※この作品はR-18です。

ぼくがビッチになったワケ   作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!

166 / 166
悪夢

 ――おい、オメー……なんもねーのか……?

 

 ――何が、ですか?

 

「ちっ、なんでもねーよ」

 

「それより、新城センパイ。ちゃんと寝てますか?」

 

「だから、オメーは何もねーのかって――――」

 

◇◇

 

 ――アタシは、毎晩、夢で見るんだ。

 

◇◇

 

 夢の中のアタシは、前に見た夢よりも、ずっと年食った女になってた。

 母ちゃんみたいに、ちょっと下っ腹辺りの肉付きが気になる。毎日の忙しさにかまけて、色々と『女』をサボってる。それが駄目なんて言わないけど、そんな『アタシ』は見ていて悲しい。叫びたくなるぐらいには。

 そこでのアタシは、俗に言う教育ママになっていて、アホの真二にそっくりな息子にガミガミ言ってた。

 ちゃんと勉強しろって。頭悪い癖に。その悪い頭で、毎日毎日ユキの事考えてる。

 

 ――なんで、ユキは帰って来なかったんだろう。

 

 ――あの日、アタシはなんでユキに捨てられたんだろう。

 

 アタシは狂ってた。

 誰もそうとは思ってなかったけど、アタシにだけは分かった。

 アタシは狂ってた。

 狂った頭で、子供に勉強しろって言ってた。

 ユキみたいになれって言ってた。

 

◇◇

 

「……陽葵(ひまり)は里帰りか。そっか、あいつは毎年そうだったな。じゃあ、いいや。しょうがねえな」

 

「カオル、オメーちゃんと寝てっか? 目の下が紫色になってるぞ?」

 

 心配そうなアオイが肩に手を置いて、アタシは強い破壊衝動に襲われた。

 

「アタシに触るんじゃねえよ」

 

 ――ユキが見つからない。

 

「赤瀬と神木は捕まんねーのか? 連絡あったら、ソッコー顔出せって」

 

 無茶苦茶にしてやるから。

 

「葉桐は? あいつも怪しいよな。今まで放っといたけど、アタシが間違ってた」

 

 瞳子が羨ましそうに言った。

 

「新城センパイ……悠希さんだけになっちゃったんですね……」

 

「はぁ? オメー何言ってんだ?」

 

 ユキが居なくなって、アタシが頭おかしくなるのは当然だろ?

 

◇◇

 

 四日前に会った深山楓とかいう眼鏡の女は、アタシに無茶苦茶怒ってた。

 何だかよく分かんないけど、アタシがユキを駄目にしたとかなんとか。こんなフツーっぽい女が顔真っ赤にして怒鳴るもんだから、アタシはちょっと吃驚した。

 

「……えっと、ゴメン。オメー、深山だっけ? 初対面だったよな。夜遅いから、帰った方がいい」

 

 煽った訳じゃないけど、アタシがそう言うと深山の顔は赤から青になった。何か言ってたけど、早口でよく聞こえなかった。

 

「新城センパイ、スゴいですね……」

 

 瞳子が感心したみたいに言ってニヤついてたけど、アタシにはさっぱり理由が分からない。分かるのは、こんなフツーっぽい女に、アタシみたいなヤンキーが絡んじゃいけないって事だけだ。ユキもいい顔しないと思う。

 

 秋月蛍は、こいつはこいつで無茶苦茶顔色が悪かった。

 なんと言うか覇気がない。頬は窶れていて、とても疲れているように見える。今のこいつなら、少しは話せるかもなんて思ったぐらいだ。

 

「お前の事は今すぐに殺してやりたいが、それは後でいい」

 

 勘違いだった。アタシは酷くがっかりして言った。

 

「……オメー、まだそんな事言って。余裕かましてんのか?」

 

 ちょっと前から、実はそうなんじゃないかと思ってたけど――

 

「馬鹿じゃねーの?」

 

「……」

 

 秋月の視線が露骨に泳いだ。

 こいつはもう、アタシの敵じゃなかった。

 

「瞳子、アレはオメーがなんとかしろや」

 

 ぞろぞろと女子剣道部の二年の連中がいたけど、秋月はこれを無視していて、纏めるつもりがないのは一目で分かった。

 今の二年はゴミだ。

 集まらなきゃ何も出来ない。けど、つるむと行動に際限がなくなる。数を頼みに悪乗りする傾向がある。これは今に限った事じゃなくて、アタシら三年には暗黙の了解だ。ワルもマトモも、今の二年は半端で使いものにならない。

