ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
カナメの姿を見た吉川が恐怖の悲鳴を上げ、壁沿いにずりずりと引き下がった。
淀んだ空気漂う闇の中で――
「ホント、参ったよ。何処にも居ない訳さ。捨てたとか言って、隠してたんだな」
唇の端を釣り上げ、残酷にカナメは嗤っていた。
「吉川ぁ、探したぞ? マンコぶっ壊されても、ケツアナは使えるもんなあ……楽しんだか?」
そこにいたのは、ぼくの想像を超えた『悪』だ。悲惨な状態にある吉川にも容赦ない。むしろ嬉しそうに笑っている。
「おら、命だけは助けてやる。ケツアナ見せてみろ」
そこに居たのは、怖い葉桐要だ。暴力を楽しんでいる。ぼくは彼女を見くびっていた事を思い知った。
「やめろ……カナメ、やめるんだ」
吉川を庇うように進み出て、カナメと向かい合った。
「……!」
そこでカナメはハッとして、気まずそうに一つ咳払いした。
「ごめん。ユキくんは、暴力(こういうの)駄目だったね……」
それは、正に豹変。優しげに笑みすら浮かべて見せるカナメは、考え込む風に唇に手をやった。
「ええと……どう言えばいいのかな……こんなの初めてでさ……困ったね……」
カナメは言葉を探している。ややあって――
「……馬鹿は嫌いなんだ。賢くてキレて、困難には真正面から立ち向かう。そんなのがいい」
「な、なに……?」
「悪党も嫌いだ。ワタシ自身がそうだからね。でも、薄っぺらい善人は反吐が出るほど嫌いだよ」
「なにを……」
「ユキくんみたいに、深い男の子がいいんだ。ワルの癖に、根っこの部分にはちゃんといいものが残ってる。それは決して輝きを失わないもので……」
不意に表情を引き締め、カナメは真剣そのもので言った。
「好きだ」
――好きとか嫌いとか、そんな事に興味はない。
「そう……それが、今関係あるの……?」
カナメは、またニヤニヤ笑いだした。
「大有りさ。吉川と新見はワタシと神木が看る。ユキくんには、マナとヨリを任せたいんだ」
「……」
意味が分からない。でも、今の吉川をカナメに任せるのは危ない。それだけは、はっきりしている。
「……どうするの?」
「別に。二人ともヤバそうだから、病院に連れて行く。それだけ。イジメたりなんかしないって、なぁ吉川?」
その言葉に、吉川は苦しそうに呻いて泣き出した。
カナメは残酷に嗤っている。
「そら、吉川。突っ込まれた汚いケツアナ見せろって言ってるだろ?」
「た、たひゅけて、たひゅけて……おにぇがい……」
苦しそうに嗚咽を繰り返し、咽び泣く吉川は躊躇いもなく四つん這いになって両手でお尻を開いた。
「……あれ? 案外キレイじゃないか。まぁ、マナとヨリに新見もいたし、今のお前にぶちこむのは正気の沙汰じゃないな」
腐った生ゴミでも見たように鼻を摘まんだカナメは、吉川の肛門を無遠慮に見つめ、顔をしかめた。
イカれてる。意味が分からない。ぼくは何度も首を振って、黙り込んだままのシオリに視線を向けた。
「……」
シオリは頑なにぼくと視線を合わせない。
そこで、ユキナが忌々しそうに強く舌打ちした。
「……吉川、全部聞いたけど、オメーも悪い……」
ぼくが吉川と新見の面倒を看ている間、ユキナはカナメと話し込んでいた。納得はしてないけど、しょうがない。そんな感じ。
「……シオリ。どういうことか説明するんだ」
「……!」
ぼくの問い掛けに、シオリは焦ったように視線を泳がせる。
答えたのはカナメだ。
「できない」
「黙れ。ぼくはシオリに聞いたんだ」
「ユキくんの為だから、神木は絶対に説明しない」
カナメは薄笑いを浮かべたまま、余裕の表情を崩さない。そしてシオリは困惑しながらも喋らない。
「……っ、ユキナ!」
ぼくはユキナを信用しているし、ユキナはぼくを信用している。あの夜の取り決め。霧島が死んだあの夜の約束は軽くない。ぼくらの間に、隠し事があってはいけない。
しかし――
