※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

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第105話

 ――誰だ、この娘?

 

『……ちょっとユキくん、聞いてる?』

 

「……」

 

 スマホの向こうで、カナメが何か言っている。

 

『…………マナとヨリだけど……すっげえキレてんだ。ユキくん呼べって一点張りで……』

 

 蒸すような空気の中、滲み出した汗が頬を伝って落ちる。

 色々なケースを考えた。

 男たちが双子を返すつもりなら、一階に身柄を置く可能性が高い事。それに主目的を置く以上、暴力を使った襲撃の可能性は低い事。実際、ここまでで男たちの襲撃はない。

 カナメが悔しそうに言った。

 

『……二人とも、ボロクソにヤられちまってる。クソッ、あいつら……』

 

 廃業のあと放置され、今は廃墟の風情を見せるラブホテルのリネン室。乱雑に散らばるシーツの上に、二人の女の子が転がっている。

 

 一人は茶髪の女の子。腫れ上がり、潰れたように見える両の瞳から涙を流してぼくを見つめている。

 

 もう一人は金髪の女の子。

 殴る、蹴る、犯す、想像出来る限りの暴虐を尽くされ、大股を開いた格好で転がっている。暴行の程度としては、この娘の方が大分酷い。尿道に突っ込まれたゴム管から、おしっこが雫のように垂れ落ちている。お腹に大きく『廃棄処分』と描いてあって、呼び掛けても返事がない。意識がない。

 

『ユキくん? ユキくん……?』

 

 袖で額に伝う汗を拭い、ぼくは震える息を吐き出した。

 

「……聞い、てる。ユキナは……?」

 

 戦慄くように打つ心臓が痛い。意図せず呼吸が荒れる。頭の中は色々――

 

 誰だ、この二人。――知らない。でも、茶髪の娘は、確かにぼくの名前を呼んだ。

 

 二人とも、何で、こんなにボロボロなんだ? ――分からない。カナメが言うに、双子は無傷だったようだ。だとしたら暴行の種類が違う。恨みを買った。怒らせた。何故? 何故? 何故?

 

 酷く息苦しい。酸素が薄いような気がして、ぼくは地面に打ち上げられた魚みたいに口をパクパクさせた。

 

「はっ、はっ、はっ――」

 

 心臓が痛い。噴き出した汗がボタボタと落ち、床に水玉模様を作った。

 

『ユ……くん……?』

 

 カナメの声が遠くなる。

 色々考えた。男たちから襲撃を受ける可能性。双子が居ない可能性。更なる交渉の可能性。でも、実際に起こったのは考えもしなかった出来事。

 

 ――他の誰かがいる――

 

 想像もできないような出来事が起こったとき、人は簡単にパニックに陥る。

 

「はっ――」

 

 鋭く心臓を刺されたような痛みが胸を突き抜け、ぼくは堪らず膝を折った。

 酸素が薄い。ぼくは何度も深呼吸を繰り返す。それでも一向に呼吸が楽にならない。ぼくは――

 

「ユッキー!!」

 

 不意に強い力で引き寄せられたぼくは、抗う事はせず、身を任せた。

 

 テーブルランタンの灯りが映し出したのは、驚いたように目を瞠り、二人の女の子とぼくとを見比べるユキナだった。

 

「……!」

 

 ぐいっ、とぼくを抱き締めたユキナが強く押し付けるように口付けて来た。

 呼吸できない。

 息苦しさに耐え兼ねて、ぼくは激しく抵抗した。ユキナの肩に爪を立て、唇を噛み、それでも足らずに身を捩り、抱擁から抜け出そうと暴れまわった。

 

 それでも、ユキナは口付けを止めない。

 

『……! …………!!』

 

 いつの間にか落としてしまったスマホから、カナメの悲痛に満ちた叫びが聞こえたような気がした。

 

 ぼくは、口付けを止めないユキナに散々抵抗した。

 呼吸できない。でも、何故か胸が楽になった気がして――

 ユキナが耳元で囁いた。

 

「オーケイ。ユッキーはあたしが守る」

 

 それは、とても力強い言葉に聞こえた。ぼくは抵抗を止め――

 ユキナのキスを受け入れた。

 

「そう……落ち着いて……うん……大丈夫……」

 

 よく分からないけど、あんまりユキナが優しいから、ぼくはそのまま抱き締められたままでいた。

 

◇◇

 

 長く続いたキスのあと。ぼくが落ち着いたのを見計らって、ユキナがゆっくりと離れた。

 

「だいじょび……?」

 

 パニックを起こしたぼくは過呼吸の症状を起こした。漸く自身に起こった事を理解して、そっとユキナを押しやる。

 

「ごめん……もう大丈夫……」

 

「うん。よかった」

 

 そう言って、ぺろりとぼくの頬を舐めたユキナの唇は、パニックを起こしたぼくに噛まれて血が滲んでいた。

 

「……」

 

 そして――

 ユキナは汗に濡れたぼくの髪を指で梳きながら、睨むような視線を二人の女の子に向けた。

 

「…………誰? 一年の二人、じゃないよね……」

 

 茶髪の娘は黙ってユキナを見つめ返し、金髪の娘は相変わらず意識がない。弱みそのぼくは疲れてしまって、ユキナに抱き締められたままでいた。

 

「分からないんだ。ユキナは見覚えない……?」

 

 その質問に答えたのは、意外にも茶髪の女の子だった。嗄れた声で呟いた。

 

「……みな、がわ…………」

 

「あ? オメー、誰って…………は? ちょっ、マジ? 吉川か?」

 