 

 もう何日も降り続ける雨の中、膝を着いて項垂れる黒岩智は、こいつも酷いツラだった。

 

 アタシは傘を差し出して、同じように膝を着いて、黒岩のその酷いツラを真正面から覗き込んだ。

 

「……大丈夫か?」

 

 黒岩は視線を上げただけで、否定も肯定もしなかった。

 

「手伝うのはいい。見つけたら連絡もしてやる。でも、会わせない」

 

「……」

 

 黒岩は黙って頷いた。

 

「もし、オメーが先に見つけたら、ユキはアタシに渡してもらう。分かるな?」

 

「……」

 

 黒岩は黙って頷いた。

 一目で分かった。こいつはもう、終わったって。取り返しが付かない事が起こった事を理解している。もう、争う理由はなかった。

 

「なあ、ユキって……肉も好きだけど、漬物とかそういうのも結構好きだよな?」

 

 なんとなくそう言うと、黒岩は表情をくしゃくしゃにして笑った。

 

「風邪、引くなよな……」

 

 この日、黒岩に掛けた最後の言葉がこれだった。

 

 それから、アタシは寝る暇も惜しんでユキを探してる。

 ユキの親父さんからは、見つけたらとにかく優しくしてやって欲しいって話があった。

 勿論、アタシは一も二もなく了承した。それで、落ち着いてからでいいから会わせてくれって。

 ……多分だけど、秋月にも同じ話が行ってると思う。大人ってそういうもんだ。手段は多い方がいい。そろそろアタシも分かってきた。

 

 二日目になって、ゴミの葉桐と赤瀬と神木。あの三人と連絡が取れなくなった。

 

「……まさか、悠希さんと一緒なんでしょうか……」

 

 そう言って、瞳子はぎりぎりと歯を噛み鳴らした。

 

 間違いなくそうだ。そうじゃなきゃ、あいつらがアタシを避ける事に説明がつかない。赤瀬と神木が後先考えず、ユキと一緒の『今』を選択したのは意外だったけど。

 

「……なぁ、瞳子。あいつらって、そんなにユキの事好きなの? だとしたらなんで? いつから?」

 

「へっ?」

 

 アタシの質問に、瞳子は目を丸くしていた。

 

「アタシが居ない時、何度かオメーらにユキ任せた事があったよな? その時か? ひょっとして、あいつらもうユキとヤってんのか?」

 

 頭がおかしくなりそうだった。

 

「ふざけんなよ。木の棒でも突っ込んでりゃいいじゃねーか」

 

 アタシはこれ以上ないぐらいの破壊衝動に襲われて、瞳子の襟首を捻り上げた。

 

「オメーらにユキは勿体なさすぎんだよ。ゴミが寄って集って舐めやがって」

 

「――カオルッ、やめろ!!」

 

 気が付くと、アタシは瞳子をタコ殴りにしていた。

 

 アオイはアタシに背負われるみたいにして羽交い締めしていて――それでも止められなかった。

 

「クソ力出しやがって……!」

 

 そう吐き捨てたアオイの頬にも殴られたような痕がある。

 

「…………」

 

 瞳子はボコボコになった顔で、それでも何も言わず、上目遣いにアタシを見つめるだけだった。

 絡むような目付き。

 卑屈に這いつくばって、それでもまだ諦めてない。何もしないけど、アタシに食い下がるのは止めない。

 

 ……ムカつく。

 

 ユキが見つからない。

 アタシは寝る間も惜しんで探しているのに。

 ユキの居ない世界は天井に穴が開いちまったみたいで、ずっと雨降りが続いている。ユキを早く見つけなきゃ、このまま世界は洪水になって押し流されちまうんだと思った。

 

 朝も昼も関係なく街を流していると、ぼろぼろになった黒岩やカミソリみたいな鋭い目付きの女……剣道部の川村とかいうのをよく見掛けた。

 

 黒岩はずっと寝てないみたいで、服も別れた時と同じだった。一度、一緒に探すか? って声かけてみたけど、それは効率が悪いからって断られた。

 

 川村ってやつは、いつも三人以上の集団で動いていて、瞳子は会う度に因縁付けられるって愚痴ってた。

 

 一応、深山ってやつにも連絡したけど、鬱陶しいから掛けて来るなってすげー怒られた。

 

「えっと、ゴメン。喧嘩したい訳じゃないんだ。その、オメー……いや深山さんも――」

 