「皆川さんは、ユキくんが好きだから、絶対に説明しない」
答えたのは、カナメだった。
「ユキくん。ワタシたちも、カオルさんも、葛城も、赤瀬も、絶対に口を割らないよ」
「……なにそれ」
頭を抱えた姿勢で恐怖に震える吉川を見つめ、ぼくは酷く困惑した。
カオルの口の固さは折り紙付きだ。拷問して確かめたのはぼくだから、誰よりも知っている。
直感的に――
あの夜、カオルが隠したものと、今カナメたちが隠そうとしているものが同じであることが分かった。
吉川は『何か』を知っていて、それが原因でカオルとトラブルになった。
「カオルは……」
「あの人はユキくんの事しか頭にないよ。デートしたり、Hしたり、そういう事を大切にしてたね」
そうだ。カオルは自分で動かず、瞳子に任せていた。
ユキナが、ペッと唾を吐き出した。
「葉桐……あたしは、お前らが嫌いだ。雑魚ばっかの癖に、つるむと、なんでもやっちまう」
カナメがどういう説明をしたのかは分からないけど、ユキナは酷く苛立っていた。
「新城……肝心なとこで手を抜きやがって……」
目眩がした。
カオルが人任せにせず対応していれば、吉川はこうならずに済んだ。ユキナはそう言っている。カオルが関係してない事に怒っていた。
ユキナは馬鹿で不注意だけど、理解力は悪くない。つまり……
問題がある集団を纏める『ヤンキー』の新城馨という存在は、良くも悪くも『リーダー』だ。ユキナは、この集団の統率を怠ったカオルを非難している。
「……ユッキーとあたしは抜ける。あとはクズのお前らがなんとかしろ……!」
そう吐き捨てて、歩み寄ってきたユキナが肩に手を置いた。
ぼくはビクッとした。
「ユッキー、ここはクズ二匹に任せて、二階に行こう。それとも帰っちゃう?」
「……」
何も解決してない。
でも、ここにぼくの居場所はないような気がして、吉川に視線を向けた。
「大丈夫、死にゃしないよ」
ユキナは投げ遣りに言って、カナメとシオリから遠ざけるようにぼくの肩を抱き寄せた。
ぼくは少し考えた。
吉川がこうなった理由は、カオルが激怒して彼女を殴った理由と同じだ。そして、その理由は『ぼくが好きだから』誰も説明できない、ってのがカナメの言い分。すっきりしない。ムカムカする。
ぼくは、厳しく言った。
「シオリ、説明しろ。最後のチャンスだ」
「……あ…………」
表情を歪めるシオリからは強い葛藤が見て取れる。
「……」
沈黙すら埋もれる淀んだ空気の中、シオリは額に汗を浮かべて困惑していたけど、それでも、結局は沈黙を選んだ。
「……わかった。もういい。約束はなしだ。今度、ぼくに会っても話し掛けるな」
「…………」
今にも泣き出しそうなシオリは卑屈な歪んだ笑みを浮かべ、空気を読まないユキナは、キョトンとしてぼくの顔を覗き込んだ。
「約束ってなに? すっげー気になる」
「別に。やっぱりユキナが最高だって、それだけ」
「トーゼン」
吉川にはこうなるだけの理由があった。だからこそカオルは激発したし、カナメは警察に行く必要はないと判断した。
そう考えると、猛烈な勢いで吉川やニイミ。カナメやシオリなんかに対する興味が消えて行くのを感じた。
「……なんか、しらけちゃった。行こっか……」
「うんうん、それでいーよ!」
ノリ良くユキナが言って、ぼくはまた一つ、大切な何かを投げ捨てる。
そのままリネン室から出ようとした所で、カナメが言った。
「……ユキくん。幾ら軽蔑してもいいけど、ワタシたちは『それでも言わなかった』って事だけは、覚えておいて」
ぼくは鼻で嘲笑った。
「死ねよ、クズ。馴れ馴れしく話し掛けるな」
吉川の啜り泣く声と、ニイミが放つ腐臭で胸がムカつく。
カナメは真性のクズだけど、人を殺すほど馬鹿でもないだろう。それで充分。あとはお好きに。
どうでもよくなって――
肩を抱くユキナの勧めに逆らわず、ぼくはリネン室を後にした。
◇◇
ぼくの肩を抱くユキナの手は、じっとりと汗をかいていた。
「どうするの、ユッキー」
