ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
激しい雨の中をカナメの運転する軽自動車が街に向けて走っている。
カナメの祖父がバブル時代に購入したという物置替わりの家屋にやって来た時の記憶は朧気だ。この数日、ぼくは位置感覚を失っていたけど、それも街が近付くにつれて回復した。
カナメの隠れ家は県境にある山奥に位置していて、そこでぼくは数日過ごした事になる。
ぼくはシオリの柔らかいおっぱいに顔を押し付けるようにして、じっとしていた。
車の外は激しい雨と風が吹いていて、カナメは時折ハンドルを取られそうになると愚痴を溢している。
日付が変わり、街中に入った。
「……煙草切らしたんで、ちょっと買って来ます」
そう言ったカナメは、大通り沿いにある駐車場に停車して、車のエンジンを掛けたまま、雨の中をコンビニの方に向けて走って行った。
車内はエアコンが効いていて涼しげ。シオリは、ずっとぼくの背中を擦っていてくれて、油断すると眠ってしまいそうなくらい気持ちいい。
カナメが車から出て、幾らもしないうちにシオリが呟いた。
「……責任、取って下さい……」
意味が分からない。
ぼくは、シオリに対して責任を取らなきゃいけないような酷い事はしていない。それはHしたカナメやミサキにも言える事。
「何かあったら、どうするんですか?」
ぼくは黙ってシオリを引き寄せ、見上げるような態勢でキスをした。
「……大丈夫。シオリに危ない事はさせない」
「…………」
シオリは返事をせず、眉間に皺を寄せて険しい表情になった。どうやら、そういう事を言いたい訳じゃないようだ。
「そんな事言って、有耶無耶にしちゃうつもりじゃないんですか?」
それだけ言って返事を待たず、シオリはぼくの首筋に噛み付いて蹂躙を始める。
車内に湿った息遣いが流れ、激しい雨の音がそれを拐って消えていく。
「カナメは……」
「最低でも、三十分は帰りませんよ。そういう意味です」
悪には悪の流儀。カナメはクズだけど、一本芯が通ったクズだ。ここから先は何が起こるか分からない。だから、するんだったらここで済ませろ。カナメは妙な気配りをして、シオリはそれに乗っかった形になる。
「……駄目。こういう所じゃしたくない……」
シオリは黙ってぼくの身体をまさぐりながら、掠れた息を耳に吹き掛けて来る。
「……ミサキに先を譲るんじゃなかったって後悔してます……」
ぼくは内心溜め息を吐く。
これから双子の為にやらなきゃいけない事を考えると、とてもじゃないけどそんな気になれない。シオリを押し返しながら、妙な気配りをしたカナメを恨んだ。
シオリが低い声で呟いた。
「……やっぱり、有耶無耶にしようとしてます……」
黒岩英雄の言う、『力が上がった』状態のぼく。シオリからどういう風に見えているかは分からない。
「もう……面倒だね。どうすればいいのさ」
しないって言ったら絶対しない。ぼくは気紛れだし、誰とでもするけど、何処ででもするような獣じゃない。だから……
「一つだけ、お願いを聞いてあげるから、それで我慢して」
半ば自棄になって言った事だけど、シオリは目を剥いて固まり、ぼくを蹂躙する手を止めた。
「……本当ですか?」
「ぼくが叶える事が出来る範囲なら、ね……」
無理かと思ったけど、効果は覿面だった。シオリは身体を起こし、ぼくの肩を抱き寄せながら車の外に視線を向けた。
「少し、考えさせて下さい……」
それきり、シオリは口元に手を当てて深く考え込む様子だった。
十分過ぎ、二十分が過ぎてもシオリはまだ考えている。そしてカナメも帰って来ない。狭い車の外は土砂降りで、窓の向こうにコンビニの灯りが見える。入口近くに佇む影はカナメだろうか。
ぼくが強い眠気を感じだした頃になって、シオリが漸く口を開いた。
「そ、それじゃあ……」