 フツーのやつ相手にイキるのはダサいから『さん』付けで呼んだんだけど、深山はそれが気に入らなかったみたいで、口から超音波を出してアタシを非難した。

 ヒステリックなキンキン声。

 アタシとは住む世界が違うから、こいつの言ってる事はいつも半分も聞き取れない。

 しょうがないから放っといたら、それはそれで気に入らないみたいで向こうから電話を掛けて来る。

 こいつは何がしたいんだろう。

 アタシはそんな風に考えるようになった。

 

「えっと……オメーって、ユキと寝たの?」

 

 そうなんだったら、コイツがユキに拘る理由が理解できる。でも、すげー長い沈黙の後に、消え入りそうな声で一言だけこう言った。

 

『……………………いえ……』

 

 アタシは、益々この女の事が分からなくなった。

 

「そっか。じゃあ友だちか何かか?」

 

『は、はい……い、いえ……どうでしょう……分かりません……き、嫌われているかも……』

 

「そっかあ……」

 

 アタシにとって、深山楓は『よく分からない女』だった。そして、コイツも黒岩と同じように一人で動いている。こっちから電話したら怒る癖に、何だかんだと定期連絡を欠かさないのはコイツだけだ。

 電話でもはっきり分かる。すっげえ真面目。一番苦手なタイプ。でも敵じゃないから、何だか少し話しやすい。

 

「アタシ、今度ビーチバレーの大会に出ようかと思うんだ」

 

『そうですか。いいことだと思います』

 

「だろ? ユキがカッコいいとこ見せろって言って、なんかその気になったんだ」

 

 眠ると酷い悪夢を見る。でも、気を抜いちまうとウトウトする。アタシは眠気覚ましも兼ねて、しょっちゅう電話を掛けて来るこの『よく分からない女』相手に話し込むようになった。

 

 動きがあったのは四日目。

 

 この日の晩も深山から電話があった。

 

『皆川さんに会いました』

 

 最初は超音波で話してた深山も、四日目になると随分落ち着いて話すようになっていた。

 

「へぇ……アイツ、事情聴取終わったんだ……ふーん……」

 

『…………新城さん、寝てます?』

 

「ああ、時々うつらうつらする」

 

『ちゃんと寝た方がいいですよ。いざというとき、まともな判断が出来なくなります』

 

「……そっか……そうだな……」

 

 この日の晩はアオイも居なくて、運転中ウトウトして危ない時もあった。

 

『事故なんて、洒落になりませんよ?』

 

 ふと脳裏に過ったのは、ユキと別れてすぐ吹き飛んだあの赤いスポーツカーの事だ。

 

 ブルッたアタシはコンビニの駐車場に入って停車した。

 

「オメーの言う通りだ。少し……ああ、少しだけ休むわ……」

 

 例えば――

 定期連絡を欠かさなかった深山楓の電話が、これで最後だと知っていれば。

 

 例えば――

 アホの皆川が偶然ユキと会ったなんて知っていれば。

 

 仮定の話は言い出せばキリがない。でも、頭の回らないアタシは、深山の言う通り少し休むべきだなんて考えていて。

 

 窓を空かすと、雨の匂いに混じって、微かに焼けたアスファルトの匂いがした。

 

 ――夏の匂い。

 

 アタシの、高校最後の夏は……

 

 煙草に火を点けると、紫の煙が雨の匂いに混じって消えて行く。

 

 仰け反るようにして伸びをすると、背中にシートが張り付くような気がして気持ちよかった。

 

 ああ……あの日も雨だった。

 

 ヤリ部屋でユキと二人きり。

 まだまだユキはアタシに慣れてくれなくて。

 でもHの後はすげー優しくて。アタシが本格的にユキに溺れるようになったあの日…………

 

 ――カオル、少し寝る?

 

「ああ……何かあったら、すぐ起こして………」

 

 世界はアタシとユキの二人きりになって、優しい雨の音だけが聞こえる。空かした窓から焼けたアスファルトの匂いが入ってきて…………

 

 急速に視界が狭まって来て、アタシはぼやける目を擦る。

 

 ――おやすみなさい、カオル。

 

「うん……」

 

 ユキは何時間も膝枕してくれて、少しも嫌そうな顔をしない。

 

「ああ…………」

 

 アタシは溜め息を吐き出して――眠りの世界に落ちる。

 

 悪夢の世界に落ちる。

 

◇◇

 

 この日見た夢の中で、オバサンになっていたアタシは、かぶり付きでテレビを見ていた。

 

「母ちゃん、好きだなあ」

 

