ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
カナメは一つ溜め息を吐き出し、険しい表情で辺りを見回した。
「さて、と……」
チラリとユキナの方に意味有りげな視線を向け、それから言った。
「話が着きました。これから二人を迎えに行きます」
すんなり行く筈がない、そう思っていたぼくにとって、それは朗報だった。
キョトンとして、ユキナが首を傾げた。
「なになに? なんの話し?」
カナメは強い苛立ちを込めた視線でユキナを見つめている。
「…………っすね。皆川さんもまるっきり無関係って訳じゃないですし、いいでしょう」
「ユキナが……?」
訝しげな視線を向けると、カナメはまた大きな溜め息を吐き出した。
「皆川さん、警察(おまわり)で色々歌ってくれたみたいじゃないスか。アイツらにもとばっちりが行ってるみたいです」
ぼくの命令で、パッパラパー子が手加減抜きで喋った。思っていたより優秀な警察の手が男たちにも及んだようだ。
「すっげー嫌な予感がします」
「はん? ねえユッキー、少し話が見えないんだけど……」
「……嫌な予感って?」
「それが分かりゃ苦労しません。でも、絶対に何かあります」
交渉は思ったより簡単に行った。そこがおかしい。カナメが警戒しているのはそこで、つまり……
「……引き渡しの瞬間に、何かがある……?」
「はい、絶対に何かあります。多分、無茶苦茶ヤバい事です。腹立つのは、それでも行かなきゃいけないってことで……」
「情報が足りない。向こうの様子はどうだった?」
「大分、パニクってました。もう何人か挙げられちまったんでしょう」
「…………」
積極的な罠がある可能性は低い。彼らは彼らで尻に火が着いていて、双子の存在を持て余している。だから、カナメに返してしまうのが一番丸く収まる方法……そう考えた所までは察しが着く。
「……双子が危ない?」
「それもあるでしょう」
カナメも焦っている。
双子の状況は楽観視出来ない。男たちが『返したい』と望むような状況である可能性。
「……引き渡しの場所は?」
「漁港近くに潰れたラブホテルの跡地があって、そこです」
「カナメ、少しスマホ貸して。それから、シオリは買い物して来てほしい」
予想出来るトラブルに備え、周囲の地理を把握したい。
シオリにはレインコートを人数分と、痴漢撃退用の目潰しスプレー。それから……
「な、なに? ヤバいの?」
ユキナの瞳に微かな困惑が混じる。でも大丈夫。
「まあね。あぁ、忘れるとこだった。それと――」
ユキナの不安を受け止め、ぼくは笑って見せる。
大人しいシオリに言った。
「『いいこ』買って来て」
◇◇
ぼくは善人じゃない。そして面倒臭がりだ。状況を理解していないユキナには、カナメに説明させた。
「少し下手打っちゃいまして……マナとヨリが捕まってるんですよ……」
「ぅえ、マジで? それヤベェって。男と構えるのは、あたしも嫌だよ」
その間、ぼくはインターネットで廃ホテルの周辺地理を確認していた。
「買って来ました。どうぞ……って、それ何ですか?」
シオリから『いいこ』を受け取りながら、ぼくは小さく頷いた。
「人工衛星の画像。ここと……ここ……抜け道があるね。待ち伏せがあるならここかな……」
「……」
「シオリ、靴下履かせて。靴は防水の買って来てくれた?」
「は、はい。人工衛星ですか……本格的ですね……」
「何が? 利用出来るものを使ってるだけだよ」
少し離れた場所で、しかめっ面のカナメと難しい表情のユキナが話し込んでいる。
それを横目に見ながら言った。
「そうだ。お金、半分渡しとくから預かってて」
「あ、は、はい。分かりました」
「ぼくの薬代とか取っていいよ。ミサキは……あの子は、おかしな癖があるね。少し多めに渡しといて」
ミサキには浪費癖がある。カナメの隠れ家にいた際、一番お金を使ったのがあの子だ。何かと気を回し、無駄に買い物して散財していた。
「あっ、いや、それは……あたしたちが好きでやった事ですから……」
「いいから取っといて」
借りを作って平然としていられるほど、ぼくは甘ったれてない。借りを作るのはごめんだ。それに……
「シオリは、ぼくに付きまとうんだよね。長く続かないやり方を選ぶつもりなの?」
好意とかいうあやふやなものが長く続くと思うほど、ぼくはおめでたくない。
へにょっと目尻を下げ、シオリは頷いた。
「は、はい、ごめんなさい……あ、お菓子買って来たんで、よかったら、その……」