「……うん、なに……?」
シオリのおっぱいは柔らかい。彼女の身体は平均的で、何処を取っても女の子らしくて、ぼくはそこが気に入っている。
蚊の鳴くような小さな声で、シオリが言った。
「……つ、つきまとって、いいですか……?」
「……」
「絶対に邪険にしないで下さい。その、割と打たれ弱い方なんで……」
シオリは頭を打ったんだろうか。それは何もないのと同じ事だ。でも、真っ赤な顔で俯き加減に目を伏せている様子からして、どうも本気で言っているように見える。
「…………分かった」
シオリは……この娘は、殆どぼくのものだ。カナメは厄介なように言っていたけど、彼女の芯は女性的で、とてもしおらしい。本来は大人しい田舎の女の子。
「ぼくが一方的に得してるんだけど、本当にそれでいいの?」
シオリは消え入りそうな声で呟いた。
「は、はい。お願いします……」
カオルが言うに、入学当初は苛められていて、ミサキとくっ付けるまではパッとしなかった。身体も顔立ちも、そこそこの田舎の女の子。神木栞という少女。
「それじゃあ……」
弱い所を見付けると、付け入りたくなる。悪い癖。シオリの弱さはぼくの悪い部分を増長させる。
「それじゃあ、シオリはぼくのものだ」
ぼくは悲しいぐらい自由だった。もう誰の存在も歯止めを掛ける事は出来ない。振り回している女の子が一人増えただけの事。いつだってヤれる女の子が、また一人増えただけの事だった。
それから暫くして、髪をびしょ濡れにしたカナメが帰って来た。
「……すみません。遅れました」
白々しく言って、チラリとシオリを見たカナメの顔に書いてある。
――ちゃんとヤったか?
ぼくは欠伸して、またシオリの胸に顔を埋めた。
「少し寝るから、お店に着いたら起こして」
今は少し休みたい。頭にあるのはそれだけだった。
◇◇
十分ほどして、街の中心部に程近いディスカウントショップに到着した。
日用品、衣料品、食品、家電製品、玩具等を同じ会計で販売する大手フランチャイズの一店舗。いつもなら、夜でもそれなりに人気がある場所だけど、ふんだんに嵐の気配が漂う今夜は駐車場にも車影は疎らだった。
そこでぼくは少し考え、カナメに指示を出した。
「男たちに連絡して、先ずは双子が何処にいるか調べるんだ。次に双子の身柄を返すように辛抱強く交渉する」
これが一番丸く収まる方法だ。
「現金でもなんでもいいけど、引き換え条件があるならそれは聞く。実力行使は最後の手段だ」
それだって影に隠れてやらなきゃいけない。力じゃ敵わない。正面から対峙する事は、ぼく自身、自分の首を絞めるようなものだ。
「……分かったよ」
厳しい表情をするカナメを車内に残し、ぼくとシオリはディスカウントストアに向かって歩く。激しい雨足は一向に収まる気配を見せず、これから先の行く末を暗示しているように思えた。
いつもなら屋外に並べてある特売の品が載ったカートが出入口のホールに押し込まれている。晴れて手下になったシオリに手を引かれ、ぼくはそれらの品々をかわして入店した。
「……アイツ、大丈夫ですか? ユキさんが付いてた方が良かったんじゃないでしょうか……」
カナメは馬鹿じゃない。交渉は任せる。むしろぼくがいて、背後にその気配を察せられる方が嫌だ。あくまでもカナメの意思で、カナメが一人でやっていると思わせたい。……今は。
その足で早速衣料品コーナーに向かう。深夜の時間帯と悪天候のお陰で人影は少ない。ただ、大学生ぐらいのお姉さん二人とすれ違った時、瞬きすらせず凝視された。
「な、なに……?」
ロングTシャツに七分丈のズボン。寝込み中に出て来たような格好は少し目につくかも知れないけど、お姉さん二人の驚きはそれにしても異常に思えた。
「こっちです。急ぎましょう」
シオリが急に焦り始めた。
「す、すみません。見込みが甘かったです……」
