

「俺、セ〇ンス〇ー」

「――お前らぁ! クソが! さっきビッチっつったの誰だ! 出て来い!!」

 

 そのカオルの言葉に、辺りがしん、と静まり返った。

 ヤンキーの一人がポツリと呟く。

 

「……誰だよ……2000円で買って来たの……」

 

 葛城を含めたみんなが、一斉にカオルを指さした。

 一瞬の静寂の後――

 

「新城、あり得ねえ!」

「ぎゃはは! ウケる!!」

 

 部室内は大爆笑の渦に包まれた。

 ぼくも笑った。身体中痛かったけど、おかしかった。

 

「お、ビッチ笑った」

「やべえ、可愛い。新城とシンクロした……」

「そして開かれる新たな官能の扉」

 

 少しだけ、カオルがここに留まる理由が分かった気がした。

 ここは、ちょっとだけ居心地がいい。カオルは顔を赤くして怒っているけど、まだそれだけで収まっているのは、この空気のお陰だろう。

 

 やがて、ヤンキーどもは三々五々に部室を後にする。

 

「おい、葛城。二人きりにしてやれや」

「…………」

 

 葛城は、ずっとぼくの手を握って離さないカオルの背中を見つめていたけれど、振り切るようにして背を向けた。

 

◇◇

 

 二人きりになった室内で、カオルはぼくの胸に顔を埋め、ひたすら泣いていた。

 

「なんでだよ……なんでこんなことするんだ……アタシにすりゃいいじゃねえか……」

 

 カオルの涙が暖かくて、ぼくは少し眠くなって来た。

 

「秋月……!」

 

 ぼくは、カオルの髪を撫で続けた。

 

「カオル……」

 

 泣き崩れていたカオルだけど、ぼくが呼び掛けると、ハッとして身を起こした。

 

「ぼくの側に、ずっと居てよ……」

「ああ、ああ……!」

 

 眠い……。

 

「シュウに手を出しちゃ駄目だ……」

「でも……ああ、畜生!」

 

 カオルは血を吐くように嗚咽して、また泣き崩れた。

 

「今度は退学になるよ……」

「構うかよ……! クソ! クソが! あいつ……絶対、許さない!!」

 

 ぼくは首を振る。

 

「側に居てくれないの……?」

 

 カオルは両手で目頭を押さえ付け、獣のような嗚咽を上げる。

 衝動と、理性の綱引き。

 

「カオルが居ないと、ぼくは一人きりになるよ……」

 

「……!」

 

「ぼくのカオル……」

 

「ぉ、ぉぉ……居る、居るよ……! 畜生! ちくしょう……! 何もできないなんて……」

 

 この綱引きも理性が――ぼくに対する気持ちが勝った。カオルは全身で嗚咽を繰り返し、ひたすら、目に見えない何かを罵っていた。

 

 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………

 

 途切れた意識の中、シュウの夢を見た。

 

「御影、一緒の大学に行かないか?」

 

 A特待のシュウは、幾つもの大学から声が掛かっている。

 

「ぼくは地元の大学に行くよ。シュウは東京都の大学に行かないの?」

 

 地方の優秀な人材は首都圏に流れる。社会現象。

 

「あ、いや、私は……」

 

 困ったように頬を掻くシュウは、いつになく歯切れが悪くて――

 

 

 最近、ぼくにも分かって来たことがある。

 

 誰かを、好きになるという気持ち。

 

 以前は、よく分からなかった。でも今は……

 

 シュウは、ぼくを好いていてくれたんだろうか。

 

 ――新城とは、一回2000円の関係だよ。

 

 あのときのシュウの顔が、今も頭から離れない。

 

 とても酷いことをした。

 

 霞む意識の中、ぼくは言った。

 

 

「シュウ……ごめんね……」

 

 

 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………!!

 

 胸の上で、何かが、震えた。

 

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