「貰う」
なんというか、シオリとは『合う』。田舎の子はポイントが高い。忠実なぼくの僕(しもべ)。彼女との関係は、自然な形でぼくが上位に立っている。
「……皆川さん、明るいですね……」
ぼくを見つめるシオリは、唇を軽く噛み締め、何だかやるせない表情をしている。
「何も考えてないだけだよ」
聞く限り、ユキナの罪状は確定していない。難しい案件なんだろう。その状況で、今ここにいる事の危うさを、本人はどれだけ理解しているのだろうか。
「そういうの、すごく羨ましいです」
「……そう。あ、このチョコレートおいしい……」
そんな事を言うぼくの視線の先では、カナメとユキナが会話を終えたみたいだった。
戻って来たユキナは頬を掻きながら考え込む様子で、ぼくが食べていたアーモンド入りのチョコを一つ摘まんで自分の口に入れた。
「……葉桐から聞いた。あたしも手伝う」
「ダメって言いたいけど、無理そうだね……」
アーモンドを噛み砕くユキナは、いつになく真剣な表情で、それでも自信無さそうに呟いた。
「……いや、ユッキーが絶対ダメって言うなら止めとくけど、できたら手伝いたい……」
「……やめた方がいいよ」
覚悟はある。でも、ぼくの意思を優先させるつもりもある、いかにもユキナらしい中途半端な状況。
「……いや、手伝う。手伝わせて」
迷いを振り切るように、ユキナは首を振った。
「……あたしは、その一年二人の事なんてどうでもいいけど、ユッキーのやってる事は正しいと思う……」
ユキナは膝を着き、シオリから靴下を受け取って履かせてくれた。
「……ユッキーは正しい。だから、ウリやってもキレイでいられて……」
ユキナは何かしらブツブツと言っていて、それに興味のないぼくは臨時の栄養補給に必死だった。
「……あたしはいつまで経っても臭い汚いって言われて……」
独白の響き。
そこに深刻なものを感じ取り、ぼくはユキナを見つめ返した。
「……」
ユキナは黙ったまま、ぼくの靴の紐を結んでくれた。顔を上げたとき、そこにはらしくない真剣な表情があった。
「あたし、戻りたい。すんなりユッキーに会えたのは、そうしろって事なんだと思う」
「ごめん。なに言ってるか、全然分かんない」
ぼくはぼくだし、ユキナはユキナだ。特別ぼくがキレイで、ユキナが汚いなんて事もない。そう言おうとして――
ぼくはやめた。
「好きにしな。手伝ってもいいけど、ぼくの言うことは聞くこと。いいね?」
「うん。分かってる」
これから危険な橋を渡る。特に今のユキナは危ない。また警察沙汰になれば、今度こそ再起不能だろう。その後の事は想像も着かない。
「逃げろって言ったら、何を差し置いてでも逃げる。できる?」
その『何を差し置いてでも』の『何を』の中には、当然ぼくも含まれる。
「……っ、それは……」
最悪、ぼくを見捨てて逃げる。その覚悟はなかったのか、ユキナは眉をひそめて困惑した。
「何をボーッと見てんのさ。シオリもユキナと同じだよ? いざとなったら逃げる」
「え?」
シオリは意外そうに驚いているけど、全然そうじゃない。双子は大なり小なり傷付いていて、その後のケアにシオリの存在は不可欠だ。
「「……」」
ユキナとシオリは、困ったようにお互いを見つめ合い、誤魔化すように苦笑いを浮かべていた。でもまあ……
「……今回、そこまでの覚悟は必要ないと思うけど……」
最大限警戒するけど、ぼくの予想が確かなら、その心配は少ないと思う。
二人がぎこちなく頷いたのと殆ど同時に、カナメが咥え煙草で帰って来た。
◇◇
24時間営業の大手ディスカウントショップフランチャイズの一店舗。そのお店の片隅にあるイートインスペースの一角にあるテーブルを車座に囲み、ぼくらは向かい合った。
「はい、これ見て」
ネットで調べた双子の引き渡し場所の周辺画像をスクショして、メモリーカードをコピー機に繋いで印刷した。A4サイズのそれをテーブルの上に広げる。
「……ここから車で20分くらいの場所だね。港近くの通りを山沿いに上がって中腹辺りにあるラブホテルだ」
五年前、大幅なリニューアルを経て、その二年後に廃業せざるを得なくなった。時代に逆らったオーナーの強気な方針が廃業の理由。ホテル名を検索して出た情報だ。今は銀行預りになっていて、ほぼ放置されている。立ち入り禁止の看板があるだけで、その管理は杜撰の一言。改めて名前を付けるとしたら――
不良債権。それに尽きる。