続いて、すらりと背が高くて眉の濃いいかにも気が強そうな女の店員さんと目が合った。
「……ウソ!」
お姉さんの表情がくしゃりと潰れ、何か言いたげに伸ばした手が宙を掻いた。ぼくは思わず立ち止まりそうになり、その手をシオリが強く引っ張った。
「あっ……」
足が縺れ、ぼくは転んでしまった。幸い、広めの通路だったから商品の棚にぶつかることはなかったけど、物音がして周囲の注目を集めてしまった。
「……っ!」
呻きを上げたのは、二十歳ぐらいのチーマー風の男だ。ぶつかった訳じゃない。でも、彼は目を見開いてぼくを見つめている。
「お、おい。大丈夫か……?」
男は着ていたパーカーで両手を拭い、手助けするようにぼくに手を差し伸べて来る。
――男のワシでもくらっと来よる。
黒岩英雄が言う所の、『力が上がった』状態。男も女も見境ない。ぼくは少し怖くなり、手を握ったままのシオリを見上げた。
「……」
入店して、三分ぐらいしか経ってない。すれ違った人たち全員がぼくを見つめて来る。シオリの顔は引きつっていて、唇が少し震えていた。
「大丈夫ですから!」
ぼくは、ぼくをナメていた。声を上げたシオリはもうパニック寸前だ。男とぼくの間に割って入り、非難するように睨み付けた。
「お、おう」
男は少し鼻白み、助けを請うように辺りを見回した。彼に悪気がないのは一目瞭然で、それだけに質が悪い。気の強そうな女の店員さんが即座に反応して駆け寄って来る。それに釣られるようにして、さっき擦れ違った大学生ぐらいのお姉さん二人もやって来た。
咄嗟に思った。
――これ、駄目なやつだ。
皆が皆、全員に悪気がない。だから絶対に逃がしてもらえない。今のぼくは、その程度には人の不安を喚び起こす存在。
まいったな……。
こんなところで……
カナメも連れて来るべきだった。いや、ぼくが車に残るべきだったんだ。
「なあ、ぼく。スゲー辛そうだ。とても大丈夫そうには見えねえよ」
憐れみと同情の籠る声で言って、男がぼくの顔を覗き込む。
シオリは益々いきり立ち――
「――だから、大丈夫だって!」
アウト。この状況でむきになるのは不味い。どう控え目に見ても、シオリが無理矢理ぼくを連れ回しているようにしか見えない。
「近付くんじゃねえよッ!」
シオリがぼくを遠ざけようと突き飛ばした。これも悪気は一切ない。でも体重33キログラムのぼくは立ち上がろうとした所を押され、よろめくように引き下がり、また足を取られて――
――最悪。
背後にいた誰かにぶつかった。
お陰で転ばずに済んだけど、事態は悪化したように思えた。男の眉が険しく引き締まり、女の人たちは目尻を釣り上げた。
「す、すみませ――」
ぼくは背後で支えてくれた人に謝罪の声を上げようとして、ずぼっと大きな帽子を被せられた。
「みぃーつけた!」
「!?」
突然被せられた帽子の影に、長く伸ばした黒髪が揺れるのが見えた。
無理矢理染めたような艶消しの黒髪の女の子。その黒髪のせいで、一瞬、誰だか分からなかった。
その黒髪の女の子は、ぼくの腰に手を回して遠慮なく首筋に鼻面を押し付ける。
「くんかくんか。おーっ、ユッキーの匂いだ。たまらんぜ~」
この馬鹿っぷりは……
シオリを含め、場の全員が唖然としてぼくを抱き締める女の子を見つめている。
「超ヤバい。ソッコー見付けるなんてヤバくね? これって運命ってヤツじゃね?」
気軽に言う女の子の言葉で、周囲の張り詰めた雰囲気が霧散して行く。
ぱくぱくと口を開け閉めして、シオリがぼくの背後に立つ女の子を指差して言った。
「み、皆川……さん?」
……ぼくの知ってる神さまは、こういう悪戯が大好きで、いつだって場を混乱させる。
「ぶいっ!」
頭が悪そうな黒髪の女の子が、ぼくの背中越しにVサインして見せた。
「ユッキーナ、見参!!」
何が見参だよ、もう……。
ぼくは頭を抱えた。