 片方の眉を持ち上げたユキナの顔には強い嫌悪感が浮かんでいる。

 

「マジかよ……ってか、なんでオマエがここに居んの? 訳分かんないんだけど……」

 

「ユキナの知り合い……?」

 

 そう言うと、ユキナは眉を寄せた表情で少し考え込んだ。

 

「うん……ってか、ユッキーも知ってるよ。夏休み入る前、新城がボコボコにして無期停喰らって――」

 

「……!」

 

 そこで、ぼくはハッとした。

 

 カオルがビンタして、ピンポン玉みたいに弾け飛んだあの娘。確かに面影がある。

 頭がズキズキと痛んだ。

 

 訳が分からない。でも、これにカオルが関わっていたとしたら……ぼくはカオルが許せそうにない。

 

 吉川の目に、新しい涙が浮かんで溢れた。

 

「た、たひゅけて……なんでもしゅる、しゅるから……」

 

 ユキナはドン引きで頷いた。

 

「お、おう」

 

 相手が誰であろうと助ける。それだけは変わらない。ぼくは金髪の娘を指差した。

 

「あの娘は、知ってる?」

 

「いや、ユッキー。あたしに聞けば誰でも知ってる、と思って……思って……」

 

 呆れたように言ったユキナは金髪の娘に視線を向け、それから煙るような目付きになった。

 

「……はあ……なるほど……そうなんのか……コイツは……」

 

 もう何があっても驚かない。ぼくは考えるのも面倒臭くなっていた。

 尖った声で、ユキナが吐き捨てた。

 

「アスタラビスタ。また会ったな」

 

 例えば――

 

 霧島沙織の死因について責任を問うとしたら、ぼくは、あのジャンキーの娘を一番最初に上げるだろう。

 

 霧島が死んだせいで、薬物を回した男たちにも警察の手が及んだ。怒り狂った男たちが金髪の娘に責任を問うのはある意味当然の事で。

 

 想像を絶するリンチの結果、我に返った男たちはこの娘を持て余して――折よく連絡があったカナメに押し付けようと考えた。

 

 ユキナが嘲笑った。

 

「はんッ、いい気味だ」

 

 ぐにゃり、と世界が揺れたような気がして、ぼくは吐きそうになった。

 

◇◇

 

 ユキナがカナメやシオリと連絡している間、ぼくは吉川にまたスポーツドリンクを飲ませた。

 

「……災難だったね。ヨシカワ、一つ聞くけど……カオルにやられたの?」

 

「……」

 

 吉川は少し考えて、それから横に首を振った。詳しい話が聞きたかったけど、衰弱が酷いこの様子じゃ無理だ。それに、酷く怯えている。

 

 吉川を壁に凭れさせ、金髪の娘に向き直るのと同時に、扉の影からユキナが顔を出して言った。

 

「そいつ、新見(にいみ) 麗奈(れな)って言うんだって」

 

「ニイミ?」

 

 名前なんて、どうだっていい。問題はそのニイミだ。吉川も酷いけど、ニイミには残された時間が少ないような気がする。

 

「……ちょっと、生きてる?」

 

 なんて声を掛けたらいいのか分からない。その為、ぼくの問い掛けは少しおかしなものになった。

 

「……」

 

 ぼくは少し考え……それから、ニイミの股間からはみ出したゴム管に視線を落とした。

 

 尿道に突っ込まれたゴム管から、今もまだおしっこが漏れ出ている。こんなことをすれば、脱水症状を起こしてしまう。覚悟を決め、震える手で引き抜くと、尿道から20cm程のゴム管が出て来て、ぼくは悲鳴を上げそうになった。

 

 内股に『正』の字が30個ぐらい描いてある。『公衆便所』とも。膣は精液と愛液を何倍も濃くしたような異臭がして酷く臭った。

 

 ぼくは気持ち悪くなって、ニイミの股間をスポーツドリンクで洗い流していると、吉川が呻くように言った。

 

「……しょいつ、死ぬとおみょう……」

 

 前歯が上下欠けているせいで、吉川の言葉は酷く聞き取りづらい。

 

「びんが入ってゆ……」

 

 言われた事を理解するのに、ぼくは幾らかの時間を必要とした。

 

「…………」

 

 ――ニイミの膣には、精力剤の小瓶が入っていた。

 あまりのおぞましさに、ぼくは発狂しそうになった。

 何もかも想像を超えている。

 

「おひりにも……」

 

 お尻にも何か入っている。ニイミの足を広げて肛門を確認すると、小瓶の飲み口が飛び出しているのが見えた。

 苦労して引き抜くと、中には煙草の吸殻がぎっしり詰まっていた。

 ニイミは動かなかった。

 口にスポーツドリンクを流し込むと、飲み込むような事はなく、唇の端から流れ落ちて行く。

 

 吉川にしたように、口移しで飲ませる気には到底なれなかった。

 

 これはもう、ぼくがどうにか出来る範囲を超えている。

 

「……吉川。ぼくが付き添うから、警察に行こう……」

 

 二人を病院に送る事は必須だ。霧島のように取り返しが付かない状態になる前に、そうするべきだった。その場合、警察の介入は免れない。保身を考えていい段階はとうに超えている。

 

 覚悟を決めたぼくの前で、ゆっくりとリネン室の扉が開き、顔を見せたのはカナメ。その背後に、目を伏せたシオリ。仏頂面のユキナが続き――

 悪党の葉桐要が言った。

 

 

 

「出来ませんね。させませんよ」

 

 

 

 カナメの顔を見た吉川が、恐怖に満ちた悲鳴を上げた。

 

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