ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
第2話
新城に2000円で童貞を売ってから、一ヶ月が経った。
あれから――
新城は毎日ぼくを買うし、相変わらずぼくはビッチだ。
この日の授業中、新城からの手紙が回ってきた。
――サービスとか真剣に考えてほしい。そろそろ財布がピンチなんだよ――
ぼくはその手紙をビリビリに破り捨てた。
最近の新城はこんなことばっかりだ。しょっちゅう手紙を回して来て、やれたまにはサービスしろ、割引しろと鬱陶しい。
後ろの席の国崎君が、ぐりぐりとぼくの背中を指でつついた。
ぽんと手紙が投げ込まれる。一応、開く。
――新城に、もう手紙回すなって言ってくれ――
無理。
だってバカだもん。
終業のチャイムが鳴って、休憩時間になった。
次の授業の準備をしていると、すかさず新城がやって来た。背中から抱き付いて、
「御影、本当に割引ないのかよ」
本当に新城はしつこい。
「新城、教室ではその話はしないでって言ってあるよね」
「けど、アタシはお得意様だよね」
もう新城はうるさいやらしい。
仕方なく、妥協案を書いた手紙を押し付けた。
――手と口だけなら1.5K――
――キス無しなら1K ――
因みに、新城はすごいキス魔だ。
アレの最中は最低100回はキスする。もちろん、舌を入れてくるし、唾液だって飲ませてくる。
この一ヶ月で、ぼくはキスが死ぬほどイヤになった。
嫌がらせもあるけど、キス無しの方を安く見積もったのはそういう理由。
どっちにしても安いけど、男の貞操価値なんて、そんなもんでいい。女の子みたく大事にすれば価値が上がるなんてもんじゃない。新城はそこら辺がおかしくて、ぼくに金を払っている。
ぼくは貧乏だし、だからおかしい新城から金を巻き上げている。
この一ヶ月で10万円くらい稼いだから、ぼくも新城もちょっとしたもんだと思う。
新城は席に着いて、頭を抱えて唸っている。茶色の髪をもみくちゃにして、ぶつぶつ呟いていた。
この一ヶ月で、新城はちょっぴり変わった。
しかめっ面をしていることは少なくなり、変わりにちょっとだけ笑うようになった。口数も多くなり、愛嬌みたいなものも見せるようになった。クラスの評判も悪くない。
まぁ、新城とは毎日のようにいたしている。一日で三回なんて日もあるから、ストレスなんてないだろう。
放課後。
ニヤニヤとイヤらしい笑顔を浮かべた新城が、ぼくの所へやって来た。
「これなんか分かるか?」
そう言って新城が見せびらかして来たのは、素っ気ない白の便箋。
ラブレターだ。
今更、新城がぼくによこすとも思えないから、誰か他の男子が新城に渡したものだろう。
これには、ぼくもビックリした。
まぁ、新城は頭悪いし態度も素行もよくないけど、愛想よく笑っていればそれなりに見られる顔をしているぶん、可愛く見える。
どや顔の新城が激しくウザい。
「これでもう、御影は用済みだな」
「おめでとう、新城」
「え……?」
キョトンとする新城を置いて、席を立ち上がった。
新城はやらしい汚ないウザいけど、お得意様だった。楽してそれなりに稼げるこれはいい商売だから、新しいお得意様が必要だ。
新城は意外そうに言った。
「え、アタシが他のヤツと付き合っていいの?」
「もちろん。ああ、新城とのことは黙ってるから安心していいよ。お得意様だもんね。今までありがとう。お幸せに」
しかし、どうやって顔を売ったものか。この可能性を全く考慮してなかったぼくの手落ちだ。
新城は、何故かビックリしている。
「えっと……あれ? おかしいな……そ、それじゃ今までのことって、あれ?」
「さよなら、新城」
新たな顧客を掴む為に、ぼくは営業しなきゃならない。新城と遊んでいる暇は微塵もなかった。
幸い、新城の後輩の何人かにアプローチをかけられたことがある。と言っても目を合わせたら赤らんだとか、ジュースを奢ってくれたとかその程度だけど。
とりあえず、コナかけてみても損はないだろう。
そんなことを考えていると、下駄箱で新城に捕まった。
「ちょ、ちょっと待って、御影」