「近くにコンビニがあるから、シオリはそこで待機。何か必要になった場合、買って来てもらうからいつでも動けるようにしておくこと。三十分おきに定期連絡するけど、それが途切れた場合は警察に連絡して…………なに?」
カナメはカラーコピーされた周辺地図とぼくとを忙しく見比べながら、驚いたように目を剥いていた。
「あ、いや、すみません。続けて下さい」
「……?」
首を傾げるぼくの様子に、ユキナとシオリは、にやにや笑っていたのが不思議だった。
「本館と別館の他に新館がある。新館は別区画になっていて、容易に侵入可能なのはこっちだ」
本館と別館は壁で仕切られていて、その出入口はシャッターで封鎖されている。無理に入れない事もないけど、この場合、楽に出入り出来る新館が引き渡しの場所なのは当然の事だった。
「新館は五年前に建てられたもので周囲に壁もないし、駐車場の入り口は開きっぱなしになってる」
ないと思うけど、『待ち伏せ』があるならここだ。
「ユキナ、スマホ持ってる? 少し貸して。ぼくは正面から入るから――」
「――って、待った! 危ない危ない、あたしも一緒に行くし!」
「陽動も兼ねてるからダメ。ユキナとカナメは裏口に職員用の出入口があるから、そこから入って双子を探す」
ぼくは男だし、最悪捕まっても何とかなる。そこに男たちが居れば注意を引き付けながら交渉する。
「その場合、カナメも来て。その間に双子が見付かっていれば、ユキナが可能な限り回収して逃げる」
「……」
ユキナは半泣きでガリガリと爪を噛みながらぼくを見つめている。
コツコツとテーブルを指で叩きながら、カナメが言った。
「……誰も居なかったら?」
「双子が? それはないと思うけど……」
新館は五階建て構造になっていて、平屋の構造じゃない。それが問題を複雑にしている。でも、カナメの言うとおりだ。双子が居ないという可能性は低いけど、男たちが居ないという可能性は充分ある。ぼくがユキナとシオリに覚悟を強制しない理由でもある。
「誰も居なかったら、ぼくは一階から探して行く。カナメは二階。ユキナは……ぼくの所に来て」
そこでユキナは、安心したように大きな溜め息を吐き出した。
「すぐ行く。ソッコー行くし」
広大な新館の何処に双子が居るかは言われてない。このホテルの構造を知らなかったカナメはそこまで気が回らなかったようで、男たちが意図的にそうしたのかどうかは分からない。
「……ッ、すみません。もう一度連絡して、何処に居るか確認します」
そのカナメの提案に、ぼくは首を振った。
「やめとこう。あまり関わりたくない」
藪蛇って言葉がある。今の状況でも、充分交渉は上手く行っている。男たちが行動を起こせば、ぼくらには止められない。居ないなら、双子を探す手間を差し引いても、それがベストだ。
「先ず、ぼくが正面から入って連絡する。連絡があるまでカナメとユキナは待機。十分以内に連絡がないときは……警察に連絡するんだ」
言い出したぼくが最大のリスクを踏む。当たり前の事だ。
「……文句がないなら、これで行くよ」
三人を見回すと、それぞれに複雑な面持ちで頷いた。
「ユキさん。ちょっと冷えるんで……」
シオリが言って、買ったばかりの夏用のカーディガンを肩に掛けてくれた。
ユキナはスマホを取り出して、ぼくに渡そうとして、思い出したようにそれを引っ込めた。
「あ、ちょっと電話したい所があるんだけどいい?」
「……何処? っていうか誰?」
「委員長。ここに来る前に会ったんだ」
「……ふうん」
人には表と裏の顔がある。ぼくは驚かなかった。
「それが、委員長ひでえんだ。あたし見たとき、死人見たみたいにすげえ驚いて、生きてたのかって……」
ユキナは怒ったように唇を尖らせ、ぼくは少し笑ってしまった。
「その委員長と、どうしたの?」
「いや、あたしが人探してるって言ったら手伝うって言ってくれて、すげえいいヤツ」
「そうなんだ」
「うん。委員長に、一言、礼言っとく」
そう言ってユキナは席を立ち、スマホを弄りながらトイレの方に歩いて行った。
「さて――」
甘いものを食べて頭が冴えて来た。ぼくが席を立つと、カナメとシオリが後に続く。
呆れたようにカナメが言った。
「皆川さん、ホントにマイペースですね……」
「……あれはあれでいいよ」
深刻過ぎるユキナは、ちょっと想像が着かない。『委員長』の事は考えなかった。
ぼくは集中を高める。
これからリスクを踏む。ぼくの立場を危ういものにして、双子を助けに行く。その事しか頭になかった。