「……そうだね、どうしようか?」
廃墟になったラブホテルの中を、ユキナに肩を抱かれて歩く。苛々して、あれほど強かった緊張感も、今は感じない。
「……このまま、ブッチしちゃう?」
「う~ん……」
気分はそうだけど、ここには双子の為に来た。今帰るのは、その主旨から外れている。
「ごめん、それでも双子が心配だ」
「……うん。そうだね」
分かっていたと言わんばかりに、ユキナは優しく笑った。
「双子って、あの一年生二人のこと?」
「そう。見分けが付かないんだ」
カナメの思惑通り動くのは癪だったから、ぼくはそのまま二階には行かず、正面入口のエントランスに向けて歩いた。
「うわ、ユッキーって、時々、すっげえキツい……」
「そうかな?」
割とぼくらは気が合うのかもしれない。ユキナのお陰で、なんとなく調子が戻ってきた。
ユキナは目を合わせない。
そんなユキナから全てを聞き出すのは容易い。そして、ユキナにも自信がない。自分から話す事はしないけど、尋ねれば必ず口を割る。
パッパラパー子ですら『それでも言わない』真相。
そういう類いのもの。
口ではああ言ったし、今もムカついているけど、積極的にカナメたちを嫌うのは違うような気がする。
「……ユキナ、聞かないから安心していいよ」
試しにそう言うと、ユキナは安堵して大きな溜め息を吐き出した。
「よ、よかった……聞かれたらどうしようって……」
ぼくは笑って、ホールにあったボロボロのソファに腰掛けた。
ユキナも落ち着いたようで、興味津々という感じで辺りを見て回っている。
「こんなとこ、初めて来る……」
無論、ラブホテルが、という意味じゃない。あくまでも『廃屋』という意味での事。
「ぼくも。ところでユキナ、あれは?」
「……ん?」
そこでユキナは手に持っていた懐中電灯を壁に向け、眉間に深い皺を寄せた。
――優樹菜のばか――
その落書きを見て、ユキナはたっぷり三十秒は固まっていた。
「…………沙織の字だ……」
「そう。やっぱり……」
なんて事はない。サインはあった。そもそも霧島は男たちの仲間で、ニイミもそうだ。それがカナメとも繋がっていた。
もう、どうだっていい。
霧島もニイミも自業自得だ。吉川には引っ掛かりがあるけど、殊更関係したいとは思わない。
遠くで、びゅうびゅうと風が鳴る音が聞こえ、緩やかに隙間風が吹いてくる。
重苦しい気持ちと共に吐き出した溜め息は、生暖かい風と一緒に流れて行った。
「ユッキー、ちょっと顔色悪いけど、だいじょび?」
万全じゃない。今は疲れを忘れているだけで、それに関しては後が思いやられる。
「……」
この日、何度目になるか分からない溜め息を吐き出して、隣に腰掛け、心配そうに見つめるユキナを見つめ返す。
「ユキナは……ぼくが好きなの……?」
カナメはそう言っていたけど、ぼくとユキナはそういう関係じゃない。
「う~ん……なんだろ……」
ユキナは、こめかみを人差し指でぐりぐりと押しながら考え込んでいる。
暫くして、申し訳なさそうに言った。
「……ちょっち、違うかな……」
それが正常だ。ユキナが思ったよりまともで、ぼくは少し安心した。
「あ、でもでも! ユッキーとはHしたいし、ずっと一緒に居たい!!」
「そうなんだ。なんで……?」
ユキナとの会話は、何故かぼくを楽にしてくれる。
「うん……ユッキーと居ると、すごく優しい気持ちになるのね……」
胸に手を当てて僅かに頬を赤くするユキナは、上目遣いにぼくを見つめている。
「……それが、どんどん大きくなって……すごくいい予感がすんの……」
後半は掠れる声で囁いて、ユキナはぼくの頬にキスをした。
「……ずっと一緒に居たい……」
楽観的で、頭がユルいユキナには天性の明るさというか、人を落ち着かせる雰囲気のようなものがある。
「ちゅーしていい?」
「……いいよ」
そしてぼくらはキスをする。
肩に触れたユキナの胸から、思ったよりもずっと激しい鼓動が伝わって来て、それがとても印象的だった。