ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
夏休みを目前に控えた一学期最後の登校日になっても、シュウは学校に来なかった。
主将として剣道女子部の牽引車であり、選抜大会でも優勝経験のあるシュウは、学校の期待の星でもある。
終業式が終わり、ぼくと食堂で一息入れる深山は、澄ました表情で珈琲を飲んでいる。
「自室に閉じ籠って出てこないようです」
「……ぼくのせいかな?」
「気に病む必要はありませんよ。放って置けばいいんです」
ちなみに、剣道女子部の副主将は深山らしい。
「深山さん。インターハイ、頑張ってね」
「はい、もちろん」
あれ以来、深山は、ぼくをちょっとした空き時間や休憩時間に呼び出して話し相手をさせるようになった。
呼ばれる回数は、日によってまちまち。多い日で三回。でも、一日一回は絶対に呼び出される。
会話の内容は色々。勉強のこと。学校の年間行事。私生活。ファッション。趣味。シュウと葛城の名前が出てくると不機嫌になる。
ちなみに、女子剣道部でのシュウとの関係は、主将と副主将の関係にあたる。シュウが主将で、深山が副。
少し話して分かったことだけど、深山はとにかくマイペースだ。どんな時も、焦らず騒がず。相手に振り回されない。
そんなマイペースな彼女の特長は、絶対に無理をしないということ。ぼくとの関係にしてもそれは変わらず。ちょっと毛並みの違う珍獣くらいにしか思ってないのかもしれない。
深山は、支払いの金額もまちまち。
彼女の中で評価の基準があるようで、少額の時もある。
ご機嫌にさせると高く、不機嫌にさせるとそのまま帰ってしまう。いつも小銭で支払うので、ぼくは、お小遣いを貰っているような妙な気持ちになる。
「まぁ、インターハイが始まる8月第一週には復帰すると思います。秋月さんの場合、結果が進路を露骨に左右しますし……」
それだけ言って、深山は口を噤んだ。
沈黙。
シュウの話はこれでおしまいの合図。
そして、ぼくたちは見つめ合う。これも毎日一回は必ずある。
深山は表情を変えず、探るようにぼくの瞳を覗き込む。
「……えいやっ」
と、深山がぼくの頬をつねった。
「……」
ぼくは反応を返さず、じっと深山を見つめ返した。
「……1面クリアには、まだまだ時間が掛かりそうですね……」
そんなことを言って、深山はぼくの手に100円握らせて去って行った。
◇◇
◇◇
カオルのアルバイトは順調に続いている。
コンビニのバイトがどんなものなのか、ぼくには想像もつかないけど、すぐ投げ出すと思っていたので、少し驚きだ。
父さんが休みで家にいる時を除いて、カオルは毎日のようにやって来て、ぼくとご飯を食べ、おしゃべりしたり、テレビを見たり。それからセックスして、お風呂に入ってから帰る。
ぼくがシュウにやられたあの日以来、カオルは少しぼんやりすることがある。
一緒にテレビを見ている時で、ぶつぶつと小声で何かを呟いている。
「秋月」「ルール」「破った」「ユキ」「絶対」。
特によく口にする言葉が『ルール』。殆んど聞き取れないくらいの小さい声で呟きながら、本人はそれに気が付かないほど思考に没頭している。
「カオル、どうしたの? 悩みがあるなら聞くよ?」
ぼくの問い掛けに、カオルは驚いて、それから困ったように眦を下げる。
「な、なんでもないよ……ちょっと、そう。もう終わったこと……」
「……?」
でも暫くして、カオルは殆んど泣き出しそうな顔になった。
「なあ、ユキ……」
「うん」
「すっげー難しいゲームがあったとしてだな……」
「うん、あったとする」
「そのゲームには、たくさん『ルール』があって、超チートな魔王がいるんだ」
……また、『ルール』。
「ちなみに魔王は超手強い。んでもって……アタシは裏技使って、今のところはいいセン行ってる」
「裏技?」
「そう……ずるしたんだ」
「駄目なの?」
「駄目かもしれない……って、思うときもある」
カオルは苦しそうに言った。
「グズグズしてたら勇者が来るよ……」
「あれ? カオルが勇者じゃないの?」
血を吐くように。残酷な秘密を告白するように。
「……アタシは、勇者じゃない……!」
カオルは俯き、強く首を振った。
そのゲームは、一体どんなゲームだろう。あまりにもカオルが苦しそうにするもので、ぼくも首を捻って考える。
「じゃあ、勇者は何をやってるの?」
「あちこち壁にぶつかって、苦しんで、すっげー遠回りしてるとこ……」
「ふうん……」
「でも、『絶対』諦めないから勇者なんだ。傷だらけになっても、いつかきっと魔王を倒しちまう……」
ますます分からない。カオルの言い様だと、勇者に魔王を倒されてしまったら困るように聞こえる。
ぼくは少し考えて、それから言った。
「……じゃあ、カオルが先に魔王をやっつけたらいいんじゃないの?」
「それができたら苦労しない」
「じゃあ、勇者を殺す」
カオルは、ぎょっとしたようにぼくを見て、ごくりと息を飲み込んだ。
「勇者を……殺す……」
「でも、カオルも大変だね」
「え、何が?」
意外そうに振り向くカオルに言った。
「それって、オンラインゲームでしょ?」
「え……? あ、ああ……」
「カオルみたくずるする人もいるだろうし、勇者も一人じゃないんだから」
「ええッ! 嘘だろ!?」
カオルが半泣きになって、そこで空気が緩んだ。
ぼくは笑った。
カオルは涙目だった。
ぼくとカオルの、夏がはじまる――。