ぼくがビッチになったワケ 作:ピジョン@アスクラピアの子一巻発売中!
深山からメールが入った。
――今日の午前中、一緒に図書館で勉強しませんか?
受験生にとって、夏休みは遊んでいていい時間じゃない。OKの返信をしておいた。
恥女葛城は相変わらず電話番号を教えろとしつこい。嫌だ、と返信しておいた。でも、週末の誘いは断ることができない。
しかも泊まりでと来た。
ぼくは少し考えて、yesと返信した。
朝早くカオルを送り出して、それと入れ替わりで父さんが帰って来た。
「ただいま、悠くん」
「お帰りなさい、父さん」
家に入るなり、父さんは訝しむように辺りを見回した。
「ねえ、悠くん。昨夜、誰か泊まった?」
「うん、駄目だった?」
父さんは、ぼくの敵じゃない。だから正直に話す。駄目ならやめる。それだけ。
父さんは、考え込むように無精髭の浮いた顎を擦っている。
「それって、女の子とか?」
「うん、そう。よくわかったね」
「そりゃ、父さんくらいの達人になれば若い娘の気配くらい分かるよ」
ぼくは噴き出した。
「達人って……」
「いわゆる一つのプロ? ……それって、悠くんとそういう関係ってことでいいのかなあ」
ぼくとカオル……。
父さんは、にこにこ笑っている。
ぼくは反抗的な息子じゃないし、父さんは父さんだ。叱られるときもあるけど、話して分からない人じゃない。
「悠くんも18だもんな。そうかあ……」
感心したように。ちょっと嬉しそうに。そこら辺は男同士、通じるものがある。
ぼくの返事を待たず、父さんが言った。
「まぁ細かく聞かないけど、避妊はしないと駄目だぞ?」
親指を立て、父さんはサムズアップして頷いた。
無駄に男前な仕草だった。
◇◇
◇◇
深山とは図書館で待ち合わせた。
彼女は白のブラウスに紺のシックなスカート。シンプルだけど、大人っぽい深山にはよく似合う。清楚系。
開館時間に待ち合わせ。
「おはよう、深山さん」
「おはようございます」
ぺこっ、と頭を下げ、深山はずれた眼鏡の位置を直した。
開館直後の図書館に人影は少なく、ぼくらは連れ立って2階にある閲覧スペースに向かった。
そこは長机や二人掛けの小さなテーブルがあり、調べものをしたり、読書をしたりするのに向いたスペースだ。
「ここにしましょう」
深山が選んだのは、窓際にある、おむすび型の小さなテーブルで二人掛けのものだ。
ぼくは頷いた。
「悪くないね」
にこりと微笑む深山と向かい合って座り、先ずは個人的な情報を交換する。
得意科目、苦手科目、お互いの志望大学……色々。
確認の結果、ぼくらの学力は同じ程度で、深山がやや上ということがわかった。
深山が言った。
「御影くんは、塾とかに行ってないんですよね?」
「そういう余裕はウチにないし、基本的に、ぼくは人の多いところが苦手なんだ」
「独力ですか……。実は、結構頭いいんじゃないですか?」
「比べたことないから、分からないよ」
「人が嫌いなんですね……」
「…………」
探られるのは大嫌いだ。
思えば、深山は初対面から……それ以前のメールの段階から探る気配があった。
ぼくは言った。
「さて、勉強しようか」
「少し、お話ししませんか?」
「……」
……こいつ。
「夏なのに、長袖なんですね」
「……」
ぼくは左腕の袖を捲り、ちょっとだけ見せてやった。
瞬間、深山は目を剥いて固まった。
「ご、ごめんなさい……!」
やっぱり深山は苦手だ。この女は、ぼくを哀れんでいる。
――先生、御影くんは可哀想です――
ヘドが出る。
上から目線の、ボランティア。
冗談じゃない!
言った。
「深山。不用意に探るんじゃない」
もっとマシな女かと思っていたけど、こいつはそんなんじゃない。
ただのおせっかいだ。
シュウに向かって行ったときは、あんなに激しくて、あんなに――魅力的だったのに。
「…………」
黙り込み、俯いた深山の目尻に、じわっと涙の粒が盛り上がった。
ぼくは深山の反応を待たず、参考書や資料が並ぶブースに向かった。
目当ての参考書を何冊かほじくり出した後は、個人の閲覧席で一人で勉強した。
◇◇
最初のうちはカリカリして、なかなか捗らなかったけど、ほぼ無音でエアコンの効いた環境は悪くない。徐々に調子が上がって来た。
気に入った。
今度は一人で来よう。
途中、席を立ち、エントランスホールの自販機でスポーツドリンクを買った。
窓際の閲覧席に視線を飛ばすと、深山は悲しそうな表情で、ずっと俯いたままだった。
――つまらない女。
かっきり12時で席を立ち、積み上がった参考書の山を元のブースに返却する。
受験勉強は長くやればいいってもんじゃない。だらだらやるくらいなら、しっかり休んだ方がいい。
何事もメリハリが大事。
やるならヤる。やらないならヤらない。
昼食は家で父さんと摂ろう。
深山はインターハイを控え、午後練の予定。
ぼくは荷物を抱え、飲みかけのスポーツドリンクを持って深山の元へ向かった。
この関係もここが潮時。
帰り支度を済ませ、やって来たぼくと目が合った。
読み掛けの参考書を伏せ、深山が腰を浮かせる。
「御影くん、今日は――」
ぼくは黙ったまま、飲みかけのスポーツドリンクを深山の頭にぶっかけた。
「…………」
髪の毛から夥しい量の水滴を滴らせ、初めてぼくを見たように驚き、言葉もない深山に言った。
「おまえは退屈な女だね」
シュウとやりあった時のように、もっと本気でおいでよ。そうしたら、今度は本気で遊んであげるから。
「遊び相手は他で探すんだ。この――」
素の表情で固まる深山は、本当に滑稽で、ぼくは思わず笑ってしまう。
「――この、小銭女」
ペットボトルを放り捨て、テーブルの上に、これまでに深山から貰った小銭を全てぶちまけた。
じゃらん、じゃらんと音がして、大小様々な硬貨が散らばる。
ボランティアはお断りだよ――。
「サヨウナラ」