 なんて言ったのは、アホの真二にクリソツな子供だった。

 

 オバサンのアタシは応えず、ぱりぱり煎餅を齧りながら、瞬きすらせず狂った目付きでテレビを見ている。

 

 やがてテレビの液晶画面に、左手が鉤爪の海賊が現れた。

 

「むう……お宝はどこだ!?」

 

 右目に眼帯。頭に三角帽(トライコーン)を被ったちっこい海賊がおどけたように言って、アタシの胸はドキンと鳴った。

 

「お、母ちゃんの好きなYUKIだ。こいつって、母ちゃんと同じ歳だって本当か?」

 

「ホントだよ。母ちゃん、若い頃YUKIと付き合ってたんだ」

 

「かっ、また始まったよ。YUKIが母ちゃんみたいな下膨れ相手にする訳ないだろー」

 

「……」

 

 狂ったアタシは、狂った目付きでテレビの中のユキを見つめていた。

 

 アタシがオバサンになっても、テレビの中のユキは何一つ変わってなくて、ずっとあの頃のまま。

 切なくて、儚くて、激しくて。

 気紛れで残酷な天使。アタシを支配した大魔王のままでいる。

 

 アタシは変わってしまった。

 

 つまんない男と結婚して、アタシによく似た頭の悪い子供を産んで、地獄みたいな仮初めの幸せに埋もれて――狂いだしてる。

 

 これは夢だ。分かっているんだ。アタシはもう嫌になって目を覚まそうと思った。

 

「母ちゃん、なにやってんだよ。自分のほっぺなんかつねってさ」

 

「…………」

 

 お、おかしいな……。

 目が覚めない。夢が終わらない。テレビの中のYUKIが叫んだ。

 

「やろうども、お宝はあの島だ! 行くぞ!!」

 

「ちょ、ちょっと待って。い、今アタシも行くし、き、きき着替えるし……!」

 

 ヤバい。このままじゃユキに置いてかれる。

 アタシは狂った頭でタンスを漁った。でも中にはあの頃の服は一枚もない。高いばっかでダサいオバサンパンツと色気のないブラ。毛玉の付いたボロいジャージとか、そんなもんしか入ってない。

 

 必死になってタンスを漁っていると、奥から体操服の上下が出て来て、狂ったアタシは慌ててそれに着替えた。

 

「……」

 

 胸のゼッケンに『Ⅲ―B 新城』って描いてある。短パンは腿の辺りがパツパツだった。

 

「アッハ! 母ちゃんがまた狂った!!」

 

 頭のおかしいアタシを指差して、ムカつくガキが笑っていた。

 ふざけんなよ。コイツ誰だ?

 アタシは『あの子』がいい。ユキとアタシを足して2で割ったようなあの子が、奇跡的な融合を果たしたあの子がいいんだ。あの子だけがアタシの子供だ。

 それ以外はいらない……!

 アタシは手元にあったガラス製のゴツい灰皿を手に取った。

 

「こ、こんなはずじゃ……アタシの運命……アタシの人生……」

 

 本当のアタシは、まだバレーボールをやっていて、膝だって治って……!

 

 アタシは、何度もゴツい灰皿を振り落とした。

 何度も何度も何度も。

 

「クソ、終われよ! こんな夢、冗談じゃない!!」

 

 何度も何度も何度もアタシは灰皿を振り落とし、返り血と悲鳴に塗れながら、ゲタゲタ笑った。

 

「こんな事が現実の訳がない!」

 

 テレビの中のYUKIは笑っている。

 

「だから終われよ! 終われ!!」

 

 こうして、アタシは目を覚ますんだ。

 その瞬間は今。

 

 ほら、ほら、ほら――!

 

 そして終わらない悪夢の中で、狂ったアタシは悲鳴を上げた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ストーカーしていたと思ったらストーカーされていたのは俺だった話(作者:アロアロス)(オリジナル:現代/恋愛)

 銀髪狐耳タートルネックにダッフルコート、おまけに眼鏡をかけている。▼ 尻尾は四本、身長183cm、人気インディーズバンドの一員、担当はベース。▼ 名前を宮舞天音と呼ぶ。▼ 眼が眩むほどに輝く星に、それでも必死に手を伸ばしていたのに、その恒星が向こうから近づいてきたら焼き尽くされるのは道理と呼ぶ。▼推しをストーカーしてたら推しの方から近づいてきたので、それは…


総合評価:14291/評価:9.25/短編:2話/更新日時:2026年07月24日(金) 18:13 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>