「……あ、そうだ。新城。変わりに買ってくれる女の子紹介してくれない?」
そう言うと、新城の瞳孔が開いたような気がした。
「そ、それって……」
「うん、新しいお客さん」
「お客さん……」
新城の目が光を失った。
「お客さん……って、アタシたち、いい感じだったじゃん……」
「感じてたのは新城だよね。まぁ、それがぼくの仕事だったし」
どうせ新城は、彼氏彼女の関係になれば支払いをしなくて済むとでも思っているんだろう。
最後だし、ぼくはハッキリ言った。
「新城みたいなクサマンの性格げろしゃぶ女と、ぼくが付き合うなんてあり得ないよ」
新城が打たれたみたいに震え、固まった。
この一ヶ月で分かったことがある。
新城は、ぼくを絶対殴らない。キスは嫌だと言ったときも、あそこが臭いと言ったときも、怒りはしたものの、腕力に訴えたことはない。
要するに、新城は丸くなった。
「あそこ、ちゃんと洗ってるし……」
「あぁ、そうだったね。ごめんごめん。ぼく、新城としか経験ないから分からなくて」
「謝れ」
謝ったよね、今。本当、新城はやらしいしつこい。
「アタシも御影としか経験ないし」
「カマトトぶらないでよ」
「嘘じゃない!!」
どうだっていい。デカイ声で注目を集めるのは止めてほしい。
暴言を吐きまくるぼくだけど、いいときとヤバいときとの差には注意している。
――唐突に、新城の目がギラリとナイフみたいに尖った。
ぼくは素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。ぼくが悪かったです」
「……」
新城は苛ついたように顎をしゃくって、それから唾を吐き捨てた。
でも、ナイフの視線はぼくに向いてない。
新城の視線を辿る。
「……?」
そこには――
袴姿にポニーテールのシュウが、三人ほどの後輩と連れ立ってやって来るところだった。
シュウは鼻面に皺を寄せ、嫌悪を隠さずぼくを睨み付けてくる。
後輩に何か言った。
ぺこり、と頭を下げて後輩たちが駆け足で去って行った。
この一ヶ月で、一番変わった事がこれ。
ぼくとシュウの関係。
「淫売……!」
「うん」
ぼくは軽蔑されて仕方のないことをしている。そこそこ仲の良かった彼女が怒りを感じるのは、なんとなく分かる。
だから、ぼくは逃げずに受けとめる。
「お前には心底がっかりさ。多少はマシなヤツと思っていたのに……!」
シュウの手が、ぼくの襟首に向かって伸びて来た。
新城がその手の行く手を遮るようにぼくの前に立った。
言った。
「消えろ、ブス」
「…………」
ぼくをロックオンしたままだったシュウの黒目が、ぎろりと横にずれ、新城の方に向いた。
因みにシュウはブスじゃない。
切れ長で奥二重の瞳は冷たい印象があるけど、そのぶん凛としていて、とてつもない美人さんだ。
「何だって? 聞こえなかったよ、低能」
「……へぇ、じゃあ傍に来いよ」
新城が、へらりと笑いながらポケットに手を突っ込む。
――ギクッとした。
新城のヤツ、ポケットに何か隠し持っている。
「新城!!」
ぼくは新城の腰に飛び付いた。抱き締める要領で新城の手を抱え込む。
「あ? あぁ?」
『刺す』ような殺気を放っていた新城だったけど、ぼくが抱き着くと困ったように眦を下げ、肩の力を抜いた。
「新城、分かった。分かったから、やめるんだ」
「でもよ、コイツ……御影を侮辱しやがって……」
言いながら、新城は腰を左右に揺する。端から見れば拘束を解こうとしているように見えるかもしれないが、全然、力を入れてない。
すごく手加減している。
本気になれば、ぼくの拘束なんか、あっという間に振りほどいてポケットの中の『それ』を使うことができる。
新城が舌打ちした。
「御影は淫売じゃない。謝れ」
新城、お前がそれを言うのか。
シュウは、ふんと鼻を鳴らしただけだ。
でも、その鼻が真っ赤だ。
「淫売……!」
「うん、ごめん」
「うらぎりもの……!」
「……?」
それは意味が分からない。シュウがぼくを罵る声は震えていた。
怒るというより、悲しそうで――
ぼくは、シュウから目を背けることが出来なかった。